スキキライ 第2話①

 GW明けの教室は、プールのあとみたいな気だるい空気で満ちていた。

 どんよりとした気分とは裏腹に、窓の外は今日も五月さつきれだ。


(ほんと、クジ運ない……)

 高二になってはじめてのせきえは、加賀美蓮のとなりという最悪の結果だった。

 ゆいいつにして最大の救いは、前の席が千歌だってことだ。


「……千歌、今日って部活に顔出せそう?」

 五限が終わり、わたしはそっと千歌のかたたたいた。

「ごめん、ちょっと厳しいかも。球技大会の準備がねー……」

「謝ることないよ! もう来月だもんね。あっ、何か手伝えることあったら言って?」

「鈴ってば~! ホント、なんていい子なの……っ」

「わあ!? ちょ、ちょっと千歌……」

 イスの上にひざをついた千歌が、うでばしてきしめてくる。

「会えない時間が愛を育てるとも言うし、私たちもだいじようだよね?」

「マジないわー。千歌ちゃーん、それオレへの当てつけ?」

「あれ、蓮くんじゃーん。いたの?」

「いた、いた! 会話にも参加してた! ねっ、鈴ちゃん」

 わたしはあわてて顔をそらし、千歌のブレザーのそでをヒシッとつかんだ。

「蓮くん、これが答えよ」

 千歌がアゴをしゃくり、加賀美くんが後ろをふりかえった。

 わたしもこわいもの見たさで、ついついまどぎわのグループへと視線を送ってしまう。


(……あれって、やっぱにらんでるよね……)

 クラスでもひときわ目立つ彼女たちは、加賀美蓮のファンだ。

 ファンクラブではけ厳禁をかかげているらしく、わたしはたびたび『厳重注意』を受けるハメになっていた。中には彼氏持ちの人もいたけど、追っかけは別腹なんだとか。


「ねえ、もう少し気を配れない?」

 千歌が声をひそめ、ジロリとげんきようを見やる。

「それは無理な相談だなぁ。オレが鈴をスキなのは事実だし? かくれてコソコソするほうが、よっぽどおかしいと思わない?」

「ハァ? 単に自分の気持ち押しつけてるだけじゃない。本当に鈴のことを思うなら、時と場所を選びなさいって言ってるの」

 言い回しこそちがうけど、わたしも千歌と似たようなことをうつたえ続けてきた。

 でも、答えはいつも一緒。


「鈴が逃げずにオレのこと見てくれるなら、それでもいいよ」

 がおでおなじみの台詞せりふを放ち、加賀美蓮はわたしの顔をのぞきこんでくる。

 これじゃあ、いくら声のボリュームを落としても意味がない。

 案の定、王子親衛隊のはらおかさんたちから、おもしろくなさそうな声が聞こえてきた。

(思い切って無視しても、結局こうなっちゃうんだよね……)


 一向に退かない加賀美蓮、彼にこうする千歌、そして頭をかかえるわたし。

 終わりの見えない三角形は、担任の先生がSHRをしにやって来るまで続いたのだった。


■□■


 また話しかけられる前にと、わたしは逃げるようにろうに出た。

 部室へと急ぎ足で向かうちゆう、スピーカーから校内放送を告げるチャイムがひびいた。


『──二年一組、音崎鈴。至急、音楽準備室まで来るように』


 機械しでも、を言わせぬはくりよくは変わらないらしい。

 声の主は、今年の春ににんしてきた、ちようスパルタで有名な音楽担当の先生だった。

(なんで呼び出されたんだろう……?)

 心当たりはないけど、とりあえず指定された場所へと急いだ。



 おそる恐る音楽準備室のドアをノックすると、中からげんのよさそうな声が返ってきた。

「はーい、どうぞ」

「失礼します。あの、二年一組の音崎鈴ですけど……──えっ? ええ!?」

 ご用はなんですかと聞こうとして、飛びこんできた光景に目を白黒させてしまう。

 そこには芽衣子先生と、なぜかジャージ姿の加賀美くんの姿があった。


「待ってたわよ、期待の新入部員!」


 イスから立ち上がり、満面の笑みの芽衣子先生にかんげいされた。

 ヒールをいているから、加賀美くんと同じくらいの目線の高さだ。

(ん? この流れって……まさか、新入部員=わたし!?)

 どういうことなんだろう。まったく事情が見えない。

 チラッと加賀美くんに視線をやると、先生と同じようにうれしそうに笑っていた。


「入部届のほうももんのサインはもう済んでて、あとは音崎が署名するばっかだから」

「あ、あの! 入部って、どこにですか?」

「軽音部に決まってるじゃない」

「えっと、わたし、家庭科部に入ってるんですけど……」

「ウチの学校、かけもち禁止じゃないでしょ?」

「そうですね。って、そういう話じゃなくて!」


 このままじゃ強制的に入部させられそうで、わたしはとっさに大きな声を出していた。

 たんに、芽衣子先生がギラッとひとみを光らせる。

(どうしよう、おこらせちゃったかな……?)

「ねえ、音崎はさ……」

「は、はいっ」

「長いことピアノ習ってたんでしょ? なら、作曲も編曲もかじったことあるわよね」


 思いがけない言葉に、反応がおくれてしまった。

 それでもなんとかうなずくと、いきなりりようかたをぐわっとつかまれた。


「加賀美と協力して、新曲をつくって! あたしが見る限り、あんたが一番適任なの」

「む、無理です! ピアノ習ってるっていっても、本当にしゆ程度ですし……」

「あたしが顧問になったからには、今年の文化祭でMVPをとるわよっ」

「そのために、鈴の力を貸してほしいんだ」

「……加賀美くんたちのバンドなら、今のままでもMVPをとれると思います。むしろ、わたしなんかがいたら足をひっぱるだろうし……」


「オレは、鈴がいいんだ」

 きっぱりとした、るぎない声だった。

「鈴じゃなきゃイヤだ。鈴じゃなきゃ、ダメなんだ」


 こんなの反則だと思った。

 目の前にいるのはいつものチャラ男じゃなく、どこまでもしんけんな表情の彼だった。

 強い光を放つんだ瞳に見つめられ、わたしは視線をそらすこともできないでいる。


「ウチの部で最もMVPに近いボーカリストがそう言ってるんだけど、どう?」

 芽衣子先生に声をかけられ、わたしはかなしばりが解けたように首をめぐらせた。

 がったのどからは、全然声が出てこない。

「……わ、わたしは……その……」

 まごついていると、芽衣子先生はヒールをカツンと鳴らして加賀美蓮へと向き直った。


「それじゃあ、加賀美! 話は以上だから、外周行っといで」

りようかいでーす。鈴、またあとでね」

 ウインクをひとつ残して、加賀美くんが準備室を出ていく。

 その背中を追いかけようとして、今度はわたしの名前が呼ばれる。


「音崎! あんたも入部届を書いたら、ジャージにえて走ってきな」

「へっ? あの、でも、まだ入部するとは……」

「聞こえないな。なんだって?」

「…………つつしんで、署名させていただきマス」

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