放課後ヒロインプロジェクト!/藤並みなと

序章


ゆずSIDE



「運命を感じました! 付き合ってください!」

「無理」

 あいはらゆず。十六歳。本日、生まれて初めての告白をして──られました。



「早っ! つう、告白されたらもう少しおどろくとか照れるとかしない? そんな真顔でそつこうお断りとか、あまりにも非人道的じゃないでしょうか!? この冷血漢!」

「放課後の体育館裏に呼び出された時点で予測はできていたし、その気がないのにもったいぶって返事をおくらせる方が不誠実だろう」

 たった今、告白されてもまゆひとつ動かさずバッサリと切り捨てたこの男──いちさとり君は、私のこうの言葉にも全く動じた様子を見せず、たんたんと言葉をつむぐ。



「そもそも相原、別に俺のことを好きじゃないだろう」



 するどひとみでズバリとてきされて、思わず息をのんだ。

「好きじゃないって……どうして?」

「本気でこいしてて告白しようってやつは、もっと思いつめた目をしてるものだ。ましてや振られた直後に相手を冷血漢とののしるゆうなんてあるはずない」

 な、なるほど……でも何なんだろう、この人の冷静さ。

 私は本気じゃないにしても、初めての告白にそれなりにドキドキしてたのに……やっぱりイケメンだから告白され慣れてるのかな?



 サラサラのくせのないくろかみに、すずやかな目元が印象的な、整った顔立ち。

 かたかばんをかけ、何かのふうとうわきかかえた制服姿の長身は、すらりとして手足も長い。

 こくねむりの常習犯で無愛想な慧君は、同じクラスの一─Aでいつぴきおおかみとして過ごしているけど、そのルックスと独特のふんから、ひそかにあこがれている女子も少なくない。

 あんまりしゃべらないけど、声もいいしね。そっけないのに、不思議と甘くひびく低音。

 ……しまった、ハードルが高すぎたか。でも、「こいつならイケる」みたいな考えでアプローチするのもどうかと思うしなあ……。

 うーん、とうでみして眉を寄せる私だったけれど──

生憎あいにく、自分のステータスを上げる彼氏アクセサリーが欲しい、程度の気持ちで告白してくるような奴にいてる時間はない」

 冷ややかにそう言われて、かあっとほおが熱くなった。

「別に、私はそんな理由で彼氏が欲しかったわけじゃないし!」

「じゃあ、なんで告白なんてしたんだ?」



「──私のおばあちゃん、七十歳過ぎてからツイッターを始めたり、ロッククライミングに目覚めたり、世界一周旅行にチャレンジしたり、すごくアクティブな人なの」



「…………?」

 とつぜんおばあちゃんの話を始めた私に、慧君がかすかにまどったような表情をかべたけれど、構わず話し続ける。

「いつかSASUKEに出演するのが夢とか言って、いくつになってもこうしんおうせいで生き生きして、私の憧れのおばあちゃんだった。でも、先週突然たおれてしまって……それ以来、めっきり気分もふさいでしまったみたいで。『私ももう長くないかもねぇ……』なんて私の前で弱音をいたりするの」

 思い出すと、じわっとまぶたが熱くなり、あわててまばたきしてした。

 以前のおばあちゃんなら、絶対に考えられなかった姿……。

「そんなこと言わないでよって言ったら、おばあちゃん、弱々しく笑いながら『ゆずちゃんのはなよめ姿すがたが見られたら、うれしくて寿じゆみようがあと三年は延びるかもね』って。──だから、花嫁はさすがに難しいけど、彼氏をしようかいできたら、おばあちゃんも少しは元気になってくれるかなって思って……」

「なるほど。がんばれ」

 ギュッとこぶしにぎりながらせつせつとうつたえたのに、慧君はあっさりそう言うと、去っていこうとする。

「ちょっと待ってよ! この話を聞いてもまだ協力しようと思わないの? やっぱり冷血漢!」

「俺はいそがしいんだよ。ほかの男を当たってくれ」

「私だってだれでもいいわけじゃないし! 言ったでしょ、運命を感じたって!」

「……運命?」

 慧君が足を止めて、振り返った。

「その態度からして、ひとれというわけでもないだろうに、運命? どういうことだ?」

 あれ、意外に乙女おとめチックな単語に反応するんだな……と思いつつ、私は自分のかばんから筆箱を取り出し、さらにそこから一本のシャーペンを取り出す。



「これよ!」

「!」



 しゆんかん、それまでポーカーフェイスをくずさなかった慧君が、ギョッとしたように大きく目をみはった。

 それは、月に二回発行される少女まん雑誌『花とリボン』のおうしや全員サービスで手に入れた、人気漫画『学園ハロウィン』の限定グッズだった。



「一ノ瀬君の筆箱に、これと同じシャーペンが入ってるのを見たんだよ。私、『学園ハロウィン』大っっ好きなの。あんなに絵がれいでおもしろいのに、作者は私たちと同い年とか信じられないよね!?」

「…………」

 テンション高くしゃべる私の前で、さっきまでサイボーグみたいだった慧君の顔が、かすかに赤くなっていた。

 男子で少女漫画が好きなんてバレたらずかしい、みたいな気持ちなのかな?

「別に照れることないよ、少年向けでも少女向けでもおもしろいものはおもしろいんだから! 一ノ瀬君も『学ハロ』好きなんでしょ? 同じ学校の、同じクラスで、同じ漫画が好きな男子がおそろいのレアなシャーペンを持ってる……運命的じゃない!?」

「──全然」

 慧君はぶっきらぼうに全否定すると、くるりと背を向けて早足ではなれていこうとする。あわわ、ここでのがしたらもう次はないぞ。

「待ってよー! そんなせつしような! 見捨てないでー」

「放せ、俺は忙しいっつってんだろ!」

「ダメ! せめて『学ハロ』について語ろう!」

「ええい、しつこい!」

 しがみついて止めようとする私を引き離そうと、慧君がばっと腕をり上げた。そのひように彼が抱えていた封筒が地面に落ちて、バラバラと中身が散らばる。

「ごめん、私のせいで──って、これ……」

鹿さわるな……!」

 慌てて拾い集めようとした紙の束は、漫画のげん稿こうのようだった。

 私がときどき遊びでノートにくものとはレベルがちがう、洗練された線で描かれた、息をのむほど綺麗な原稿。

 しかも、そのがらは『学園ハロウィン』そっくりで──。

「……どういうこと? もしかして一ノ瀬君が……『学園ハロウィン』の作者、せりちさと先生……ってこと?」

「…………」

 ふるえる人差し指を向けつつぼうぜんたずねると、慧君は、たんせいな顔をしかめながら、小さくため息をらした。




慧SIDE




「……どういうこと? もしかして一ノ瀬君が……『学園ハロウィン』の作者、芹野井ちさと先生……ってこと?」

「…………」

 呆気あつけにとられたように指を差されて、俺は、思わずため息を漏らした。



 相原ゆず。ショートボブにくりっとした大きなひとみとくちよう的な、やや小柄な女子生徒。

 俺が彼女にいだいていたイメージは、「やたら元気」。

 あと、「食いしんぼう」。弁当を食べる時、いつもとろけそうながおでほおばっているからだ。

 つーか、四月にここ私立とうよう高校の一─Aで同じクラスになってから、二学期が始まったばかりのこの時期まで、俺は相原とほとんどしゃべったことがない。

 そんな相手にいきなり告白なんかするなよぼうすぎるだろ、と思いっきりツッコみたい気持ちはあったが、今はそこは置いておこう。

 まさか相原が、俺の漫画の愛読者だったなんて……。

 正直ものすごく嬉しいし、ありがたいのだが、面と向かってべためされるとどうしていいかわからない。そして、正体がバレることで……なんだか、非常にめんどうくさいことになりそうな予感がした。



 俺が『花とリボン』の新人賞を受賞したのは中学二年の冬。

 中三になったばかりの春に読み切りのつもりで描いたデビュー作『学園ハロウィン』が想定外のはんきようを受け、そのままれんさいをすることになった。

 学校に通いながら、高校受験や進学もへいこうしてひたすら原稿を描き続け、つい二か月前、一年三か月におよぶ連載が無事にしゆうりよう。今は新作のためのネタ探し中……。

 同じ高校で、俺が漫画を描いていることを知っているやつは、他に一人しかいない。

 意図的にかくしていたわけではないが、聞かれたことがなかったし、自分から言う機会も特になかったからだ。



「否定しないってことは芹野井ちさと先生なんですよね!?」

「先生はやめてくれ。あと、敬語も」

「すごいすごいすごいすごい! あの天才高校生作家、ちーたまが目の前に!」

「そのあだ名もやめろ」

『学ハロ』の表紙にはいつも『ちーたまのリリカル☆モンスターコメディ』というもんぜつ級に恥ずかしいあおり文句がっていた。

 どうして『花とリボン』編集部って作家にみようあいしようをつけるんだろう……。

 げんなりしながら遠い目をしていたら、とつぜん、相原が「ごめんなさい!」と大きく頭を下げた。

「なんだ、いきなり?」

「先ほどのご無礼をおびします! 少女漫画家ということは、れんあいの達人! 恋愛道におけるめんきよかいでんの一ノ瀬君に『付き合ってほしい』なんて、身のほど知らずもいいところでした!」

「……いや、達人とか全然」



「もう彼氏になってなんておこがましいことは言いません! 代わりに──私をヒロインにしてください!」



 …………はあ? 何を言い出すんだ、こいつ……。

「私も少女まんのヒロインみたいになりたいの! 可愛かわいくて、キラキラして、てきな男の子とこいをして……彼氏ができればおばあちゃんも喜んでくれるだろうし、数々の胸キュンシーンを描き出した『ちーたま』なら、恋愛のごくも知りくしているでしょ!?」

「──そんなわけあるか! 無理に決まってるだろ」

「お願いします! 私のヒロインプロジェクトに協力してください!」

「断る。手を離せ」

「いや! 引き受けてくれるまで絶対離さない! お願いお願いお願いお願い──私を、最強のヒロインにしてください! どうか! なにとぞ! ごを……!」



 相原ゆずは、しつこかった。

 いくら断っても引き下がらないから、一方的に話を打ち切って帰ろうとしたけれど、ごういんに歩き出した俺のうでをつかんだまま、スッポンのようにらい付いてはなれない。

 地面にはずるずると、彼女の足の引きずられたあとが、わだちのように延びていった。

 ……ああ、もう!



「いい加減にしろ!」



 ごうやした俺は、声をあららげながら相原を体育館のかべに押し付け、もう片方の腕を彼女の頭のすぐ上にたたきつけた。

「聞き分けの悪い奴は、痛い目見ないとわからないか?」

 おどろいたように目をみはった相原は、俺があつ的に見下ろすと、キュッと口元を結んでうつむいた。

「……っ……」

 そのかたが小さく震えるのを見て、内心、しまったとこうかいする。

 あまりにしつこいから、おどしてき放そうと思ったのだが、やりすぎたか……?

 罪悪感に包まれた次のしゆんかん



「──生壁ドン、入りましたー!」



 グッとガッツポーズをした相原が、感きわまったようにたけびを上げた。……は?

「さすがしよう! 少女漫画の王道シーンをさつそく体現してくれるなんて! 壁ドンはもはや定番オブ定番ですが、やはりベタこそ至高、至高だからこそベタ! めっちゃドキドキです! もう感動!」

 相原のほおは紅潮し、目はキラキラとかがやいていた。

 ……あ、こいつ、鹿だ。

 うすうす気付いてたけど、救いようのない大馬鹿者だ。

「しかも『聞き分けの悪い子は、お仕置きだ』なんてドS&エロ路線……大・好・物!」

「お仕置きなんて言ってねえ! 勝手に台詞せりふを改ざんするなアホ!」

「やっぱりナチュラルに少女漫画的なことできるんじゃないですか~。プロデューサーやってください!」

「やらないっつってんだろ! 放せ! とっととあきらめろ!」

「いや! 離れて欲しかったらイエスと言って! 言うまで絶対絶対絶~っ対このまま離さないんだから!」



 ──相原は本当にあり得ないレベルでしつこくて、その後もずるずると引きずられたままどこまでも食らい付いてきた。

 ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる……。

「は・な・れ・ろー!」

「いやー! 引き受けてくれるまで死んでも離れないいいいいいいー!」



 結局、俺は根負けして、プロデュース業を引き受けるほかなかったのだった。

 だこいつ……早くなんとかしないと……。



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