1.頂点男子とすそ野女子の攻防④
話が
イチの友だちの
「蒼、お前はもう帰れ」
だからイチから
「どうし……」
「サンキューな。蒼の料理はやっぱ
そりゃ……。イチの友だちだから気は遣うけど、正直楽しくなかったわけじゃない。
みんな見た目は派手だ。特に女子二人はこの間まで中学生だったとは思えないほどあか
そう思っているのはわたしだけなのかもしれないと、イチの言葉を聞いて考え始めた。
わたしが気を遣っているんじゃないかとイチは言った。でも裏をかえせば、わたし以外の子がわたしに対して気を遣ってくれているんだぞ、ってことなんだろうか。
髪も染めていない。メイクもしていない。ピアスなんてもってのほか。洋服はとりあえずお気に入りを
特に、シルバーグレイとピンクを足したような、なんと表現していいのかわからない髪色をしている女の子、相良桃菜ちゃんは、ファッションに
イチに「もう帰れ」と言われてから初めて、あの子たちのかわいらしさが
「イチ、わたしもメイクとかしたほうがいいかな? 髪も染めたりパーマかけたり、したほうがいいかな。あの子たちみたいに」
「いや蒼はそのままがいいだろ。
「そ……そうか」
「似合わねえ。何もすんな」
それだけ言うと、イチはわたしに背を向けてリビングに行ってしまった。
似合わねえ。何もすんな。浮く。絶対やめとけ。
イチの放った言葉が頭の中でぐるぐるまわる。
そんな……あの子たちほどかわいくはなれないかもしれないけど、浮くほどおかしいだろうか。ただ、今よりほんのちょっとスタイリッシュになりたいと思っただけなのに。
皮肉すぎる。
もとはイチの「お前も気ぃ遣う」という言葉の言外に、「お前はあいつらとは違う」という意味を
めまいがし、立っていられないほどの
■□■
最初のホネ会から一年以上たった今、わたしはイチに呼ばれればやっぱり料理作りに
それは建て前で、あの食材でイチに
でも、もう仲間に加わることはない。
あの時来ていた二人の女の子のうちのひとり、相良桃菜ちゃんは、今でもほぼ毎回参加している。最初の頃、仲間に加わらないわたしに不思議そうな視線を向け、時にはイチの
白石麗香さんが仲間に加わってから、なぜか彼女から完全に無視されるわたしに
ホネ会で調理を終えると、毎回
きっと、わたしは極上野菜にくびったけなのだ。きっと、本当は、ただそれだけなのだ。
でも、高校に入ってからの、心にぽっかり穴が空いたようなこの
幼い頃からわたしが勉強を教えたり、料理を作って食べさせたりしてきたやんちゃな弟を、フォネツのメンバーに取られたような気がしてしまうからだろうか。フォネツのメンバー女子……とまではいかなくても、少しはあか抜けたいと思ったその気持ちを、ばっさりイチに
「蒼、蒼っ!」
「あ、えっ?」
「どうしたのよ? ぜんぜん筆が動いてないよ?
わたしの野菜グラフィックは、美術室に入ってからちっとも進んでいなかった。
「あれほんとだ。おかしいなあ」
「蒼、たまにこういうことがあるよね? 高校に入ってからだよね、こんなの。中学の時は絵に向かうと夢中になっちゃう子だったのに」
「そりゃ……。わたしだって高校生ともなれば
「美術バカだったでしょ。だからいくつも賞を取ってるんだよ、蒼は」
「バカって単語……中間期末の校内成績十位以内が常連の蒼ちゃんに似合わないよねー。でも確かに美術に関してはそうかも。蒼ちゃん、たまにぼーっと考え込んでることあるよね」
いつの間にか宮市くんも筆を置いている。入り込むとまわりが見えないのは麻織だって宮市くんだって同じなのに。心外!
「なんか、どうにも気が乗らないかも。昨日変な時間に起き出して描いたから、体内時計がおかしくなったみたい。今日はもう終わりにしよっかな」
「蒼、
「うん。今日は帰るね」
「送るよ」
宮市くんがそう申し出てくれた。
「いいよー。そんなに遠くないし。宮市くんの絵、いつも時間かかるから少しでもやっていったほうがいいでしょ?」
「蒼ちゃんのほうが心配」
そう
「えー! それはほんとに悪いってば宮市くん」
「そのグラフィック持ち帰るんでしょ? 荷物多いんだから調子の悪い時くらい甘えてよ」
「蒼、送ってもらったら? ほんとに具合悪そうだもん」
麻織が心配なんかぜんぜんしていない口調で、しかもにやにやしながら
「でも宮市くん……」
「蒼ちゃんには体育祭の時、生徒会の仕事手伝ってもらったし。困ってる時はお
わたしはふっと気が
イーゼルに
「ありがと。宮市くん」
わたしも
宮市くんはわたしの
「駅からそんなに遠くないし、ここまででいいよ」
「大変だよ、調子の悪い
宮市くんは文学青年風の
「蒼ちゃん、あぶない」
車道側を歩いていたら、さりげなくわたしの
うわああ! とのけぞるほどびっくりした。
女子を歩道側に誘導!
これって、雑誌か何かで読んだことがある「男子にされてきゅんとくる
なんたって一番近くにいるのがイチだ。わたしを女子だともなんとも思っていないあのドS男子。
昨日のホネ会で、何人かいた女子の中でわたしだけがその
ひとり性別不明状態っていうのは、心が冷えて
「ありがと」
下を向いて
「いやいや」
話題を変えないとなんだか泣いてしまいそうだった。
「宮市くん、コンクールに出す絵画、決めてるの?」
「描きたいものはあるんだよね」
「なになに?」
「
照れたような笑みを見せた。
「わかった! また風景画だよね? 描くのに許可がいるような場所なんでしょ?」
「風景画じゃないんだけど、実はそうなんだよね。許可取らないと描けない。それで、たぶん許可は取れない」
いつも天然で空気を読まない発言も多い宮市くんが、なんだか歯切れが悪い。
「あ、ここだよ、わたしの家。このへん一挙に売り出した建売住宅ばっかりなんだ。そっくりの家がいっぱいあるでしょ」
「俺んちとかな」
「えっ」
「は?」
後方からいきなり飛んできた声に、二人同時に
「イチ、早くない? バスケ部もっと
そこには部活のジャージ姿のままのイチがいた。バスケ部のジャージはかっこいいからそのまま帰っても問題ない。
「早く終わる時だってある」
ぶっきらぼうにそれだけ口にすると、自分の家の低い
「ああ、蒼。
「い、いいよ! 何言ってんのよ。わたしはイチと
「あーあー。そんなムキんなっちゃってなー」
イチは
もう。なんだろうあの態度。わたしが男子に荷物を持ってもらって帰ってきたのが、そんなにおかしいのかな。
「ごめんね。イチがよくわかんないこと言って。あいつ最近ほんと何考えてんのかちっともわかんないの。うちのお母さんが夜勤だって、別にうちに来ることなんてないのに」
確かにすごい雨だったりすると心配はしてくれる。
「でも蒼ちゃんは松風くんのお母さんが夜勤の時は、よく家に行って
「面倒なんてもんじゃないよ。もう家政婦だよ家政婦! 有名でしょ? イチたちフォネツが、夕飯食べながらゲームやったりしてお祭り
「うん、でも試験前は勉強会になったりするって聞くよ」
「試験前の
「……ほらね。許可は取れないんだよ、人物画のさ」
独り言みたいにぼそぼそ呟くから、いまひとつ聞こえなかった。
「え? なに?」
「いや、なんでもないよ。松風くんは蒼ちゃんをいつも心配してるんだと思うよ」
「まさか! めずらしくわたしが男子に送ってもらってるとこ見て、からかう気になったんじゃないの?」
「そうかな」
「そうだよ」
「あーあ。自覚なしだし。本人の許可も取れないんだよね」
宮市くんの話も今日はよくわからないけど、つっこんで聞く元気もない。
せっかく送って来てくれたのになんだかあやふやな空気の中、わたしは宮市くんから荷物を受け取った。明日、お礼に
<続きは本編でぜひお楽しみください。>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます