5分後に先輩にときめく恋/恋する実行委員会

さよなら、先輩 Lina

 ゆう先輩、大好きでした。


 わたしはずっと結城先輩にかれていて、いつもその後ろ姿ばかりを見つめていた。

 学食で友人とふざけ合っている時のがおも、グラウンドでサッカーをしているしんけんな顔も、全部しっかりのうに焼きついている。

 でも一言も話せないまま、わたしの存在すら気づかれないまま、先輩が卒業する日が来てしまった。

 先輩に会えなくなってしまう。

 このままわたしのこいが終わってしまう。


 先輩、先輩、先輩。

 わたしはなにを楽しみに学校に来ればいいの。

 卒業式では、ずっとなみだをこらえていた。

 ああ、もう先輩の姿を見ることはできない。これで最後になってしまう。

 こんなにも先輩をおもっているのに。一方通行だったけど、この二年間幸せだった。

 その幸せをくれたのはまぎれもなく先輩。好きとありがとうがあふれていく。

 気づけば、ろうで先輩を呼びとめていた。


「わり、先に行ってて」


 友人たちにそう言って、先輩がこちらに向き直る。

 きっと先輩は分かってる。

 どうしてわたしの顔は真っ赤で、手と足がこんなにふるえているのか。


 いや、先輩だけじゃない。おそらく先輩の友人たちだって。

 そのしようにすれちがいざまに「うわー、がんってー」と小さなせいえんが飛んでくる。

 それとともにこうの視線も。

のどかわいたからジュース買いに行かね?」


 先輩がそう言って歩き出す。もしかして、さりげなく場所を変えてくれたのかな。

 初めて自分だけに向けられた先輩のやさしさ。それだけで胸がキュッとめつけられた。

 先輩はなにが好きなんだろう? もう最後だというのに好みが知りたくて、先輩の指先を注視してしまう。

 ピッと押されたのはミルクティー。意外だなぁ……甘党なんだぁ……。そう思っていると、目の前にミルクティーが差し出された。


「えっ」

「やるよ。卒業式に参列してつかれただろ」

「あ、ありがとうございます」

 うれしい……。


「なんの関係もないのに参列なんてだるいよな」

 何気なくきだされたその言葉に胸がズキンと痛くなった。

 関係なくない。関係なくなんかないよ。

 だって、わたしは──


「先輩が好きです」


 真っ赤な顔でそう告げた。

「ありがとな」

 真剣なまなしの先輩がいた。


「ずっと見てたんです……っ」

 もうあふれ出る涙を止められなかった。


「友達とおしやべりして笑ってる横顔も、あせだくになってサッカーにぼつとうしてる後ろ姿も、ずっとずっと……っ」

「そっか。気づいてやれなくてごめんな」

 そっと頭に置かれた手はゴツゴツしてるのに優しくて、

「ありがとう」

 ニコッと笑う先輩はやっぱりかっこいい。

 わたしの恋はじようじゆしなかったのに、なぜかわたしも自然と笑顔になれた。


「わたしこそ、たくさんの幸せをありがとうございました」


 わたしはペコリと頭を下げると、そのままきびすを返してけだした。

 最初で最後の先輩との時間。

 胸が締めつけられるほどの幸せとさびしさ。

 さっきは笑顔になれたはずなのに、歩を進めるほどにおおつぶの涙が溢れていく。

 先輩、先輩、先輩。


 やっぱり大好き。いつまでも先輩が好き。

「うっ、うぅ……っ」


 歯を食いしばってもえつれ出す。でも、どんなに泣いても明日あしたからもう学校に先輩はいない。

 もうわたしの恋は終わってしまった。

 こんなに胸が苦しくなる恋なんて、きっともう二度とできないと思う。


 先輩、ありがとう。

 そして、さよなら。

 さよなら、先輩。


■□■


 あの時から数ヶ月たち、わたしは高校三年生になった。

 入学以来ずっと続けていた部活も先週末に引退試合が終わって、そろそろ勉強にほんごしを入れる時期となった。

 志望校や判定という言葉をよく見聞きするようになってわたしも、いや家族全員がじよじよあせりを感じはじめた。

 そしてある日、お母さんから家庭教師が来ることを告げられた。

「お友達のお子さんがね、西せいかい大学の一年生なのよ。西海の学生にしたらおりの志望する大学なんてゆうだろうし、よ~く教えてもらいなさい」

「えぇ~! やだよ! 西海の人がこんなバカに付き合ってくれるわけないじゃん!」

「それがね、良いおこづかいかせぎになりますってかいだくしてくれたのよ!」

「えぇ!? そんなお金があるならわたしのおこづかい上げてよ!」

「なに言ってんのよ! じゆくに通うよりはるかに安いわよ! それにねぇ、そんなことしっかりテストの点数取ってから言いなさい!」

 ぎゃあぎゃあと言い争っていると家のチャイムが鳴った。

「あら、来たみたいね! ほら、咲織もげんかんまで来てあいさつして!」

 しぶしぶながら玄関におもむいたが、そこに立っている人物を見て心臓が大きく飛びねた。


「こんにちは、ゆう すばるです」


 なんでせんぱいがここに………。

「わざわざ来てもらって悪いわね~! ほら、咲織もご挨拶して!」

「か、かきたに 咲織です……」

 わたしの声は消え入りそうで、きっと目は点になっていたと思う。

 でも先輩は何も気づいていないように、いや、むしろあの日のことなんてなにもなかったようにすずしげな顔をしている。

「じゃあ、うちのむすめのことよろしくね。咲織、あとで紅茶を取りに来なさいね」

「う、うん……」

 きんちようと混乱でクラクラしてきた。まさか二回目に先輩とたいするのが自分の家になるなんて。

 いや、むしろ二回目があるなんて。

 人生ってなにがあるか分からない。でも、もしかしてこれってチャンス?

 これから大学が決まるまで定期的に先輩に会える? それも二人きりで?


「う、うそ……」

 手を口に当て、目を見開く。

うそじゃねーよ」

「えっ」

「おまえなぁ、勝手に告白して勝手に走り去って、なんなんだよ」


 え? 告白のこと覚えてた?

 しかもなんか、おこってる……?

「言いげ? それともなに? そういうやり口が女向けの雑誌にでもってんの?」

 はい? なにその言い方……。

「そ、そんな言い方って!」

「こっちが返事する前にいなくなりやがって。名前もれんらく先も知らねーし、すげー時間かかった」

「えっ?」

「おまけに家庭教師やる羽目になるし」

「……え?」

「おまえ責任取れよ」

「え?」

「責任取って、志望校西海にしろ」

 ニヤリと先輩が笑う。

 それは今まで見たことのない表情で、忘れようとしていた気持ちがまたわたしの中で頭をもたげた。


「つーかさぁ、あんなはかなげな顔して告白しておいて、家ではぎゃあぎゃあさわいでるってどんなギャップだよ」

「なっ!」

 一気に顔が熱くなる。もしかして、お母さんと言い争うの聞こえてた?

「こづかい少ないみたいだし、びんだなぁ」

「先輩って……」

「なんだよ」

「い、意外と性格悪いですね」

「うるせーよ」

 先輩はそう言って笑って、わたしのかみをくしゃくしゃにした。

 心臓がうるさい。

「こづかいが少ない不憫な女子高生のために、週に一回はカフェかどっかで勉強見てやるよ」

「そ、それって……」

「ん?」

 ためすようなみをかべて先輩がわたしを見つめる。


「デ、デートですか」

「ばーか」

 額にデコピンが飛んでくる。

「それはA判定取ったらな」

 これ以上ないくらい心臓が高鳴った。

 わたしのひとみなみだうるんで、でも口はそれとは正反対にかわいて、息をすることすらできない。

「こういうの苦手だから一回しか言わねぇから」

 しんけんまなしの先輩がそう言う。


「咲織、好きだよ。あの日から、ずっと」

 言葉もつむげないほどにくちびるふるえて、涙で視界がぼやけていく。

「おまえは?」


 好き、好き、好き。

 ずっと先輩が大好き。

 必死に首を縦にった。

「泣き虫かよ」

 ふわりと包み込まれ、初めて知った先輩のにおい。さわやかなシトラス。

 そしてこれからきっと、たくさんの初めてがおとずれる。爽やかに晴れわたる日曜日。


■□■


「おまえバカじゃねぇの? 中学からやり直せ」

「なっ! ひっどーい! 彼女にそういうこと言う!?」

「なんでもかんでも彼女特権でカバーできると思ってんじゃねーよ」

「あっそ! もういい! 先輩の分まで食べちゃうから!」

「あっ! おい! それ俺のスコーン!」


 きつてんには、笑みの絶えない二人の姿があった。


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