待ち合わせは理科室で/油木 栞

第1話「落書き」

 桜くこの季節。

 新たな高校生活の期待に満ちた一年生。キラキラとした顔で登校し、友達作りにはげむ毎日。

 大学受験の年をむかえ、新たに気を引きめろと言われる三年生。新学期のテストが何点取れるのか暗雲をちらつかせる表情で登校してくる。


 一方、二年に上がった私は理科室で授業を受けながら窓の外をながめていた。代わりえしないこの日常がまた一年続くのかと思うとついついため息がれてしまう。


「あーあ、つまんない。だいたいさ、二年生って何すればいいわけ? だんだん慣れ親しんできたこの学校はクラスえもないし、新しい出会いとかないし、彼氏どうやって作ればいいの!? ねぇ? ぁ」

 けんきようをのぞきながら親友のつきもと由奈にる。

「えー? って言うか、今彼氏作らないといけない? 理科の実験中に?」

 由奈は私の話なんて右から左。

「もう、由奈はいい子ちゃんなんだから。もういいし」

 私は机にした。

「あーあ……運命的な出会いとかないかな。……つまんないの」

 そのまま顔を横へ向けると筆箱からシャーペンを取り出した。

 ひだりうでに顔を乗せ、右手でカチカチとシャーペンの音を鳴らしてはしまい、鳴らしてはしまい……相手をしてくれない由奈にガッカリした。


「あ~つまんないの」

 またそうつぶやくと、それをそのまま机に書く。


‘あ~つまんないの’


 ノートに書くのと机に書くのとではシャーペンのなめらかさがちがう──

「こらっ」

「きゃっ!」

 やわらかい何かでたたかれると私はあわてて起き上がる。

「俺の授業中にるとはいい度胸だな」

えのもと先生! ご、ごめんなさい!」

 きようだんの前にいたはずの先生はいつの間にか私の背後に回り込み、丸めた教科書を片手に私を見下ろしていた。

くら、ちゃんと勉強しておかないと来年の受験で困るのはお前だぞ」

「はぁ~い」

 少しシュンとした顔を見せると榎本先生はとなりのグループへと移った。


「ほら見なさいよ~。イケメン榎本におこられた」

「もう! 由奈のいじわる!」

 そう、理科ぜんぱんの分野を受け持つ教科担任の榎本かなめ先生はにイケメンなのだ。だから一部の女子に人気があるらしい。

(ま、私は教師と生徒の禁断ラブなんて求めてないからいいんだけど)

「も~さ……合コンでもしよ!」

「あたしそういうのパス」

 由奈は私のさそいなど気にもとめず今度は顕微鏡をのぞいていた。

「由奈ってば、つれない!」

 仕方なく私は実験の手伝いを始めた。

「せっかくの高校生活、何もなく終わっちゃうよ~……。一年の時はスカート短くしたり、かみ染めたり、女みがきしたのにさ」

 ブーたれてをガタガタとらすと、由奈は顕微鏡から目をはなし私に目をやりダルそうな顔で見た。

「ねぇ? 外見だけ変えてそれだけで寄ってくる男なんてろくなもんじゃないよ。あんたはそれより授業しっかり受けなさいよ」

「え~? だってさ~理科ってつまんなくない? そもそも化学で習った元素記号とか使う日なんて一生こないよ! すいへーりーべー……何だっけ?」

「‘ぼくのふね’だろう?」

 榎本先生がまたやってきた。

「新学期というより新学年早々赤点はやめてくれよ? 俺の信用問題にかかわる」

 ため息をき、あきれた顔で私を見た。

「あー! 先生が自分の保身のために生徒の成績上げようとしてるなんてサイテー! みんなに言いふらしちゃお~」

 そう言って口から舌を半分出した。

「お前は子どもか。しっかり実験の結果メモっとけよ。もうすぐ授業終わるぞ」

 まるで気にしていないかのようにサラッと流されムッとする。

「ねぇ! 聞いた!? 今の! 子どもあつかいだよ、子ども扱い! なんであんなのが人気なの? こっちからしたらオッサンだよね!?」

 由奈に向き直り同意を求めたが希望とは違う答えが返ってきた。

「……理緒のそういうとこ、十分すぎるほど子どもだとあたしも思う」

「えー! 由奈のいじわる!」

 直後にチャイムが終業を知らせた。

「はい! じゃあ各自すみやかに片付けて。皆ノートにちゃんと記録したな?」

 その問いにそれぞれの返事が聞こえる中、私はハッとする。


「由奈ちゅわ~ん!」

「やだ」

「まだ何も言ってないし!」

「言わなくても分かる。さ、教室もどろー」

 さっさと理科室から出ようとする由奈をあわてて追いかけた。

「由奈ってば! 待ってよ~!」

 机に落書きしたことなんてすっかり忘れ、消す間もなく理科室を後にした。


 そして、その落書きはつまらなかった私の高校生活を青春ライフのど真ん中に立たせてくれたのだった。

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