青春ストーリー大特集!〈スイート編〉

角川ビーンズ文庫

5分後にキミのひと言ではじまる恋/恋する実行委員会

オレンジ色のキミ あやちょこ

 カリカリと数字を刻む、キミのそのシャープペンシル。

 製図メーカーの3000円もするスタイリッシュな冷たいアルミ製。

 長い指に桜貝みたいなキレイなつめ、ちょっとゆるめたネクタイとボタン2つぶん開けたワイシャツの胸元、時おり波打つのどぼとけ

 長いまつうすいくちびる、やわらかそうなかみ

 放課後のこの時間、図書館はオレンジ色に染まるから、私の中でキミの色はオレンジに決まっていた。

 たった45分間のオレンジ色の時間。

 長い睫毛が下を向いている時だけ、私はキミをぬすみ見る。

 キミと私は一度も同じクラスになった事がない。

 この3年間、たった一度も。

 時おり行くキミのクラスは男女仲が良くて、いつもみんな楽しげだった。

 でも、キミはよく一人でヘッドフォンをして外をながめていた。

 話をられれば耳につけたそれを外して、一言二言。

 笑うでもなく、げんなわけでもなく。


 キミのクラスにいる、私の友人は言う。

えんどう? あいないよね。格好いいけど、なに考えてるかわかんないし」

「バスケ部が練習してるの見たけど、つうに笑って話してたよ」

 私が言うと「バスケバカじゃん、遠藤って。部活だと女子マネとも普通に話すみたいよ。付き合ってるってうわさ。あそこの女子マネ、あのだよ? なんなん、あの声、アホっぽいわ」と、しんらつだった。

 私は心にさった言葉に、ひそかに顔をゆがめた。

 それを友人はかんちがいして「やっぱり、由依キライだよね? びすぎじゃね?」なんて言ってくる。

 私はあわてて「私は由依キライじゃないよ。一年の時、仲良かったし」と否定するけど、友人は「だいじよう、大丈夫。だまっておくから」なんて、勘違いしたまま。

「入り口、ふさがないで」

 教室の入り口で話していた私たちに言ったのは、キミだった。

 私はうなじが総毛立った気がした。

 ヒヤッとして、けながらキミを見ると、キミも私をちらっと見て去っていった。

「聞かれたかな」

 友人の言葉はさらに私に刺さる。

「悪口ちくるようなやつじゃないか」

 あっけらかんと言う友人に、私は泣きたくなった。

 悪口……。

 思ってもいない悪口をキミに聞かれたかもしれない。

 しかも彼女、いるんですか……。

 私はおくそくに過ぎない情報にすっかり気持ちが負けて、口をつぐんだ。



 私はその日、運が悪かった。

 雨が降っていてやたらんでいたバス。

 いつもなら同じバス停から乗る女友達からは、親に車で送ってもらうとれんらくがきた。

 乗りこんだバスは身動きが取れないほど混み合っていて、高い湿しつに窓がくもっていた。

 私はバスの中ほどで、されるようにしながらバスのれにえるしかなかった。

 人いきれ、だれかの甘いこうすいのにおい。

 息がまりそうだった。

 それに加え、おしりになにかがぶつかっていて、かんかどうかもわからず、動くこともできず、ひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。

むか、向井

 私は目の前の一人席に座る、同じ学校の制服に身を包んだ男子に名前を呼ばれておどろいた。

「ここ座んな」

 私が驚いていることなど気にもせずたんたんとそう言うと、さっと立ち上がって私を自分が座っていた席に座らせる。

「あの……ありがとうございます。名前……」と言うと、その男子は私のスクールバッグにつけてあるパスケースを長い指でさして言う。

「そこに書いてあった」

 素っ気ないほど短い返事。

 私は聞けなかった。

 そうじゃなくて、キミの名前を聞きたかったのに。


 そんな、キミとの出会いからすでに2年がたっている。

 私は意気地なし。

 名前は後から知ったけど、あの時にちゃんと聞かなかったから、学校ですれちがっても名前を呼びかけることもできない。

 キミのことを目で追って、そんなことをしているのは私だけじゃないことに気づくと、またじ気づく。

 せめてクラスがいつしよになれば、せめてバスでたまたまとなり合わせになれば、話すきっかけがつかめるかもなんて、あわい期待はかたかしのまま、に時が過ぎていく。

 まともに話すことなどないままに、とうとう3年生の夏が終わり、部活を引退したキミはバスを待つ45分間を図書館で勉強するようになった。



 私はいつも六人がけのテーブルの通路側のはし

 キミはいつもななめ向かいの窓側の端。

 私が勇気を出して近寄れたきよ

 まだまだ遠くて話すこともできないけど。

 キミを密かに盗み見ると、近くてドキドキする。

 キミのとなり、その隣、そして通路をまわってやっと私。

 意気地なしの私が勇気を最大限ふりしぼって近づけたのは、キミの睫毛がやっと見えるこの席までだった。

 集中なんてできないけれど、私も数学の教科書とノートを開く。

 そして、一応問題を解いてみたりする。

 キミは長い指でそのスタイリッシュなシャープペンシルをくるんと回転させる。

 そんな時、私の気持ちもキミの手のひらでおどっている。

 あまりにかれていてずかしくなり、気持ちを引きめてノートに向かうと、コロコロと角がなくなり丸くなった黒色の消しゴムが私のノートにぶつかった。

 それをつかまえて顔を上げると、キミと目が合う。

「悪い、投げていいよ」

 キミはオレンジ色に染まった頭を振って、よく見えるように目にかかっていたかみを散らして退けた。

 私はうなずいて消しゴムをポンッとほうった。

 放物線をえがいた消しゴムがキミの手のひらに包まれた。

「どうも」

 キミはそう言って、もう一言なにか言いたげに私を見つめていたけれど、また下を向いてノートに視線をもどす。

 この時がオレンジ色で良かった。

 私の顔がきっと赤くても、キミにはオレンジにしか見えなかっただろうから。

 私はドキドキしたまま数学のノートをにらみつける。

 そうでもしないと、うれしくて顔がとけだすと思ったから。

 それに、良かったと飛び上がりたくなる気持ちをおさえたかった。

 変なやつだとキミに思われたくない。

 やっと近寄れた斜め向かいの席だから。

 時間が来てキミが立ち上がるまで、私はいつもよりずっとドキドキしていた。

 でも、キミは相変わらず何でもないように片づけをして、バス停に向かって図書館を後にした。


    ***


 毎日毎日、決まった席で勉強を45分。

 意気地なしの私の至福の時間。

 オレンジ色の時間は短くなり、最近は図書館の明かりが灯って味気ない。

 冬になり、年が暮れようとしていた。

 もうすぐ冬休み。


 いつものように、45分間勉強をしたキミが立ち上がる。

 私もそれにつられるように、ポーチ型の筆箱にシャープペンシルを片づけはじめた。

 キミはいつものように私の横を通りすぎると思っていた。

 しかし、私の視界にキミの桜貝色のつめが現れて、私は顔をあげた。


「いつになったら、隣に座んだ向井理緒」


「え……」

「チラチラ見てるなら、堂々と隣に座れよ、ばーか」

 私は自分でも真っ赤になったのがわかるほど顔が熱くなった。

 そんな私を見てキミが小さく笑う。

「ヘタレだな。ほら、バス来るぞ」

 私は固まる。

 フリーズした機械のように動けないまま。

 そんな私にめったに笑わないキミはまた表情をくずして、転がっていた水色の消しゴムを私の手にしている筆箱に押し込んだ。

明日あしたから隣に座れよ」

 キミはそう言うと、歩き出そうとした。

 だから、私はこんしんの勇気をふりしぼってキミのリュックを摑んだ。

「一緒に! 一緒に……帰りたい」

 キミはおかしそうに微笑ほほえんで「何ヵ月かかってんだよ」と、言った。



 それからの私は、キミの隣が定位置になった。

 好きですと言ったのは、年が明けてから。

 キミは「今さら」とまた笑って、キスをした。


 夕焼けがキミを照らす、オレンジ色。

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