第二章 カシオレ唐揚げレモンをかけたら 第二話

 高嶋君はしょんぼりとスマホをいじり始めていたけれど、アイドルソングっぽいキラキラしたイントロが流れ出すやバッと勢いよく顔を上げた。

「はいはいはーい、これ俺!」

 声をはずませて前へ出ると、マイクをにぎってノリノリで歌い始める。立ち直り早いな!

 どうやら『アイライブ!』の曲っぽいけど、かんぺきな振り付けで歌いおどるその様は男子受けばつぐんで、爆笑を呼んだ。

 てか高嶋君、やたら歌上手うまい。にもかかわらず、ラブリーなアイドルソングをクネクネと身体を動かしながら熱唱する姿は、そのぼうも相まってシュールで、確かに笑いのツボをくすぐられた。

 最初は冷たかった女子たちの視線も、場のふんかされるようにじよじよなごみ、曲が終わるころには苦笑を向けられるほどにまで変化していた。


「すごいすごい、好感度がゴキ●リからコバエ程度まで回復したよ」

「それでもコバエ程度なのか……」

 私のしようさんに高嶋君はガクリと首を垂らしたけれど、「まあいいさ」とすぐに口角を上げる。

「全員好感度どん底、か~ら~の逆転劇! ってのも、ハーレムラブコメの王道だからな」

 このけたポジティブ思考はなんなんだろう……。


   ☆★☆


 その後は和気あいあいとした空気でみんな、カラオケにおしゃべりに盛り上がっていた。

 私は菜々子ちゃんとおしゃべりしたり、バカなことを言う高嶋君に思わずツッコミを入れたりしながら、いつのまにかそれなりに楽しい時間を過ごしていた。

 ──あの曲がかかるまでは。


 カラオケの画面に映ったのは、『Mr.Music』というタイトル。

 お、と思った直後、玲奈ちゃんが「瑞姫ちゃん歌って」とがおでマイクをわたしてきた。

 ええええええ!?

えんりよして全然歌ってないでしょ? この曲好きって言ってたし」

 どうやら私と菜々子ちゃんが話していたのが聞こえていたらしい。

 世話好きの玲奈ちゃんは百パーセント好意から曲を入れてくれたみたいだけど、そんな、困るよー!

「いや、私は……」

「みんな注目~。瑞姫ちゃんが歌います!」

 玲奈ちゃんの声に、「お~」とはくしゆが起こる。

 ひー、歌わざるを得ない雰囲気になっちゃってる……!

 そうだ、菜々子ちゃんといつしよに歌ってもらえば……と思ったけど、菜々子ちゃんはちょうど席をはずしていた。

 そうこうしているうちに、前奏が終わり、Aメロがどんどん進んでいく。だんだんみんなが、あれ……? みたいな表情になってくる。やばい、どうしよう、歌わないと白けちゃうよね。でも……!


 想定外の事態に固まってしまった私の手から、不意にマイクがうばい取られ、直後、んだ歌声がひびき渡った。──高嶋君!?


「ちょっと、この曲は瑞姫ちゃんに……」

「いいだろ、俺もこの曲好きだから、歌いたい」

 玲奈ちゃんの目は見ないままそう言い切って、高嶋君は体をすって歌いだす。

 玲奈ちゃんが、いいの? みたいに見つめてきたけど、私がコクコクとうなずくと、きょとんとしてたみんなも「ま、いっか~」みたいな空気になった。


 高嶋君は幸福感いっぱいのメロディアスなこの楽曲をとても楽しそうに歌っていたので、いつのまにかみんな笑顔でノリノリになっていた。

 そして、曲が終わるころには、最初にただよっていたみような雰囲気は完全にどこかへ消えていたのだった。


   ☆★☆


「……ありがとう」

 席に戻ってきた高嶋君にお礼を言うと、高嶋君はにやっと笑った。

「貸し一つな」

 うう。不本意だけど、助かった……。

「カラオケ苦手なのか?」

「うん、音楽は好きだけど、人前で歌うのはいやなの」

「ふーん」

 あいづちを打ちながら高嶋君はグラスに手をばし、口元にかたむけたけれど、それはすでに空になっていた。

「あ、これいいよ。まだ口つけてないから」

 歌ってのどもかわいただろう……と、ついさっき店員さんに持ってきてもらったばかりのオレンジジュースをけんじようする。

「ほう、頂こう」

 高嶋君はぎようぎようしく頷くと、グラスをあおった。


 ……ん? このオレンジジュース、なんか色がおかしくない?

 傾いたグラスの中で、底の方にたまっていた赤色が、みるみるオレンジ色と混ざっていく。


「高嶋君、ちょっと待って……っ」

 異常に気付いて声を上げた時には、すでに高嶋君はジュースを一気に飲み干していた。

「……そのジュース、変な味しなかった?」

 不安を押し殺しながらたずねると、高嶋君はのろのろとこちらに視線を向ける。

「…………へ?」

 間の抜けた声で答えた高嶋君の顔は、真っ赤に染まっていた。


 ぎょっとして、空になったグラスに鼻を寄せると、オレンジジュースのにおいに混ざって、くらくらするような甘いかおりがした。

 この匂いは知ってる──お母さんが好きでよく家で飲んでる、カシスリキュールの匂い。

 高嶋君が飲んだのはきっと、カシスオレンジだったんだ!


 どうしてカシオレがこんなところにあるんだろう? 店員さんがほかの部屋のオーダーとちがえて持ってきちゃったのか、この部屋のだれかがこっそりたのんだものが手違いで私の前に置かれちゃってたのか……いや、原因究明より今は。

「高嶋君、だいじよう? ごめん、それ、ジュースじゃなくてお酒だったんだよ。とりあえず水かお茶を……」

 あせる私をとろんとしたひとみで見つめていた高嶋君だけど、誰かがラブソングの名曲を歌いだすや、カッと目を見開いて、立ち上がった。

 な、何!?

 高嶋君はつかつかつかと早足で前へ出ると、気持ちよく歌っていた男子からマイクをごういんに奪う。そして、すうっと息を吸い込むと、声を張り上げた。


「俺には、心に決めた人がいる──」


 ビリビリと空気がふるえるほどのマイクを通しての大音量に、みんな耳をふさいで、何事かと高嶋君に注目した。


「それは、『アイライブ!』の空良ちゃんだ!!」


 ……いきなりこんなところで何を宣言してるんだよ、高嶋君!


つややかなくりいろかみせいたたずまい、やさしいほほみ、愛らしい顔かたち。一目見た時から俺のハートは空良ちゃんに奪われ、彼女に吸い込まれるようなここがした。そして、彼女の心根の清らかさ、思いやりにあふれた温かさ、夢に向かってがんばるひたむきさ、さまざまな美点にめぐまれながらもおごることのないつつましさ、真の意味でのかしこさ、ぐうな目にってもめげないけなさ、感受性の豊かさ……彼女のことを知れば知るほど、かれていった。ちょっと引っ込み思案なところも、ドジっこなところも、すべてがいとしい。すべてがプレシャス。二次元にりよく的な女子は数多あまたいるが、空良ちゃんほど俺のたましいを震わせる存在は他にいない。なぜあれほどらしい存在が誕生したのか? そして、出会うことができたのか? もはやせきとしか言いようがない……!」


 とめどなく語られる空良ちゃん賛歌……みんな、高嶋君の熱量にあつとうされているようで、一言も発せずに聞き入っている。


「どんなにつらい日でも、空良ちゃんのがおがあれば立ち直れる。どんなに言葉をつくしても、空良ちゃんへの愛を表現するにはまだ足りない。空良ちゃんがいるから、俺は生きていけるんだ。──この歌が、あまりにも俺と空良ちゃんとの関係を的確に表しているから、つい、まんできなくなってしまった。それだけだ。ありがとう。そろそろ空良ちゃんもさみしがってる頃だ……俺は帰るよ、愛しい彼女の待つ家へ──」


 ゆでダコのように赤面しながら一方的に語りたおした高嶋君は、そこまで言うとマイクを置き、ぐるりと部屋を見回した。


「俺がいなくなったからって、泣くんじゃねーぞ」


 フッと笑ってそう告げるや、ウィンクとともに人差し指のじゆうで「バーン!」とくうく。

 そして、ポカーンとしている一同を残して、さっさと部屋を出て行ってしまった。


 ……えーと、つまり歌を聞いて空良ちゃんを思い出し、空良ちゃん愛が高まるあまり、公衆の面前で愛をさけんだということかな。お酒を飲むと感情のふりはばが大きくなるっていうし……──って、あんなっぱらいを一人で帰すのは危険じゃない!?

 ハッと我に返った私は、高嶋君の分も立てえた二人分の料金を菜々子ちゃんにわたすと、あわてて彼の後を追った。


   ☆★☆


かがやく季節~あなたとのプレシャスメモリー~♪」

 カラオケボックスを出て少し行ったところで、大声で歌いながらふらふら進む高嶋君に追いついた。

「高嶋君、もうここ外だから! みんな見てるよ」

 通行人の視線にほおが熱くなるのを感じながら、こそっと注意すると、高嶋君は「ほへ?」とぼんやりした瞳を私に向けた。かと思えば、みるみるげんそうな顔になる。

「『みんな』って誰だよ? そんな言葉はまんだ! 自分の言葉で話せ!」

 いきなり説教をされた。話がやくしすぎて訳が分からない。完全に酔っぱらいの言動だ。

「高嶋君、こっちこっち。こっちでちょっと休もう」

 とりあえず、電車に乗る前にどこかで酔いをました方がいいな……と考え、近場の公園へとゆうどうする。

 高嶋君は千鳥足でついてきたけれど、にゃーん、と鳴くみちばたねこを見たしゆんかん、ハッとしたように息をのんだ。

「あの猫……!」

「うん?」

「『アイライブ!』の第八話で空良ちゃんが拾った猫に激似だ……!」

 うわ~、どうでもいい。

「あの話は神回だった……ごうきゆうかい不可」

 おくよみがえったのか、だーっとなみだを流す高嶋君。それから、そのエピソードでいかに空良ちゃんが心優しい天使だったかということから、猫との交流と切ない別れまでの演出のたくみさ、製作スタッフへのしようさんと彼らについてのうんちくまで延々と語り始める。

 ほんとめんどうくさいな、この人……。お酒のせいで、ウザさがパワーアップしている。

 でも、飲ませちゃったのは私だしな……。

「この時のふくせんが後に第十二話で──」

「そういえば、高嶋君って生身の女子苦手でしょ?」

 ふと一つの疑問がかび、私はやや強引に話に割り込んだ。ほうっておいたら、永遠にこうしやくが続きそうだったし。

「でも、私とはつうに話せるじゃない。なんで?」

「……なんでだろうな……?」

 酔っぱらっているからだろうか、女子苦手ということもなおに認めて、高嶋君はまゆをひそめて考え始めた。


「……聖は女子っぽくないからじゃないか? なんていうか、たんたんとして、若さがないし」

 失礼な! あいそうで悪かったな!

「それに、大和が『仲間』『仲間』り返してるからかな~」

「……いや、仲間じゃないからね」

 否定しながらも、そうか……となつとくした。

 そんな風に思ってたから、無理やり歌わされそうになった時、助けてくれたのか。

 つくづく残念な人だけど、友達思いのところもあるんだな……。


 少し感心しながら、横を歩く高嶋君の顔を見上げていたところ──

「そういや、風邪かぜだいじようなのか?」

 いきなりそんなことをたずねられて、おどろいた。

「え?」

「なんかずっとだるそうだし。なのにあんな寒い場所座って……風邪ひいてるやつが、遊び歩くなよ」

 あきれたようにてきされて、まどう。

 まさか、今日も体調悪いことに気付かれてるとは。

「薬飲んだから、大丈夫」

 いつもみたいにそっけなく答えながら……もしかして、と思い当たった。

 高嶋君が席を立つたびにいちいち私のとなりもどってきてたのも、直接私にクーラーが当たらないようにづかって、風よけになってくれてた、とか?

 ……いやいや、まさか、それは好意的にかいしやくしすぎだよ、私。おとか! がらじゃないって。


「──聖」

 思い上がりを打ち消しつつも、なんだかずかしいようなみようここで歩いていたら、不意に高嶋君が足を止め、こちらをり向いた。

 たんせいおもしに浮かぶのはいつになくシリアスな表情で、ドキドキと胸が勝手にさわぎだす。

「え……?」

「俺……っ」

 高嶋君はじっと私のひとみを見つめながら、何か言いかけて、声をまらせた。

 ただならぬ気配に、なおさらどうが大きく鳴りひびく。ちょっと、なにこれ、なんなのこれ!?

「……どうしたの?」

 必死に内心のどうようかくしながら問うと、高嶋君は「やばい」とうれいを帯びた瞳でささやいた。


「気持ち悪い。……く」


 口元を押さえながらそんなことを言われ、サーッと血の気が引いた。

「ちょ、ちょっと、こんなところで吐かないでよ!? あと少し行ったら公園のトイレが……」

「無理。出る」

「ああああ、じゃあここ! ここにして!」

 あわてて道のはしはいすいこうへ引っ張っていくと、高嶋君は「オエ~」と聞き苦しい声とともにおう物をみぞにぶちまけた。ぎゃー、私の服にもちょっとねたよ!

 いやにおいが鼻をついて、私まで気分が悪くなってくる。

 もう、かんべんしてよ……。

 ほうもないろうかんおそわれながら、近くにはんを見つけたので、コインを投入した。

 口元をそででぬぐう高嶋君に、お茶のペットボトルを差し出す。

「大丈夫?……はい、これで口すすいで」

「悪い……」

 高嶋君はお茶でうがいをしてから、はあっと大きくため息をついて、かたわらのだんふちこしかけた。

「なんか聖、今日はやけにやさしいな……」

 ポツリとそんなことをつぶやく。

「まあ──」

 私のせいでもあるからね、と続けようとした矢先、

「さては俺にれたか?」


 ……は???


 呆れ果てる私のことは完全に置いてきぼりで、高嶋君は片手でかみをかき上げ、フッとみを浮かべた。

「しょーがねえな。あいにく、タイプじゃないけど……来いよ、クレバーにいてやる」


 …………捨てて行こうか、こいつ。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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