第3話「体育祭」①

 それから数日後、また理科の時間をむかえる。すると楽しみにしていた返事がちゃんと書いてあった。


‘真面目に受けようとは思ってるのに榎本先生いつも怒っててやだ!’

‘Sは怒られる事ばっかりしてんの? 授業にぎやかそうだね(笑)理科もわかってくると結構面白いもんだよ。わからないことがあるなら聞いてみたら? きっと教えてくれるはず’


「はぁ……」

 ため息がれる。

(Kくんはどこまでも榎本先生の味方なんだな~……)

 仕方なく自分の部分を消していつものように返事を書いた。


‘そーなんだぁ。Kくんは本当に理科が好きなんだね。ほかに好きな教科とかあったりするの? ちなみに私は’


 そこまで書いて手を止めた。

(だって私、好きな教科なんてない! 勉強はきらいだし、運動は苦手だし……。あ!)

 そんな私でも一つだけ好きな教科がパッと頭にかぶ。


‘家庭科が好きだよ!’


(う~ん、まちがってないよね? 料理が得意な訳じゃないけど食べるのは好き!)

 Kくんは他に何の教科が好きなのかと想像をふくらませながら理科室を後にした。


 その日の放課後──

「ねー理緒、うちら何にする?」

「何が?」

「何がって来月の球技大会! そろそろ練習した方がいいから種目を決めようって朝のショートホームルームで先生が言ってたじゃん」

 由奈に言われハッとする。

「わっ……すれてた! ど、どうしよ! あたしやりたいのなんてないよ!?」

 できれば出たくないと言わんばかりに由奈を見つめる。

「あー……理緒運動苦手だもんね。どーする? バスケは論外だしテニスだってラケットに球、当たらないね。バドミントンならいけそう? それかバレー……は無理だよね」

 由奈の言葉が痛い。

「あたし補欠じゃダメかな? ざま姿すがたさらしたくないよ……」

 何とかならないかとしがみつくが由奈も困り顔で私を見た。

「でも理緒去年もバレーの補欠でしょ? さすがに今年も補欠は無理なんじゃ……」

 返す言葉もない。仕方なく私は由奈とバドミントンのダブルスを組むことにした。


 次の日からさつそく練習をするが全くもって当たらない。

 そんな私のところへ体育館の入り口の方から榎本先生がやってきた。

「佐倉、お前向こうから見えたけど全然当たってなかったな」

 私の姿を見てクスクスと笑っている。

(どうせ私は何にもできませんよーだ。理科だって運動だって……)

「がんばってもどうしようもないことだってあるんです」

 バカにされているようで腹が立ち、ため息交じりにそっぽを向いた。

 すると榎本先生はこちらへ近づき、私の後ろへ回り込んだ。

「佐倉はまず持ち方が……」

 そう言いながらラケットを持つ私の手を榎本先生の大きな手がおおった。


「きゃあッ!」

 いきなりの出来事に思わず声を上げ、腕をはらいのけた。

「せっ先生! 急に何するんですか!?」

「はぁ!? お前いちいちそんなじように反応するなよ。……はぁ。まぁいいや。しっかりシャトルを見て打つんだよ。そうすりゃいやでもラケットには当たる。じゃあ、練習がんばれよ」

(何それ!? えらそうに………!)

 去って行く榎本先生をなつとくいかない気持ちでにらむように見ていると、由奈がけ寄ってくる。

「理緒! あんた何やってんのよ! 榎本に教えてもらえば良かったのに」

 いまいち由奈の言動が理解できない。

「何で? いきなり女子高生の手をつかむとかあり得ない! それにあたし榎本先生のファンじゃないし」

 こんわくする私を見て由奈はため息をく。


「はぁ。榎本はバドミントン部の副もんなんだよ?」

「え?」

(そりゃ……何で体育館に来たんだろうとかどうして出て行かないんだろうとか、色々思ったけど……)

「バドミントン部の副顧問だったんだ」

 榎本先生に目をやるとバドミントン部の練習にまぎれ込み、他の生徒にも私と同じように手にれラケットのり方を教えていた。

「早とちりしてごめんなさい」

 少しだけ申し訳ない気持ちに駆られ、榎本先生に向かってボソリと謝るが聞こえるはずもなく自分がこつけいに思えた。


■□■


 それから数日、放課後になると由奈と体育館でバドミントンの練習にはげんだ。

 時々現れる榎本先生は副顧問としての仕事をまつとうしていて、私達のことなど気にも留めていないようだった。

「もう。なんで当たらないの~?」

 いつしようけんめい練習するが一向にうまくなる気配がない。

 練習を終えて帰ろうとしようこうぐちを出るとグラウンドでサッカー部が練習をしている。

 何気なく目をやるとそこに桐生君の姿が見えた。

「あっ。桐生君だ」

 私が足を止めると由奈も止まってくれた。

「本当だ。……てか理緒、桐生君にホの字ですかな?」

 ちやす由奈の言葉に顔から火が出るように熱くなる。

「べ、別にそういうんじゃないし! ってかホの字とか何時代だし!!」

 げる由奈を追いかけるように学校を後にした。


 練習に励んでいる間、Kくんとのやり取りも順調だった。


‘そーなんだぁ。Kくんは本当に理科が好きなんだね。他に好きな教科とかあったりするの? ちなみに私は家庭科が好きだよ!’

‘理科好きだけどやっぱり体育かな。もーすぐ体育祭あるし、楽しみだな’

‘私は体育苦手。Kくんは競技何に出るの? 私はバドミントン’

‘俺、バの付く競技。どこにいるかバレたらずかしいし’

‘ずるーい! 私なんて運動おんちだから正体すぐバレちゃうじゃん! バドミントン見に来ないでください……’

‘(笑)Sのバドミントン姿見に行くよ。探すね! 運動おんちそうなやつ

‘ひどーい! 私だってKくん探すし!’

‘いーけど、バスケもバレーもバドも全部バがつくから探せないと思うけどね(笑)’

‘もういい……’

‘ごめんって! まあとりあえず体育祭楽しみだな! もう明日あしただぜ? 幸運をいのる’


 じようだんを言い合えるようになり、Kくんとのきよが近づいた気がした。

 そしてじんわりとあせばむ日が続き、体育祭当日をむかえた。


せんせい! われわれ生徒選手一同は、スポーツマンシップにのつとり正々堂々戦うことをちかいます!」

 生徒会長の選手宣誓から体育祭が幕を開けた。


 クラスたいこうトーナメント戦なので負けてしまった時点でその競技はしゆうりようとなる。

 そのため競技がすぐに終わらないよう勝ち進もうと、どこのクラスも必死だ。


 さつそく試合が始まる。私はKくんの正体をさぐるべくこっそりバスケエリアに行こうとするがあっけなく由奈に見つかり連れもどされた。

「理緒! あんた最初くらいクラスのおうえんしなさいよ! これからテニスの試合があるんだから行くよ」

 テニスの試合が終わると今度は男子のバスケの応援にやってきた。

「あ、ほら、うちのクラスの試合やってるよ!」

「え~? あ、ほんとだ~」

 由奈の話に耳を傾けるふりをして、桐生君を探した。周りをわたすがどこにも姿は見当たらない。

(桐生君は‘バ’のつく競技じゃないのかなぁ……)

 すると由奈が私のうでをパシパシとたたいた。

「ねぇねぇ! 理緒! 対戦相手見て!」

「え~?」

 私は桐生君を探しているのでクラスの男子の対戦相手なんて正直どうでもいい。

「理緒! 桐生君だよ!」

「えっ!」

 思いも寄らぬ名前にバッと振り向くと、コートの真ん中には桐生君が立っていたのだった。


(やっぱり……やっぱりやっぱり桐生君も‘バ’のつく競技……! 桐生君のイニシャルもKだし、期待しちゃうよ~!)

 そんな興奮状態の私にの声が届いた。

「理緒ちゃん達試合そろそろじゃない?」

 そのしゆんかん我に返り一気にテンションが下がった。

 重い足取りで受付に行くとそこには榎本先生がいた。

「お、佐倉これから試合か。はい、これ試合用のシャトル」

 手渡されたシャトルがさらに気を重くさせる。

(Kくんが見てるかもしれない試合、失敗ばかりするわけにはいかないよ……)

 対戦相手の生徒も集まりコートへ移動しようとすると榎本先生がこっそりと耳打ちした。

「シャトル、ちゃんと見ろ。あれだけ練習したんだから当たるさ」

 とつぜんのアドバイスにおどろきをかくせない。

「あ、はい……。ありがとうございます」

 きっとひどい落ち込みように気をつかってくれたのだろう。

 微笑ほほえむ榎本先生に頭を下げ、由奈の元へと走り寄る。

「ごめん、お待たせ」

「理緒、がんばろうね!」

 そうして始まった1ポイント目。「シャトル、ちゃんと見ろ」と榎本先生の声がこだまする。そして、自分に言い聞かせた。

(シャトルをよく見て……、シャトルをよく見て……)

 カコン!

 ラケットに当たったシャトルは相手のコートへと打ち返されポイントを取ることができた。

「や、やったよ! 由奈!」

「理緒! すごーい!」

 キャッキャとしているとすぐに次のポイントが始まった。

(よーし……。次も負けずに取ってやる!)

 意気込みは良かったのだが──


 ピ────……

「ありがとうございました」


 ほどなくして試合は終了した。私はしょんぼりと由奈に謝る。

「由奈、ごめん……」

「いいって。あたしもフォローしきれなかったし」

 そう、最初の得点はサービスのようなものだった。

 結局コテンパンにやられてしまった私は落ち込んだのだが、クラスのみんなは最初から期待していなかったようで、さほどガッカリしていなかった。

 負けてしまったのでせんしんをやる事になり、由奈とじゃんけんでどちらがやるか決めた。


 じゃんけんに勝った私は由奈に線審をたのみ、負けてしまったとKくんに報告に行くことにした。

 理科室の前まで来るとなんだかドキドキと胸が高鳴る。

(もし、ここにKくんがいたらどうしよう……!)

 そっととびらを開けると──

「なぁ~んだ、だれもいないや」

 ホッとしたようなガッカリしたような気持ちで落とし物箱に近づきガチャガチャと音を立てて箱の中をかき回す。

「えーっと……あった!」

 取り出したのはシャーペンと消しゴム。カチカチと音を鳴らししんが出るかかくにんするとそれを持って自分の席へと向かう。

 そして机にひじき手のひらにあごを乗せた。

「あーあ……。Kくんはどうだったのかな」

 そうぼやきながら机の落書きをながめた。


‘ごめんって! まあとりあえず体育祭楽しみだな! もう明日だぜ? 幸運を祈る’


 Kくんの書いた文字をなぞる。

「本当に幸運祈ってくれたのかな? あっけなく負けちゃったよ」

 ぼそっとつぶやきシャーペンの芯をカチッと出した。


‘私は負けちゃったよ~。Kくんはどうだったのかな? ……バドミントンに運動おんちいた?’


 私はKくんが誰だかわからないけどもしかしたら彼は気づいたかもしれない。

 そう思うとドキドキした。そして誰かが来る前にとシャーペンを元に戻し理科室を後にした。


 由奈と合流し、応援に回ったりお昼を食べたりしているといつの間にか下校可能時刻になっていた。

「理緒~そろそろ帰ろっか」

 やることも特になかったので帰りたくをしていると由奈が急に声を上げた。

「あぁ! そういえばバドミントンの片付け行かなきゃだったよ~……」

「あ、そっか。あたしも行く」


 急いで体育館に行き片付けを始めるとドジな私は支柱で手を切ってしまった。

「いったぁ……」

「理緒だいじよう? 保健室でばんそうこうもらってきなよ。そしたら教室で待ってて」

「うん、そうする……。ごめんね」

 トボトボと保健室へ行き絆創膏をもらい教室へもどろうとしたが、まだ時間がありそうだったので理科室へ寄ってみる事にした。

(Kくんから返事、来てるかもしれないし……)


 理科室の前まで来て扉に手をかけ開こうとすると、中にひとかげが見えた。

 その瞬間ドキッとして手をはなす。そして、そーっとのぞくと私の期待通りの人の姿が見え、急にしんぱくすうが上がる。

(何で桐生君がここに……? もしかしたら落書きの返事を書きに来てくれたのかも)

 そう考えるとドキドキは一層高まった。

「何?」

(え? ば、ばれてるー!?)

 いきなりの問いかけにあせった私は胸を押さえ大きく息を吸い込み気持ちを落ち着かせた。

 そして、もう一度扉に手をかけたその時だった。

「好きです! 良かったら私と付き合ってください!」

 理科室の中から聞き慣れない声が聞こえる。

(……え? えぇー!? な、何?)

 もう一度そーっとのぞいてみると桐生君の向こう側に見知らぬ女子生徒の姿が見えた。

(まさか……桐生君告白されてる!? 相手の子、誰なんだろう)

 こっそりとぬすみ見るが見たことのない子だ。

(それで桐生君の返事は?)

 ゴクリとつばを飲み込むと桐生君の言葉を待った。

「佐倉? お前こんなところで何やってるんだ?」

「きゃっ!」

 急にかけられた声に驚きね上がり、り返るとそこには榎本先生が立っていた。

 私は出してしまった声にハッとして、ゆっくりと理科室の方に目を向ける。

「き、桐生君……」

 こちらに気づいた桐生君と目が合ってしまった。

(ど、どうしよう……)

 こんなところで聞き耳を立てていたとバレたらおしまいだ。

「あっ、榎本先生が来いって言うからちょうど今来たとこなのに、何やってるんだはひどくないですか?」

 とっさにごまかす。

「は? お前何言って……」

「今度の理科の実験の準備の手伝いしろって言ったじゃないですか!」

 榎本先生の話をさえぎるように続けて言った。

 すると、榎本先生は私から視線を外し、中にいる桐生君達にも気がついた。

「ん? お前ら何やってんだ?」

 榎本先生が声をかけるとその女子生徒はコソッと桐生君に「今度返事聞かせてください」と言って走り去っていった。

「さ、もうかぎ閉めるぞ」

 榎本先生がそう言うと桐生君はペコリとしやくをして理科室から出てきた。

「そろそろお前らも帰れよ。体育祭ももう終わり、明日あしたから気を引きめて授業受けるんだぞ」

「はい」

 桐生君と声がハモる。榎本先生は理科室に鍵をかけ、準備室へと入って行った。


 ポツンと二人取り残された直後に背中から冷やあせがダラダラと流れ出した。

(ど、どうしよう……。準備の手伝いに来たって言ってんのに榎本先生全然話合わせてくれないんだもん! うそなのバレバレじゃん!)

 桐生君の顔をチラリと見て声をかける。

「あの……」

「榎本先生もおっちょこちょいだね」

「へっ?」

 私の声が聞こえていなかったのか、笑いながら桐生君が話し始めた。

「だって自分で理緒ちゃんの事呼び出しておいて忘れちゃってるあたり」

「ほ、ほんとだよね! もう~……」

(良かった、ごまかせた……)

「あ、じゃあ俺部活でこっちだから」

「うん、じゃあがんばってね」

 桐生君は手を振ってグラウンドの方へ走って行ってしまった。

「はぁ~、あせった。あっ! いっけない!」

 大きく息をくと由奈のことを思い出した。あわてて教室へ戻ると由奈はもう戻ってきていた。

「もう、どこ行ってたのよ? かばん置きっぱだから帰ってくるとは思ったけど、あと少しおそかったら先帰るとこだったよ」

「ごめーん! 実はKくんの落書きの返事を見に行こうと保健室の帰りに理科室に行ったらさ、桐生君がいてね?」

 その言葉に由奈が反応する。

「えっ! Kの正体が桐生君だったの!?」

「ち、ちがうよ! まだわかんないって! ただ桐生君、知らない女の子に告白されてたみたいでさ……」

「えぇー! で、返事はなんて?」

 その時のけいを由奈に話した。

「てか、理緒と榎本ウケるんだけど! 話合わせてくれないとか考えればわかるじゃん!」

 由奈はだいばくしよう。こっちはごまかすのにかなり必死だったのに。

 だけど冷静になってくるとそんなことよりも告白の返事が気になって仕方ない。

 あの子と付き合うのだろうか……。

 言い表しようのない気持ちがうずを巻いたまま体育祭を終えることとなった。


 次の日になると授業はめんどうだったものの理科の時間が待ち遠しかった。

 Kくんは体育祭で私を見つけたのだろうか。

 返事の内容が気になり、私は由奈をかして理科室へと向かった。


‘私は負けちゃったよ~。Kくんはどうだったのかな? ……バドミントンに運動おんちいた?’

‘俺はまぁまぁだったかな。バドミントンに運動おんち見かけなかったよ。たまたま? それともSは本当は運動おんちじゃなかったりして’


 ドキドキした。私の試合を見なかったのだろうか?

 それともがんばったがあって、運動おんちに見えなかったのか。

 何にせよ、私のことをだれだかわかっていないKくんに少しホッとした。おたがい誰だかわからないからおもしろいのかもしれない。

 知りたいような、このままでいたいような……そんな複雑な気持ちで返事を書く。

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