Episode.1 ロミオとシンデレラ②
1-3 中庭にて、未紅の決意
それから数十分後。
未紅はゴミ捨て場までの道をうつむきがちに歩いていた。
手には音楽教師に捨てるよう
プリントを持って中庭を通っていたら、体育教師に見つかって『これもついでに捨てに行ってくれ』と頼まれてしまったのだ。
どうやら未紅は〝しっかりしている〟イメージがあるらしくて、教師にも生徒にも何かを頼まれることが多い。
たぶん、真顔なことが多いし
(頼まれ事には慣れてるけど、さすがにちょっと多かったかな)
プリントだけでも結構な量なのに、古ぼけたネットはかなり重い。両方持つとなると
だからって
歩いていると、さっきのリリコとの会話が頭によみがえってくる。
(蒼真くんにチョコか……)
正直、興味がまったくないわけじゃない。
人生に一度くらい、チョコを贈りたい気持ちはある。だけど。
(やっぱりどう考えても身の
もし未紅がリリコみたいに
それか、樹里
だけど未紅はリリコでも樹里先輩でもない。
そもそも、物語の主人公になれるタイプじゃない。
主人公の友人Aとか、
(シンデレラもジュリエットも、どっちも私には無理だし、ありえないよ)
分かりきった現実にため息をついたとき、声がかけられた。
「……なあ、それってサッカー部のゴミだろ?」
(! この声)
忘れられない落ち着いた
目線の先には、サッカー部のユニフォームを着た長身の
(────蒼真くん!?)
すこし
■□■
(そんな、こんなところで蒼真くんに会うなんて)
はっきり言って信じられない。
(どうしよう、なにか答えなきゃ)
あわあわと言葉を探していると、蒼真くんがわずかに首を
「…………」
無言で首をひねる蒼真くんと
(なにか考えてるっぽい? ううん、それより質問に答えなきゃ変だよね。でも、
「……貸して」
「えっ?」
蒼真くんの短い言葉に、未紅はきょとんとしてしまう。
が、未紅が何かを言うより前に。
未紅の持っていたネットを、蒼真くんがあっさり取り上げた。
(貸してって、まさかネットのことだったの?)
結果、未紅の手には何も残っていない。
あんなに重かった荷物が、いまは何もない。
全部、蒼真くんが持ってくれたからだ。
「ど、どうして」
混乱する未紅に、蒼真くんが表情を変えずにネットを見た。
「……これ、サッカー部のゴミだろ。
「でも、音楽のプリントは」
「ただのついで。……これくらい、軽いし」
「あの」と言おうとした未紅に。
蒼真くんが、かすかに
「……無理するなよ」
(な──)
遠くからずっと見つめていたときには、一度も見られなかった蒼真くんの笑み。
それに、未紅は心臓をわしづかみにされたような気持ちになる。
(────なんて、
胸がうずく。苦しくなる。
痛いくらいに。
(蒼真くん……!)
蒼真くんは未紅に背を向けて、あっという間に立ち去ってしまおうとしている。
未紅はまだ、お礼も言えていないのに。
(いけない、今度こそちゃんとお礼を言わなきゃ!)
そう思って声をかけようとしたが、「あら?」という声に
がさりと中庭の緑が
あれは、と未紅が思うより前に、蒼真くんが「樹里先輩」と声をかけた。
白坂樹里先輩。さきほどリリコと話したばかりの
(うそ、噂よりはるかに美人なんだけど!)
サッカー部のマネージャーをしているはずなのに
対照的な黒い髪は
長いまつげにふちどられた黒目がちな
「蒼真くん、何してるの? それ、先生が言ってた古いネットよね」
「……捨ててきます」
「そう? なら私も
「別に……」
断る蒼真くんに対して、樹里先輩は「いいから先輩に甘えなさい」と笑う。
かるく会話したあと、結局樹里先輩はついていくだけになったようだ。
どうやら、もともとサッカー部の練習について話す用事があったらしい。
さらには樹里先輩についてきたという下級生の男女まで蒼真くんたちに合流する。
「樹里先輩、歩くの速すぎですよ! あ、ねぇねぇ蒼真先輩、これ、今日の練習中にどうぞ」
「それにしても樹里先輩と怜はお似合いっすねー! すげー声かけづらかったんですけど」
あきらかに蒼真くんのファンらしき女子生徒と、蒼真くんを呼び捨てにする
ふたりは未紅の存在にも気付かず、蒼真くんと樹里先輩をかこむ。
「どうも……」と蒼真くんが差し入れを受け取っているのが見えた。
当然のように蒼真くんのとなりを歩く樹里先輩が「蒼真くんはあいかわらず人気なのね」と美しく
「オレは樹里先輩のほうが好きですよ? 宿題教えてくれたらもっと好きになっちゃうかも」
「ふふ、ありがとう。でも
「ええ~。しかたねーな、じゃあ怜、お前が教えてくれよ。な、
「樹里先輩の言う通りだろ。
わいわいと
(いいな、蒼真くんと仲良しで。……楽しそう)
蒼真くんのおかげで用もなくなり、未紅はぼんやりと蒼真くんたちの後ろ姿を見送る。
(もし私もさっきの子みたいに差し入れしたら、蒼真くんに受け取ってもらえるのかな)
未紅の心に
ほんの少し、ちょっとだけ見せてくれた優しい笑み。
最初に見たときと同じもの。
(あんな風に笑いかけてもらえるのかな)
思い出しただけで胸がどきどきしてくる。
自分のなかに、こんな感情があったなんて知らなかった。
二年近く前に会話してから、ずっとずっと遠くから見ていただけだった。
だから、それで十分だと思ってた。
(だけど)
ひさしぶりに蒼真くんと話して。
蒼真くんの微笑みを間近で見て。
(もっと、蒼真くんの笑顔が見たい)
(蒼真くんのいろんな表情が見たい)
(まわりの人たちみたいに、蒼真くんと楽しそうにしたい)
どんどん、どんどん、
(蒼真くんが、好き)
すとんと、好きって言葉が胸に落ちてきた。
(あ──)
そうか、と気付く。
(だから私、樹里先輩と付き合ってほしくないなんて思っちゃったんだ)
ふつうのファンなら、きっと蒼真くんが幸せになることを祝福できた。
蒼真くんが幸せなら私も
(だけど、私はそうは思えない)
わがままに、蒼真くんを
(私、蒼真くんのこと好きなんだ……!)
ただの
遠くから見てるだけの、憧れのひと。
だって実際、たいして彼のことを知りもしない。
(でも、ただの憧れならこんなに苦しいはずない)
まだ
(私の、
熱い
中庭のはしで、落ち葉がカサカサと
ふと、リリコの言葉を思い出す。
『蒼真くんが樹里先輩と付き合いはじめたら、未紅ちゃんとこんな風に蒼真くんトークで盛り上がることもなくなっちゃうんだね』
『もしかしたら、これが最後のチャンスになるかもしれないじゃない?……なら、未紅ちゃんといっしょに思い出作りたいし』
『高2のバレンタインは人生で一回きりなんだよ?』
(〝最後のチャンス〟)
たしかにリリコの言うとおりかもしれない。
どくん、と、未紅の心臓が大きく
(蒼真くんと樹里先輩が付き合ったら、チョコどころか差し入れもできないかも)
未紅は蒼真くんに差し入れをしたことはない。
(本当なら、
でも、リリコが
結局、蒼真くんと話す機会は今日までなかったし、お礼は言えないままだ。
(ちゃんと蒼真くんにお礼を言いたい。それに)
考えながら、未紅はすっかり遠くなってしまった蒼真くんたち四人の後ろ姿を見る。
(私もあんなふうに楽しみたい。蒼真くんに気持ちを伝えたっていう、思い出がほしい)
だから、と、未紅はこぶしを
(リリコにはああ言ったけど、やっぱり私も蒼真くんにチョコを
たとえ
(きっと、このまま気持ちを
告白なんてされたことはない。
彼氏ができたこともない。
だけど、だから、せめて初めて好きになった憧れのひとに、チョコレートくらい
(私の初恋を、大事にしたい────)
未紅は、そう決意したのだった。
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