春日坂高校漫画研究部 第1号 弱小文化部に幸あれ!/あずまの章

第1話「ジョブ→オタク」

 よしむら。高校二年、十六歳。

 兄はヤンキー、妹はギャル。そして私は三つ編み眼鏡のオタク女子である。

きようだい見てると私だけジョブチェンジに失敗したなって思うよ」

「じゃあオタクやめたら」

「そんなのできないよ。私からオタクを取ったら眼鏡しか残らないじゃんか」

「それもそうね」

 じようだんで言ったつもりが親友はあっさりなつとくした。こらそこの後輩、笑うんじゃない。

 春日かすがざか高校漫画研究部の部室は、旧校舎二階に小ぢんまりと存在する。

 元は生物化学準備室であった部屋には、ホルマリンけにされたなぞの生物が今も棚にところせましと並んでいた。日当たりも悪く、すっぱい薬品のにおいもみ付いていて、部室としてはよろしくない。

 良い点があるとすれば、ガス水道のついた小さな調理場の存在である。これだけはどこの部室にも負けていないだろう。

 おかげで昼や放課後はインスタントラーメンやコーヒー紅茶が飲み放題。漫画を読みつつゆうなティータイムも過ごせるという絶好のまり場なのである。

「吉村せんぱいって三人兄弟なんですか」

「そうだよ、私以外は二人ともリアじゆうってやつだよ」

 話しかけてきたのは後輩のざき。私たちはマリちゃんと呼んでいる。

 大人しそうな外見にだまされてはいけない。ときどきこちらがドキっとするような言葉をいてくるから要注意だ。今年入部したまんけんのホープである。ほかにも二人の一年生がいるが今はかつあいしよう。

「家でどんな会話してるんですか? うち、弟がいるんですけど、ほとんど話したりしないんですよね」

「うちもそんなもんだよ。むしろきらわれてるかも。昨日も妹にオタクキモいって言われたしね」

「妹、あくね」

「そうなんだよ! 私、弟が欲しかった!」

「弟も変わりませんよ」

「一人っ子の私、勝ち組ね」

 勝ちほこっているのは、同じ二年生であり漫研副部長でもあるきたがわれいだ。

 ゴージャスな名前に見合った堂々たる長身にきりりとした顔立ち。実家はけんどう場を開いているので、幼いころから武道に親しんでいるかくとう少女でもある。あいしようはキタちゃん。

「兄弟の真ん中って一番ナメられるポジションだよね。上からも下からもき上げられてさあ。親なんて長男と末っ子ばっか可愛かわいがって真ん中の私はスルーなんだから」

「それをいいことに部屋で漫画いてるくせに」

「キタちゃんは私を悲劇のヒロインにはさせてくれないよね」

 問題ばかり起こすヤンキーの兄に、ギャルで甘え上手な末っ子の妹。親はなんだかんだ言って手のかかる子供ほど可愛がるものだ。目立たず大人しかった私はあまり構われることがなく、ずいぶんさびしい思いをしたものである。

 しかし中学一年生のとき、友達のお姉さんにイケない道へとさそわれそのままどっぷり。寂しさなんてものは忘れ去り、くされたしゆへとまいしんした。今でははつこいの人は二次元の住人でしたと言えるほどに立派なオタクと化している。

「あと兄弟いるとさ、その友達を家に連れてくるんだよね。兄弟以外のヤンキーとギャルが家にいる間はこわくてトイレにも行けないんだよ」

「うちも弟が部活仲間を連れてくるんですけど、こないだ何て言ったと思います? ダサい姉ちゃん見られるのずかしいから絶対部屋から出るなよ、ですよ!」

「弟、悪魔ね」

「弟ヒドイ! 弟ってさ、帰り道にぐうぜん会って『姉ちゃん、かばん重いだろ。持ってやるよ』って言ってくれるんじゃないの!? 深夜にプリンを買いに行ってくれるんじゃないの!?」

「そんな天使いませんよ」

 あっさり否定されてショック! 弟に夢見てただけに、ショーック!

 兄弟話にきようかんしていると、部室の重いドアが開く音がした。

「しゃーっス!」

 入ってきたのはひとりの男子生徒だった。大きなスポーツバッグをかたから外しながらこちらにけ寄ってくる。

「あ! なんかいいにおいがする! 何スか、紅茶!? アップルティー!? 俺も飲みたい!」

「うるさいのが来たよ」

「イケメン帰れよ」

君、部活は?」

 散々な言われようの男子生徒、その名を五味たかという。キタちゃんが吐き捨てたとおり、漫研には似つかわしくないイケてるボーイである。テニス部とけんしており、ひまを見つけてはやってくる。

 漫研への入部はほかの二人より少しおくれての五月。つまりは今月になって入ってきたばかりなのだが、すでにみまくっているというおそるべきポテンシャルを持ったテニス部の王子様である。

「今日はミーティングだけだったんだ。ねえねえ先輩、これ飲んでいいっスか」

「いいよ」

「やったー! ……ってうすいっ、色が出ない!」

「すでに三人分出したからな」

「もっと早く来ればよかったぁ」

 薄い茶色の飲み物を片手に、五味は女三人の輪の中に何のためらいもなく入ってきた。

「何の話してたんっスか」

「兄弟の話」

「妹と弟は悪魔だったよ」

「そーなんスか? うち、妹も弟もいるけど、俺になついてめっちゃ可愛いっスよ?」

 相変わらず空気の読めないイケメンである。

 どうせあれだろ、イケメンはたとえバリバリのオタクだろうと結局はイケメンであるから兄弟は嫌ったりしないのだ。人間見た目が九割強、これが悲しい現実なのだ。

「そうそうリホ先輩、借りてた漫画返します。続きはないんスか?」

「なんの漫画?」

 表紙が見えないよう黒いふくろに入ったそれをキタちゃんにパスする。中から出てきたのは、私が敬愛してやまないぼうBL作家様の漫画であった。しかもテニス部をたいにして男子たちが組んずほぐれつしている内容である。これを熟読し「男子のせんさいじようちよを見事にびようしやしていましたね。俺はどっちかというとわきやくの男とくっついてほしかったっス」と五味は言ってのけた。

「五味君……」

「お前というやつは……」

 キタちゃんとマリちゃんのきようがくまなしが五味に注がれる。だんという言葉がささやかれて久しいが、五味はオールジャンルというかストライクゾーンが広いというか、来るものこばまずというか。へんけんがないっていうのは良いことだと思うよ、うん。

「そうだ、キタちゃん。さち部長のおい、いつ行く?」

「再来週あたりならいいわよ」

「私も行きます。メグちゃんにも言っておきますね」

「俺も行きたいけど、テニス部あるし……」

 四月に入院した部長に会ったことがないのは五味だけだった。ひどく残念そうにしているが、部長だって同じくらい残念に思っているんだぞ。なんせ五年ぶりに現れた漫研の男子部員だ、病室で知った部長の喜びようはすさまじかった。

 その幸子部長は三月はじめに不幸にも事故にい、現在は入院中である。もうひとりの三年生、トモ先輩はすいそうがく部との兼部でこちらにはめつに顔を見せない。ときどき音楽室があるほうからアニソンをかなでてその存在を主張している。

 全員が顔を合わせられるのは、おそらく夏休みになるだろう。一学期の間は私たち一、二年生だけでの活動になる。顔合わせとなる漫研こうれいの合宿が、今から楽しみだ。

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