好きです、先輩! 深亜

 4月、春。

 東京の桜は満開で、ぽかぽかとした陽気の日々。

 今日から私は、しろさき高校の生徒になる。

「お久しぶりです、せんぱい!」

 入学式からホームルームも終えたとき、私は真っ先に先輩のもとへ向かった。

 ずっとずっと会いたかった、しい先輩。

 私の、大好きな人。

おか……? おどろいた。もしかして、うちに入学したの?」

 私を見た先輩はすごく驚いていた。

 先輩を驚かせたくて、合格したことは秘密にしていたからだ。

「はい。その、先輩には直接報告したくて……! とつぜん来ちゃってすみません!!」

「そうだったんだね。おめでとう」

 椎名先輩は、以前と変わらない優しいがおを見せてくれた。

 この笑顔を見られただけで、がんってこの高校に入学して良かったと心底思った。

「先輩、あの。約束……を、」

「え?」

「あ、いいえ! なんでもないです!」

 先輩に会いたかったのは、笑顔を見るためだけではない。

 ちゃんと、理由があった。

 ずっと先輩に会いたかった理由が。

 でも『約束』のことを言い出すのはこわかった。

 先輩が忘れていたらどうしようって。

 怖くて、きちんと言えなくて。

 先輩はただ私の声が聞こえなくて聞き返しただけかもしれない。それでも、そのしゆんかんそれ以上の事は言えなくなった。

「じゃあえっと。今日から同じ高校の生徒として、よろしくお願いします!」

 私はどうしようもなくいたたまれなくなり、バッと一礼して、その場から走り去った。

(あーもう。ここまで来たのに言えないなんて……)

 走りながら、自分のおくびようさをのろった。

 ここに来るまで、あんなに頑張ったのに。

 実を言えば、1年前の私の成績では、この高校に入学するなんて天地がひっくり返っても無理と言われるくらいぼうちようせんだった。

 最初に受けた模試では当たり前にE判定。

 それでも私は、志望校を変えずにひたすら勉強した。

 ……だってこの高校には、先輩がいるから。

 先輩がいると思えば、きらいな勉強も頑張れた。

 る間もしんで勉強して、親に頭を下げてじゆくにも通わせてもらった。

 そしてようやく努力が実を結び、今日私は晴れて、この高校の門をくぐることができたのだ。

 なのに。言えなかった。

 入学の報告だけして、ほかにはなにも、言えなかった。

 ずかしさといたたまれなさから一心に走り、自分の教室にもどろうと階段に差しかかったところで、私はとつぜんうでつかまれた。

 り返るとそこには、さっき別れを告げたはずの先輩がいる。

「せん……ぱい?」

 摑まれた腕と、目の前の先輩と、その光景はとても信じられないものだった。

 走ったことによって速まったどうとあいまって、心臓がドクンとね上がる。

「こっち」

 先輩は摑んだ腕をはなさず、そのまま私を上へと引っ張っていく。

 一段ずつ階段を上って行き、気づけば屋上に出るドアの前まで来ていた。

「先輩。この先って屋上ですよね? 生徒は出ちゃダメって先生が…」

「うん、屋上には出ないよ。ここ、あんまり人が来ない穴場なんだよね」

 え、と聞き返そうとしたとき、先輩は足を止め、ドアの手前、階段の最上段にこしを下ろした。

 先輩は自分が座ったとなりを指し、私も座るようにうながしてきた。

「座って」

 先輩に言われるままに、少しばかりぎこちなくなりながら、となりに座る。

 となりに、とはいえ、実際どのくらいきよを取ればいいのかわからなくて。

 なんとなく30cmくらいの距離を取ってみた。

「あの、先輩。一体どうし……」

 先輩の行動の意図がわからず、確認しようと先輩のほうを向いたとき、ふと私の視線はさえぎられた。

 遮ったものは、まっすぐにびてきた先輩の腕。

 気づいた時には、先輩の右手が、私の頭をポンポン、としてくれていた。

 私はそれをすぐに理解できず、数秒間フリーズしてしまった。

「入学おめでとう。よく頑張ったね、百合岡」

 先輩の腕の横から、笑顔の先輩が見えた。

「先輩……。あの約束、覚えてくれていたんですか……?」

 私はおそるおそる先輩にたずねた。

 さっきかくにんできなかった『約束』のこと。

「もちろん」

 頭に手を置いてくれているまま、先輩は答えてくれた。そくとうだった。

『約束』を覚えていてくれた。

 1年以上前の、単なる口約束だったのに。

「ごめんね。百合岡が合格したこと、実は知ってた」

「え!?」

「生徒会のこうはいのことだからね。ひととおり、みんなの進路はあくできるよ」

 驚いたけれど、言われてみれば確かにそのとおりだ。

 中学時代、先輩と私はいつしよに生徒会役員をやっていた。人望の厚い先輩は生徒会長で、私は書記。

 そういうつながりだったのだから、先輩と同期の他の先輩からでも、私と同期の子からでも、私の入学試験の結果なんていくらでも知ることができる。

「百合岡から直接合格報告してくれると思って待ってたのに、春休み中は一向にれんらくくれないし。だからちょっといじわるした。……あんなダッシュで走り去るとは思わなかったけど」

 さっきの私のだつっぷりを思い出したのか、先輩はくすっと笑う。

 先輩に笑われるなんて、すごく恥ずかしい。

 またこの場をげ去りたいくらいだ。

 でも今度は逃げない。先輩に聞きたいことがある。

 ぎゅっとこぶしにぎり、勇気を出して聞く。

「それで、追いかけてきてくれたんですか? 約束のために?」

「うん」

 うれしい。

 いの一番にそう思った。

 追いかけてきてくれたことも、約束を果たしてくれたことも、すべてが嬉しい。

 幸せすぎて、思いがあふれてくる。

「……好きです」

 とうとつに、その言葉が口から出ていた。

 ポツリとつぶやくように小さな声だったけど、この距離だから先輩にも届いたはずだ。

 自分でも思いがけない告白。先輩も、きよをつかれたような表情をしている。

 さっき私が目の前に登場して見せたときと同じ表情。

 あれは演技だったみたいだけど、今見せているのはきっと、本当の表情。



 覚えていますか?

 私に言ってくれた一言を。


「字、れいだね」


 そんな一言。

 生徒会長として、書記の板書をめただけ。

 でも私には、てきな一言だったんです。

 生徒会だって、先生からお願いされてしかたなく入っただけで、選挙で選ばれたとかそんな人気者なわけじゃなくて。むしろ、友達と呼べる人も数えるほどしかいなくて。

 だれからも気に留めてもらえなかった私をはじめて、先輩が見つけてくれたような気がしたんです。

 いつしゆんにして、自分の書いた文字が、キラキラして見えました。

 そこでにっこりと微笑ほほえせんぱいも同じように、ううん、それ以上にキラキラして見えたんです。

 へいぼんで地味な毎日が、その一言で変わったんです。

 その時はまだ自覚できてなかったけれど、後で気づきました。

 あの日、私は先輩に、こいをしたんです。



「百合岡さ、すごくちよとつもうしんタイプだよね。いきなり訪ねてきたと思ったら、走り去って。つかまえたと思ったら、今度は告白された」

 冷静に並べられると、自分の行動はあまりにもひどい。思わず目をおおう。

「でも、可愛かわいい」

(え……?)

 心がきゅうっとめつけられる。

 夢を見ているのだろうか。

 目の前にあこがれの先輩がいて。

 まさか私を可愛いだなんて。

 ゆっくりと顔を上げ先輩と目を合わせると、バチッと火花が散ったようになって、おたがいに目をらせなくなった。

 目を逸らせないまま、刻々と時が過ぎた。

 そして、ゆっくりと先輩の顔が近づいてきた。

 私は身を任せて、ゆっくりと目をつむる。

 次のしゆんかん、くちびるがふれた。

 はじめて先輩と、キスをした。

 くちびるがはなれてから、ゆっくりと目を開けると、先輩はずかしそうにしながらも、いつもと同じ優しいがおを向けてくれた。

「せんぱい……いまの、」

「僕も好きだよ、百合岡」

 また、きゅうっと胸が締めつけられる。

 先輩が? 私のことを好き?

 ……考えてもみなかった。

 約束を覚えてくれていただけでも嬉しいのに。

 1年しに再会した先輩から、こんなごほうをもらえるなんて。



『もし城ヶ崎高校に合格出来たら、僕が頭ポンポンしてあげるよ』

 当時女子の間で流行はやってた頭ポンポン。

 かべドンとか、あごクイとか、そんな女子がきゅんとする行動が話のタネだった。

 とある日の生徒会室でもそんな話題になり、なにしてもらえたら一番嬉しいかって1人1つずつ言っていって。

 私の番が回ってきてとつに出たのが頭ポンポンだった。

 たったそれだけの話。

 ちょうどそこに先輩が居合わせて、話の流れから志望校に合格したら先輩が頭ポンポンしてくれるという、そんな提案をしてくれた。

 その時は私も、そこまで本気にしたわけじゃなかった。でも先輩の卒業式の日、先輩はあらためて私にこう言ってくれた。

『あれ、うそじゃないからね。合格したら教えて。約束はちゃんと守るから』



 これが、私と先輩が交わした『約束』。

 なのに先輩は、約束以上のご褒美を私にくれた。

 初めてのキス。

 初めてのカレ。

 小さな約束が、大きな幸せを運んできてくれた。

 こんな約束なら、いくらでもしたい。

 でも1年は長すぎるから、今度はもう少し短い期間がいいな。

「…先輩、次はこんな約束をしませんか?」

「ん?」

 片手をえて、先輩にこそっと耳打ちする。

『今度の土曜日、私とデートして下さい』



<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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