第6話「コンビニの変」

 自宅のプリンターのインクが切れた。ストックはなかった。

 頼むぜジョニー(プリンター)、コピーしたい原稿があるっていうのに。

 時計を見ると、午後七時半を指していた。今からインクを買いに行ってもいつもの店には間に合わない。仕方なく私はコンビニに行くことにした。

 けないファイルに見られたくない原稿を入れると、さいを持って一階に下りる。去年ノリで買った日本語Tシャツに中学時代のハーフパンツ、パーカーを羽織っていざしゆつじん

 くついていると、げんかんに並んだ大きなスニーカーに気がついた。帰ってきているんだな。そう思った直後、リビングのとびらが開く音がした。

「リホ、今から出かけんのか」

「兄ちゃん」

 リビングから顔を出した兄は、顔にばんそうこうをいくつもっていた。くちびるはじっこには青あざ、こめかみは治りかけの変な色をしている。またけんしたのか。中学時代から体に傷をこさえて帰ってくるので、私はもう慣れたものだった。あえててきはせずに、いつもの会話をする。

「コンビニ行ってくる。なんか欲しいものある?」

「もう暗いぞ」

「うん」

「……っチ、早く行ってこい」

「う、うん」

 相変わらず兄とは会話がみ合わない。動物っぽいというか、神谷たちはどうやって兄とコミュニケーションをとってるんだ。

 ますます兄が睨みつけてくるので、ぶんなぐられないうちに家を出ることにした。


■□■


 高性能のプリンターが家庭にきゆうしてからは、コンビニでこそこそコピーをする機会は大いに減ったと思う。原稿を忘れて二度とそのコンビニに行けなくなった私にしてみれば喜ばしいことだが、原稿を置いてきて悲鳴を上げた痛々しいおくは、今でもる前にとんの中で思い出す。

 コンビニにとうちやくした私は、すばやく店員の位置をかくにんした。

 いけるっ、店員はおにぎりを並べていてこっちには気づいてないぞリホコ、作戦開始だ!!

 五百円玉を投入。原稿を取り出し、コピー機に並べてカバーを閉じる。この一連の作業があと十五回。早く終われぇえええ!!

「あ、吉村だ」

 あと五枚というときだった。そのしゆんかん、私の心臓はたしかにいつしゆん停止した。

「ひぃっ、岩迫君!?」

「やっほーぐうぜん

 そんなさわやかにあいさつできるようなじようきようではない!

 岩迫君はテニスラケットの入ったバッグを背負い、手には通学かばんを持っていた。テニス部ってばこんな時間までやってるのかこのがんり屋さんめっ。しかも後ろからは同じようなスタイルの男子生徒たちがぞろぞろと入ってくる。「サコ、知り合い?」とか言って次々私を見てくる。ノー、やめてくれ。

「吉村、家この辺なの?」

「えぇ、まぁ、うん」

「ここ部活帰りによく寄るんだ。買い食い楽しいよな」

「よ、ようかんとかね」

「羊羹は買ったことないなあ。パンとかぶたまんだろ、普通」

 普通じゃないことをやってる私は早くこの会話を終わらせたくてたまらなかった。コピーされて出てくる原稿が彼から死角にあって本当に助かった。

「あ、また明日あした、数学教えてよ」

「う、うん」

「よかったあ。あの先生、俺にばっか難しい問題当てるんだよな」

「そ、そうだね」

 毎日寝てりゃあ先生も意地悪したくなるよ。それに気づかない岩迫君はもしや天然キャラなのか。

 しかしそれも彼ならえポイント加算である。五味はオタクという時点でマイナス二万点だがな。

「もうすぐ中間テストだよな。吉村、勉強してる?」

「いや全然」

「とか言ってー。本当はやってるんだろ」

 やってない。テストは基本いちけである。

 それにしてもよくもこう会話のネタがあるものだな。これがリアじゆうというやつか。私もアニメネタなら豊富にあるんだが、ここでろうできないのが残念だ。

「なあ」

「な、なんスか」

「コピー終わってない?」

 ギックーそこに気づきましたか!

 あと五枚コピーしたいんだがそんなぜいたく言ってられん。すみやかにここから立ち去りたい。だが、だがしかしっ。

 げん稿こうを取り出し、大量に印刷したブツを彼に見られずに鞄にえるだろうか。万が一取りこぼし、原稿がバッサーってなったらどうする? そういや昔、大量の同人誌を道のど真ん中でバッサーしたことあったな。立派なトラウマだ。

 そのときである。コンビニに救世主が来店した。

「マイナス二万点五味ー!!」

「うわぁっ、リホせんぱいだびっくりしたマイナス二万点!?」

 今! このとき! 現れた五味、いや五味君!!

 私は声無きテレパシーを使して現在のきゆうじよううつたえた。奴なら分かってくれるはずだ。コピー機、大き目の鞄、具合の悪そうな顔。これらから導き出される答えはたったのひとつである。

「サコ先輩、パン見に行きましょうよ」

 ナイス! ちようナイス!

 パンコーナーは店内一番奥。レジ横のコピー機とは正反対。お前はできる子だと思ってたよ!

「ね、早く行きましょうよ! 俺、おなかぺこぺこです」

 ……可愛かわい子ぶったな、マイナス五十点だ。

「引っ張んなよ五味、じゃあまた明日な、吉村」

 顔の横で小さく手をる岩迫君。うわ、可愛い。

 女子がさわぐのも分かる。ちゆうから岩迫空気読めよとほんのちょっと思ったことを反省する。五味もナイスアシスト、あとでメールでめておこう。

 危機が去り、私は原稿の回収にとりかかった。

「そうだ、吉村」

「うぁあああああ」

「えっ、どした?」

 行ったんじゃなかったの? 五味おめーパンに夢中になって岩迫君を野放しにしてんじゃねーよ!

 本日二度目の心臓停止にもはやなみだの私である。もう絶対にテニス部が立ち寄るこのコンビニは利用しない。絶対しない。

おどろかしてごめんな。きたいことがあってさ」

「は、はい、」

 な、なにを訊くというのだ一体。ま、まさかコピー機で何を印刷してるのか訊きにきたとでもいうのか!?

「メアド教えて」

「へ」

?」

 高二男子がコテンと首をかしげるなぁあああ!

 駄目だ、岩迫君と話していると息が切れる。現実の男の子ってなんてつかれるんだ。

 男子にメアドを訊かれるのは初めてだったせいか、私はちょっぴりきんちようしていた。オタクのメアドがイケメンのけいたいに入っちゃっていいのかよ。岩迫君やさしすぎる。ちなみに五味は男子のカテゴリーには属さない。メアドこうかんの際、まったくといっていいほど緊張しなかったのがそのしようである。

「ありがとな」

「いえいえこちらこそ」

「これで数学の問題、いつでも訊けるな」

「答えをメールで送るのめんどいからイヤだよ」

 私は迷った末に名前を『天然岩迫君』と入力した。温泉みたいになった。

 今度こそ別れを告げると、私は速やかに原稿を回収してコンビニを去った。

 残り五枚の原稿をコピーするべく別のコンビニに行く途中、携帯がふるえてメールの着信を知らせてくれた。さっきアドレスを交換したばかりの岩迫君からだった。

 早っ。そう思いながらメールを開く。

『吉村のメアドゲット! 今度部室に遊びにいっていい?』

 うっ、みようだな。イケない本かくさないといけないじゃん。

「三日前にはお知らせください、と」

 送信。五分とたたずに返信がくる。

『何隠してるんだよ? 気になる。まさかエロ本!?』

乙女おとめの夢です、と」

『五味がすっげー笑ってる。乙女の夢ってなんだよー』

「この世には知らなくていいことがあります。返信不要、と」

 携帯を閉じてしりポケットに仕舞った。それほどはなれてはいない別のコンビニが見えたころ、もう来ないだろうと思ったメールが来た。五味からだった。

『乙女の夢ってなんスか。マジウケる!』

 私は返信せずに携帯を閉じた。




<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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