第二章 カシオレ唐揚げレモンをかけたら 第一話
私が転校してきてから一か月が
「今日も雨か……」
休み時間、教室の
「つまんねー」
アクティブな野田君には、ストレスのたまる季節のようだ。
「俺はこの六月は忙しいけどな。追っかけてる漫画やラノベが何冊も出るし、『アイライブ!』のアプリと『
うきうきと語る高嶋君は、見た目はアイドルになれそうなくらいイケメンなのに、相変わらず重度のオタクであることがうかがえた。
「昨日の夜は
『どうしても……智樹に会いたかったの』
ずぶ
『とりあえず、シャワーを浴びてこい』
やがて浴室から出てきた彼女は、ほんのり桜色に上気した
「──いい加減に自重しろ」
とうとう
ああもう、
「なんだよ、これからいいところだったのに」
口をとがらせる高嶋君に、「あのね」と向き合う。
「脳内彼女と
冷たく言い放つと、高嶋君が「なっ……」と言葉を失った。
「おいおい、ツンデレが
「
「言っておくが、俺は二次元に
ビシッと宣言されたけど……反応に困る。
「だってそうだろう? まず造形的に二次元の方が美しい。
しゃべっているうちに熱がこもったのだろうか、高嶋君の声は
「二次元女子こそ至高にして究極!
シーンと教室が静まり返り、クラスメイトたちの視線が高嶋君に集中するが、本人は言い切った! とばかりに満足げだ。
私は一つ、小さなくしゃみをしてから、
「……寒っ……」
「なんだよ、異論があるなら聞くぞ?」
「
高嶋君の言動が寒いのも事実だけど、わざわざ不毛な議論を
「今のは本当のくしゃみ。ちょっと今朝から
私がそう説明すると、高嶋君は少し目を
かと思えば、すぐに遠い目をして語り出す。
「風邪か……俺がつかさと結ばれたのは、俺が風邪で
「…………」
「
ポンと野田君に
私たちの何とも言えない
「一つ断っておくが、リアルでも俺が本気出せば女子はイチコロなんだぞ。俺には女心が手に取るようにわかるからな!」
開いた親指と人差し指で
「ふーん……じゃあ私が今何考えてるかわかる?」
「ほざけ色ボケ
「……正解!」
「おまえらなあ……」
下校時刻。
いつもは野田君がなんだかんだいいながら
高嶋君は野田君にくっついてくる形なので、野田君がいない時は基本ちょっかいを出してくることはない。
はあ……やっぱり平和が一番だ……。
一人心静かに帰りの
「瑞姫ちゃん」
顔を上げると、ふわふわした長い
「なに?」
「あのね、明日、
明日は土曜日。まさかの休日のお
「え……私も交ざっちゃっていいの?」
ドキドキしながら聞くと、菜々子ちゃんは
「人数多いほうが楽しいから、誰か呼びたい子いたら声かけてって言われたの」
「そうなんだ……
私が信じられない気持ちで答えると、菜々子ちゃんは「よかった」と声を
「それじゃ、
「うん……!」
☆★☆
そして翌日。
「……くしゃん! くしゃん!」
私は立て続けに二回、くしゃみをしてから、慌ててティッシュで鼻を押さえた。
不覚……風邪が悪化したっぽい。
それでも、転校してきてから初めてのお誘いだ。
まともな友達を作るまたとないチャンス、休むわけにはいかん! と、ややふらつく体に
まあ
誘われたことで
とりあえず、服装は動きやすいパンツスタイルにスニーカーをチョイスした。
予算の方も、お年玉を持ってきたからよほど
『いけふくろう』は知らなかったんだけど、ネットで
どうでもいいけど、ただでさえ広大で迷いやすいこの池袋駅で、東口の方には西武百貨店があって西口の方には東武百貨店があるというのは、ひどいトラップだと思う。
あらかじめネットで道筋は
「瑞姫ちゃーん」
ふくろう像の付近はたくさんの人でごった返していたけれど、菜々子ちゃんが手を
「おはよう。ごめんね、待たせちゃって」
「
「みんな、瑞姫ちゃんだよー」
菜々子ちゃんが振り返った先には、初めて会う女子が四人いた。
「聖瑞姫です。よろしく」
ちょっと
「初めまして。私は
おおっと、まだ増えるの?
「あとは現地集合ってことになってるから、出発しよー」
明るい色の髪をツインテールにした玲奈ちゃんが先導するように歩き出し、みんなでおしゃべりしながら移動を始める。
「今日はどこに行くの?」
「あ、言ってなかったっけ、ごめんね。カラオケだって」
「そうなんだ」
菜々子ちゃんに
カラオケ……だ、と……!?
人前で
……まあ、人数多いなら、聞き役に
☆★☆
「みんな、グラスはもった? それじゃ、かんぱーい」
元気な男子の声を合図に、「かんぱーい」という唱和とガラスのぶつかり合う音が
カラオケボックスの広いパーティールームには、計十三名の皆神高校の男女が集まっていた。
「男の子もいたんだね……」
菜々子ちゃんも知らなかったらしく、目をぱちくりさせている。
……やばい、帰りたい……。
表面上は
ただでさえ初対面の大人数とか苦手なのに、男子もいて、カラオケで……しかも、私が座った場所はちょうどクーラーの
なんの
視線を
合流した男子グループの中に彼の姿を見つけた時はびっくりしたけど、どうやらあっちも友達に引っ張ってこられたというところかな。
おもしろいのは、高嶋君へ注がれる女子の視線がいつもより明らかに好意的なことだ。
まだみんな、彼の
「聖サン、高嶋と仲良いんだっけ?」
「別に、そんなことないよ」
振り返った先に座っているのは、目にも
彼は──そう、あの球技大会でバスケのゴールが
あの時はジャージ姿だったけど、私服の今はモノクロのヒョウ
その
「どうして私の名前を知ってるの?」
思わず
「オレは
人を食ったような
正直、お近づきになりたくないタイプだな……。
私は「よろしく」と軽く会釈だけすると、また右隣の菜々子ちゃんに向き直った。
菜々子ちゃんは目が合うと、にこっと自然に
「瑞姫ちゃんはどんな音楽
「あ、いいよね。私も好き。れるりりさんとか……」
私の返事に、菜々子ちゃんが「わ、瑞姫ちゃんもボカロ聴くんだ」と顔を
「れるりりさんだとどの曲が好き?」
「ガールシリーズとか、『
「すごい、好みピッタリ! じゃあ私、『
「えっ、菜々子ちゃん、あの曲歌えるんだ。すごい! 難しくない?」
「難しいけど、練習した! で、一度も
おお……おっとりした菜々子ちゃんが高速ソングを熱唱とか、
「聴いてみたい。歌って歌って」
リモコンを
「はい、瑞姫ちゃんもどうぞ」
「あ、私は……」
笑顔でリモコンを差し出され、どうしよう……と目線を
「あれー、高嶋、おまえ、全然グラス減ってないじゃん」
オーダーした
「ああ、最近ちょっと
高嶋君が調子よく
主催者男子が、歌うように言葉を
「高嶋の~ちょっといいとこ見てみたい♪ はい!」
「「「飲んで飲んで飲んで~飲んで♪」」」
男女の声に合わせて立ち上がった高嶋君は、ゴクゴクゴクと生ビールならぬ生
わーっと巻き起こる
「──とんだ茶番だな」
フッと
しまった、つい
「……九十九君、何か曲入れる?」
何も聞こえなかったふりをしてリモコンを差し出すと、九十九君はゆるゆると首を振った。
「オレは洋楽しか聴かないんだ」
ふーん、そうなんだ。九十九君も、友達付き合いでここにきたクチなのかな。
とりあえず、リモコンはさりげなく次の人へと回しておく。
「うれしいな~私、ずっと高嶋君と話してみたかったんだ」
どこか甘えたようなテンション高めの声に視線を向けると、高嶋君の
すると
「私、
「おおおおおお、おうっ……」
!? オットセイみたいになってるよ。急にどうした、高嶋君!?
向かいのポニーテールの女子も、親しげに笑いかける。
「高嶋君はどんな歌が好きなの? 高嶋君の歌声、聞いてみたい」
「おおお俺はまっまだ、あ、後で、だいじょうびっ」
めっちゃ嚙んでるし!
「最近雨ばっかだけど、今日は天気が良くてよかったね」
「そーだね」
「まあ、カラオケだから天気関係ないけど」
「そーだね」
「高嶋君っておしゃれだよね。服とかどこで買ってるの?」
「そーだね」
会話下手か!
とても、さっき男子と
キョドりすぎだろう。なに? もしかして高嶋君、実は生身の女子は
「──よお、聖。お前が来てるなんて
しばらくして
もしや
案の定、高嶋君も「うわ、この席寒っ」と身をすくめている。
局所的ツンドラ地帯へようこそ。
「こっちも驚いたよ。コンビニの限定ストラップ買いに行ったんじゃなかったの?」
「無論、ゲット済みだ。ついでにブラブラしてたら
「飛び入り参加だったら関係ないでしょ」
いつもながらおバカなことを言う高嶋君に
「……女心がわかるんじゃなかったの?」
ちろりと視線を向けながらそうからかうと、高嶋君はかすかに頰をこわばらせてから、「も、もちろん」と胸を張った。まだ
「へえ、どのへんが? そんな風には見えなかったけど」
「──例えばあの明るい
高嶋君が視線を向けたのは、友達のカラオケに合わせて手を
「彼女はいつも強気で意地っ張りな末っ子とみた」
高嶋君がキラーンと
「大外れ」
ブハッと九十九君が
「彼女は
「あれー?」
首をかしげる高嶋君。
……てかツインテールはツンデレ妹系って、二次元ではお約束かもしれないけど……。
「じゃあ……あの右目に泣きぼくろがあるポニーテールの子。彼女の好物はチョコレートだ」
「へえ、どうして?」
「チョコが大好物の『アイライブ!』の
…………
私は
「さすがイケメン……ならば次は
九十九君がポンと
「おや? どうしたんだ、高嶋?」
「……仕方ない。俺の
高嶋君はにやりと不敵な
「何したの?」
「まあ、
やがて、店員さんがジュースを持ってきて、高嶋君が「こっちです」と手を上げる。
高嶋君は机に置かれたメロンソーダに手を
「ありさ!」
いきなり名前を呼び捨て!?
驚いたように
「俺の気持ちだ──受け取れ」
おお、オシャレなバーみたい! と思ったのも
「うそ、俺のスマホ!」
「バッグが!」
「服ビチョビチョ……!」
「なにやってんだよ、高嶋!!」
「わ、悪い……」
みんなから非難の目が集中し、小さくなる高嶋君。やっぱりアホだ。
「──まだまだ!」
キッと顔を上げた高嶋君は、席を立って入り口に向かってきていたありさちゃんに
かと思えばいきなりその
なんだこの
「気に入ったぜ、ありさ……今夜、俺色カラーに染まってみないか?」
「…………」
ありさちゃんは完全に固まっている。
「答えるまで、離さない」
強気な笑みとともに
「え? えええ?……
「高嶋、あんた最低!」
「何ありさ泣かせてるの?」
「マジキモイし!」
ありさちゃんを
完全に女子たちを敵に回した高嶋君は、やがて肩を落として
「くそっ、女子は壁ドンや俺様キャラに弱いんじゃなかったのか……!」
ほぼ初対面であんなことされたら、
それにしても、出だしはわりと高めだった女子の好感度がほんの三十分足らずでどん底まで転げ落ちるなんて、ある意味すごい。
「プククククッ……
空気を読まずに一人
なんでこう変な人ばっかり傍に集まってるんだろう……。
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