放課後、密室、先輩とひみつ その2
それから、何度かここから
先輩が座る席の向かい側の席に着いて、ため息をついた。
「
「
というか、隣に座るだけで暖かくなるほど、先輩が熱を放出しているとも思えない。
まだ六月
ぶるっと
こんなことになるなんて……。
「あの、ごめんなさい、私で。先輩は、澪先輩と閉じ込められた方が良かったですよね」
「
それはそうか……。正論。私、何言ってるんだろう。
この
「こうなったのって、どっちかって言うと俺のせいじゃん? 何謝ってんの」
こんな状況でも、先輩は笑えるんだ。すごいな。
少し。ほんの少しだけだけど、……ひとりじゃなくて良かったと思っている。
「つーか、なんで澪ちゃん?」
「だって浅野先輩と澪先輩、付き合ってるんですよね」
「付き合ってないし。中学から
なんか急に
「えっ、付き合ってないんですか? みんなお似合いって言ってるのに。澪先輩
「ちょっと
「いたいいたい、ごめんなさい!」
手を
浅野先輩は澪先輩に
でも、そっか、付き合ってなかったんだ……。
痛い。それなのに、どうしてだろう。そんなに嫌じゃないと思ってしまうのは。
「てか、澪ちゃん言うほど綺麗でもなくない? 梨子ちゃんだって可愛いじゃん」
「……目、悪いんじゃないですか?」
ああ、もう、また可愛くないこと言った……。
今日、ブスって言ったばっかりのくせに、可愛いとか言うから。
ちょっと……
頬が赤くなっている気がして、先輩から目を
「梨子ちゃんだってさ」
「え?」
「知宏と付き合ってんでしょ?」
「
「でも、知宏がサッカー部だから、マネージャーになったんでしょ? 男子苦手っぽいのに、わざわざ」
「違います! 私がマネージャーになったのは」
先輩があまりにも見当外れなことを言ってのけるから、思わず声を
私がサッカー部に入った理由。それは……。
澪先輩の押しに負けたから? すごく困っているように見えたから?
ううん、違う。それも
……本当は。
「なに?」
私の言葉の続きを待つ浅野先輩と視線が重なる。
あの時、目を
だから、私は……。
「と、とにかく、知宏のそばにいたいとか、そんな理由じゃありませんから……。あ……男子苦手なのは、当たってます……けど」
「いいよ、苦手なままで。そっちのが遊びがいあるし」
「そっ、そんなふうに思ってたんですか!?」
え、なに? 先輩が今まで私だけに意地悪だったのって、男子が苦手なことを分かっていて遊ばれてたってこと?
上がりかけた株が、ヒューッと急落していく音が聞こえる。
部活中、澪先輩に言われた言葉を思い出す。「梨子ちゃんのことはお気に入りなんだと思うよ」って。
お気に入りっていうのは、おもちゃとしてだったの?
少し、頬が紅潮しているようにも見える。月に照らされただけかもしれないけど。
「そっか……、おかしいと思ってたんだよな。知宏と付き合ってる割には、サッカー知らなすぎるし」
「知宏のサッカー見に行ったことなかったので……」
「それはそれで、あいつかわいそうじゃない?」
そうかな……。確かに、何回か「試合見に来れば」って
「で、男目当てのくせに、初心者なりにめっちゃサッカーのこと勉強してるし。図書室とかでさ、ずっとサッカーの本読んでたりとかしてたじゃん」
「男目当てとか言わないでください。違うもん……。てか、何で図書室でとか知ってるんですか?」
「
「一言余計なんです!」
またブスって言った!
ルールブックの説明が、活字だと理解し
今度から、周りの目に気を付けよう……。
「あの顔くせになっちゃってさあ、何回も見に行ったし」
「さっきは
「かわいい、かわいいー」
「棒読みなんですが!?」
そして席を立ち、どうしたんだろうと様子をうかがっていると、私の隣の
「な、なんですか……、いきなり」
「寒かったから」
おかしい、私。苦手で仕方なかった人がほぼゼロ距離の位置にいるのに、
「梨子ちゃんはさ、今までのマネージャー希望とはなんか違うじゃんって思ってた。ビビリながらキャプテンに質問に行ったりとかさ。そんな真剣にやってる子、いなかったよ」
「だから、苦手なんですってば、男子は……。でも、本を読んだだけじゃ分からないところは直接聞くしかなくて……」
「うん、
伸びてくる手のひらに
な、
意味が分からない。
先輩は、意地悪なはずなのに。優しくなんてないはずなのに。
今が夜でよかった。暗くてよかった。私、きっと今すごい顔をしてる……。
ずっとよしよしされていて、
「あ、あの、今までのマネージャーの方ってどんな……」
「今までの? 俺の顔にしか興味が無い子たち」
自分で言ってしまう辺りが、浅野先輩というか。自分の顔の正しい価値が分かっているというか。
特に、他意はないらしい。その時のことを思い出しているのか、
同時に、撫でていた手を離される。
ホッとしたような、
「ただキャーキャー
そっか、なるほど。澪先輩に嫌な思いさせたから……。浅野先輩の好きな人に……。
……また、なんか変な感じ。胸にモヤモヤが……。
「入部したからにはちゃんと働けって、少しキツいこと言うと、浅野くん思ってたのと違う~とか言ってさ。どう思ってたんだか知らないけど」
チャラチャラしたパリピだと思ってたんじゃないでしょうか。私はそう思ってたんで。
とは、さすがに言えず、口をつぐむ。
「意外です。先輩は、いつも見学の女の子たちにニコニコ手を
そう、私以外には。
「そっちのが余計な争いとかなくて、楽だからね。それに、俺がきっかけでも、サッカーに興味もってくれるのは
私、今まで浅野先輩の何を見ていたんだろう。
表面だけ見て、全部知った気でいて、どうせあの人はって決めつけて。
「だからさ、梨子ちゃんも同じだと思ってた。知宏目当てで入部するような子なんだし、それが俺じゃなくなったってだけで、結局は同じだろって。そんなマネージャーしかいないなら、いっそのこといらねーなって。だから、わざと冷たくしたこともあったんだけど」
私に意地悪をしていた本当の理由は……もしかして、これ?
「でも、なんか
と、浅野先輩はうつむき加減の私の顔を
「!」
あまりの至近距離に、止まってしまうんじゃないかと思うほどにどくんと大きく心臓が高鳴る。
「誤解してた。ごめんね?」
この人は、もっと今以上に自分の顔面の
「じゃあこれからは……、変な意地悪しないでくれるんですよね?」
「え? なんで? 嫌だけど」
「はい!?」
嫌だけど!?
「最初は確かに誤解してたからだけど、最近梨子ちゃんいじるの
思わず、隣の
しまった。ついやってしまった。
「あっ、ごめんなさい……」
怒るかな。怒るよね……。
「いいよ、ムカついたときはそうやって叩いたり、文句言って。男が苦手とか言ってさ、結構
「それは、先輩が……」
ここに閉じ込められてから、先輩がずっと優しいから。
ふたりきりで朝までなんてどうしようかと思ったのに、この空間を
私の
「そんなこと言って……、倍返しとかするんじゃないですか」
またこうやって可愛くないことを言うと、
「当たり前じゃん」
「!?」
信じられない言葉が返ってきて、顔面
「ははっ」
こんなに楽しそうに笑っている姿は、見たことがない。
もっと、色んな顔が見てみたい。そんなことを思ってしまう。
「私も、誤解してました。先輩のこと……。いつも、
「ちょ、多い多い。マジか」
笑い交じりのツッコミが入る。
「サボろうとするけど……、でも実際にサボったことは一回もなかったのに」
ちゃんと、言わなきゃ。伝えたいこと。
今、ここには私たちふたりだけしかいないんだから。
「いつも、
「あー、まあ……。梨子ちゃんにもバレるつもりなかったんだけどな」
浅野
「何で秘密にしてるんですか?」
「……」
私の質問には目をそらし、先輩は少し
「覚えてる? インターハイ予選でのこと」
「インターハイ予選? えっと、はい……覚えてます」
それは、ほんの数週間前のこと。今では引退した三年生の、最後の試合になった。
「俺が、最後のPK外した。それで、負けた。俺のせいで」
「先輩のせいじゃないですよ。だってあの試合は、先輩が
あの後のことは、よく覚えている。浅野先輩が、三年生の先輩に深く頭を下げて……。
驚いた。とても、そんなことをする人には見えなかったから。
「
苦しそうに頭を下げて、この暗さも手伝って、表情が見えない。
見えないのに……、その声で、仕草で、泣いてるように見えた気がした。
先輩にも、弱いところがあったなんて知らなかった。
何も
「それでずっと、ひとりで練習を?」
「実は必死こいてエースの座守ってるとか、かっこわるいでしょ。だから」
「ううん、そんなことないです」
それどころか、あんなに苦手だったはずの先輩のことが……
月明かりに
顔を上げて窓を見上げれば、
今日は、こんなに月が綺麗な日だったんだ……。
このまま、朝が来て
でも、それでもいいかもなんて、昨日までの私だったら、考えられないことを思ってしまう。
先輩が
少しウトウトしかけてきた
何の音?
ボーッとする思考でまぶたをこする。
片方の
「ーっ!?」
「いてっ」
そうだ。私たち、部室に閉じ込められて……。
「ちょ、もー、何、梨子ちゃん」
「ご、ごめんなさい、びっくりして……。あの、それより……」
物音がした方を見る。
いくら
ひとりでに開い……た?
「梨子ちゃん」
「あ、……え?」
浅野先輩も立ち上がり、扉側に近かった私の腕を引き、自分の背中に
扉は自動ドアだったわけではなくて、そこからひょこっと顔を出したのは、警備員の制服を着た男性だった。
……夜間警備員さん?
「うわっ、まだ人が!?」
驚いたのは私たちよりも、警備員さんの方。
「見回り中、かばんが外に置いてあったので、まさかと思って……」
と、警備員さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
私たちは、はぁーと同時に深く息を
「なんだ、変質者とかかと思った」
ホッと息を吐きながら、浅野先輩は私の
今のってもしかして、
そんなことを自覚しだしたら、
なんだろう、この……胸のドキドキは。
扉が開いた時よりも、ずっと速く高鳴っている。
「本当に
「はい、大丈夫です。男子とこんな時間まで一緒だって知られた方が、
時刻は、日付が変わるギリギリ手前。
浅野先輩は、この時間にひとりじゃ危ないからと、私の家の前まで送ってくれた。
部室の外に置き忘れたかばんの中のスマホには、予想通り自宅からの着信が
一緒にいた先輩の性別は、あえて言っていない。
やましいことをしたわけではないけど、部室に
知宏や友理奈からも、心配する
返信はしたけど、
「じゃあ、俺はここで。気をつけてね」
「ありがとうございました……。あの、先輩、このことは……」
私の不安がっている表情で察したのか、先輩は目を丸くして
「分かった、ふたりだけの秘密な。梨子ちゃんも、誰にも言っちゃだめだよ」
去り
「せ、先輩!」
後ろを
「先輩も、気をつけてくださいね! さようなら!」
先ほどよりも大きな声で呼びかけると、こちらを向かずにひらひらと振る手のひらだけが返ってきた。
もうそばにいないのに、まだ胸がドキドキしてる……。
<続きは本編でぜひお楽しみください。>
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