ズルいです、先輩。 部室内レンアイ/榊あおい

プロローグ

だれかー! いませんかーっ!?」

 サッカー部の部室内。時刻は午後十時。

「もうあきらめたら? さすがに、この時間まで残ってるバカはいないって」

 外からじようされたとびらに向かってさけぶ私に、のんびりとに座った状態であくびをしながら望まない返事をくれるのは、ひとつ上のあさ大翔ひろとせんぱい


 こんな時間まで私たちが学校に残っているのには、一応それなりの理由がある。


「仲良くしようよ、ちゃん。どうせ、朝までふたりきりなんだから」

「いっ……いやです──!!」


 ……助けてください。

 苦手な先輩と、部室に閉じ込められました。






 キーンコーンカーンコーン……。

 終わりのチャイムが鳴る。ううん、むしろ、始まりの音が。

 私、西にしかわは、一年三組の教室で、チャイムの音と共に自分の席で頭をかかえた。

 放課後を告げる音にかんしているクラスメイトに、うらめしい視線を送る。

 うらやましい……。このまま家に帰れる人たち、みんな。

「こらー、何やってんの、梨子。にらまなーい。てか、こわーい」

 クラスメイトで友達のが、私の頭をペシッと軽くたたく。

 痛くもないのにそこをさすりながら、私は情けない目を友理奈に移した。

「だって、部活行きたくない……」

「入らなきゃよかったじゃん」

「それは言わないで……」

 友理奈のな物言いに、再び頭を抱えようとポーズを取りかけると、ひとりの男子が私の机にぶつかった。

「悪い、だいじよう?」

「あっ、だ、大丈夫……です」

 至近きよで謝られ、私はビクッと身を退いた。

 縮こまってしまった私を見て、友理奈がため息をひとつ。

「よくそれで、サッカー部のマネージャーやろうとか思ったよね」

 それを説明するには、二ヶ月前の四月にさかのぼらなくてはならない。




 桜の花びらがほこる、四月じようじゆん

 幼なじみのともひろと共に高校へ入学して、一週間。ある日の放課後。

 私は……とても困っていた。

「ねー……、やっぱり私行くのやめるよ……」

「なんだよ、ここまで来て。どうせ、このまま家に帰るだけだって言ったじゃん。部活見学くらい付き合えって」

 くつばこうわきから外履きに履きえ、校舎を出る。

 となりの知宏に、私は嫌々ながらにまゆを寄せて、ため息をついた。

「だって、サッカー部でしょ? 男子しかいないんでしょ?」

つうはそうだろ」

 中学までずっとサッカー部だった知宏が、もちろん高校でもサッカー部へ行こうというのは当然のことだと思う。

 人見知りで、まだまだクラスにめていない私をづかって、見学にさそってくれた知宏のやさしさにも感謝はしている。……だけど。

「知ってるでしょ、私が男子苦手だって」

 問題は、これ。

 昔から男子を目の前にするときんちよう上手うましやべれなくて、言葉にまってしまって。

 成長するにつれ、ますます意識してしまうようになり、それはどんどん悪化していった。

「別に、いつしよにボールれって言ってるわけじゃないんだしさ。見るくらいはいいだろ。そしたら、ほかの男子とは近くないじゃん」

「そうだけど……」

 練習に参加しなくても、女子はそもそも選手になれないんだから、見学者だって男子ばかりなんじゃないのかと思うんだけど。

 そしたら、結局は男子の近くでサッカーを見なくてはいけないわけで。

「俺とは普通に喋るくせに」

 生まれた時から近所に住んでいて、母親同士が親友。そんなかんきよう下で育った私たちは、物心がついたころからおたがいが遊び相手だった。

 そんな、性別も意識する前から一緒にいた知宏は、もはや別々に住んでいる兄妹きようだいみたいなもので、今さら異性ということで意識することはない。

「知宏は特別。幼なじみだし今さら。クラスも一緒でよかったよ……。他に誰も知り合いいなかったしさ」

「……ふーん? 特別なんだ? 俺って」

「何ニヤニヤしてんの?」

 人が困ってるのに。と、げんな表情を向けると、知宏は「あそこ」と、グラウンドを指差した。

 歩きながら話していたら、いつの間にかサッカー部が練習しているグラウンドにとうちやくしていた。

 予想していたのは、男子ばかりの練習風景に、入部希望の一年生男子たち。だけど、グラウンドのフェンスの向こう側で見学しているのは女子ばかりで。

「あれっ、女の子しかいないんだね……」

 なんだ、思ってたのとちがう……。

「中学の時も、結構こういう感じだったけど」

「そうなの?」

「お前、俺の部活見に来たこと、一回もなかったもんな」

「うん、サッカー興味なかったから」

 男子しかいないと分かっていて、わざわざそこに飛び込んでいくなんて自殺こうでしかない。

 「あっそ」と、人知れずかたを落としてため息をつく知宏の声は、女子の黄色い歓声にかき消された。

「きゃーっ! 浅野くんすごーい!」

「さすがー! かっこいいー!」

 その声に反射的に視線を向けると、グラウンドではひとりの男子がドリブルをしながら、次々と敵チームのメンバーをスルスルと追いいていくところだった。

 まるでボールが体の一部にでもなっているかのように、立ちはだかる障害をものともしない。

 それは、サッカーをよく知らない私ですら、すごさが分かるくらいで……。



 ──しゆんかん、目をうばわれた。

 周りの音が、消えたような気がした。

 れいな茶色に染まったかみが、風にれている。

 最後にシュートを決めたしんけんな横顔が正面に変わって、うれしそうに口を開けて笑う。

 他に何も見えない。何も聞こえない。

 景色が、スローモーションになる。

 初めての感覚に、その場から動くことが出来ない。


「浅野くーん!」

「きゃー!」

 目が合いそうになったその時。ホイッスルの音と共に、歓声が耳をつらぬいた。

 ゴールを決めた男子は、せいえんこたえるようにニコニコとギャラリーに手をる。

 なんか……イメージと違う。チャラい……。

 さっきのは見間違いだったのかと思うほどに。

「こら、浅野くん集合だよ!」

「はいはい」

 浅野くんと呼ばれたその人は、マネージャーの女子に手招きをされてしぶしぶ向かっていった。

「あー、もう行っちゃったぁ」

「しょうがないよ、みおちゃんだもん」

「まぁねー、あの人が相手じゃねぇ」

 先ほどまでキャーキャーとさわいでいた女子たちが、マネージャーの登場にらくたんするような、あきらめの言葉を口にする。

 マネージャーの人は、澪さんっていうんだ。綺麗な人……。

 ストレートの長い黒髪を後頭部で一本に束ねていて、風がくたびにサラサラと揺れている。

 スタイルも良くて、街で会ったら芸能人か何かと間違えてしまいそうなほどに。

 部員がもんの先生に集められた。何を話しているのかは聞こえないけど、その中でもあの澪さんと、さっきゴールを決めた浅野さんは、とても仲が良さそうに話している。それこそ、他の部員そっちのけで。

 あ、先生におこられたっぽい。ふたりで顔を見合わせて笑っている。

 付き合ってるのかな。まぁ、私には関係ないことだけど……。


「ねぇ、あなたたち、もしかして入部希望とか?」

「え? わあ!?」

 もう少ししたら帰ろうかななんて考えていた時。フェンスをはさんですぐそこに、澪さんがいた。

 び、びっくりした……。終わったんだ、顧問の先生の話。

「あ、はい、俺は中学でもサッカー部だったんで」

「そうなんだ。良かったら、練習参加してみない?」

「え、でもじやになるんじゃ……」

「そんなことないよ、だいかんげい! すでに、他の一年生にも参加してもらってるんだよ。名前は?」

すぎ知宏です」

「知宏くんね。私、二年のわた澪」

 知宏が澪さんと話し始める。

 澪さん……じゃなくて、二年生だから澪せんぱいか。

 一年違うだけでこんなに大人っぽくなれるものかな。

 ……いや、私じゃ来年になってもきっと無理。

 自分の、セミロングの髪の毛をつまんでみる。髪をばしたからって、近づけるものでもないだろうけど。

 知宏もグラウンドに入るみたいだし、私は帰──

「あなたも、よかったらどう?」

「……え?」

 明らかに私に向けられた澪先輩のこわいろに、まぬけな声をらしてしまう。

「いえ、私、女なのでサッカーは……」

「うん。だからね、マネージャーやってみない?」

「はい?」

 マネージャー? サッカー部の? え、何でいきなり?

 もう一度グラウンドを見る。男子ばかり。……うん、当たり前。

「い、いえいえいえ! そんな! 無理……っ」

 顔の前で手をブンブン振って断ろうとすると、澪先輩はパンッと手を合わせた。

「お願い、困ってるの! マネージャーってね、今私ひとりしかいなくて。すっごく大変なの」

「いえ、あの、私じゃなくても、なんかマネージャーになりたそうな人いっぱいそこにいるような……」

 こんな、今初めてサッカー部を見に来ただけの私をさそわなくても、それこそあの浅野さんっていう人に騒いでいた女子が両手で足りないくらいいるのでは。

「だめなの、あの子たちじゃ。浅野くんにキャーキャー言うだけで仕事しないし、部のふん悪くなる一方で」

 と言うことは、すでにあの中の何人かをマネージャーにした後だということで。

 ほかに、どうやって断れば……。

「あ、そうだ、あの、でも、私、サッカー全然分からないし」

だれだって最初は初心者だよ!? だいじよう! 私もね、中学からマネージャーしてるんだけど、さっぱり分かんなかったもん!」

「えっ、ええ!? な、何でそんなに私を……」

「だって、あなたなら」

 と、澪先輩はなぜか知宏をチラッと見る。

 今までだんまりを決め込んでいた知宏が、澪先輩の気持ちをむように、口を開いた。

「いいじゃん、梨子。やってみれば? 入りたい部活もないって言ってたじゃん」

「えっ、ちょ、知宏……!」

 私が男子苦手だって知ってるくせに!

「そうなんだぁ~、ちょうどいいねっ」

 じゃ、ないです!

 澪先輩が両手を組んで微笑ほほえむ。

 近くで見ると、本当に綺麗。可愛かわいい……。

 ……って、ちがう、そうじゃない。

 助けを求めたくてグラウンドに目を向けると、きゆうけい中のサッカー部員が視界に飛び込んできた。

 その中には、もちろん浅野さんの姿もあって。

 一瞬。気のせいかと思うほど、ほんの一瞬。

 ……目が、合った。


「大丈夫だって。俺もいるんだから」

 どっちの味方なんだか分からない知宏のアシストが、私をまたその場所にもどす。

 澪先輩が不安そうに「だめ?」とうわづかいで私の目をのぞいてくる。

 ……負けた。

「分かりました……。やります、マネージャー」



「見たかったなぁ~、澪先輩の全力かんゆう。あたしまだその時、梨子と話したこと無かったもんね。もったいなかった。てか、何で澪先輩は、そんなに梨子がよかったんだろうね?」

 帰宅部の友理奈は帰りたくをすっかり済ませて、私のとなりの席にかばんを置いた。

「あとで聞いたんだけどね、私と知宏が付き合ってるんだと思ったからなんだって。すでに彼氏がいる子なら、浅野先輩に騒がないだろう、って」

「あー……、そうだね。あたしも最初は、梨子は知宏くんと付き合ってるんだと思ってたよ」

「違うよ、幼なじみ」

 付き合っていないし、だからといって浅野先輩に騒ぐつもりもない。

 だって、私はあの人のことが……。

「でもいいじゃーん、サッカー部。あの浅野先輩でしょ? イケメンがサッカーとかやばいよね。そんなん、好きになるよね~。うらやましいよ」

「ないよ、ありえない。好きになんてならない」

 強めの私の否定に、友理奈がキョトンとする。そして、すぐにあきらめたようにため息をついた。

「そうだね~。澪先輩の彼氏だもんねぇ。ふたりともかんぺきすぎて、好きになっても無駄な感じはするよねぇ」

「じゃなくて……」

 誰かの彼氏だとか、私自身が男子が苦手だとか、そんな理由以前の問題がある。

「あれ? 梨子、行かねーの? 部活。お前、いつももっと早く行くじゃん」

「え?」

 いつからそこにいたのか、知宏にそんなてきをされて、教室のかべけ時計を見て飛びねた。

「こんな時間!」

 友理奈にのんびりと「いってらっしゃーい」と見送られ、私は知宏と教室を飛び出した。


「へぇー? ふたり仲良くおくれてきたんだ?」

 笑っているけど笑顔じゃない。いつもヘラヘラしている人ではあるけれど、その辺の違いは区別がつく。

 サッカー部の練習グラウンドに最後にとうちやくしてしまった私たちは、二年生の浅野大翔先輩につかまっていた。

 遅れてしまったのは事実だから、反論は出来ないけれど……。

 知宏ひとりだけだったのなら、きっとせんぱいはこんな意地悪な言い方はしなかっただろう。

 私が、いつしよだったから……。

「こら、浅野くーん。後輩いじめるのは禁止だよ」

 何も言えずに、知宏と一緒にだまり込んでいると、浅野先輩の後ろから澪先輩が顔を出した。

「知宏くんは、今日は先生に呼び出されてるから少し遅れますって、ちゃんと前もってれんらくくれてたんだよね。梨子ちゃんは、ふたりで一緒に行きたいから待ってただけなんでしょ?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……」

 ここで否定するよりも、そういうことにしておいた方が後々めんどうくさくなくていいのかな。

 私は反論するのをやめて、頭を下げた。

「……すいません」

「いいんだよー。梨子ちゃん、いつも誰よりも早くきてくれるんだから、今日一日くらい」

 笑顔でねぎらう澪先輩の言葉に、うれしくなったのもつかの間。

「梨子ちゃんて、最初からずっと知宏にべったりだったもんね」

 浅野先輩が、にっこり笑っていやをひとつ。


 ──浅野先輩は、私にだけ意地悪だ。

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