第一章 放て! おれのサーチライト 第三話

 マスク男は校門とは反対方向に逃げていた。ということは、校舎裏に回り込んで裏門へとでるつもりだろう……。

 そう予想して、校舎を反対側から回り込んでしばらく行ったところで、案の定、向こうから走ってくる人影とかち合った。

 ハッと息をのみ、足を止めるマスク男……いや、この人は──


「そこまでだ、この悪党!」

 ふくろこうに追いめられたマスク男の向こう側から、勢いよく人差し指を突き出した野田君が、朗々と声をひびかせた。


「一つ、人より力持ち。二つ、くつとうそう心。三つ、みんなのがおのために……」

 そこで野田君は足を開いて、りよううでを大きく回した。

 こしを落としてにぎりしめた右手を腹部にえ、つかみかかるように開いた左手を前へばして、ビシィッと決めポーズ。


「おれ、推参!」


 とくさつものなら背景でバーンとなぞばくはつが起こりそうなテンションだ。

 それにしても動きにキレがありすぎる……人知れず練習していたのかと思うと、なんというか、こみ上げてくるものがあった。

宇宙コスモの果てまでブッ飛ばす!」

 これも決め台詞ぜりふの一つなのだろうか。勇ましいファイティングポーズを決めてから、マスク男に飛びかかる──


「やめてー!」


 響きわたった私の声に、野田君ははたと動きを止め、こちらにおどろいたようなまなしを向けた。

「ピンク……?」

「どういうことだ、聖?」

 げんそうにまゆをひそめる野田君と高嶋君の前で、私はゆっくりとマスク男に近づいて、信じられない思いで、呼びかけた。


「どういうつもり?──お父さん」


「……へ……?」

「お父さん……聖の……?」

 ほうける二人の前で、観念したようにマスクを外した男の正体は、ちがえようもない、私の実の父だった。

 声を聞いた時からもしやと思って、近距離から見て確信したけど……現実をの当たりにすると、眩暈めまいがしてきた。かんべんしてよ……。


「すまない、瑞姫……」

 ガクリとうなだれるお父さん。遠目では学校指定のものと思われたジャージは、よく似た別商品のようだ。わざわざ似てるジャージを用意したらしい。

「いくら女子高生が好きでも、むすめの学校にもぐり込むなんてチャレンジャーだな……」

「違う!!」

 なぜか感心したようにつぶやいた高嶋君に、お父さんが力いっぱい否定する。


「私の目的は瑞姫だけだ! 娘の晴れ姿をどうしてもじかに見てみたかった。そしてベストショットをカメラに収めたかったんだ……!」

「「…………はあ」」


ずかしながら、うちの父はこういう人なの」

 気のけたあいづちを打つ二人に、私もくらくらする頭を押さえながらしやくめいした。

「重度のおや鹿で……今日の球技大会は校内行事だから来ちゃって何度も言ったのに」

「だって、また来月にはフランスだぞ!? 次はいつこんな機会があるか……!」

 半泣きですがりついてくるお父さんだけど……ウザい。

「フランス?」

「仕事の関係で、先日まで二年間海外にんしてたの。で、またすぐもどるみたい」

 二人に説明していたら、「瑞姫がいつしよにきてくれるならこんな思いはしなくてすむのに……」とうらめしそうにお父さんが見つめてきた。責任てんするな。

「私は日本が好きなの」

いとしの瑞姫とはなればなれで、パパがどれだけこいしい思いをしているか! 日々成長していくまなむすめの姿をこの目で見たい、きしめたいという強いしようどうおさえ込み、しのんできたパパにこれくらいのごほうはあってもばちは当たらないんじゃないか!?」

「規則は規則だから。それに、キモイ」

 れいたんに告げると、お父さんはグハッとダメージを受けたように胸を押さえて、校舎のかべによりかかった。こういうしばがかった仕草も、かんさわるんだけど。


「とにかく、娘のはじも考えてよね」

「はうっ……」

「ほんと、信じられない」

「瑞姫……っ」

 私の言葉にいちいち身を反らしてなみだになるお父さんにため息をついていたら、ふとお父さんが真面目まじめな顔になって私を見つめてきた。


「だが……よかったよ。瑞姫は不器用なところがあるから、まだ友達がいないんじゃないかと心配したが……」

 そう言って、野田君と高嶋君を見て、ほほむ。

「…………」

 思わず返答に詰まっていたら、「はい!」と野田君が大きくうなずいた。

「ピンクは……聖は、おれたちの仲間です」

「そうそう、だから心配しなくていいですよ」

 高嶋君も同調する。

「ありがとう。瑞姫を、たのんだよ」

 がっしりと二人とあくしゆをするお父さん。

 ……いや、お父さん、私がまだ友達を作れないのは、むしろその二人のせいなんだけど……説明するのもめんどうだし、ここはだまっておこう……。


 複雑な気持ちで目の前の光景をながめていたところ、「野田!?」「どこいったー?」という先生たちの声と、たくさんの足音が近づいてくる気配がした。うそっ。

 お父さんが潜り込んでるところなんてみなに見られたら、恥ずかしすぎて明日あしたから学校来られない……!

 サーッと青くなる私の前で、野田君が「おやさん」とお父さんに呼びかけた。

「ここはおれに任せて、あんたは先に行け!」

 野田君、それ「死亡フラグ」──アニメとかでそれ言ったキャラは、たいていその後死んじゃう系の台詞せりふだよ……。



「こら、野田! お前のせいで決勝戦がめちゃくちゃだぞ!」

 いかりの表情でやってきた体育教師が声を張り上げると、野田君は「すみません」となおに頭を下げた。

「でも組織のかくが潜り込んでいたんです。がしちゃいましたけど……」

「組織!? またお前はわけのわからんことを……マスクをしてる男子を追いかけていたと聞いたが、おにごっこでもしてたんだろう。少しは時と場所をわきまえろ!」

 ……「組織の刺客」じゃなくて「しん者がいたんです」だったらまだ先生も話を聞いてくれたかもしれないのに……。

 よっぽどていせいしようと思ったけど、もし本格的にそうを始めて防犯カメラにお父さんの姿が映っていたりしても困る。

 結局、私はおこられる野田君の横で何も言えずに立っているだけだった。


 長いお説教の末、野田君に罰として一週間の放課後のトイレそうを言いわたして、体育教師は去っていった。

 何事かと一緒に集まってきていた生徒たちも、またいつもの野田のもうそうか~と笑って散り散りになっていく。校舎裏には、私たち三人だけが残された。

「……ごめんね」

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら頭を下げると、野田君はけろりとした顔で「気にすんな」と首をった。

「身内がつかまったりしたら、お前もかたがせまくなるしな……守ってやれて、よかった」

 やさしい声でごく自然にそんなことを言われ、不覚にも少しきゅんとした。

 いやいや、相手は野田君だよ。冷静になれ、私。

「大和はしかられ慣れてるしな」

 高嶋君がにやっと笑って言う。

「智樹もトイレ掃除手伝えよ」

「げっ」

「私も手伝うから」

 思わず声を割り込ませると、二人は目をまたたかせてから、「「当然」」とほおをほころばせた。


「仲間だもんな」

 うれしそうにグッと親指を立てる野田君。

ちがっ……」と否定しかけた言葉を、今日だけは飲み込むことにした。今日だけね。


   ☆★☆


 バスケの決勝戦は、ちゆうでメンバーが足りなくなった1‐Cの負けということにされてしまった。クラスのみんな、本当に本当にごめんなさい……。

 内心で平謝りをしていたけれど、幸いクラスメイトたちは「野田だから仕方ない」とあきれ半分笑い半分といった様子だった。

 責められずに済んだのは、そもそも決勝まで行けたのは野田君の力によるところが大きいというのもあるだろうな。

 でもやっぱり、うちの父のせいで、すみません……。



「ほんっとうにずかしいよね。方々にめいわくかけまくって……お父さん最低!」

 放課後、トイレ掃除をしながらひたすらとうしていたら、「ピンク」と野田君がいさめるように声を上げた。

おやさんをあんまり悪く言うもんじゃないぜ。『孝行のしたい時分に親はなし』だ」

 真っぐにひとみをのぞき込むような視線とともに、思いもよらないまともなことを言われて、息をのんだ。

「う、うん……」

 まどいながらも頷くと、野田君はニッと笑って、「そろそろ終わりにするか~」と周囲を見回した。


 なんだろう……今のみような説得力。

 首をかしげる私を横に、野田君はうでけいを見て、あせったようにまゆをひそめた。

「こんな時間か……じゃあ、おれはこれで。イエロー、ピンク、また明日な!」

 それだけ言い残して手早く掃除道具を片付けると、バタバタと下校していく。


 ──「どこの運動部がさそっても、放課後はいそがしいってきっぱり断られるってさ」


 ふと、のうにそんな言葉がよみがえった。

 野田君が放課後忙しい理由ってなんだろう……?


 ──「『孝行のしたい時分に親はなし』だ」


 ……もしかして。ご両親はすでに事故でくなっていて、野田君は自分で生活費をかせぐためにアルバイトしてるとか!?


「……ねえ、野田君って、放課後、なんの用事があるの?」

 のんびりと帰りの準備をしていた高嶋君に思い切ってたずねると、高嶋君は「あ~……」と少し言いにくそうに顔をしかめた。

「……見に行くか?」



 高嶋君に連れて行かれたのは、学校から歩いて三十分ほどの場所にある広い川原だった。

 オレンジの夕日が、あたり一面を染め上げている。

「あそこ」

 高嶋君が指さした先では、がらな少年がけんめいにスクワットをしていた。

 その後に腹筋、背筋、うでせ……一通りの筋トレを終えると、今度はパンチやキックなどのシャドーボクシングを始める。


「……野田君、なにしてるの……?」

「いつか来るであろう地球の危機に備えて、日々トレーニングをしてる」

「…………は?」

 高嶋君は真顔だった。

「まさか、このためだけに、運動部のかんゆうを断ってるの……?」

「ああ。『おれには大切な使命がある』って……雨の日も風の日も欠かさず毎日、自分で作った訓練メニューをストイックにこなしてるんだ」

 ……なんとまあ……。


「野田君の家族って、元気?」

 念のために尋ねると、高嶋君は「は?」と意表をつかれたように目を丸くした。

「おじさんもおばさんもピンピンしてるけど……なんでとつぜん?」

「ごめん、なんでもない」

 いかんいかん、私もいつのまにかこの人たちのもうそうへきかんせんしちゃってたみたいだ。

 野田君はしんけんな表情で、見えない敵と戦をり広げている……。

「……体をきたえるためなら、運動部でもよくない? 空手とかボクシングとか」

 だつりよくしながらつぶやいた私に、高嶋君は首をった。

「この訓練メニューのメインは……あれだ」

 シャドーボクシングを終えたらしい野田君は、今度は川に向き合い、大きく深呼吸をすると、右足を引いてまたを大きく開き、こしを落とした。

 両手首を合わせて手を開き、体の前から右こし付近に移動させていく。

 そして、両手をゆっくりと後ろに引いていったと思いきや、「破ーっ!」というけ声とともに一気に前へき出した。

 ま……まさかあれは……かのちようにんまんの伝説の必殺わざ……


 ──かめはめ波!?


 野田君は、はあっとあらい息をき、額のあせぬぐいつつ、何度も何度も繰り返し、川へ向かって熱心にかめはめ波をち続けている。

 どこまでも本気ガチな彼の姿を遠くからながめながら、私の口からこぼれたのは、ばんかんの思いがこもった一言だった。


「………………残念……!」

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