先輩は可愛い。だけど、先輩は、格好良い。 渚乃雫
先輩は可愛い。
これは、この学校に通うたいていの人間は知っていること。
けれど、その先輩が、
実は、とても格好良い人だということを知っているのは、
たぶん、私だけだ。
「お、みゆきちー、おはよう」
「おはようございます。先輩」
キコキコと聞こえてきた自転車をこぐ音に
先に歩き出した私に、「あ、ストップ!」と先輩は私が
「何ですか…」
早朝ということもあり、私のテンションはそこまであがっていない。
「立つだけじゃん!」
「どうせまた身長比べるだけですよね? そんな
「昨日はめっちゃ
「はいはい、先輩、先行きますよ」
「あ! こら!」
朝一番に顔を合わせるたびに、先輩は私との背比べを要求してくる。
初めのうちは
「もー、みゆきちは何でそんなに
「そもそも、目で見ただけで私を
「うそ。まじで」
「やっぱアホなのかな、この人」
はぁぁ、とあきれて大きな溜め息をつくと、「まぁ、いいじゃんか。ほら、立って」と先輩はこりずにニカッと笑いながら私の手をつかむ。
つかまれた
初めのうちはなんとも思わなかったこの行動に、胸の中がざわついて、先輩に
けれど、目の前の先輩は、私がそんな風に思っているなんて、気づいてもいない。気がつくはずも、ない。
「何でまだみゆきちのが高いんだよ! 俺、かなり寝たのに! 1リットルも牛乳飲んだのに!」
「……やっぱアホだな、この人」
心底
「みゆきち! 俺、先輩だよ!?」
「知ってます」
「知っててコレ!?」
「かずくん、みゆきちゃん!」
私と先輩の名前が、朝であっても、
その声の持ち主は、先輩の
「おいコラ!
「おはようございます。三橋先輩」
「おはよう、みゆきちゃん」
ふふ、と笑う三橋先輩の黒く長い
「かずくんは、このサイズだからいいのよ」
「おい。杏奈お前な…」
「このサイズだから、可愛いんじゃない」
「ちょ、お前っ、まじでやめろ!?」
「もうちょっと!」
グリグリ。ぺたぺた。そんな効果音で、
かず先輩もかず先輩で、耳を赤くさせながらも、振りほどくような
その様子を見るたびに、肺の中が重苦しくなる気がするし、ざわついた気持ちになるし。けれど、そんなのは、私だけなのだ、と先輩を見ていると
「あー、かず先輩、また三橋先輩に可愛がられてるー!」
「かず先輩可愛いー」
「赤くなってるー!」
「かず先輩、小動物みたい!」
「ネコっぽくない?」
「そうかも!」
朝練を終えた生徒たちが、入り口でじゃれ合っている先輩と三橋先輩を見て楽しそうに言いながら歩いていく。
「あ、おい! こら! 俺は小動物じゃねぇぞ!」
周りの会話が聞こえた先輩が、三橋先輩の手からどうにかこうにか
先輩は、可愛い。
周りに比べて、少し背が小さくて、顔は童顔で。
「おい! みゆきち!」
ガタンッ、と部室のドアが派手に開かれる。
「先輩、うるさいです」
「あ、すまん、じゃねぇし! なんで先行くんだよ」
はぁっ、はぁっ、と息を切らしながら現れた先輩は、たぶん、ここまで走ってきたのだろう。
「別に、先輩と約束なんてしてないですし」
「約束って、お前なぁ」
あきれたような
「なに、
「や、妬いてません」
「ははっ」
まるで、真夏の太陽みたいに、じりじりと、熱せられているかのようで、
「なぁ、みゆきち」
真っすぐに私を見つめる先輩の
「俺は、可愛い?」
ぎゅ、と私の手を
可愛いなんて言葉は、全く似合わない。
「か」
「ん?」
「可愛く」
「可愛く?」
じり、と先輩が近づいてくる。
後ろに下がる場所なんて、いくらでもあるのに、離れたくても、離れられない。
「可愛く、ない」
「もう一回」
「……
バッ、と先輩の手を
「可愛いのは、俺じゃなくて」
「んぐ」
むぎゅ、と両頰が、先輩の手に
「みゆきちのほうが可愛いんだけど」
ニカッ、と笑う
ぶあっ、と頰に熱が一気に集まってくる。
「まぁ、でもその可愛さは」
先輩は可愛い。
これは、
けれど、やっぱり。
先輩は、可愛いよりも、格好良い。
だって、そうでなければ、私の心臓はこんなにもうるさく、
「先輩」
「ん?」
「やっぱり、先輩は、格好良いです」
そう伝えた私に、「今さら気づいたか」と、先輩は
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