Dolce アイドルが恋しちゃだめですか?/HoneyWorks・⼩野はるか

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「じゃあ、これからナンバー順にステージに上がってもらうから。ステージ中央まで行ったら自己しようかい、課題の歌とダンス、最後にブーケを客席にトス。いいね?」


 暗幕が張られたステージのそで。

 ガチガチにきんちようした十代の男子たちを前に、彼は念を押すようにかくにんした。

 これは人気ボーカル、ハノンが所属するエッグレコードでかいさいされた、男子アイドルオーディション。その最終しんだった。


「おまえ、ぜんぜん緊張してないのな」

 とうじようが必死であくびをかみ殺していると、とつぜん声をかけられた。

 話しかけてきたのは参加者のひとりだ。名札にはしらゆきふうとある。


「おまえ一番目立ってて注目されてんのに、すげーな」

「まあね」

「よし、俺も見習わないとな!」

 そう言って笑う風真を、沙良はなんとも言えない気持ちでながめた。


(人のこと、言えないでしょ……)

 なぜなら、

「──いまさらなんだけど君、どうしてそのかっこなの……?」

 白雪風真、男。

 彼はなぜかウィッグをつけて、スカートをはいていた。

 沙良以上に目立って、そしてべつな意味で注目されている。


「そういうしゆならべつにいいけど、審査にえいきようあるでしょ。男子アイドルのオーディションなんだから」

「だろーな」

 あっけらかんとした返事にちょっとおどろいた。

「でも、これが俺だから。俺はこの姿でアイドルの夢をかなえるんだ!」

 からりとしたがおいつしゆんまぶしいと感じたのは、ステージの照明がひときわ激しくかがやいたからだろうか。

「おっと、次俺の番だ。んじゃ行ってくるな!」

 風真はスタッフの合図で勢いよくステージへと走って行った。




「はい、じゃあ合格はしらゆきふうくん、とうじようくん、ねむりきつぺいくん、はいかずくん、まめ……なんだっけ、ああそう、豆井戸しやくんね」

 全員のアピールタイムが終わり、主催者が合格者の名前をつげる。

 それぞれがよろこびの声をあげるなか、沙良はひとり、すっと手をあげた。


「──すみません。辞退します」


 合格した四人のほか、審査関係者たちもざわついた。

「っていうわけで、帰ります。ありがとうございました」

「い、いやそれは困るよ塔上くん! 辞退ってどうして? ならなんで受けたの!?」

「必要だったので」

「じゃアイドルになりたいってことだよね?」

 沙良はすこし考えてから首をかしげた。

「いいえ?」

「えぇえ!?」

「では、失礼します」

「しつ……ってちょっときみ!」

 沙良は一礼して、ぽかんとする参加者たちの前を通る。


「──ねえ、負けたままでいいの?」


 よぎるとき、小声で声をかけられた。

 なんのことだ? と相手を見る。合格者のひとり、灰賀一騎だった。

 一騎はづかわしげな顔で沙良を見ていた。


「ボクがだれに、負けたって?」

 カチンときた。

 正直、歌にもダンスにも自信があった。

 沙良の父は有名ミュージカル俳優、母はもと歌劇団トップむすめやく

 歌にダンスに演技にと、生まれて間もないころから両親の重い期待のもと、レッスンを受けさせられてきた。

 じっさい沙良は五才で子役デビューをはたしているし、すでに持ち歌のCDも発売している。

 今回の最終オーディションだって、一番観客をかせたのは沙良だ。

 どの角度のどの笑顔、どんな言葉やしゃべり方がりよく的か、ぜんぶ知っている。

 息をするように演じられる。

 負ける要素などだれにも、どこにも────


「えっと、風真に」

 一騎はふたりにしかきこえないような小声でそう告げた。


(風真。白雪風真? あのスカートの)

 鼻で笑おうとして、結局できなかった。

 思い出すのは、ついさっき立ったばかりのステージから見えた、ひとりの女子だ。

 沙良の登場に客席がどっと沸くなか、彼女だけがよそ見をしていた。

 ──いや、出番が終わりステージを去る風真の姿を、けんめいに追っていた。


 まばたきすら忘れて見入る、あのキラキラしたひとみ

 とくにこれと言っておしゃれなわけでもなく、美人なわけでもない。

 それなのに、みように気になった。

 あの目には、風真以外のなにもうつっていなかった。

 すでにオーディションは沙良の番になっていたのに。

 だれもが沙良の登場に沸くなか、沙良を見ようともしない。

 こっちをむけ、とトスした花は、観客たちがけんめいに手をのばすなか、彼女の手によってはらわれるようにして落ちた。


 ──彼女がのばした手は、風真を追ってのものだった。


(なんか、むかつく……)


「審査員長さーん、やっぱり辞退しないそうです!」

 一騎がやったね! といわんばかりの笑顔で審査関係者に手をふる。

「は? そんなことだれも……」


「じゃあ、これからみんな仲間だ! いつしよにがんばろうな!」

 手を差しだしてきた相手を見る。……白雪風真だ。


(ボクが負けた? これに?)

 どこが? と考えているうちに、合格者たちで組んだえんじんの中にとりこまれていた。

「ちょ、ちょっと、ボクは」

「よーし気合い入れようぜ!」

 風真ががっちりと沙良とかたを組む。

 その反対側をガッチリ体型の豆井戸亘利翔がかくした。


「うっしゃあ合格はゴールじゃねー! こっからがスタートだぜぇ!」

「は、はいっ」

 さけぶ亘利翔の横で、おどおどと気弱げにしているのは眠桔平だ。

「がんばるぞーっ! エイ、エイ、オ──っ!」

 一騎のかけ声に、みんなが「エイエイオー!」と声をあげる。

「だ、だれもきいてない……」

 たぶん、きく気もない。

 そしてしん関係者も沙良をがす気はないようだった。




 二〇××年 四月。


 エッグレコード付属会社所属新アイドルグループは、こうして五人でスタートを切ることとなった。

 デザートのようなワクワク感をあたえ、甘くやわらかな歌声でみんなをつつむグループになるようにと、観客投票によってグループ名を『Dolceドルチエ』と決定した。

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