3.シンデレラのドレスは九十六時間②


 テスト休みも終わった。赤点補講で連日登校だった宇城くん以外は、夏の旅行のことを考えながら楽しくテスト休みを過ごしたことだろう。そして無事に終業式も終わった。

「うっきゃーっ! 夏休みーっ! ラグピュアリーでマダームなドレス買うぞー」

 凜子がこぶしにした片手と、曲げた片あしを同時に空にき上げる。

 奏と凜子と三人で大きなショッピングモールにやってきている。

「ねえねえ、波菜、これとかめっちゃかわいいけど、男子的にやばいかな?」

 奏は自分のことでせいいっぱいで、凜子のラグピュアリーに突っ込むゆうもない。

「うーん……。奏にはとっても似合うけど、そこまでダメージの入ってるデニムは男子ウケはよくないような気がする」

 奏の手にしているデニムのパンツは、上から下まではだが丸見えレベルのダメージが入っている。もはや穴。これをめっちゃかわいい、と形容する感性がわからない。

 手にしているだけだとそれはただのボロなのか? って感じだけど、背が高くて手足の長い奏は、こういう古着っぽい着こなしがモデルなみにバリッと決まるのだ。それこそめちゃくちゃかっこいい。

 ただいつぱん的な男子にこれがウケるのかどうかは疑問だ。人を選ぶファッションのような気がする。

「だよねー、今回はあきらめるわ、それじゃこっち──」

 奏はなおにデニムパンツをラックに戻し、今のより穴が一個くらい少ない、似たような商品に手をかけた。

 その手首を、凜子の手ががしっとつかむ。

「ダメだよ奏! あのごうべつそう思いかべてみて? いつものしゆふういんして、みんなでラグピュアリーでマダームを目指すんだってば! ドレスよドレス」

「はいはい凜子おじようさま

 そういなして奏は、ちょっと場所を移動した。

 さっきのダメージデニムとはかなりテイストの違う、むなもとのふちがシースルーになっている真っ白いワンピースを手に取った。ノースリーブのミニワンピで、スカート部分はチュールが何層にも重ねてある。

「うわあ! ようせいみたい! それめっちゃかわいいよ、奏!」

「あっそう。じゃ波菜はこれに決定ね。さすがにあたしはそこまで甘いのはかんべんだわ」

 奏はハンガーごとそれをわたしの胸元に押しつけた。

「えっ。わたしだってこんなに甘いのは似合わないよ」

「めっちゃかわいい、ってさけんだ時の波菜のテンションはホンモノだったね。こういうのが好きでしょ?」

「好き……だけど。さすがにそれも逆の意味で引かない?」

 わたしは正直に言ったんだから、いくらかわいくても似合わない時は似合わない、無理なもんは無理とアドバイスしてほしい。それが女子同士で服を買いにくる最大のメリットでしょ。

「あたしには無理だけど波菜ならあり! いつもと違うラグジュアリーテイストが今回のあたしたちのテーマでしょ? 波菜が好きじゃないならやめればいいけど、絶対似合うよ」

「う……」

 かわいいと、少しでも思ってもらいたいかも。正直。

「どうする? 波菜。リゾートだからそこまでずかしいことないと思うよ? 夕食の時とかもしかして必要になるかも」

「試着してくるね!」

「それにしても、凜子。それ、にやってるの?」

 後ろで奏の声がしたから、試着室に向かう足を止めてり返った。

「ラグピュアリーラグピュアリー、マダーム!」

 海外ブランドのショップぶくろからむらさきいろのバスローブを出して、目を閉じほおにスリスリしながらじゆもんを唱える凜子。よっぽどうっとりして別世界に飛んでいるんだろう。

 凜子はさっき、奏とわたしの忠告も振りきり、高校生にはとてもそぐわない店でなんと紫のはながらのバスローブを買った。

 高校生に人気のナイトウエアのブランドだってちゃんとあるのに、そういうのじゃなくて、しようしんしようめいのマダームブランドだ。間の悪いことに出店のセールをやっていた。

 わたしたち三人(特に凜子)はテンションがおおはばにおかしい。

 に豪華な別荘の写真を目にしちゃったから、外国映画でしかたことのない海外セレブの休日を脳内で勝手にり広げている。

 ぬののパラソルがしお風にれるバルコニーでブランチ。プライベートビーチのデッキチェアでおひるしよくだいった長テーブルで正装してディナー。

 冷静に考えればそんなことはありえない。

 でも出番はないかもしれないけど、持っているくらいはいいかもしれない。

 気分だよね、気分!

 わたしは手にした真っ白なミニワンピに視線を落とした。口元が自然ににんまりする。

 どう考えても凜子のバスローブのほうが、もっともっともっと出番がない。

 わたしと奏の前でそれを着ておどり、せんたくちがった自分をのろう姿しか想像できないんだけど。


■□■


 そうしてあっという間に当日がやってきた。

「お母さんいってきまーす! メリーをよろしくー。エサのほかにもコップのお水と小松菜切らさないでねー」

 げんかんじゃなくてリビングのドアを開けながら声をかけた。

「はいはい、だいじようよ。楽しんできてね」

 黄色いオカメインコをかたに乗せたお母さんが手を振る。

 五歳になるオカメインコのメリーはわたしのはじめてのペットだ。世話ぜんぱんはわたしがしているけど、たまにパートに出る程度のお母さんにもじゆうぶんなついている。

 放鳥時間が長いわが家では、「行ってきます」はリビングのとびらだ。そこを閉めてからじゃなきゃ玄関のドアは開けられない。


 特急で二時間の場所にある宇城くんの別荘にみんなで向かう。宇城くん、多田山くん、森本くん。奏、凜子、そしてわたし。

 待ち合わせ場所の駅の改札で、なぜかとなりに来てくれる宇城くん。またおもちゃだのなんだのと、からかわれるのかもしれないけど、それさえうれしい。

 むら染めにしてヴィンテージ感を出した青いTシャツにハーフパンツという、なーんのへんてつもない格好なのに、とてつもなく、はんじゃなく、もう言葉を失うほどかっこいいのだ。

 くるぶしソックスの左右のラインの色がさりげなくちがうのもめちゃくちゃかっこいいし、リュックのサイドファスナーを開けるファッションも、個性的でてきすぎる。

 ふくらはぎが発達しているせいで、いきなり細くなる足首のまり具合がちよう超超セクシーで、たおれそうになった。

 おそろしい! わたしって変態のケでもあったんだろうか。

「波菜、なんか……顔が赤いの通りこして、よだれ出てない?」

「そ! そんなことは、な、ないよ」

「あーあ、朔哉。モノが落ちるからここのファスナー気をつけろって、いつも注意してんじゃん」

 そう言うと多田山くんが、宇城くんのリュックのサイドファスナーを慣れた手つきでシュッとあげた。

「ケッケッ! 朔哉またくつした左右で間違って穿いてきてるぜ」

「げっ! マジか? 今日だけは気をつけようと……。うるせえんだよ、駿平! そこはだまっとけ」

 てきした森本くんのことを、宇城くんは足先だけで軽くっ飛ばした。

 ……そうか。靴下もファスナーもファッションじゃなかったのか。

 それでももうとにかく、私服姿の宇城くんがそうぜつにかっこいい。友だちと笑いながら話す横顔がまぶしすぎてドキドキする。

 万が一こっちを向いてしまったら、あまりのまばゆさに眼球がつぶれてしまうんじゃないかと思った。ダメだ、クラクラするよ。めまいでひっくり返りそう。

「あー、波菜のぼせたの? よだれどころか鼻血が」

「え! こ……これは違うよ。ちょっと手にかすり傷があってそれが……あれ?」

 奏の言葉にあわてて鼻を手首で押さえたけど、別に何もついていない。

 手首から顔をあげて奏を見ると、舌を出さんばかりのいたずらっぽい表情をしていた。

 やられた。もう冷やあせもんだよ。奏ったらのがしてよ。

 こんなので三泊四日もつんだろうか。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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