いつもとちがう帰り道 松本エムザ

Sweet16スイート・シツクステイーンっていうのがあってね」

 私が小さいころから、パパは言っていた。それは海の向こう、アメリカでの伝統。16歳の誕生日は「大人の仲間入りをする大切な記念日」とされていて、特に女の子は盛大にお祝いをするんだって。

 ゴージャスなドレス、部屋中にかざられたバルーン、食べきれないほどに大きくてカラフルなケーキ。写真で見るそれらに、私の心はおどった。早く16歳になりたいって。

 そして今日、ついに私はスイート・シックスティーンの誕生日をむかえた。クラブを貸し切りにしてにぎやかにパーティー! とはいかなかったけれど、大好きなお寿とフルーツいっぱいのケーキでお祝いしてくれたパパとママが感激して目をうるませていたのを見て、幸せをじんわりみしめることができたとってもイイ一日だった。

 いよいよ大人の仲間入り、けつこんだってできちゃう。なぁんて相手がいないどころか、まだだれかと付き合ったことさえないけれど。でも、好きな人はいる。ずっと思い続けた大切な人が……。

 誕生日プレゼントは念願のスマホ。ついに私も、友達からはだいぶおくれてのスマホデビューだ。自分の部屋でひとり、スマホをにぎりしめ、意を決して電話番号をタップする。一番初めに、話したかったあの人の番号を。



こう!」

 梅雨つゆ明け宣言が出た、週明け月曜日の登校時。前を歩く、見慣れた背中を見つけてけ寄った。

「おう」

 めんどうくさそうにり向いたのは、同じ高校に通うはら航太。小学校からの幼なじみだ。

「見て見て! じゃーん」

 航太の顔面めがけて、昨日手に入れたばかりのスマホをき出す。

「ついに手に入れたよーん。ス・マ・ホ」

「……おう」

「反応、うっす。もうちょっとなにかないの? やったな、とか、誕生日おめでとう、とか。あ、私、まだ航太からプレゼントもらってないんだけど」

「は? お前だって先月の俺の誕生日、なにもなかったろ」

「ちゃんと言ったじゃん。『おめでとう』って」

「言葉だけかよ」

「そんな事より、航太」

 航太に会ったら、まっさきに聞きたかった事があった。

しようにぃの電話番号って変わっちゃった? 昨日、前に教えてもらった番号に電話したんだけど、『おかけになった電話番号は』ってヤツになっちゃったんだよね」

 翔吾にぃは航太の3つ上のお兄ちゃんだ。

 この春高校を卒業して、東京でひとり暮らしをしながら大学に通っている。

「あぁ、そういや変えたとか言ってたっけな」

「やっぱり! もう、なんで教えてくれなかったのよ」

「お前がスマホ持ってないからだろ」

「教えて教えて。最初にこのスマホからかけるのは、翔吾にぃって決めてたんだから」

「ったく、朝からテンション高すぎんだよ」

 文句を言いながらも、航太は自分のスマホを出して、翔吾にぃの番号を教えてくれた。

「ねぇ、今かけちゃっても平気かな? もう翔吾にぃ起きてると思う?」

「知らねぇよ」

「だって、放課後まで待つのつらいもん。かけちゃおーっと」

 私は立ち止まって、スマホをタップする。

「先行くぞ」

りようかいー」

 立ち去る航太に手を振って、私は鳴りはじめた呼び出し音に集中した。

『……はい』

 スマホしに、ちょとかすれた、なつかしい翔吾にぃの声が。

「翔吾にぃ!? だよ!」

 大好きな人の声が、聞こえた。



 翔吾にぃと航太の兄弟家族とは、以前暮らしていた同じアパートのおとなりさん同士だった。

 毎日学校が終わると、アパートに住む子ども同士で近くの公園で遊んでいて、その頃から、私は翔吾にぃにすっかりなついていた。

 頭がよくてスポーツばんのうで、だれにでもやさしかった翔吾にぃ。

 町に探検に出て迷子になったときも、土手で自転車を飛ばしすぎて転んでしたときも、助けに飛んできてくれたのは翔吾にぃだった。

 中学生になって両家とも引っししても、同じ町内だったので翔吾にぃは私と航太の勉強を見てくれたり、部活や受験の相談に乗ってくれたり、変わらずたよりになる存在だった。

 会えば翔吾にぃの一挙一動にドキドキして、会えないときは早く会いたくてドキドキして、「あー私、翔吾にぃの事が好きなんだぁ」って気づいたら、毎日がすっごくキラキラしたのがわかった。

 翔吾にぃは、いつだって私のヒーローだった。

 だから、翔吾にぃが高校を卒業して、東京へ行ってしまったときは、人生が真っ暗になった気がした。

「いつでも遊びにおいで」

 って言ってくれた翔吾にぃにはなかなか会いに行けなかったけど、誕生日にスマホを手に入れたら、一番に翔吾にぃに電話しようって決めていたのだ。



『真希? おどろいた。久しぶり』

 学校についた私は、この町にいた頃と変わらない翔吾にぃの優しい声を思い出しながら、始業前の教室でスマホと向かい合っていた。

『良かったら、俺のインスタ、チェックしてみて。真希が好きそうなスイーツの店とかもあげてるから』

 教えてもらったアカウントを、手こずりながらもけんさくしてみる。

「あ! あった」

 ちょっとかみが茶色くなった翔吾にぃの顔写真が目印の、それを見つけた。タップすると、とう稿こうされた写真がズラリと現れる。

「すごーい。芸能人みたい」

 美味おいしそうな食べ物や、おしゃれなショップ、楽しそうなBBQの様子の写真などがいろあざやかに並んでいる。

「……あ、れ?」

 画面をスクロールしていた指が、思わず止まった。

 1枚の画像にくぎづけになった。

 翔吾にぃと知らない女の人が寄りって写っている。日付は昨日。画像の下には、

『付き合って、3か月記念日。いつもありがとう』

 の文字。ごていねいに最後はハートマークつき。

 翔吾にぃに彼女がいた。

 もう何か月も前から。

「よーし、一時間目の授業はじめるぞー」

 すでに始業のかねは鳴り終えて、きようだんには先生がいたけれど、私は真実をきわめなくてはと机の下でスマホを見続けていた。

 ふるえる手でほかの投稿も見ていくと、何枚もの写真が彼女とのデートのワンシーンだとわかってしまった。

 極めつけは昨日の投稿だ。

「スイート・シックスティーンだ」なんてかれていた私の誕生日に、翔吾にぃは彼女と『交際して3か月』の記念日を祝っていた。私のことなんて、1ミリも思い出さずに。

 かなしくてみじめで情けなくて、気がつけば目からなみだがあふれだしていた。

「……あ」

 ぽろぽろとこぼれた涙のしずくがスマホ画面をらして、私はあわてて手のひらで画面をぬぐった。すると──。

「やばっ」

 おかしなところをタップしてしまったようで、なにやら動画が再生され、大音量で教室中に激しい音楽をひびわたらせてしまった。

「こら! だれだ! 校内ではケータイは使用禁止だろう!」

 電源をオフにしても時すでにおそし。担任でもある国語教師のかま先生、つうしよう・ゴジラがかたをいからせてこちらへ向かってくる。あーもう最悪だ。ごうとくとはいえ、しつれんしてズタボロの私にさらなる試練をあたえようだなんて。

 うつむいたまま、ゴジラのいかりのビームを浴びようと観念した時、思わぬ声が私のとなりからあがった。

「俺でーす! すんません! プロレスの動画見てたら、音出ちゃいましたー」

 立ち上がって、スマホを手にかかげているのは、となりの席の航太だった。



「次やったら反省文、げん稿こう用紙10枚だからなー」

 放課後、職員室の前で待っていると、ゴジラの声が聞こえてきた。

「はーい、失礼しまーす」

「航太!」

 とびらが開いて、出てきた航太を呼び止める。

「おう」

 いつものようにぶっきらぼうな返事。

 うわきをえて、帰ろうとする航太の後を追った。

「……なんで」

「あ?」

「なんで、身代わりなんかになったのよ。ほうっておけばよかったのに、私のことなんて」

 ちがう。

 言いたいのはこんな言葉じゃない。

 なによりも先に「ごめんね」とか「ありがとう」とか言わなきゃいけないのに、私の口から出てきたのは、航太を責める言葉だった。

「知ってたんでしょ!? 翔吾にぃに彼女がいたこと。られてみじめな私がわいそうだとでも思った? ひとりでずっと浮かれて片思いし続けて、バカみたいだって思ってたんでしょ?」

 最悪だ。振られたやつあたりを、助けてくれた航太にするなんて。

 でも胸が痛くて苦しくて、思いをき出さなきゃいられなかった。

 待ちに待ったスイート・シックスティーンなのに、イイことなんてひとつもない。これじゃビターだ。ビターでブラックなシックスティーンじゃないか。

「……じゃあお前はさ」

 鼻の奥がつんとして、また涙があふれそうになったとき、航太が口を開いた。

「俺が『翔吾にぃに彼女ができた』って教えてたら、『はいそうですか』って兄貴のこと、どうでもよくなったワケ?」

「……それは」

「そんなもんだったん? お前の『好き』って」

「そ、そんなワケないでしょ!?」

 涙はスッと引っこんで、頭にカッと血が上った。

「ずっと、ずっと好きだったんだから! はじめて会ったときから、もう10年も! そんな簡単に変わるワケないじゃん!! 人の気持ちも知らないで、なんでそんなこと言うのよ!」

「知ってたよ。知ってたから、『みじめだ』とか『バカみたい』とか、つまんない言葉で片づけんじゃねぇよって言ってんだよ!」

 言葉につまった。

 航太の言う通り、たしかに私は自分で自分のこれまでの想いを、『無意味なものだった』と思いこんでしまった。大切な思い出も、キラキラした気持ちも……。


「片思いがバカみたいだって言うなら、俺だって10年間、ずっとバカのまんまだよ」


 つぶやいた航太の言葉に、思わず問いかけた。

「……え? 航太が片思い? 誰に?」

「だ、誰って、そりゃ……」

 私の問いに、みるみる航太の顔があかくなるのがわかる。

「私の知ってる子? あれ? でも10年って……、え?」

 それって、まさか……?

「あぁぁ――っっ、言わねぇからなっ! 今日のお前には絶対言わねぇっ!! 振られて落ちこんでるお前につけこむみたいな、俺は絶対しねぇからな! 今の忘れろ! そつこう忘れろ!!」

 航太が必死になって弁解する言葉を理解しようと、頭ではんすうするうちに、自分のほおも熱をもってきたのがわかった。

「な、な、なによ! なんでいきなりそんなこと言うのよ!」

「いきなりじゃねぇよ! お前が気づかなかっただけだろ!」

「だって……」

「なんとも思ってないやつのために、わざわざゴジラにおこられたりすっかよ! あー、もうここまで! この話はここまで!」

 ごういんに話を終えた航太は、かばんの中から小さな包みを取り出した。

「コレ、受け取っとけ」

「なに? これ」

「言ってたろ、昔っから。16歳の誕生日は特別だって」

 覚えていてくれたんだ、航太は。

 私の誕生日も。スイート・シックスティーンのことも。

「開けていい?」

「え? いや、家で開けろよ。って、答え聞く前から開けてんじゃねぇよ」

 包みの中から出てきたのは、パワーストーンで作られたストラップだった。つながれた白とピンクの石の真ん中で、きらめいてる赤い石は……。

「これ、ルビー?」

「……小せぇけどな」

『スイート・シックスティーンに誕生石をおくられた女の子は幸せになれる』

 そんな言い伝えも、航太は覚えてくれていた。

「……ありがとう。大切にする」

「……おう」

「……ねぇ」

「……なんだよ」

「……さっきの話。いつか、ちゃんと聞かせてくれるの?」

 びっくりしたし、心底おどろいたけれど、イヤじゃなかった。航太の気持ち。

「だーっ! なんで話をし返すんだよっ!」

「だって! 気になるじゃない!」

 もう一度、ちゃんと聞きたかった。

「あー、なんだ、いつものお前にもどったらな!」

「なによソレ」

「ムダに明るくてムダに元気な、いつもみたいに弁当食った後に、こうばいのパン食うくらいのお前に戻ったらだよ!」

「な、なんで、そんなとこ見てんのよ!?」

「うっせぇな、ずっと見てたんだよ、お前のことは!」

 ずっと……。

 航太の言葉がスイッチになって、この10年間を思い出す。

 迷子になったときに、ずっと手を繫いではげましてくれたのも、したときに、まっさきにけて行って翔吾にぃを呼んできてくれたのも、受験勉強を、励まし合ってがんったのも航太だった。いつだってそばにいたのは、ずっと見ていてくれたのは航太だったんだ。

「……ありがとう」

「礼はさっき聞いただろ」

「もっと、いろんな意味のありがとうだよ」

 もらったストラップを太陽にかざす。

 7月の太陽を浴びたルビーが、キラキラと光を放って、落ちこんでいたビターな気持ちを甘くHappyに変えてくれるようだった。

「じゃあ、楽しみにしとく!」

「おう、かくしとけ」

「それじゃケンカ売ってるじゃん」

 航太と歩く帰り道。

 いつも見ていた風景が、今日からはほんの少しちがって見えてくる。


 Happy16。

 いつかそれがSweetに変わる予感を覚えながら、

 ──16歳の夏が始まる。

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