第1話「さいかい」①
第1話「さいかい」
『あやとくん、ぼうし返してよ』
『いやだね~、返してほしかったらここまで来いよ』
『わたし、木登りなんてできないよ』
『お前ってほんとどんくせーなあ』
幼稚園にきてから毎日毎日、同じ男の子にいじめられる。
どうして私だけ、こんな目に
先生は何もしてくれない。お母さんには言えない。
どうしよう、
『──返してよ。……返せ。返せって言ってんだろうがー!』
■□■
(起きて、
誰かに
(ご、ごめん。ありがとう……)
──そう、今は高校の入学式の真っ最中だ。
私は、子供のころから退屈になるとすぐ寝てしまう子だった。中学校の授業でもそう。いったい何度先生に注意されたことだろう。
時々いびきをかいたりもして、周りからは〈
それにしても、久しぶりに
──ようやく入学式が終わり、私たちは男女二列になって体育館から教室へと移動する。
「もう、莉緒だめじゃない。初日からそんなんじゃ、何も変わらないよ」
移動する
美鈴は長身でスタイルもよく〈クールビューティー〉という言葉がよく似合う女の子だ。中学の時は
さっぱりとした性格で自分の意見をはっきりと言う美鈴は、大切な親友だ。
そんな彼女が、母親のように私に注意をするのには理由がある。
「そうだね、ごめん。高校で変わるって決めたのに」
「そうだよ。春休みからイメチェンを手伝ってるんだから、しっかりしてよね」
そんなことを話しながら、私たちは一番窓側の後ろの席に座った。
座席は出席番号順で、私と美鈴は番号が並びであるため、席も前後に座っている。
教室の中はとても静かで、雑談をしている人は誰ひとりいない。
私と美鈴も空気を読んで、
ふと窓の向こうに目をやると、満開の桜が視界いっぱいに広がっている。
ゆらゆらと花びらが風に乗って
──ほどなくして、担任の先生が
まだ二十代くらいで、メガネをかけた若い男性
「
溝川先生はとっても
「では、
自己紹介は、男子から出席番号順に始まった。
私の順番まではだいぶ先だけど、今から
……第一印象が一番大事だと思うし、ちゃんと〝女の子らしい〟私を演じなければいけないからだ。
私は〝女の子らしく〟なるために、春休みの間、美鈴にメイクの仕方や女の子らしい仕草を教えてもらっていた。
今までの私はそういうことに興味が無く、女子とそんな話をするよりも、男子に交ざって運動場を走り回ったり、ゲーセンで遊んだりしているほうが楽しかった。
朝の準備時間よりも
そんなんだったから男子に女子
──こんな私が〝自分を変えたい〟と思い始めたのは、美鈴にある本を借りてからだった。
それは〈ハルカハツコイ〉という少女マンガで、
美鈴によれば〝典型的な少女マンガ〟らしいんだけど、このジャンルを初めて読んだ私にはかなり
読んでいるだけで胸がキュンキュンしたし、何より恋する春花ちゃんが可愛くて、私もこんな風になりたいって思ったんだ。
でも、男子達には「お前が少女マンガ読んでいるだけでウケる」と笑われ、恋をしたいと
馬鹿にされてムカついたし、
……ずっとこのままだったら、
今はこんなんだけど、私だって女の子らしい時もあった。
今からでも
そう思った私は、中学の卒業式でみんなに宣言したんだ。
「高校で恋愛デビューする!」
そう、教室中に響き
「はい、安部くんありがとうございました。聞いていたみんなは、
クラスメイトは、先生のアドバイスを聞いて
私も
とりあえず〝メガネ〟って書いておこう。
安部くんの次からは、メモを取るために集中して話を聞くことにした。
もしかして、先生は
順調に自己紹介が進んでいき、十一人目が教卓の前に立った時、クラス中の女子たちの背筋がまっすぐに
長身で手足が長く、髪は流れるように整えられ、前髪から
いったいなんて名前なのだろう。
──ドキドキしながら名簿に目をやった
「
〈するが あやと〉
忘れかけていた、その名前。私を
そういえば、入学式の時に見た夢にも出てきたな、あやとくん。
今でも思い出すと暗い気持ちになる。
私の知っているあやとくんは小学校から遠くに引っ
さっきとは
……なぜか、彼は名前を言ったっきり
「えーと、駿河くん、もう自己紹介は終わりなのかな? あと何か話すことはない?」
溝川先生が助け
「……子供の
「──ええっ!」
駿河の声にかぶさるように誰かが
そして、先生も
「えーっと、
「えっ、私ですか!?」
先生に名前を呼ばれて、さっきの声の主が自分だったことに気が付く。
……自分でも無意識に声が出ていたらしい。駿河も目を見開いてこちらを見ている。
やっばい。悪目立ちしちゃったかも。
「あ、あの、ごめんなさい! なんでもないです」
「そうなの?
「……はい」
駿河は何事もなかったかのように
うわぁ、本当に最悪だ。初日から先生にも
穴があったら入りたい、とはこういう
ひたすら名簿とにらめっこをして、顔の赤みが引くのを待っていた。
「
橋本くんの声はとっても明るくて、全く緊張していない様子だった。
〝楽しいことが好き〟とメモにとる。
橋本くんはとても楽しそうに話すから、聞いているだけで心が明るくなっていく。
ワックスで無造作に整えられた
……あっという間に男子の自己
カラオケが好きな子、
いろんな
「では、次は安原さん、お願いします」
「……はい」
そして、とうとう私の番となる。
人前で話すのは得意なのに、さっきの失敗のせいでうまく話せそうにない。
とにかく、駿河綾人の顔だけは絶対に見ないようにしよう。
「安原莉緒です。お……お
簡単な自己紹介を終え、足早に席へと戻った。
お菓子作りが好きだなんて真っ赤なウソなんだけど、女の子らしい趣味だと思って言ってしまった。春花ちゃんも得意だったしね。
まぁ、これから覚えて本当のことにすればいいだろう。
──自己紹介の最後は美鈴だった。彼女はキレイな歩き方で前に出ていく。
「
美鈴は全く緊張していないようだった。むしろ自己紹介なんて
それにしても、美鈴がテニス部に入るなんて知らなかったな。
中学の時はバスケ部のエースだったから、高校でも続けるかと思ってた。
「吉木さん、僕はテニス部の
先生からの簡単な説明を聞いて、高校入学一日目は終わった。
終わった瞬間、どっと
「莉緒、
「うん」
私と美鈴は一緒に教室を出て、学校から駅までの道のりを歩いた。
「莉緒、なんで自己紹介の時に〝ええっ〟なんて叫んだりしたの?」
校門を出て
「あのさ、私が
「ああ、聞いたことある。それがきっかけで性格が変わったんだっけ?」
「そう。いじめられて
美鈴は、私の思い出話と今回のことが結びつかなくて不思議そうにしている。
「その話が何か関係あるの?」
「そのいじめていた相手っていうのが、多分……駿河綾人なんだよ」
「ええっ、何その
「まぁ、多分なんだけどね……。過去の話とはいえ、ちょっと
私にとって幼稚園は苦い思い出。
いじめられて
もし駿河にいじめられていなかったら、私はどんな女の子になっていただろうか。
幼稚園のことを思い出して落ち込んでいると、美鈴はなぐさめるように私の頭を
「
「……美鈴」
美鈴の気持ちが
「心の友よー!」
「……そういうのはやめなさい」
美鈴に
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