第一章 放て! おれのサーチライト 第二話

「おれはこの試合、なんとしても勝ちたい! 勝たなきゃならない! だがおれ一人の力では無理だ。みんなの力を貸してくれー!」

 野田君の声が響き、「おー!」とノリのいい男子たちの声があとに続く。


 私が転校してきてから一週間がった。私立皆神高校は、本日、球技大会がかいさいちゆうだ。

 校庭でサッカー、バスケ。体育館でバレー。

 私はバレーをせんたくしたけど、あえなく一回戦で敗退し、今はクラスのおうえんのために外にきていた。

 スポーツばんのうの野田君はバスケに参加して、たけのハンデもなんのその、きよう的なスピードとしゆんぱつりよく、ジャンプ力でもってふんじんだいかつやく。ただし──


「いくぞ……バーニングドライブ!」

「みたか! ノーフォームシュート!」

「まだだ、まだ熱が足りない……もっとおれを熱くしてみろおおお!」


 やたらと必殺わざ名を連呼したり、に熱血な台詞をさけんだりしなければカッコいいのに……。

 野田君は時にボールをグーパンチでなぐって見当ちがいの方向にパスを出したり、スリーポイントシュートを遠くから打ちすぎてゴールに届かなかったりと、ぼう有名まんの大技をして失敗しながらも、なんだかんだでチームを勝利に導いた。



「ピンク! 勝ったぞ」

 ようようと近づいてきた野田君と高嶋君に、私は「おめでとう」とだけそっけなく伝えると、背を向ける。

 極力せつしよくは持たないように、さっさとはなれよう……そう思っていた私の後ろから、高嶋君の不服そうな声が響いた。

「なんだよー、ぼっちみたいだから話しかけてやってるのに」

「あなたたちが話しかけるからぼっちになってるの!」

 いかん、つい応じてしまった。

 運動ができる野田君とくつたくのない高嶋君は、クラスの男子にはわりとんでいたけれど、女子たちからは痛い人としてけられていた。

 そしてそんな二人からしょっちゅうちょっかいを出されることで、私まで同類とみなされて、女子からみようかべを作られるようになってしまっていたのだ。

 視線が合うと、サッと顔をらされたり。

 消しゴムを拾って渡そうとしても、目を合わさないまま「あ、ありがと」とぎこちなくうばい取られたり……。

 結果、いまだにどこのグループにも属せずに、ぼっちルートを着実に歩み始めている。いやあああああ。

 ちょっと天然っぽい菜々子ちゃんだけは変わらず接してくれるけど、今日は風邪かぜでお休みだった。


「てか、野田君、ジャージは?」

 皆神高校は制服自由校だけど、体育の授業用には指定のジャージがあった。

 けれど野田君ははんそで半ズボンの体操服で、『野田 3‐2』と書かれたゼッケンまでついている。

「忘れたから、だんのままでやることにした」

「体操服が普段着ってのもどうかと思うよ……」

 野田君は中学生時代のこの体操服がお気に入りらしく、日常的にこの姿で登校してきていた。外見にこだわりがないにしても、限度ってものがあるよね……。

「動きやすいんだよ」

 野田君はあっけらかんと答えたけど、この体操服姿なら、下手すると小学生でも通用しそうだ。今でも赤白ぼうわたしたらとしてウルトラマンごっことかやりそうだしな……うん、絶対するよこの子。

「ピンク、右目の『力』は安定したのか?」

 ものもらいが治って眼帯の取れた右目を見て、そんなことを言ってくる野田君。

「安定って、もともと『力』なんてないから」

かくさなくてもいい。眼帯がなくても『力』をせいぎよできるようになったんだろ?」

 相変わらず話が通じない。

 げんなりしていたところ、ふとみような気配を感じて、私は周囲を見回した。

 スポーツに熱中する生徒、応援にはげむ生徒、おしゃべりに興じる生徒……いたってつうの球技大会の光景だ。

 ざわざわと緑が風に激しくれている以外は、特に異変は見られないけど……。


「どうした、ピンク?」

「……なんか今日、しきりに視線を感じるんだよね」

 ただの気のせいかもしれないけど……ずっと、だれかに見られているような、そんな感じ。

「そーいや、学校にしん者がまぎれ込んでるってうわさが流れてるな」

 高嶋君の言葉に、ぎょっとした。

 不審者!? うそ、気持ち悪い……。

 と、次のしゆんかん。野田君がはっとしたように目をみはって、いきなりダッシュし始めた。

 な、なにごと!?

「大和?」

 高嶋君が後を追い、私も思わずついていく。


 かなり離れた場所にあった生けがきをかき分けていた野田君は、私たちが追い付くと、「げられた」と顔をしかめてみせた。

「どうしたんだ?」

「ここで、あやしい光がてんめつしてたんだ」

 怪しい光……? って、もしかしてカメラのフラッシュとか?

 本当に不審者がもぐり込んでるの?


 野田君が難しい顔でうでを組む。

「とうとう『組織』の連中にこの場所を気付かれたか……やつら、人ごみに紛れて、何をたくらんでやがる」

 また出たよ『組織』……ツッコみたいけどツッコんだら負けだ。

 野田君は「仕方ない……あれをやるか」とつぶやくと、足を大きく開いてこしを落とし、両手で作ったピースを額の前で横にした。そして、叫ぶ。


「放て! おれのサーチライト!」


 ひびわたった声に周りの視線が集中するが、野田君はそのなぞのポーズのまましばし静止した。あくまで真顔である。

 やがて、「くっ……」とちからきたようにガクリとひざをつくと、苦しげにうめく。

「半径十キロ以内のあらゆるじやあくたましいを感知するおれの『サーチライト』を無効化するとは……かなりのくせものがいやがる」

 ──もう無理。この子、誰かなんとかしてー!

「今日は朝からいやな風がいてるしな……イエロー、ピンク、くれぐれもけいかいおこたるなよ」

「はいはい、がんばってね。じゃ、私はこれで」

 これ以上は付き合ってられない、とそそくさとその場を離れて歩き出した時。


 ひときわ激しいとつぷうが吹きけ、そばに立っていたバスケットゴールが、ぐらりとかたむいた。


 え……?

 あつにとられる私の上に、大きなかげせまってきて──


「危ねえ!」

 誰かに押したおされて、腰をしたたかに打ちえた。直後、ごうおんとともにすなけむりい上がる。

「……!」


 息をのむ私と野田君のすぐ真横に、大きなバスケットゴールがとうかいしていた。

 もししたきになっていたら……。

「……だいじようか?」

 青ざめながらも先に立ち上がった野田君に手を差しべられ、ぼうぜんとしたままうなずく。

「……ありが、とう……」

 手を取りながら顔を上げたその時、校庭の向こう側からこちらを見つめる、ジャージ姿の赤いかみの男子の姿が視界に飛び込んできた。

 その男子生徒は私と目が合うや、ニヤリとかたほおの口角をつり上げ、しばがかった仕草でかたをすくめると、くるりと背を向けて去っていった。


 ……なに、あいつ……。

「大和! 聖!」

「ゴ、ゴールが倒れたー!」

「大丈夫か!?」

 高嶋君をはじめ、近くにいた生徒や先生たちが集まってきて、すぐに周囲はそうぜんとなった。


 どうやらゴールのベース部分にせる重りのタンクがれつしていて、中にめていた砂がこぼれ、重りとしての機能が下がっていたらしい。

 結果、強風にあおられて──ズドーン。

 こわい。マジこわい。一歩ちがえたら取り返しのつかない大事故になるところだったよ。

 いまさらながらにゾッとする私の横で、野田君もこわった表情で、両手をにぎりしめていた。


「……いよいよ、『奴ら』との戦争が始まったってわけか……」


 ……ぶれないなあ、この子。


   ☆★☆


「1‐Cファイト!」

「野田ー、決めろーー!」

 球技大会はクライマックスをむかえていた。

 野田君のかつやくで、我が1‐Cのバスケチームはまさかの決勝進出。

 一年生にしてこのしんげきはなかなかの快挙らしく、対戦相手の三年生だけでなく、いろんなクラスの生徒が試合の見物に来ていた。

「あの運動神経は半端ないよな。うちの陸上部に……」

「無理無理。どこの運動部がさそっても、放課後はいそがしいってきっぱり断られるってさ」

 せんぱいらしき男子生徒たちの話し声が耳に入り、菜々子ちゃんもそんなこと言ってたな、と思い出す。

 ほんともつたいないな、野田君。本気でスポーツやればそうとうな成績を残せそうなのに。

 ──とはいえ、相手の三年生チームにはげんえきバスケ部員が三人もそろっており、開始早々で立て続けに点を取られてしまった。

 やっぱり厳しいか……という空気がただよった時。


あきらめるなーー!」


 野田君の大声が、コートに響き渡る。

「諦めたら、そこで終わりだ。思い出すんだ、あの厳しい練習の日々を! ここまで支えてくれた人々の存在を……!」

 ……いや、厳しい練習って、せいぜい体育の授業で数回やったくらいでしょ。

「たとえ手足が折れても、いつくばって血にまみれても……おれたちが、あいつらをぶっ倒すんだ。人類の未来のために! 命をけるのは、今この時だ!」

 バスケの試合だよね、これ……?

「おれたちは……勝つ!!」


 気合いとともにえた野田君は、呆気にとられていた三年生からばやい身のこなしでボールをうばった。

 我に返って行く手をふさぐ選手たちを、軽快なステップとたくみなフェイクを織り交ぜた電光石火のドリブルで次々ととつして、見事なレイアップシュートを決める。

 わあっとき起こるだいかんせい

 勢いに乗った1‐Cは、そこから連続してゴールを奪い、とうとう敵にあと一点のところまで追いついた。

 ほー、すごい。これは優勝も夢じゃない?

「1‐C! 1‐C!」

「野田! 野田!」

 おうえんの熱気も最高潮に高まる中、野田君はダムダムとドリブルをして、機をうかがっている。

 さすがに敵もけいかいを強め、三人がかりでマークされているので、自らめ込むのは厳しそうだ。それどころか、パスさえも難しそう……。

「……そこだ!」

 息をのんで見守る観衆の前で、周囲の様子をさぐっていた野田君が不意に一声さけび、ボールを大きくぶん投げた。

 やはりパスか──!? と思いきや、バスケットボールはコート外のしげみにっ込み、同時に、「あでっ」というにぶい悲鳴が上がった。

 その場にいる全員が呆気にとられる中、黒いかげが茂みの裏から飛び出し、とうそうしていく。

 学校指定ジャージに身を包んでいるが、カメラを手にして、顔はマスクでかくされた男性だ。

がすか、悪党!」

 マスク男を追って、バスケットコートを飛び出す野田君……。

 ──もしかして、例のしん者!?


 校庭の端をもうスピードでけていく人影を、野田君は一心不乱に一直線に追走する。

「野田ー!?」

「こら、何をしてる……!」

 先生たちの制止の声も完全に無視して、となりで試合中だったサッカーコートに乱入し、目を白黒させる選手の一人からボールを奪うと、野田君は思いっきりそれをり飛ばした。

 うなりを上げたサッカーボールはマスク男のおしりしようとつ

 マスク男は激しくっ飛ばされて気絶する……なんて『めいたんていコナン』みたいなことにはならず、いつしゆんおどろいて足を止めたものの、大したダメージは受けずにまた走り出した。

 ですよねー。


 野田君もひるまずついせきを続行する。マスク男への最短きよちよとつもうしん

 進行方向にいた先生の背中を馬飛びして、置かれていたカラーコーンをなぎたおす。

 ライン引きを蹴り飛ばして、校庭に白い粉がい上がる……。

「聖、こっちだ」

 ぜんながめていた私は、高嶋君にかたたたかれて、我に返った。

 すぐに意図を理解し、走り出した高嶋君の後を追う。

 かかわり合いたくないと思っているのに、ついていくのには理由があった。

 ……まさかとは思うけど……。

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