第2話「落書きの返事」②

■□■


 それから数日後、また理科の授業が目前にせまっていた。それなのに──

「ない……、ない!」

 机の中にもろうに置いてあるロッカーの中にも──生物の教科書がない。

「理緒~? もう行くよ」

「あっ、待ってよ~!」

 仕方なくノートと筆箱だけを持って理科室へ向かおうとすると、声をかけられる。

「教科書? 俺の使う?」

 声のした方へ振り向くととなりのクラスの窓からひじあごを置きジーッと私を見ている人がいた。

「えっ……」

「生物でしょ? 使う?」

 おどろく私に気にも留めない顔で述べる彼。その彼は──

「あっ! この前ぶつかった……」

 かっこいい、私の探している彼だった。

「そっ。この前のお礼と言うかおび? 嫌なこと言っちゃったから」

 こんなチャンスは二度とないと思った私はすぐさまうなずき返事をする。

「あっ……はいっ! ぜひ!」

「ちょっと待ってね」

 彼は教室の中へもどると今度は扉から出てきて私にそれを差し出す。

「あ、ありがとう……」

 急に照れくさくなり、顔が赤くなっているのではないかと心配で下を向いた。

「終わったらそのまま待っててよ。俺次の授業で使うから」

「うん、ありがと……」

 あまりの展開の速さについて行けずじやつかん放心状態になってしまった。

「行かなくていいの? チャイムそろそろ鳴るんじゃ……」

「えっ……」

 顔を上げた時だった。理科室へとかすようにチャイムが鳴り出した。

「あっ! い、いけない! ありがとう! 後で返すね!」

 私はそう言い残して彼の返事を待たずに理科室へ走って向かった。


「起立、礼」

(やば、もう号令始まってる)

 こっそり扉を開けて理科室に入るが時すでにおそしだった。

「おい、佐倉。こくだぞ」

(バレてる……)

 榎本先生から注意を受けてしまった。

「ごかんべんください……」

 みんなの注目の的になりずかしいのやらなんのやらで、そそくさと席に着き小さくため息をいた。

 ふと顔を上げると由奈が私の顔と手元をこうに見るのでどうしたのかたずねると、

「教科書あったの?」

 と聞いてきた。そのしゆんかん彼に教科書を借りたことを思い出ししずんだ気持ちから一転、スポットライトを浴びたように気分がパァッと明るくなった。

「実はさ……」

 先生の話のかげかくれるようにさっきの出来事を由奈に話すと満面のみでいつしよに喜んでくれた。

「えー! ちょーラッキーじゃん! やったね! 理緒。で、何て?」

 由奈の質問の意図が分からない。

「名前よ、名前」


(はっ!)

 由奈に言われてようやく気づく。

「聞くの忘れた~!!」

(なんて事! 自分のバカさ加減にあきれちゃう。何で聞かなかったんだろう……。自分で自分がいやになる)

 心の中で自分にしつすると由奈が言った。

「もーさ、理緒ってバカ?」

「わ、わかってるよ!」

「聞かなくたって見ればいいじゃん」

「? 何を……、あっ!」

 そこでやっと気づく。私は教科書を借りたのだ。それなら──

 ドキドキしながら教科書をひっくり返し、名前をかくにんした。


桐生きりゆうけい

(きりゅうけいた……。きりゅうけいた!? けっ……Kだ!!)


 私の心臓は飛び出しそうなほどバクバクと鳴り出した。

 これはもう授業どころではない。この名前の書体とKくんの書体を照合して……

(あぁ、もう! 同じ文字がないからわかんないよ! 何かヒントはないかな?)

 教科書をパラパラめくっているとポカッとやわらかい何かで頭をたたかれた。

「佐倉、お前いい加減にしろよ」

 低い声が頭上から降り注ぎ、おそる恐る顔を上げるとそこにはおいかりの榎本先生の姿があった。

「毎回毎回注意されて恥ずかしくないのか?」

(恥ずかしい。恥ずかしいに決まってるじゃないか!!)

「もうあたしのことはほうっておいてください先生!」……とは言えずに静かに「ごめんなさい」と謝った。

 先生は私の言葉を受け入れたのかどうかはわからないが、何も言わずにきようだんへ戻っていった。気まずくなってしまったこの理科室内の空気のせいで私のモヤモヤが一気にあふれ出す。


‘そんなこと言わずに一度に授業受けてみなよ。おもしろい発見があるかもよ?’

‘真面目に受けようとは思ってるのに榎本先生いつもおこっててやだ!’


 榎本先生の事をすうはいしているKくんにじようばくしてやる! と、何ともあほなことを思い机に書いておいた。

 授業の終わりが近づくととびらの方が気になりソワソワし始める。

「理緒、どうしたの?」

「授業終わったら桐生君に教科書返す約束してるの」

 私の言葉に由奈はだまったままニヤニヤとうなずく。

(もう、なおさらドキドキしちゃうじゃない……)

 その瞬間天のめぐみのようにチャイムが鳴り、理科の授業から解放される。

「終わったぁー……」

 扉の方を見ると理科室から出て行く生徒と入れわるように次のクラスの生徒が入ってくる。その中から桐生君を探すがまだ来ていないようだ。

「理緒、どうする? あたし先に教室帰ってようか?」

「えー! 由奈お願い! 一人じゃ心細い……」

 理科室から出て行こうとする由奈を追いかけていくと扉の外に見つけた姿にドキッとした。

「あ……」

 声をかけられない私に気づいた桐生君はこっちへやってくる。

「授業間に合った?」

「えっと……見事、遅刻だった」

「ははは、そっか」

「あの、これありがとう」

 恥ずかしくてうつむきながら持っていた教科書を差し出すと手元が軽くなる。

「佐倉、理緒ちゃん?」

 急に名前を呼ばれドキッとする。

(なんで私の名前知ってるの……? これはもしやれんあいフラグ!?)

 もうそうが一人歩きし顔を上げると、なんと桐生君の手には私のノートが!


「あっ! ごめん! まちがえた!」

 きんちようしすぎて教科書とノートをまちがえて差し出していたのだ。

 恥ずかしさのあまりこうちよくしていると、持っていた教科書がうでの中からスッと引きかれ、入れ替えるように私のノートが収められる。

「ありがと、理緒ちゃん」

 桐生君はそのまま理科室の中へと入っていった。

「理緒ちゃん……理緒ちゃんって呼ばれたよ! 由奈!」

 おどろきのあまりさけぶようにしてり返ると、由奈の姿ははる彼方かなたの方へと移動していた。

「もう! 由奈~!!」

 うれしさと恥ずかしさをかかえ込むように由奈の元へと走って行った。

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