第二章 カシオレ唐揚げレモンをかけたら 第一話

 私が転校してきてから一か月がち、季節は梅雨つゆに入った。

「今日も雨か……」

 休み時間、教室のまどわくによりかかりながら、野田君が力なく呟く。

「つまんねー」

 アクティブな野田君には、ストレスのたまる季節のようだ。

「俺はこの六月は忙しいけどな。追っかけてる漫画やラノベが何冊も出るし、『アイライブ!』のアプリと『かんこれ』で新しいイベント始まるし、めてるアニメも消化しなきゃだろ……そういや『アイライブ!』のコンビニ限定ストラップは明日あした発売か。特典付きはてん先着二十名とか、戦争だな……」

 うきうきと語る高嶋君は、見た目はアイドルになれそうなくらいイケメンなのに、相変わらず重度のオタクであることがうかがえた。


「昨日の夜はおどろいたぜ。ふと窓の外を見たら、弥生がかさもささずに俺の部屋を見上げて立ちくしてたんだ。あわてて家の中に招き入れると、弥生は弱々しく笑って言った。

『どうしても……智樹に会いたかったの』

 ずぶれの弥生の身体からだは冷え切っていた。水にけて、はだに張り付いた彼女のブラウスから目をらしながら、俺は言う。

『とりあえず、シャワーを浴びてこい』

 やがて浴室から出てきた彼女は、ほんのり桜色に上気したはだに、ぶかぶかの俺のシャツを一枚だけ羽織ってて……」

「──いい加減に自重しろ」


 とうとうえきれなくなって私は声を上げた。

 ああもう、かかわりたくないから無視しようと思ってたのに……!

「なんだよ、これからいいところだったのに」

 口をとがらせる高嶋君に、「あのね」と向き合う。

「脳内彼女ともうそうするのは自由だけど、それをいちいち口にしないで。痛々しい」

 冷たく言い放つと、高嶋君が「なっ……」と言葉を失った。

「おいおい、ツンデレがわいいのは二次元だけだぞ?」

だれがツンデレだ。現実からとうしてるようなオタクには一ミリも興味ありません」

「言っておくが、俺は二次元にげてるんじゃない。二次元の女子のがすぐれているから選んでいるんだ!!」

 ビシッと宣言されたけど……反応に困る。

「だってそうだろう? まず造形的に二次元の方が美しい。けないしきよくたんな体形変動もない。そしてさまざまな特技やりよくを備えている。何より清らかな心を持っている。たくさんの困難に立ち向かって、彼女たちは日々しんに、けんめいに生きている。かげで男と付き合っていたり、みにくい心をかくしていることはない。二次元はうそをつかない。裏切らない!」

 しゃべっているうちに熱がこもったのだろうか、高嶋君の声はだいに大きくなり、教室中にひびわたった。


「二次元女子こそ至高にして究極! 三次元リアルの女なんて二次元のれつ版だ!」


 シーンと教室が静まり返り、クラスメイトたちの視線が高嶋君に集中するが、本人は言い切った! とばかりに満足げだ。

 私は一つ、小さなくしゃみをしてから、ぶるいした。

「……寒っ……」

 たんに、高嶋君がひくっとほおをゆがめる。

「なんだよ、異論があるなら聞くぞ?」

ちがう違う」

 高嶋君の言動が寒いのも事実だけど、わざわざ不毛な議論をわす気はなかった。

「今のは本当のくしゃみ。ちょっと今朝から風邪かぜ気味なの」

 私がそう説明すると、高嶋君は少し目をみはってから、「そっか、気を付けろよ」とづかってくれた。

 かと思えば、すぐに遠い目をして語り出す。

「風邪か……俺がつかさと結ばれたのは、俺が風邪でんで、あいつがおいに来てくれた時だったな……」

「…………」

あきらめろ、ピンク。イエローはこういうやつなんだ」

 ポンと野田君にかたたたかれる。うん……本当に、残念なイケメンだね……。

 私たちの何とも言えないまなしに気付いた高嶋君は、場を仕切りなおすようにコホンと一回せきをした。

「一つ断っておくが、リアルでも俺が本気出せば女子はイチコロなんだぞ。俺には女心が手に取るようにわかるからな!」

 開いた親指と人差し指であごさわりながら、自信満々に宣言する高嶋君。

「ふーん……じゃあ私が今何考えてるかわかる?」

 あきれながらたずねたら、「おれ、わかる」と野田君が手を上げた。

「ほざけ色ボケぞう

「……正解!」

「おまえらなあ……」



 下校時刻。

 いつもは野田君がなんだかんだいいながらばこまで付きまとってくるのだけど、今日は好きなヒーロー番組の再放送があるとかで、先にバタバタと帰っていった。

 高嶋君は野田君にくっついてくる形なので、野田君がいない時は基本ちょっかいを出してくることはない。

 はあ……やっぱり平和が一番だ……。

 一人心静かに帰りのたくをしていたところ、可愛らしい声に呼びかけられた。

「瑞姫ちゃん」

 顔を上げると、ふわふわした長いかみの女の子がほんわかとほほんでいる。菜々子ちゃん!

「なに?」

「あのね、明日、ほかのクラスの子と遊ぶ予定があるんだけど、よかったら瑞姫ちゃんもいつしよにどうかなと思って」

 明日は土曜日。まさかの休日のおさそいですか!?

「え……私も交ざっちゃっていいの?」

 ドキドキしながら聞くと、菜々子ちゃんはがおうなずいた。

「人数多いほうが楽しいから、誰か呼びたい子いたら声かけてって言われたの」

「そうなんだ……うれしい。行きたい」

 私が信じられない気持ちで答えると、菜々子ちゃんは「よかった」と声をはずませた。

「それじゃ、明日あしたの二時にいけぶくろ駅の『いけふくろう』の前で待ち合わせね」

「うん……!」


   ☆★☆


 そして翌日。

「……くしゃん! くしゃん!」

 私は立て続けに二回、くしゃみをしてから、慌ててティッシュで鼻を押さえた。

 不覚……風邪が悪化したっぽい。

 それでも、転校してきてから初めてのお誘いだ。

 まともな友達を作るまたとないチャンス、休むわけにはいかん! と、ややふらつく体にむちちながら池袋駅へとやってきていた。

 まあねつ程度だし、風邪薬もちゃんと飲んできたから、なんとかなるだろう。どこ行くか知らないけど……スポーツセンターとか体動かす系だったらんだな……。

 誘われたことでい上がって、くわしい話を聞くのを忘れていたのだ。

 とりあえず、服装は動きやすいパンツスタイルにスニーカーをチョイスした。

 予算の方も、お年玉を持ってきたからよほどぜいたくをしない限りだいじよう、なはず。


『いけふくろう』は知らなかったんだけど、ネットでけんさくしたら池袋駅の東口付近にあるふくろうの像のことだった。

 どうでもいいけど、ただでさえ広大で迷いやすいこの池袋駅で、東口の方には西武百貨店があって西口の方には東武百貨店があるというのは、ひどいトラップだと思う。

 あらかじめネットで道筋はかくにんしてたけど、やっぱり少し迷ってしまって、待ち合わせ場所にとうちやくしたのは約束の時間ぴったりだった。


「瑞姫ちゃーん」

 ふくろう像の付近はたくさんの人でごった返していたけれど、菜々子ちゃんが手をってくれてすぐに見つけることができた。

「おはよう。ごめんね、待たせちゃって」

だいじよう大丈夫」

 ほがらかに笑う菜々子ちゃんは、ナチュラルガーリーなワンピース姿。今日もわいい。

「みんな、瑞姫ちゃんだよー」

 菜々子ちゃんが振り返った先には、初めて会う女子が四人いた。

「聖瑞姫です。よろしく」

 ちょっときんちようしつつしやくをしたら、みんな明るく「おはよー」「よろしく」と笑顔を返してくれた。感動。クラス違うから、変なイメージを持たずに接してくれているようだ。

「初めまして。私は~って、自己しようかいはみんなそろってから改めてしようか」

 おおっと、まだ増えるの?

「あとは現地集合ってことになってるから、出発しよー」

 明るい色の髪をツインテールにした玲奈ちゃんが先導するように歩き出し、みんなでおしゃべりしながら移動を始める。


「今日はどこに行くの?」

「あ、言ってなかったっけ、ごめんね。カラオケだって」

「そうなんだ」

 菜々子ちゃんにあいづちを打ちながら、内心ではガーンとショックを受けてた。

 カラオケ……だ、と……!?

 まんじゃないけど、私はなかなかにおんだった。いつだったか、気分よく鼻歌を歌っていたら、げんそうにまゆをひそめた母に「きよう?」とっ込まれたことは忘れられない。

 人前でろうするのは極力けたかった。

 ……まあ、人数多いなら、聞き役にてつしとけばいいかな……。


   ☆★☆


「みんな、グラスはもった? それじゃ、かんぱーい」

 元気な男子の声を合図に、「かんぱーい」という唱和とガラスのぶつかり合う音がひびく。

 カラオケボックスの広いパーティールームには、計十三名の皆神高校の男女が集まっていた。

「男の子もいたんだね……」

 菜々子ちゃんも知らなかったらしく、目をぱちくりさせている。

 ……やばい、帰りたい……。

 表面上はしようを保っているが、内心のテンションはどん底だった。

 ただでさえ初対面の大人数とか苦手なのに、男子もいて、カラオケで……しかも、私が座った場所はちょうどクーラーのき出し口の前になっており、冷風がちよくげきしてやたら寒い。

 なんのばつゲームだこれは……。


 視線をめぐらせたら、少しはなれたななめ前の席に、ややごこ悪そうな高嶋君の姿があった。

 合流した男子グループの中に彼の姿を見つけた時はびっくりしたけど、どうやらあっちも友達に引っ張ってこられたというところかな。

 おもしろいのは、高嶋君へ注がれる女子の視線がいつもより明らかに好意的なことだ。

 まだみんな、彼のほんしようを知らないんだね……ルックスだけなら文句なしだもんな。


「聖サン、高嶋と仲良いんだっけ?」

 ひだりどなりから、どこかすかしたような声で呼びかけられて、私はギクリとかすかに体を緊張させた。

「別に、そんなことないよ」

 振り返った先に座っているのは、目にもあざやかな赤いかみをした男子。

 彼は──そう、あの球技大会でバスケのゴールがたおれた時、遠くからこちらを見ていた生徒だった。

 あの時はジャージ姿だったけど、私服の今はモノクロのヒョウがらパーカー(なぞのしっぽ付き)に、ネオンカラーのむらさきのパンツ、ごついピンクのスニーカー……というなんとも個性的なファッションだ。

 そのれつな外見だけでなく、なんとなく感じが悪いから、極力目を合わせないようにしてたんだけど……。

「どうして私の名前を知ってるの?」

 思わずたずねると、赤髪の男子は「さあ、どうしてかな」とかたをすくめた。


「オレは九十九つくもれい。以後、お見知りおきを」


 人を食ったようなみとともに告げられる。

 正直、お近づきになりたくないタイプだな……。

 私は「よろしく」と軽く会釈だけすると、また右隣の菜々子ちゃんに向き直った。


 菜々子ちゃんは目が合うと、にこっと自然にほおをほころばせた。ああ、いやされる~。

「瑞姫ちゃんはどんな音楽くの? 私は最近ボカロにハマっててね」

「あ、いいよね。私も好き。れるりりさんとか……」

 私の返事に、菜々子ちゃんが「わ、瑞姫ちゃんもボカロ聴くんだ」と顔をかがやかせる。

「れるりりさんだとどの曲が好き?」

「ガールシリーズとか、『せいそうばくれつボーイ』とか……あと、『Mr.Music』も大好き」

「すごい、好みピッタリ! じゃあ私、『のう漿しようさくれつガール』歌っちゃおうかな」

「えっ、菜々子ちゃん、あの曲歌えるんだ。すごい! 難しくない?」

「難しいけど、練習した! で、一度もまずに歌いきれると、達成感があるんだよ~」

 おお……おっとりした菜々子ちゃんが高速ソングを熱唱とか、てきなギャップ。

「聴いてみたい。歌って歌って」

 リモコンをわたすと、菜々子ちゃんは慣れた手つきで曲を入力した。

「はい、瑞姫ちゃんもどうぞ」

「あ、私は……」

 笑顔でリモコンを差し出され、どうしよう……と目線を彷徨さまよわせたその時。


「あれー、高嶋、おまえ、全然グラス減ってないじゃん」

 オーダーしたからげにレモンをかけていた高嶋君に、しゆさいしやっぽい男子が声をかけた。

「ああ、最近ちょっとかんぞうの具合が……って酒じゃねーし」

 高嶋君が調子よくこたえると、わっと笑いが起こった。

 主催者男子が、歌うように言葉をぐ。

「高嶋の~ちょっといいとこ見てみたい♪ はい!」


「「「飲んで飲んで飲んで~飲んで♪」」」


 男女の声に合わせて立ち上がった高嶋君は、ゴクゴクゴクと生ビールならぬ生しぼりオレンジジュースを一気飲みした。

 わーっと巻き起こるはくしゆかつさい……みんなノリがいいなあ。


「──とんだ茶番だな」


 フッとつぶやく声が聞こえて、左隣をみると、九十九君がちようしようかべながらほおづえをついていた。

 しまった、ついり向いちゃった。しかも目が合っちゃった。

「……九十九君、何か曲入れる?」

 何も聞こえなかったふりをしてリモコンを差し出すと、九十九君はゆるゆると首を振った。

「オレは洋楽しか聴かないんだ」

 ふーん、そうなんだ。九十九君も、友達付き合いでここにきたクチなのかな。

 とりあえず、リモコンはさりげなく次の人へと回しておく。


「うれしいな~私、ずっと高嶋君と話してみたかったんだ」

 どこか甘えたようなテンション高めの声に視線を向けると、高嶋君のとなりに座った編み込みヘアの女子が、高嶋君に話しかけていた。

 するととつぜん、高嶋君はピシッと背筋をばし、落ち着かない様子でキョロキョロとひとみを彷徨わせ始める。

「私、きのしたありさ。よろしくね」

「おおおおおお、おうっ……」

 !? オットセイみたいになってるよ。急にどうした、高嶋君!?


 向かいのポニーテールの女子も、親しげに笑いかける。

「高嶋君はどんな歌が好きなの? 高嶋君の歌声、聞いてみたい」

「おおお俺はまっまだ、あ、後で、だいじょうびっ」

 めっちゃ嚙んでるし!

「最近雨ばっかだけど、今日は天気が良くてよかったね」

「そーだね」

「まあ、カラオケだから天気関係ないけど」

「そーだね」

「高嶋君っておしゃれだよね。服とかどこで買ってるの?」

「そーだね」

 会話下手か!

 とても、さっき男子とけいみようなやりとりをしていた人と同一人物とは思えない。

 げんそうな顔になる女子たちに、「ごめっ、トイレ……っ」とおなかを押さえて、部屋を出ていく高嶋君。

 キョドりすぎだろう。なに? もしかして高嶋君、実は生身の女子はちよう苦手とか?



「──よお、聖。お前が来てるなんておどろいたぞ」

 しばらくしてもどってきた高嶋君は、そんなことを言いながらさりげなく私と九十九君の間に割り込んできた。

 もしやなんしてきた? こっちは九十九君とはなれられるし、奥にめたおかげでクーラーの真ん前からずれられて助かったけど。

 案の定、高嶋君も「うわ、この席寒っ」と身をすくめている。

 局所的ツンドラ地帯へようこそ。

「こっちも驚いたよ。コンビニの限定ストラップ買いに行ったんじゃなかったの?」

「無論、ゲット済みだ。ついでにブラブラしてたらすずたちにつかまって、連れ込まれた……ま、俺がいれば女子の参加率も上がるだろうしな」

「飛び入り参加だったら関係ないでしょ」

 いつもながらおバカなことを言う高嶋君にたんたんと返していたけど、ふと悪戯いたずら心がき起こる。

「……女心がわかるんじゃなかったの?」

 ちろりと視線を向けながらそうからかうと、高嶋君はかすかに頰をこわばらせてから、「も、もちろん」と胸を張った。まだきよせいを張るつもりらしい。


「へえ、どのへんが? そんな風には見えなかったけど」

「──例えばあの明るいかみのツインテールの女子」

 高嶋君が視線を向けたのは、友達のカラオケに合わせて手をたたいている、玲奈ちゃんだ。

「彼女はいつも強気で意地っ張りな末っ子とみた」

 高嶋君がキラーンとするどい瞳で推理した直後。

「大外れ」

 ブハッと九十九君がき出した。

「彼女はだれにでもフレンドリーな世話焼きタイプだよ。確か長女だったはず」

「あれー?」

 首をかしげる高嶋君。

 ……てかツインテールはツンデレ妹系って、二次元ではお約束かもしれないけど……。

「じゃあ……あの右目に泣きぼくろがあるポニーテールの子。彼女の好物はチョコレートだ」

「へえ、どうして?」

 かいそうにたずねる九十九君に、高嶋君は自信満々で答えた。

「チョコが大好物の『アイライブ!』のゆきちゃんにソックリだから!」

 …………だこりゃ。


 私はだつりよくしたけれど、九十九君は「なるほどね……」と感心したようにうなずいてみせる。

「さすがイケメン……ならば次はじつせんでそのお手並みを拝見させてくれ」

 九十九君がポンとかたを叩くと、高嶋君はぎょっとしたように目を見開いた。

「おや? どうしたんだ、高嶋?」

 ちようはつするように首をかしげる九十九君。

「……仕方ない。俺のあざやかなテクを見せてやる」

 高嶋君はにやりと不敵なみを浮かべると、立ち上がって入り口付近の電話を手に取り、受付に何か告げてからまた私たちの間に座った。

「何したの?」

「まあ、あせるな」

 ゆうたっぷりに答える高嶋君。


 やがて、店員さんがジュースを持ってきて、高嶋君が「こっちです」と手を上げる。

 高嶋君は机に置かれたメロンソーダに手をえると、先ほどの編み込みヘアの女子に向かって声を上げた。

「ありさ!」

 いきなり名前を呼び捨て!?

 驚いたようにり返ったありさちゃんに向かって、

「俺の気持ちだ──受け取れ」

 な口調で言い放ち、グラスをスーッと机の上にすべらせる──。

 おお、オシャレなバーみたい! と思ったのもつかの間、グラスはちゆうに置かれていたスマホにぶつかっててんとうした。中のジュースが、机の上に置かれていた私物やそばにいた子の服にぶちまけられ、いくつもの悲鳴が上がる。

「うそ、俺のスマホ!」

「バッグが!」

「服ビチョビチョ……!」

「なにやってんだよ、高嶋!!」

「わ、悪い……」

 みんなから非難の目が集中し、小さくなる高嶋君。やっぱりアホだ。


「──まだまだ!」

 キッと顔を上げた高嶋君は、席を立って入り口に向かってきていたありさちゃんにおおまたで近付いていく。

 かと思えばいきなりそのうでを取り、かべに彼女の身体からだを押し付けて、空いているもう片方の手をありさちゃんの顔の横にドン! と叩きつけた。

 なんだこのみやくらくのない壁ドン──!?


「気に入ったぜ、ありさ……今夜、俺色カラーに染まってみないか?」


「…………」

 ありさちゃんは完全に固まっている。

「答えるまで、離さない」

 強気な笑みとともにささやいた高嶋君だけど──ありさちゃんのひとみなみだが湧き起こってくるのを見て、サーッと青ざめていった。

「え? えええ?……ちが、ごめっ、そんなつもりじゃ……」

 あわてて身をはなし、あたふたとし始める高嶋君の前で、ありさちゃんはハンカチで顔を押さえ、本気で泣きモードに入ってしまった。

「高嶋、あんた最低!」

「何ありさ泣かせてるの?」

「マジキモイし!」

 ありさちゃんをかばうように集まってきた女子たちから口々にとうされ、「ごごごごごめっ、ごめん、本当にごめんなさいっ」とひたすら謝りたおす高嶋君……い、痛すぎる……。



 完全に女子たちを敵に回した高嶋君は、やがて肩を落としてもどってきた……ってこっち来ないで! たのむから!

「くそっ、女子は壁ドンや俺様キャラに弱いんじゃなかったのか……!」

 くやしげにみする高嶋君。いや、それは少女マンガやドラマだけだからね~。

 ほぼ初対面であんなことされたら、きようかついやがらせとしか思えないだろう。

 それにしても、出だしはわりと高めだった女子の好感度がほんの三十分足らずでどん底まで転げ落ちるなんて、ある意味すごい。

「プククククッ……ちようウケるんだけど……!」

 空気を読まずに一人ばくしようしてる九十九君も、さりげに周囲から引かれていた。

 なんでこう変な人ばっかり傍に集まってるんだろう……。

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