第2話「騒がしい入学式」③

 そして、駅から家までの道をもう一度案内する。

 私たちが住んでいる住宅街は同じ作りの家がずっとならんでいるから、屋根の色やカーブミラーの位置などで判断しないとまいになる可能性がとても高いのだ。


「昨日もこの辺り歩いたけど、まるでめいだね。なれるまで大変そうだ」

 私と相良兄弟の家の間まで帰って来て、隼介がそれはワクワクとしたいいがおで話す。

 ややこしい道さえも遊び感覚なのだから、隼介らしいなって思った。

「まぁ、なれれば平気だよ」

「ねぇ、アンタ。明日も隼介のことたのむわ。登下校と教室までコイツに付いて行ってやって」

「はぁ!?」

 やっと役目が終わり、明日から自由になれると思ったのに、涼真が隼介の頭にポンッと手のひらをおきながらとんでもないことを言い出した。

「ど、どうして私が!? もういいでしょ! 今日、たっぷり案内したじゃない!」

 一歩うしろにはなれ、大声で涼真の言葉に言い返す。

 それでも涼真は表情を変えず、私に隼介をまかせようとする。

「コイツ、物覚えの悪さ、本当悪いんだよね。きっと今日歩いた道、ほとんど覚えてないと思う。そうだろ? 隼介」

 名前を呼ばれ、兄と目を合わせる隼介。

 そして隼介は申し訳なさそうにほほえんだままうなずいた。


「うそでしょ……」

「コイツ、昔っから俺の後を付いてばっかりだから、危機感とかけいかいしんとか全くないんだよ。バカだけど、何回かくりかえせば覚えると思うから」

「そ、そんな……なんで私なの? 私じゃなくてもあんたたちに群がる女子いっぱいいるじゃん! その子たちに頼みなよ!」

「えー、俺、杏ちゃんがいいな。杏ちゃん、たまに口悪いけどやさしいし」

「なっ……」

「まぁ、俺もしようがこくてこうすいくさいほかの女子より、真っ当なアンタを信用してるから」

「えっ、えぇ……」

 ごくじようイケメン二人に言い寄られてその勢いにあつとうされる。

 結局、押し切られた形で、これからも隼介の面倒を見るという約束をするはめになってしまった─────


 そしてその日の夜、お上がりに今日のことを思い出しながら部屋にもどった。

 部屋には、学校から帰ってから作った星形のアイシングクッキーとホットミルクをる前に食べようと思い、持ちこんだ。

 うまくできたアイシングクッキーをほお張りながら、大きなため息をつく。

「とんでもない一日だったな……」

 モグモグと食べながら、かべにかけている制服を見る。

 何度見てもかわいらしいデザインに、落ちていた心はようやくいつもの気持ちを取りもどしつつある。

 その制服を手にして自分の体にあわせ、全身が映る鏡の自分を見た。

「やっぱりここの制服、かわいいな」

 気分てんかんにくるんとその場でターンをしようとしたけれどバランスをくずしてしまい、半分だけ回ってその場に立ち止まってしまった。


 すると、おとといまでなかったものがそこに現れて、私は笑顔のままその場に立ちつくす。

 窓の外を見ると、小さな星つぶがかがやく夜空が視界のはしに見える。

 でも、となりの家の一室では、けいこうとうの明かりの下にはまどぎわに勉強机をおいて、そこで今まで勉強していたんだろう。

 彼の持つシャーペンは今は動きを止めていた。

 そして目と目が合ったしゆんかん、私の笑顔は一瞬でくずれて、まるでようかいを見てしまったような表情になった。

「な、な、なんで……!」


 開いた窓の奥から変なものを見るような目で私を見るのは、苦手なとなりに住んでいる人。

 しかも、兄の涼真の方!

 ここの住宅街はとなりの家とのきよはかなり近い。

 だから、私の部屋と向かい合わせになっている涼真の部屋からは、私の姿は丸見えになっていた。

「アンタこそ……、一人でなにやってんだ?」

 かたをふるわせ、笑いをこらえている涼真。

 ベランダしに見えるその姿は、おかしくてたまらないって感じ。

 多分……いや、きっと一部始終、カーテンを開けっぱなしにしていた私の今の行動を見られていたんだ!


「ち、ちが……。コレ、学校の制服……! サ、サイズがいまいちだったからもう一度あわせてただけで!」

「サイズ合わせでアンタはおどるのかよ。しかもターン、失敗してるし」

 ガマンできなくなったのか、涼真は「ぶはっ」と小さな声をもらし、口を手でふさぎ、とうとう笑い出してしまった。


「失敗じゃないから! ちょっとつまずいただけだし!」

「それを失敗って言うんだよ。アンタ、アイドルでも目指してんの?」

「そ、そんなわけないでしょ! 本当にサイズ合わせだけで、別にこの制服がかわいいからって何度も着たりしてないし!」

 自分の体に合わせていた制服を乱暴にベッドの上にほうり投げた。

 心の中は(シワになっちゃう!)と悲しい気持ちもあるけど、かれている自分を見られた恥ずかしい気持ちで今はいっぱいいっぱいなんだ。


「いや、どう見ても踊ってたでしょ……て、ちょっと。そんな格好、俺に見せないでくれる?」

「えっ……?」

 そんな変な格好をしていたっけ? と、涼真の言葉の意味がわからず、首をかたむける。

 すると、涼真は笑っていた表情を消し、気のせいじゃなければほほを赤くそめて視線を泳がせた。


「自分の姿、鏡で見たらわかる」

 涼真に姿見を指さされ、私は反転して自分の姿を見た。

 そこにはあわいピンク色のうすいキャミソール一枚と、パイルで白色のショートパンツ姿の自分が映っている。

 こんなうすの姿を涼真に見せていたんだ! と気付くと、「ぎゃぁ!」と女らしくない声を出して、その場に勢いよくしゃがんでしまった。

「最悪! 見ないでよ!」

「はぁ? アンタから見せてきたんだよね? 俺の方ががいしやなんだけど」

「ひ、被害者とか……!」

「見たくないもの見せられたら、こっちが被害者だろ。しかも、ぎゃぁってなんだよ。女ならもっとかわいい声を出した方がいいと思うけど」

「あ、あなたねぇ……!」


 いかりがどんどんと込みあがってきて、体もプルプルとふるえてきた。

 どうせならベランダに出て思いっきり言い返してやりたい。

 でも、今の私のこの姿じゃ立ち上がることさえできず、だからといってもう夜の十時を回っているというのに、これ以上大きな声を出すことはきんじよめいわくになるから絶対に無理だ。


 きつくにらむ私を、涼真は勉強机のイスに足を組んで座りながら見くだすように見つめてくる。

 このきれいな顔でそんな姿を見せられると、とてもサマになり、絵になるのがくやしい。

 だけど、みとれてしまいそうになる。

 ……本当に腹が立つー!

 そんな時だった。

 無言でにらみあっていた私たちの間に、コンコンッととびらがノックされる音がする。

 おたがいに見つめ合ったままひとみが大きく見開く私たち。

 その音は、どうやら涼真の部屋からだったみたい。

「兄ちゃん、勉強中? 入っていい? このゲームのこうりやく法教えてほしいんだけど」

 声の主は弟の隼介だった!


 さらにマズくなったこのじようきよう


 隼介にまでこの姿を見られたらどうしよう! と頭の中ははげしくパニックだ。

 私が首だけを左に向けたり右に向けたりしてあわてていると、シャッとカーテンが引かれる音がする。

 視線をもどすと、涼真が立ち上がってのうこん色のカーテンを全面に引いてくれていた。

「あっ……」

 隼介に見せないようにカーテンを引いてくれたんだ……と思うと、体の力がけて安心感でいっぱいになる。

 涼真のことだから、笑いのネタに隼介に見せるかも……とか思っていたのに。

 いちおう、気をつかってくれたんだ、と思うと、ホッとして半分なみだにもなった。

 心の中で感謝をしていたら、涼真がカーテンを少しだけ開けて私の部屋の方を見る。

 そして、さっきと同じような見くだした顔で私を見て鼻で笑い、それから勢いよくカーテンを閉めた。

「や、や、やっぱり感じ悪いヤツ……!!」

 感謝の気持ちがめばえ始めたけれど、今の涼真の表情を見たら、そんなもの一瞬でふき飛んだ。


「絶対に仲良くなんかならないから……!」

 目の前にある濃紺色のカーテンをにらみ、私は低い声でひとり言をつぶやく。


 カーテンには二人分のかげが映っていて、仲がいい兄弟のしゃべり声が聞こえてくる。

 きっとゲームの攻略法で盛り上がっているのだろう。

 たんたんとしゃべる涼真の声と、それにリアクション大きく感動した隼介の声が聞こえてくる。

「本当、仲がいいな……」

 昨日、今日といつしよにいて、それは心からうらやましく感じたことだった。

 引っ越して来たとなりの家の家族は、イケメンで、仲が良くて、性格も正反対の男兄弟。

 きっとほかの女の子たちからすれば、夢のようなできごとなのだろう。

 それでも今までいなかったおとなりさんの存在ができたことは、私の中で大きなできごとだ。

「明日から……いや、今から服装だけは気を付けよう……!」

 だって、おとなりさんは年が近い男子なんだ。

 いつまた見られるかわかったもんじゃない。

 そう決意し、私も自分の部屋のカーテンを閉めた。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る