先輩は可愛い。だけど、先輩は、格好良い。 渚乃雫

 先輩は可愛い。

 これは、この学校に通うたいていの人間は知っていること。


 けれど、その先輩が、

 実は、とても格好良い人だということを知っているのは、


 たぶん、私だけだ。


「お、みゆきちー、おはよう」

「おはようございます。先輩」


 キコキコと聞こえてきた自転車をこぐ音にり返れば、先輩はいつものオレンジ色の自転車をいつもの場所へめている。

 先に歩き出した私に、「あ、ストップ!」と先輩は私がかたからかけていたカバンのベルトをつかみながら呼びとめる。


「何ですか…」


 早朝ということもあり、私のテンションはそこまであがっていない。め息まじりに見るとみをかべた先輩に「ちょっとそこに真っすぐ立ってよ」と言われ、私は「めんどう…」とつぶやく。


「立つだけじゃん!」

「どうせまた身長比べるだけですよね? そんなびてないですって」

「昨日はめっちゃたから伸びてるはず!」

「はいはい、先輩、先行きますよ」

「あ! こら!」

 朝一番に顔を合わせるたびに、先輩は私との背比べを要求してくる。

 初めのうちは可愛かわいらしい先輩の、可愛らしい行動だなぁ、となおに要求に応じていたのだが、こうも毎日続くとだんだんと面倒になってくる、というか、何というか。


「もー、みゆきちは何でそんなにめんくさがりかなぁ」

「そもそも、目で見ただけで私をくほど、一晩で背が伸びてればせんぱい、学校来れていないと思いますけどね。激痛で」

「うそ。まじで」

「やっぱアホなのかな、この人」


 はぁぁ、とあきれて大きな溜め息をつくと、「まぁ、いいじゃんか。ほら、立って」と先輩はこりずにニカッと笑いながら私の手をつかむ。

 つかまれたしよが、熱い。

 初めのうちはなんとも思わなかったこの行動に、胸の中がざわついて、先輩にさわられた場所が熱を帯びてくるようになったのは、ここ数ヶ月のこと。

 けれど、目の前の先輩は、私がそんな風に思っているなんて、気づいてもいない。気がつくはずも、ない。


「何でまだみゆきちのが高いんだよ! 俺、かなり寝たのに! 1リットルも牛乳飲んだのに!」

「……やっぱアホだな、この人」


 心底くやしそうに言う先輩に、あきれた表情を向けながらつぶやけば、「ひでぇ!」と先輩はショックを受けたような表情を浮かべる。


「みゆきち! 俺、先輩だよ!?」

「知ってます」

「知っててコレ!?」


 うそだろ!? と声をあげる先輩に、「先輩、部活行きますよ」とつかまれていた手から、ゆるりと抜け出して歩き出せば「あ、コラ、置いてくなよ」と先輩のこうの声が近づいてくるものの、声に答えることなく、校舎入り口へと歩いていく。


「かずくん、みゆきちゃん!」


 私と先輩の名前が、朝であっても、可愛かわいらしい元気な明るい声に呼ばれる。

 その声の持ち主は、先輩のおさなみのみつはし先輩で、「かずくん、相変わらず背が伸びてないの?」とクスクスと楽しそうに笑っている。


「おいコラ! あん!」

「おはようございます。三橋先輩」

「おはよう、みゆきちゃん」


 ふふ、と笑う三橋先輩の黒く長いかみがさらりとれる。

 れんな美少女、という言葉がぴったりな三橋先輩に「無視かよ!」とこの中で一番、身長の低い先輩が、非難の声をあげるものの、三橋先輩は、うふふ、と笑いながら、先輩の頭に片手をポン、と乗せる。


「かずくんは、このサイズだからいいのよ」

「おい。杏奈お前な…」

「このサイズだから、可愛いんじゃない」


 おんがつきそうなくらいにじようげんな表情で、グリグリと三橋先輩は、かず先輩の頭をで回している。


「ちょ、お前っ、まじでやめろ!?」

「もうちょっと!」


 グリグリ。ぺたぺた。そんな効果音で、いやがる先輩を触り続ける三橋先輩は、まるで小動物をでるかのようで、ときどき、んふふ、とか言いながら触り続けている。

 かず先輩もかず先輩で、耳を赤くさせながらも、振りほどくようなりも見せない。

 その様子を見るたびに、肺の中が重苦しくなる気がするし、ざわついた気持ちになるし。けれど、そんなのは、私だけなのだ、と先輩を見ているとにでも自覚をさせられる。私は先輩が気がつく前に、その場をはなれた。



「あー、かず先輩、また三橋先輩に可愛がられてるー!」

「かず先輩可愛いー」

「赤くなってるー!」

「かず先輩、小動物みたい!」

「ネコっぽくない?」

「そうかも!」


 朝練を終えた生徒たちが、入り口でじゃれ合っている先輩と三橋先輩を見て楽しそうに言いながら歩いていく。


「あ、おい! こら! 俺は小動物じゃねぇぞ!」


 周りの会話が聞こえた先輩が、三橋先輩の手からどうにかこうにかげ出しながら、声をかけるものの、彼らは先輩の言葉に笑みを浮かべたまま歩いて行くだけで、「人の話を聞けぇ!」と先輩がさけんでも反応はもどってこない。


 先輩は、可愛い。

 周りに比べて、少し背が小さくて、顔は童顔で。


「おい! みゆきち!」


 ガタンッ、と部室のドアが派手に開かれる。


「先輩、うるさいです」

「あ、すまん、じゃねぇし! なんで先行くんだよ」


 はぁっ、はぁっ、と息を切らしながら現れた先輩は、たぶん、ここまで走ってきたのだろう。


「別に、先輩と約束なんてしてないですし」


 われながらに、可愛くないと、自覚している。けれど、口をついて出てくる言葉がコレなのだから、仕方が無い。


「約束って、お前なぁ」


 あきれたようなせんぱいの声に、ふい、と横を向けば、ふっ、とか先輩の短い笑い声が聞こえ、視線を戻す。


「なに、いてるのか?」


 みように自信満々な声と、やけに格好つけた表情は、いつもは可愛い先輩が、たまに見せつけてくる表情で、その声に、心臓の奥のほうが、ぎゅ、とつかまれたような気持ちになる。


「や、妬いてません」

「ははっ」

 まるで、真夏の太陽みたいに、じりじりと、熱せられているかのようで、ほおにだんだんと熱が集まってくる。


「なぁ、みゆきち」

 真っすぐに私を見つめる先輩のひとみが、かなしばりのように、私の身体からだの自由をうばっていく。

「俺は、可愛い?」

 ぎゅ、と私の手をにぎりしめて言う先輩の童顔は、だんは下がり気味な目元も、こんな時ばっかりキリッとした目元になって、いつもは明るさばかりを宿している瞳も、熱がこもっていて。

 可愛いなんて言葉は、全く似合わない。


「か」

「ん?」

「可愛く」

「可愛く?」

 じり、と先輩が近づいてくる。

 後ろに下がる場所なんて、いくらでもあるのに、離れたくても、離れられない。


「可愛く、ない」

「もう一回」

「……可愛かわいくない!」


 バッ、と先輩の手をはらい、その勢いのまま横を向きながら言えば「そうだな」と先輩がやさしい声で答える。


「可愛いのは、俺じゃなくて」

「んぐ」


 むぎゅ、と両頰が、先輩の手にはさまれる。

「みゆきちのほうが可愛いんだけど」

 ニカッ、と笑うがおは、可愛いよりも、格好良くて。

 ぶあっ、と頰に熱が一気に集まってくる。


「まぁ、でもその可愛さは」

 ほかには、見せないけどな、と笑った先輩の顔は、やっぱり、格好い。

 先輩は可愛い。

 これは、みんなが知ってること。


 けれど、やっぱり。

 先輩は、可愛いよりも、格好良い。

 だって、そうでなければ、私の心臓はこんなにもうるさく、さわぐはずがないのだ。


「先輩」

「ん?」

「やっぱり、先輩は、格好良いです」


 そう伝えた私に、「今さら気づいたか」と、先輩はうれしそうに、笑った。

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