レンズの向こうに何をみる 紗子

 買ってもらった3日後に「これじゃなかったなあ」とこうかいしたきよだいなビーズクッションにもたれかかっていると、テーブルの上のスマートフォンが震えた。人をダメにするらしい大きくもっちりしたかたまりは、うちの居間を堂々とせんきよし、わたしの誕生日プレゼントだったはずなのに家族がかわるがわる使っている。同じ金額ならもっと、ちがうものにすればよかった。あーあ。


 スマートフォンが2回、怒ったように震えるのでうでばした。

 となりのソファでテレビをていた兄が「みえない」とかたを押してくる。

いつしゆんじゃんか」

 そう言い返してキッチンへ行く。冷蔵庫から作りおきの麦茶を取り出してスマホの画面をかくにんすると、同じ部員でトランペットパートのことからだった。

 ──うみちゃんやっぱ土曜日は行けないって

 ──2年生も日曜の方がいいってパート練のとき言ってたし

 ──日曜になりそう


「まじか──」

 そうなると、いつしよに買い物に行く相手は1人しかいない。たけうちせんぱいだ。


 ──おっけー。ありがと。じゃあおたがい、いいプレゼント見つけようね


 そう送ると、麦茶を一気に飲み干した。居間にもどると、居間をせんりようするクッションを占領する兄がいた。

 世の中にはイケメンにあたえられる名字というのがあるのだろうか。

 竹内先輩は、そう思わせてしまう整った顔をしている。ただ、選んだ部活とその深く刻まれたけんのシワのおかげで、なんとなくモテない方向に進んでいるとわたしは勝手にぶんせきしている。

 運動部に入部していたらさぞ女の子に囲まれていたに違いないが、彼はすいそうがく部のホルンを選んだ。

 いつぱん的に吹奏楽部は女子がほとんどだが、うちの部活は、昔からなんとなくいろこいからえんどおいらしい。練習はかなり厳しいけれど、れんあいうといわたしはその辺における部内ののんびりしたふんが好きだった。


 そして、先輩はホルンをくときもめんを見るときももんのおじいちゃん先生と話すときも、敵にじゆうこうを向けるスナイパーのような目つきをしている。それが原因で、彼は「なんかこわい」「視線で射殺される」「ねこげていくのを見た」「生活指導のみなみ先生をカツアゲしてるらしい」などなど、よからぬうわさのオンパレードなのだ。


 さて、話は変わるけれど、来週の火曜日は先輩の誕生日だ。竹内先輩のではない。竹内先輩の先輩で、わたしの大事な先輩の、づき先輩の誕生日。生徒会書記と吹奏楽部部長をかけ持ちする先生からのしんらい厚い優等生、であることを武器に、校則はんのアルバイトをかげでしている先輩だ。アルバイトは自分のホルンを買うためにしているという。

 わたしの部活ではパート(同じ楽器のグループ)のメンバーにバースデープレゼントをわたすのが、習慣になっている。というか、習慣がなくてもわたしは美月先輩にプレゼントを渡したいから、そこは全く問題じゃない。

 なやんでいるのは、そのプレゼントをパートのメンバー同士で相談して買いに行くというところだ。ホルンは各学年に1人しかいない。3ひく1は2。その解答をひっくり返すべく、トランペットパートの琴葉をさそい、合同で買い物に行こうと思ったけれど、あてが外れてしまった。そこでお察しの通り、イケメンスナイパー竹内先輩と2人で出かけることになったのだ。


「あの、土曜日なんですけど」

「あ?」


 来月のミニコンサートで演奏するがくを読み込んでいた竹内先輩は、ばやく顔を上げた。


「どよ、土曜日の、買い物ですけど」

「ああ」


 女の子のプレゼントを買いに行くのはずかしくないですか? もしよかったら、わたし1人で先輩の誕プレ買いに行きますよ!

 スマホのメモアプリで台本まで用意したのに、口から出たのは、


「土曜、わたし1人でもだいじようですよ?」


 シンプルで下手したらけんを売っていると思われそうなセリフだった。

 竹内先輩はうすで静かにわたしをながめる。

 ほそおもての顔がこちらをじっと見つめる様子は、あくわるだくみをしているようで怖かった。


「べつに。俺も行くよ」

「そうですか……そうですよね」

「集合、東口に10時半でいい?」

「あ、はい」

かわさきは時間ちゃんとしてそうだな」


 それだけ言うとすいっと目線を楽譜に戻した。すっかりおびえているわたしには、絶対こくすんなよ、と言っているように聞こえた。

 10時丁度。集合場所にとうちやくしてばんぜんの態勢でのぞんだわたしは、東口をウロウロするはとをひたすら数えて気持ちを落ち着かせようとしていた。


 入部して早3ヶ月、竹内先輩と話したことはほとんどない。練習で教えてくれるのはめんどうの良い美月先輩で、竹内先輩はもくもくと自分の譜面と向き合っていた。

 一度、まだ入部したてのころに、トラウマといって差しつかえないくらい怖いことがあった。


 合奏練習でわたしが吹くところをちがえたとき、隣に座る彼の肩がピクリとふるえた。そのときは何もなかったが、きゆうけい中ヒヤヒヤしながら問題の小節を練習していると、

「間違えるならそこ吹かなくていい」

 あと、小節番号っといたら。

 先輩は背後からわたしの楽譜をのぞき込み、そう付け加えて立ち去った。


 まちがえるならそこふかなくていい。


 彼が放った言葉のだんがんは、のんびりと日々の練習をこなし、そこそこに生きていたわたしの脳天を正確にいた。


 ──河崎の中で スナイパー竹内先輩が 誕生したしゆんかんだった。

 ぐちトモロヲのナレーションを入れてそうにもあまりに大きなしようげき。翌日の部活は本当に行きたくなくて、先輩に会うのが怖かったし、また何を言われるのだろうかと想像をめぐらすたびに、内臓がよじれる思いだった。授業中に何度も休む言い訳を考えたけれど、ここで休んだら一生行けない、とわたしの中でだれかがささやいた。だから、決死の思いで部活へ行ったのだ。


 あのときと比べたら、一緒に買い物に行くくらい全然マシ! そう言い聞かせ、こぶしをきつく結んだ。わたしの周りにいた数羽の鳩が、パンくずかなにか持っているのではないかと、そのにぎりこぶしを期待のまなしで見つめていた。

 先輩は、早めに来そうな気がする。


 約束の時間の10分前、そう思って周りを見回していたら、メガネをかけた男の人がにこやかに近づいてきた。

 だれ!? こわ! 美容師の人かな?

 以前同じ場所で「パーマ安くできますよ」と声をかけられたことを思い出した。最近行ったばっかですからって断ろ──


「河崎、やっぱ早く着いてたね」


 なんと、竹内せんぱいだった。

 黒いVネックのTシャツに黒スキニー、プラスくろぶちメガネ。シンプルですごく似合っていた。けれど、なぜか私服へのしんせんさよりかんの方が強い。


「何分に着いた?」

「じゅうじ、あっ、今来たばっかです!!」

「10時ジャストか」


 なんで分かるんですか!


 心の中でっ込むと、顔に出ていたらしく、

「もし10分とか15分に着いてたら、『10時』からとっさに言わないでしょ。俺、『何分に着いた?』って聞いたし」

「あ、たしかに」

「な」

 先輩は口のはしをニッと曲げて笑った。そこで違和感の正体に気づく。


 今日、わたしは初めて先輩の笑った顔を知ったのだ。


「やっぱだんから使えるぶんぼうとかの方がいいんじゃないの」

「使えるもの系……うーん、タオルとかならありです! 美月先輩のペンケース結構小さいから、あんまりモノが入らないと思うんですよ。だから新しい文房具あげたらパンパンになっちゃうかも」

「へーえ。俺、人のペン入れのかたちなんて覚えてたことないわ。よく見てんね」


 8階まであるショッピングモールめぐりは2周目にとつにゆうした。


 一体どうしたことか、この日の竹内先輩は部活のときとは別人だった。

 思いついたことをぽんぽんしやべるし、乗り気じゃないのではと思っていたプレゼント選びにもとても熱心で、何よりけんしわはきれいになくなり、ときおり笑ってみせる。


 美月先輩にぴったりのプレゼントを見つけるためにフル回転すべき脳みそが、「普段とはちがう竹内先輩」に意識を持っていかれる。


 全然こわくなくてうれしいけど、これはこれで集中できない!


 散々迷って、ピンクとブラウンのチェックがらのハンドタオル、お弁当用のトートバッグにした。トートバッグは、動物たちがいろんな楽器をいている様子がふんわりしたタッチのイラストでえがかれている。

 ハンドタオルは部活中よく使うので何枚あっても困らないし、トートバッグは美月先輩は高校にお弁当をよく持って来るのでぴったりだと思った。

 週明けにわたしがプレゼントを持って行くはずを整えて、準備はばんぜんだ。


■□■


「無事決まったし、ちょっとおそいけど、昼メシ食べてから出ない?」

 エスカレーターで下の階へ向かうちゆうにフードコートが見えて空腹を感じたとき、先輩がそう提案してくれた。

「します! 食べます!」

 ああ、こういうづかいができるのって大人だなあ、と思う。

 わたしは単純だから、今日半日で「先輩怖いモード」からあっという間に「先輩すごいモード」に切りわってしまった。


 フードコートを一通りぐるっといつしよに歩いた。

「竹内先輩何食べるか決まりました?」

「うどん」

そくとうですね」

「ここ来たらうどんって決めてる」

美味おいしいですよね、あそこのお店」

 相づちを打ちつつ、すぐ横でジュワッと音を立てるたこ焼き屋に目をうばわれる。美味しそう。


 頭上からくっと笑い声が聞こえて振り返る。

 メガネの奥でこちらを可笑おかしそうに見ているひとみは、ちっとも怖くない。それどころか。

「別に合わせなくていいから、たこ焼き買ってきなよ」

 またバレた。顔が赤くなったのをかくすように、「行ってきます」とあわてて買いに走った。

 5種類あるたこ焼きのメニューをにらみつける。いまなにを食べたいか。それだけ考えておけばいい。「それどころか」のつづきなんて、今は考えなくていい。

 必死に言い聞かせ、深呼吸した。ソースとあお海苔のりにおいがする。

 席は先に注文を終えた先輩が取ってくれていた。昼時は過ぎていたが、休日の親子連れが多い。


「何にしたの?」

「えっと、めんたいチーズたこ焼きです」

「そんなんあんの? うまそう」


 俺、ここ来るとこれしか食べないからなーと大きなかきげとエビ天がってめんが見えないどんぶりを指した。てんぷらのすきうように、湯気が出ている。

「あ、そっちも美味しそう」

「な」

 メガネのレンズがくもり、真っ白になった。先輩はメガネを取ると、湯気が目にしみるような顔をして、うどんを食べ始める。わたしもたこ焼きを割りばしで半分にして食べる。ねこじただから丸々ひとつは食べられないのだ。

 ふと、机に置かれたメガネを見た。次に竹内先輩をまじまじと見た。また眉間に皺が寄っている。


「……なに」


 びくっとした。

 出たスナイパー! やっぱりまだこの顔は怖い。

 けどもしかして……


「もしかして視力、結構悪いんですか?」

「そこそこ」

「普段コンタクトしてないんですか」

がん


 だからか!!

 始終まゆに皺があったのは、目をらしていたからなのか。


「メガネ学校でもかけた方がいいですよ! 危ないし! なんで普段メガネじゃないんですか」

「んー……べつに、なんというか」

と、せんぱいが言いよどむ。

 それまではずんでいた会話が急にしぼんだ気がして慌てて、

「無理に言わなくてもいいんですけど」

と言ったら、「いや」とさえぎられた。

「いや、学校につけてくとさ、なぜかくしたり割れたりするんだよ。体育の日とか特に……んで、次新しいの買うときは自分で買えって親に言われてさ。じゃあつけなくていいかな、みたいな。ギリ見えるし」

 すこし気まずそうに話す竹内先輩が、なんだか可愛かわいく見えてきてしまった。


「わたし、竹内先輩のこともっとすきがない人だと思ってました」

「意外と隙だらけなんだよ」

 ちやすように答える。


「でも、俺も意外だったよ。河崎がすごいこんじようあるやつで」

「へ」


 根性?


 竹内先輩ははしをおぜんに置いて、こちらに正対した。わたしも思わず姿勢を正す。


ちがえるなら吹かなくていい、って前言ったろ? あれ、言い過ぎだって美月先輩にめちゃくちゃ𠮟しかられてさ。けどやっぱり、河崎が最初の方結構のんびりやってたの気になってさ。うちの高校でやるんなら、練習もう少し気合い入れた方が絶対いいなと思ってて…。んで、謝ろうと思ったけどどんどんタイミング分からなくなって」


 先輩の瞳が、まっすぐわたしをらえた。


 あんときごめんな。

 河崎、いますげえがんってると思うよ。


 ことばが心の奥まで届いて、じんとした。


「ありがとう、ございます」


 もっと言いたいことはあるはずなのに、なんだか、いっぱいいっぱいになってしまってそれしか出てこなかった。


「今日はそれ言おうと思って来たから。良かった、言えて」

 いつの間にか食べ終えていた先輩はメガネをかけなおし、にっこり笑う。

 わたしはちょうど良い温度になったたこ焼きを一つ口にほうり込み、さりげなさをよそおって「先輩」と呼びかけた。


「あ?」

「学校では、やっぱメガネかけないでいいと思います」

「そう? なんで」


 そんなこと言えるわけないじゃないですか。

とも言えず、わたしは、

「なんででもです」

とだけ答えた。


 さて、この芽生えたばかりの気持ちを、どう育てていこうか。

 伝えるときは、今日の先輩のように、まっすぐ瞳をみつめて伝えたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る