第3話「体育祭」②

 その後はしばらく他愛たわいのないやり取りをした。

 好きな音楽や食べ物、それから今ハマっていることや苦手なこと。

 色々やり取りをして自分の中で‘K’という人物像がどんどんできあがっていく。

 Kくんを桐生君なのではと思っている私は学校で見かけるたびに‘あれが好きなんだ~’とか‘あの音楽いてるんだ~’と勝手に思っている。


(あの告白してきた子とはどうなったんだろう……)

 桐生君に聞くことはもちろんできないのでKくんを通して‘彼女いるの?’と聞いてみようと何度か思ったが、まるで私が好意を持ってアピールしているみたいになるのではないかと思うと聞けなかった。


「はぁ~、ダメダメじゃん、あたし」

 一人ため息をいた。

(そうだ! 告白されたことある? って聞いてみたらいいかな? それなら私が好意を持っていると思われる心配もないんじゃないかな)

 さつそく机にそう書くと次の授業でまさかの答えが返ってきた。


‘まぁ……あるよ。もしかしてSは誰かに告白されたりしたの?’


(どうしよう、告白なんてされたことないけど、ないって言ったらどうしてそんなこと聞いたのか聞かれちゃう……。でもあるとか言ったらバーチャル彼氏みたいになっちゃうし、なんて答えよう……)

 迷ったあげく、友達の事として話すことに決めた。


‘友達が告白されたみたいで、迷ってるらしいんだよね。もしKくんだったらどんな子なら付き合ってもいいかなって思う?’


 一番無難な答えにしてしまった。まちがいではないし、自分の事を友達にたとえて相談したりすることなんてよくある話。

(だからいいよね?)


 次の授業で見たKくんの返事は思いの外あっさりとしていた。


‘友達ねぇ……。別にその子がそいつを好きなら付き合えばいいんじゃねーの?’


 素っ気ない返事。でもKくんが告白された事があるとわかって十分なしゆうかくを得た。

(Kくんってやっぱり桐生君なのかも。だって高校生で告白されたことがあるって中々いないと思うもん。……そっか)

 もしかしたらあの二人はもう付き合っているのかもしれないと思うと、重い気持ちにおおわれ私は机にこうべを垂れた。そのうなれた頭にポカッといい音がする。

「痛っ!」

 顔を上げるとまた榎本先生。

「まーたてる。最近良くなってきたと思ったのにもうこれか?」

 今日は先生に注意されたところで気持ちがついてこない。もうどうにでもなれとやけになりふたたび机にした。

「ちょっ……理緒!」

 由奈が声をかけてくれたけれど、もう何も考えたくない。

「お前授業終わったら準備室な」

「えっ!」

 まさかのしつせきに起き上がったが、榎本先生はきようだんの方へとすでにもどっていってしまった。

「う、うそ! 先生ごめんなさい! ちゃんと授業受けるから!」

 必死にうつたえたがもう遅かった。

「も~理緒さ、あんた榎本にかまって欲しくてやってるとしか思えん」

「そんなわけないじゃん! Kくんとのやり取りに落ち込んでただけだよぉ……。榎本先生なんかできればほうっておいて欲しいくらいなのに!」

 授業が終わり由奈に助けを求めるが「知らん」と教室へ帰っていってしまった。

 仕方なく私は準備室へと視線を向ける。

(やっぱり理科なんてきらいだ……)

 急いでKくんに返事を書く。


‘そうだよね。周りがとやかく言ったって決めるのは本人だから……。変なこと聞いてごめんなさい’


 榎本先生のせいで理科はいやだけど、Kくんに嫌われてしまったら理科が本当に嫌いになってしまいそうな気がしてなおに謝った。


■□■


 準備室のとびらをノックして中へ入る。

「失礼します」

「お前コーヒー飲めるか?」

「えっ?」

 いきなり全く関係のない事を聞かれ、おどろきをかくせない。

「あっ……えっと……」

 急すぎてなんて答えたらいいのかまどう。

「コーヒーはあんまり……」

「ははっ、お前お子ちゃまなんだな。見た目はそんなだけど。じゃあココア入れてやるよ、そこ座って」

「は、はぁ……」

 てっきりしかられるとばかり思っていた私はうながされるままこしかけた。

 ちょうどポットが置いてある場所が私の座っている先にあるので、榎本先生は私に背を向けながらカチャカチャと音を立てた。

(あ、甘いかおり……)

 なんだか気分が落ち着いてくる。

「はい、どーぞ」

 置かれたコーヒーカップに手をかけ口を付けると、思わず落としそうになる。

「熱っ!」

「ははは、お前ねこじたなんか? まだまだ子どもだな」

(もう……、こんなに熱いと思わなかっただけだし)

「先生ってば子ども子どもうるさいですよ。確かにコーヒーよりココアの方が好きですけど」

(……って、なごんでる場合!?)

「なぁ佐倉」

「あ、はい……」

「お前、なやみ事でもあんの?」

「え?」

 授業とは関係ない話であつに取られてしまった。

「あ、いや~……注意したのに無視って今までなかったしな。なんか悩み事でもあるから集中できないのかと思って」

(そうだったんだ。先生、心配してくれたのかな?)

 なんて答えようか困っていると榎本先生は続けて話し出す。

「何だよ、こいわずらいか? そっちの方だとあんまり力になってやれないかもな。けど、なら聞いてやる。その代わり授業はちゃんと受けろ。お前のためになるんだから」

(なんだ、やっぱりただの注意かぁ……)

 ため息をきかけたその時だった。

「なーんてな! お前達高校生にとっちゃ授業よりも友情とかれんあいとかの方が大事なんだよなぁ。ほんと、世話が焼けるよ」

 その言葉にドキッとする。だって……ほかの先生とちがって私の立場になって答えをくれた。

 いまさらながら榎本先生がなぜ人気なのか少し理解できた気がした。

 次の授業が始まる前に飲みかけのココアを飲み干そうとしたが、火傷やけどをしたらいけないからと榎本先生がづかってくれたのでそのままにして理科準備室を後にした。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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