スキキライ 第2話②

 ほぼ強制的に軽音部に入部することになってから、一週間が過ぎた。

 今日もなんとか外周と筋トレを終え、ちようかく室のカーペットに座りこむ。

 防音設備のあるこの部屋が、ハニワの練習室だ。


「わっ!? 冷た……っ」

 ほおにヒヤッとしたものがあたり、わたしは身体からだをすくませる。

 ふりかえると、ムダにさわやかながおの加賀美くんがしゃがんでいた。

 いつのまにはんまで買いに行ったのか、手にはペットボトルがにぎられている。


「鈴は水のほうがいいんだよね。はい、どーぞ」

「……ありがと」

 初日こそ「いらない」「えんりよしないで」のおうしゆうだったけど、加賀美くんがちっとも退かないのがわかって、最近ではなおにもらうことにしていた。

(これくらいなら、いいよね……?)

 別に気を許したワケじゃない。今から頭脳労働がひかえているから、省エネモードだ。


「あ、いいにおいがする。今日はなんだろ」

 クールダウンのためか窓を開けた加賀美くんが、いきなり上半身を乗り出した。

 気になって、わたしもとなりの窓を開けて顔を出してみる。


「……たぶんチーズケーキじゃないかな。フロマージュ・ブランを使ったやつ」

「フロマージュ? って、なんだっけ?」

「フランス語で『白いチーズ』っていう意味でね、ケーキとかおに使われることが多いかな。フルーツとかジャムといつしよに、ヨーグルトみたく食べることもあるね」

「そうなんだ。オレ、食べたことないかも」

「文化祭でウチに来たら食べれるよ。なんなら、今から予約しておく?」

「ぜひお願いします」


 加賀美くんがかんはついれずにうなずくから、わたしはあわててケータイを取り出す。

 忘れないようにメモして、あとでちゃんと部長にも話をしておこう。

 これはじようだんですませちゃ、さすがにかわいそうな気がする。

(部の売り上げにもつながるんだし、別にいいよね)


「………………り、鈴ちゃーん?」

「何? ちょっと待って、もう打ち終わるから」

「ムリ、待てない!」

「へ? ちょっ、わあああああ!?」


 カッと目を見開いた加賀美くんが、わたしのケータイに飛びついた。

 もっと正確に言えば、ピンクのストラップに。


「これ、スキキライ キュンキュンストラップ!? 厳選なるちゆうせんで選ばれた者しか手に入れられなかった、まぼろしの……!」

「……そ、そうだよ。ずいぶんくわしいんだね」


 じやつかん引き気味になりながら、わたしはコクンとうなずいた。

 このパンダとクマが可愛かわいいお守り型のストラップは、ブルーとピンクでワンセット。

 その名も、リアじゆうストラップとキュンキュンストラップだ。


「キュンキュンを持ってるってことは、リア充のほうも持ってるんだよね? もうだれかにわたしちゃった? まだならオレに! ちがって渡しちゃったなら、回収に行こう……っ」

「その手には乗らないから! このストラップと一緒に告白すると、永遠にキュンキュンできてリア充になれるって伝説、わたしも知ってるから!」


 おたがいに一息で言い切って、ゼーハーとかたで息をする。

 加賀美くんからケータイをなんさせて、けんごう同士みたいに間合いをとっていく。


 しばらくしてあきらめたのか、加賀美くんがふっと構えを解いた。

「……気になってるよね、家庭科部むこうのこと」

「申し訳なさそうな顔しなくていいよ、白々しい。そんなことより、クールダウンはもう充分だよね。というわけで、一刻も早く曲を完成させましょう」

「えっ、何、ずいぶんはりきってるねー。そんなにオレといるの、イヤ?」

いつさいオブラートに包まず、せきに答えるけどいいかな」

「鈴ってば、つーめーたーいー」


 加賀美くんは不満げに頰をふくらませるけど、こっちはそれどころじゃない。

 親衛隊のみなさんからの視線が、日に日にするどさを増している。曲ができたらおはらばこという事実だけが、わたしの身を守っているようなものだった。


(ほかのメンバーも同席してくれたら、またちがうんだろうけど……)

 ライブ前に集中して活動するスタンスらしく、だんは週一回集まる程度だという。

 さらに加賀美くんが曲づくりに入ると、ほかの人たちは自主練習のターンになるらしい。


「……加賀美くんは曲をつくってる間、誰かに相談したくなったりしないの?」

「だから鈴にたのんだんじゃん」

「じゃなくて、バンドのメンバーに」

「あいつらには、できあがってからアレンジの相談する感じかな」

「今回もそれじゃダメなの?」

「言ったじゃん、MVPがとりたいって。そしたら、今までと同じじゃ意味がない」


(だったら、曲づくりからメンバーと一緒にやればいいのに)

 とくにベースのつるまき奏音かなたくんとは、親友って感じに見えた。

 わたしなんかよりずっと気が合うだろうし、何よりそくせんりよくになるはずだ。


「……ねえ、どうしてわたし?」

「新曲のテーマが降ってきたとき、鈴じゃなきゃダメだなって思ったから」


 いつのまにか、すぐそばまで加賀美くんが近づいてきていた。

 彼のんだひとみに映る自分の姿まで見える。

 目がそらせずに、わたしは息を押し殺して次の言葉を待った。

 そして、ゆっくりと加賀美くんが口を開き──。


「発表します! 今度のテーマは、ずばり『こい』です」


「無理」

「えっ、そくとう? もう少ししんけんに考えてみてよ」

「無理なものは無理。だってわたし、はつこいもまだ……だし……」

 言いながら、サーッと血の気が引いていくのがわかった。

 最悪だ、口がすべった。初恋もまだなんて、絶対からかわれる!


「……今の、本当?」

 うつむくわたしに、加賀美くんの落ち着いた声が降ってくる。

(これは……からかわれるんじゃなくて、ひかれた……?)

 ヤバイ。だったら逆に、笑いに変えてしまったほうがいいのかもしれない。


「そうだけど?」

「……そっか、そうなんだ……」

(いやいや、そこはノッてよ!)

 思わずツッコミを入れたけど、バカにしたような空気は感じられなくて。

 さすがの彼も、その手のデリカシーはあったみたいだ。


「じゃあさ、初恋相手はオレにしない?」


 前言てつかい。チャラ男だ、彼はゆがみなくチャラ男だ。

 わたしは深呼吸し、一気にまくしたてる。

「それこそ無理、絶対無理、何がなんでも無理!」

「フッフッフ……。なんこうらくであるほど、燃えるよねぇ」

真面目まじめに聞いたわたしがバカだった……!)


 これまでずっとげ回ってきたから、加賀美くんのことはよく知らない。

 まともに話すようになったのも、最近のことだ。

 だから、本当にわからない。ノリなのか、悪ふざけなのか……。

 彼はどうして、わたしにこだわるんだろう?


(……気にしない、気にしない。文化祭までのしんぼうだよ)

 そう自分に言い聞かせて、わたしはキーボードをきはじめた。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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