第2話「騒がしい入学式」③
そして、駅から家までの道をもう一度案内する。
私たちが住んでいる住宅街は同じ作りの家がずっとならんでいるから、屋根の色やカーブミラーの位置などで判断しないと
「昨日もこの辺り歩いたけど、まるで
私と相良兄弟の家の間まで帰って来て、隼介がそれはワクワクとしたいい
ややこしい道さえも遊び感覚なのだから、隼介らしいなって思った。
「まぁ、なれれば平気だよ」
「ねぇ、アンタ。明日も隼介のこと
「はぁ!?」
やっと役目が終わり、明日から自由になれると思ったのに、涼真が隼介の頭にポンッと手のひらをおきながらとんでもないことを言い出した。
「ど、どうして私が!? もういいでしょ! 今日、たっぷり案内したじゃない!」
一歩うしろに
それでも涼真は表情を変えず、私に隼介をまかせようとする。
「コイツ、物覚えの悪さ、本当悪いんだよね。きっと今日歩いた道、ほとんど覚えてないと思う。そうだろ? 隼介」
名前を呼ばれ、兄と目を合わせる隼介。
そして隼介は申し訳なさそうにほほえんだままうなずいた。
「うそでしょ……」
「コイツ、昔っから俺の後を付いてばっかりだから、危機感とか
「そ、そんな……なんで私なの? 私じゃなくてもあんたたちに群がる女子いっぱいいるじゃん! その子たちに頼みなよ!」
「えー、俺、杏ちゃんがいいな。杏ちゃん、たまに口悪いけど
「なっ……」
「まぁ、俺も
「えっ、えぇ……」
結局、押し切られた形で、これからも隼介の面倒を見るという約束をするはめになってしまった─────
そしてその日の夜、お
部屋には、学校から帰ってから作った星形のアイシングクッキーとホットミルクを
うまくできたアイシングクッキーをほお張りながら、大きなため息をつく。
「とんでもない一日だったな……」
モグモグと食べながら、
何度見てもかわいらしいデザインに、落ちていた心はようやくいつもの気持ちを取りもどしつつある。
その制服を手にして自分の体にあわせ、全身が映る鏡の自分を見た。
「やっぱりここの制服、かわいいな」
気分
すると、おとといまでなかったものがそこに現れて、私は笑顔のままその場に立ちつくす。
窓の外を見ると、小さな星つぶがかがやく夜空が視界のはしに見える。
でも、となりの家の一室では、
彼の持つシャーペンは今は動きを止めていた。
そして目と目が合った
「な、な、なんで……!」
開いた窓の奥から変なものを見るような目で私を見るのは、苦手なとなりに住んでいる人。
しかも、兄の涼真の方!
ここの住宅街はとなりの家との
だから、私の部屋と向かい合わせになっている涼真の部屋からは、私の姿は丸見えになっていた。
「アンタこそ……、一人でなにやってんだ?」
ベランダ
多分……いや、きっと一部始終、カーテンを開けっぱなしにしていた私の今の行動を見られていたんだ!
「ち、ちが……。コレ、学校の制服……! サ、サイズがいまいちだったからもう一度あわせてただけで!」
「サイズ合わせでアンタは
ガマンできなくなったのか、涼真は「ぶはっ」と小さな声をもらし、口を手でふさぎ、とうとう笑い出してしまった。
「失敗じゃないから! ちょっとつまずいただけだし!」
「それを失敗って言うんだよ。アンタ、アイドルでも目指してんの?」
「そ、そんなわけないでしょ! 本当にサイズ合わせだけで、別にこの制服がかわいいからって何度も着たりしてないし!」
自分の体に合わせていた制服を乱暴にベッドの上にほうり投げた。
心の中は(シワになっちゃう!)と悲しい気持ちもあるけど、
「いや、どう見ても踊ってたでしょ……て、ちょっと。そんな格好、俺に見せないでくれる?」
「えっ……?」
そんな変な格好をしていたっけ? と、涼真の言葉の意味がわからず、首をかたむける。
すると、涼真は笑っていた表情を消し、気のせいじゃなければほほを赤くそめて視線を泳がせた。
「自分の姿、鏡で見たらわかる」
涼真に姿見を指さされ、私は反転して自分の姿を見た。
そこにはあわいピンク色のうすいキャミソール一枚と、パイル
こんな
「最悪! 見ないでよ!」
「はぁ? アンタから見せてきたんだよね? 俺の方が
「ひ、被害者とか……!」
「見たくないもの見せられたら、こっちが被害者だろ。しかも、ぎゃぁってなんだよ。女ならもっとかわいい声を出した方がいいと思うけど」
「あ、あなたねぇ……!」
どうせならベランダに出て思いっきり言い返してやりたい。
でも、今の私のこの姿じゃ立ち上がることさえできず、だからといってもう夜の十時を回っているというのに、これ以上大きな声を出すことは
きつくにらむ私を、涼真は勉強机のイスに足を組んで座りながら見くだすように見つめてくる。
このきれいな顔でそんな姿を見せられると、とてもサマになり、絵になるのがくやしい。
だけど、みとれてしまいそうになる。
……本当に腹が立つー!
そんな時だった。
無言でにらみあっていた私たちの間に、コンコンッと
お
その音は、どうやら涼真の部屋からだったみたい。
「兄ちゃん、勉強中? 入っていい? このゲームの
声の主は弟の隼介だった!
さらにマズくなったこの
隼介にまでこの姿を見られたらどうしよう! と頭の中ははげしくパニックだ。
私が首だけを左に向けたり右に向けたりしてあわてていると、シャッとカーテンが引かれる音がする。
視線を
「あっ……」
隼介に見せないようにカーテンを引いてくれたんだ……と思うと、体の力が
涼真のことだから、笑いのネタに隼介に見せるかも……とか思っていたのに。
いちおう、気をつかってくれたんだ、と思うと、ホッとして半分
心の中で感謝をしていたら、涼真がカーテンを少しだけ開けて私の部屋の方を見る。
そして、さっきと同じような見くだした顔で私を見て鼻で笑い、それから勢いよくカーテンを閉めた。
「や、や、やっぱり感じ悪いヤツ……!!」
感謝の気持ちがめばえ始めたけれど、今の涼真の表情を見たら、そんなもの一瞬でふき飛んだ。
「絶対に仲良くなんかならないから……!」
目の前にある濃紺色のカーテンをにらみ、私は低い声でひとり言をつぶやく。
カーテンには二人分の
きっとゲームの攻略法で盛り上がっているのだろう。
たんたんとしゃべる涼真の声と、それにリアクション大きく感動した隼介の声が聞こえてくる。
「本当、仲がいいな……」
昨日、今日と
引っ越して来たとなりの家の家族は、イケメンで、仲が良くて、性格も正反対の男兄弟。
きっとほかの女の子たちからすれば、夢のようなできごとなのだろう。
それでも今までいなかったおとなりさんの存在ができたことは、私の中で大きなできごとだ。
「明日から……いや、今から服装だけは気を付けよう……!」
だって、おとなりさんは年が近い男子なんだ。
いつまた見られるかわかったもんじゃない。
そう決意し、私も自分の部屋のカーテンを閉めた。
<続きは本編でぜひお楽しみください。>
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