レンズの向こうに何をみる 紗子
買ってもらった3日後に「これじゃなかったなあ」と
スマートフォンが2回、怒ったように震えるので
「
そう言い返してキッチンへ行く。冷蔵庫から作りおきの麦茶を取り出してスマホの画面を
──
──2年生も日曜の方がいいってパート練のとき言ってたし
──日曜になりそう
「まじか──」
そうなると、
──おっけー。ありがと。じゃあお
そう送ると、麦茶を一気に飲み干した。居間に
世の中にはイケメンに
竹内先輩は、そう思わせてしまう整った顔をしている。ただ、選んだ部活とその深く刻まれた
運動部に入部していたらさぞ女の子に囲まれていたに違いないが、彼は
そして、先輩はホルンを
さて、話は変わるけれど、来週の火曜日は先輩の誕生日だ。竹内先輩のではない。竹内先輩の先輩で、わたしの大事な先輩の、
わたしの部活ではパート(同じ楽器のグループ)のメンバーにバースデープレゼントを
「あの、土曜日なんですけど」
「あ?」
来月のミニコンサートで演奏する
「どよ、土曜日の、買い物ですけど」
「ああ」
女の子のプレゼントを買いに行くのは
スマホのメモアプリで台本まで用意したのに、口から出たのは、
「土曜、わたし1人でも
シンプルで下手したら
竹内先輩は
「べつに。俺も行くよ」
「そうですか……そうですよね」
「集合、東口に10時半でいい?」
「あ、はい」
「
それだけ言うとすいっと目線を楽譜に戻した。すっかり
10時丁度。集合場所に
入部して早3ヶ月、竹内先輩と話したことはほとんどない。練習で教えてくれるのは
一度、まだ入部したての
合奏練習でわたしが吹くところを
「間違えるならそこ吹かなくていい」
あと、小節番号
先輩は背後からわたしの楽譜を
まちがえるならそこふかなくていい。
彼が放った言葉の
──河崎の中で スナイパー竹内先輩が 誕生した
あのときと比べたら、一緒に買い物に行くくらい全然マシ! そう言い聞かせ、こぶしをきつく結んだ。わたしの周りにいた数羽の鳩が、パン
先輩は、早めに来そうな気がする。
約束の時間の10分前、そう思って周りを見回していたら、メガネをかけた男の人がにこやかに近づいてきた。
だれ!? こわ! 美容師の人かな?
以前同じ場所で「パーマ安くできますよ」と声をかけられたことを思い出した。最近行ったばっかですからって断ろ──
「河崎、やっぱ早く着いてたね」
なんと、竹内
黒いVネックのTシャツに黒スキニー、プラス
「何分に着いた?」
「じゅうじ、あっ、今来たばっかです!!」
「10時ジャストか」
なんで分かるんですか!
心の中で
「もし10分とか15分に着いてたら、『10時』からとっさに言わないでしょ。俺、『何分に着いた?』って聞いたし」
「あ、たしかに」
「な」
先輩は口の
今日、わたしは初めて先輩の笑った顔を知ったのだ。
「やっぱ
「使えるもの系……うーん、タオルとかならありです! 美月先輩のペンケース結構小さいから、あんまりモノが入らないと思うんですよ。だから新しい文房具あげたらパンパンになっちゃうかも」
「へーえ。俺、人のペン入れのかたちなんて覚えてたことないわ。よく見てんね」
8階まであるショッピングモールめぐりは2周目に
一体どうしたことか、この日の竹内先輩は部活のときとは別人だった。
思いついたことをぽんぽん
美月先輩にぴったりのプレゼントを見つけるためにフル回転すべき脳みそが、「普段とは
全然
散々迷って、ピンクとブラウンのチェック
ハンドタオルは部活中よく使うので何枚あっても困らないし、トートバッグは美月先輩は高校にお弁当をよく持って来るのでぴったりだと思った。
週明けにわたしがプレゼントを持って行く
■□■
「無事決まったし、ちょっと
エスカレーターで下の階へ向かう
「します! 食べます!」
ああ、こういう
わたしは単純だから、今日半日で「先輩怖いモード」からあっという間に「先輩すごいモード」に切り
フードコートを一通りぐるっと
「竹内先輩何食べるか決まりました?」
「うどん」
「
「ここ来たらうどんって決めてる」
「
相づちを打ちつつ、すぐ横でジュワッと音を立てるたこ焼き屋に目を
頭上からくっと笑い声が聞こえて振り返る。
メガネの奥でこちらを
「別に合わせなくていいから、たこ焼き買ってきなよ」
またバレた。顔が赤くなったのを
5種類あるたこ焼きのメニューをにらみつける。いまなにを食べたいか。それだけ考えておけばいい。「それどころか」のつづきなんて、今は考えなくていい。
必死に言い聞かせ、深呼吸した。ソースと
席は先に注文を終えた先輩が取ってくれていた。昼時は過ぎていたが、休日の親子連れが多い。
「何にしたの?」
「えっと、
「そんなんあんの? うまそう」
俺、ここ来るとこれしか食べないからなーと大きなかき
「あ、そっちも美味しそう」
「な」
メガネのレンズが
ふと、机に置かれたメガネを見た。次に竹内先輩をまじまじと見た。また眉間に皺が寄っている。
「……なに」
びくっとした。
出たスナイパー! やっぱりまだこの顔は怖い。
けどもしかして……
「もしかして視力、結構悪いんですか?」
「そこそこ」
「普段コンタクトしてないんですか」
「
だからか!!
始終
「メガネ学校でもかけた方がいいですよ! 危ないし! なんで普段メガネじゃないんですか」
「んー……べつに、なんというか」
と、
それまで
「無理に言わなくてもいいんですけど」
と言ったら、「いや」とさえぎられた。
「いや、学校につけてくとさ、なぜか
すこし気まずそうに話す竹内先輩が、なんだか
「わたし、竹内先輩のこともっと
「意外と隙だらけなんだよ」
「でも、俺も意外だったよ。河崎がすごい
「へ」
根性?
竹内先輩は
「
先輩の瞳が、まっすぐわたしを
あんときごめんな。
河崎、いますげえ
ことばが心の奥まで届いて、じんとした。
「ありがとう、ございます」
もっと言いたいことはあるはずなのに、なんだか、いっぱいいっぱいになってしまってそれしか出てこなかった。
「今日はそれ言おうと思って来たから。良かった、言えて」
いつの間にか食べ終えていた先輩はメガネをかけなおし、にっこり笑う。
わたしはちょうど良い温度になったたこ焼きを一つ口に
「あ?」
「学校では、やっぱメガネかけないでいいと思います」
「そう? なんで」
そんなこと言えるわけないじゃないですか。
とも言えず、わたしは、
「なんででもです」
とだけ答えた。
さて、この芽生えたばかりの気持ちを、どう育てていこうか。
伝えるときは、今日の先輩のように、まっすぐ瞳をみつめて伝えたい。
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