第2話「落書きの返事」①
翌週、英語の授業が終わると私は次の教科の
「あーあ……また理科とか」
「とかなに」
すかさず由奈は私に聞いてきた。
「……理科わかんないんだもん!」
「いいじゃん、わかんないならわかんないでとりあえずノート写しとけば。ほら行くよ」
返す言葉もなく
始業のチャイムと同時に教科担任の榎本先生が入ってきて授業が始まった。
「では、今日は前回の実験の結果について話しましょう」
黒板に文字を書きながら話す先生の後ろ姿を見ている私はうつらうつらと視線が落ちていった。先生の後ろ姿から机へと完全に視線が落ちると、落書きに目が留まり、目が覚める。
(あ、この前消し忘れちゃったんだ……)
そう思い出し消しゴムを手に取ると自分の書いたはずの落書きが増えている気がした。よく見ると──
‘あ~つまんないの’
↓
‘あ~……俺もつまんない’
とご
(何これ……。この人も理科
不思議に思った私は自分の書いたところだけを消して落書きを書き直した。
‘あなたも理科嫌いなの?’
↑
‘あ~……俺もつまんない’
と、落書きを残してみた。
(この人も相当ひまなんだろうな)
そんなことを思っていたら、その返事を書いた次の授業でまた私
‘あなたも理科嫌いなの?’
↓
‘いや? 俺はどっちかと言えば理科は好き’
好き……
その
(いやいやいや……私に対して好きって言ってるわけじゃないんだし、ドキッとしてどうすんのよ)
胸に手を当て小さく深呼吸をして、また落書きに返事をした。
‘それなのにつまんないの? 変わった人だね。落書きに返事なんかしてるし。ところであなたは何組ですか?’
(どんな人なんだろう……)
(でも男子なのはまちがいないはず! ‘俺’って書いてあるもんね)
一人で
「ねぇ理緒……何ニヤニヤしてんの」
「えっ!? ニヤニヤ!? してない! してないよ! ほら、ぜーんぜん……」
「佐倉! 声が大きい。おしゃべりするならせめてもう少し小さい声でしゃべれ」
突然声を上げたため榎本先生に
「も~! 由奈が変なこと言うから~……!」
「ちょっと、あたしのせいにしないでくれる?」
フンと鼻を鳴らして由奈は授業を
だけど私はこの落書きの主がどんな人物かふたたび考え始める。
──何となく、
何となくだけどこの文面からは自分に似ている人のような気がした。
それからというもの、週に二度ある理科の授業は苦痛から楽しみへと一変した。
‘ところであなたは何組ですか?’
↓
‘ひみつ~。そっちは?’
↓
‘そっちが秘密ならひみつ~。ねぇ、なんて呼べばいい?’
↓
‘俺はK。そっちは?’
↓
‘Sだよ! Kくんは理科の教科担任
↓
‘榎本だよ。理科って奥が深いんだ。教科書に書かれたことだけじゃなくて実験で得られるものも多いし、楽しいよ’
↓
‘えー! 理科なんて誰でも同じでつまんないよー’
↓
‘そんなこと言わずに一度真面目に授業受けてみなよ。
このやり取りが日課のようになりいつしかKくんの言葉をすんなりと受け入れられるようになっていた事に気づく。
返事を見た後、授業をとりあえず真面目に受けてみようとノートと教科書を開き、シャーペンを手に取った。
(なんか変な感じ……)
自分で言うのもあれだけど、ノートが
もしかしたら本当に面白いのかもしれない。
そう期待に胸をふくらませて──。
しばらく集中していると授業はあっという間に終わった。
「ん~!!」
「理緒、なんで今日ノート取ってたの?」
「ふっふっふ。実はね……」
Kくんの事を由奈に話そうとした時だった。
「佐倉、お前今日なんかあったのか?」
顔を上げるとそこには榎本先生が立っていた。
なんでそんなことを言われたのか理解できない私はその問いに答えることなく榎本先生を見つめた。
「授業真面目に受けてたろ……。今日の
「はぁぁぁああ!? 先生何言ってんの? 別にたまにはちゃんと受けてみようかなって思っただけ! しかも今日の占いなんて見てないし」
私が授業受けるの不真面目前提なのが
「もー先生やだし。由奈行こ!」
(もう! なんなのよ、あれ。あからさまにバカにしてるっ!)
心の中で悪態を
勢いよく
前から来た生徒に思いっきりぶつかってしまった。
「きゃっ!!」
「いって!!」
イライラしていたので前をよく見ていなかった。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
すぐに謝りぶつかった人を見る。
「……~ってーな!」
相手は怒り口調で言いながら私をにらみつけた。
「ごめんなさい……」
(もう最悪……。全部榎本先生のせいだし……)
せっかく理科の時間が楽しみになってきたところだったのに
「あ……、や、ごめん。こっちもよく見てなかったから」
「つかごめんね? 男子かと思ってキツい事言っちゃった……」
その人は本当に申し訳なさそうに私の顔をのぞき込んだ。
「あのっ……! いや、
「そっか、良かった」
そう言って笑うその人は結構──
「かっこよかったよね!」
お昼に机を合わせてお弁当を開き、私が机をバンッと
「……誰が?」
「さっき理科室でぶつかった人!」
「あぁ、にらみのきいてた彼?」
「うん! あ~名前くらい聞いておけば良かったな~」
「あれうちらと同じ学年色だったから探せばすぐ見つかるんじゃないの?」
由奈はしれっとした顔で答えた。
「ええ~! ほ、本当!? 由奈ってばチェック早いよ!」
「別に? 理緒はぶつかってあたふたしてただろうけど、あたしはぶつかってないし何となく気にして見ただけだよ」
「そっか~同じ学年かぁ! そっかそっかぁ~」
思わず笑みがこぼれる。
「あ、そういえばさ。今日の理科なんで
由奈に言われ、話そうとしていたKくんの事を思い出す。
「そうそう! それなんだけどね? 実は理科室の机に落書きして消すのを忘れちゃったらさぁ、それに対して返事が書かれてて!」
今日までの成り行きを由奈に話した。
「なるほどね~。だから最近理科の授業を嫌だって言わなかったわけだ」
動機が不純で
「動機は何であれ、理緒が真面目に授業を受けてさえくれれば何も言わないよ」
「ふふふ。なんか由奈、先生みたい」
「それはそうと、そのKって人がどんな人なのか目星はついてるの?」
珍しく由奈が食いついてきた。
「まだ全然! でも男子だと思う。自分のこと‘俺’って書いてあったし」
「へぇ? 良かったじゃん。運命の相手かもよ?」
由奈の言葉にドキッとする。
「う、運命って……。もう! 由奈ってば気が早いよ!」
思わず照れくさくなった私は由奈の背中をバシッと叩いた。
だって……もしかしたら本当に運命の相手かもしれないって、私も思ったから。
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