1.頂点男子とすそ野女子の攻防③
■□■
「蒼、会いたかったわー」
「うんうん!
「蒼それ、よく言ってるよー」
「わたしたちの
同じ美術部員の
黒ぶち
ふだん近くで麻織の顔を見ているわたしは、内心もったいないと思っている。麻織は顔のパーツがどれをとっても
ともあれ今はクラスも同じ二年三組。中学でも一緒だった美術部に、この綾川高校でもそろって入部した。
「僕も絆を感じていいよねー」
「
「もちろんじゃない!」
「蒼ちゃん、麻織ちゃん、三十分ぶり!」
宮市くんもわたしや麻織と同じ二年三組。彼は生徒会の広報もやっている、人当たりがよくてフットワークの軽い男子だ。
ちなみにイチは二年一組。
宮市くんはイチみたいに
でも、いい意味でまったく空気を読まず、フォネツ男子でもわたしや麻織みたいなすみっこ女子でも、
激しく尊敬に
そこは置いておいて、わたしが宮市くんを最も敬っている部分は美術部員的にはこれだ。
「宮市くん、もう完成が近いの? 相変わらず
「まだだよ。僕って完成間近で変に
宮市くんは中学の
「完璧主義だからだよ、宮市くんは。風景画とか人物画ってきりがないような気がする」
「そうだね、麻織ちゃん。それは言えてるかも」
麻織の言葉にわたしもこくこくとうなずいて同意する。今、目の前のイーゼルに
「ところで蒼ちゃん、そのきれいなグラフィックアートはなに? もしかしてそれのせいで目が真っ赤なんじゃないの?」
「あたりー。よくわかるね、宮市くん」
「すっごい発色のいいパプリカだね。それを描くために昨日
「うん、そこも
「つき合い長いもんね」
そうなのだ。あれから
宮市くんの風景写生のような、線画の正確さを
野菜からインスピレーションを得た、ちょっと
「すごく品質のいい、想像力をかきたてられる野菜をもらったの。ほら野菜って
「スケッチならともかく、蒼のアートは目の前に野菜がなくても問題ないような……」
「まあ、そうとも言える」
わたしの野菜
「でもさ、蒼だって充分すごいよ。その野菜アートでいくつも賞取ってるし、最近じゃ『桜木蒼と言えば野菜グラフィック』みたいに美術関係者の間じゃ認知度うなぎ上りでしょ?」
「えへ」
この間、美術雑誌に高校生アーティストとして
「その野菜ってさ、蒼ちゃん。もしかして春日部くんちの店からもらったりした? 昨日、ホネ会があったんだ?」
「うん、まあね」
「うわあー。また蒼、松風くんの家で料理作ってきたの?
描きかけの絵を、イーゼルごと運びながら麻織が
「いや、別にそんなことは、な、ないよ」
「でも手伝ってもくれないんでしょ? いくら蒼が料理大好きだからって、ひどくない?」
わたしに質問しながらも、麻織の意識は目の前の描きかけの自作品に向きかけている。
「うーん、っていうかあの人たちが来る前に全部調理しちゃうもん。わたしなんかとは存在そのものが違う人たちだから……。ぶっちゃけそのほうがこっちも楽」
「わたしなんか、ってことはないけど、蒼。でも……根本的に違うことは……
筆を持った麻織は、その言葉を最後に自分の世界に入り始めた。
「蒼ちゃん、一年のしょっぱなはホネ会に参加したって言ってたよね? なんで行かなくなったの?」
いつの間にか自分のイーゼルの前に座っていた宮市くんに
「えーと、そうだね。確かに行った。一度は参加したんだよね」
「うん。そう聞いたよ。一年の最初の頃」
どうしてだっただろう。
そう。最初の一回はわたしもイチに
中学の時の男子オンリーとは違って女子もいるから
「きれいな子ばっかりでひけめを感じちゃったんだよね、たぶん」
「蒼ちゃんだって充分きれいだよ」
こういう
ははは、と笑ってごまかしていたら、とうに宮市くんも自作品をしげしげと
熱心に作品と向き合う二人をよそに、一年の最初にあったホネ会のことになんとなく思いは飛んだ。
まだ人数が少なくて、確か五人くらいしかいなかった。
女子は二人で、ひとりは今でもホネ会によく来る
男子はイチと〝宵月〟の
その時は一つの話題を共有できる人数だったし、入学から間もなく、まだそこそこの
「蒼ちゃん、すごい料理上手なんだね。この料理、写真に
春日部くんがわたしの作った料理を手放しで絶賛してくれた。
イチから〝宵月〟のことを聞き、どんなお店なのかネットで調べていたわたしは、最高に好みの空間だと知って嬉しくなっていた。
〝宵月〟は、とことん野菜の質にこだわる高級創作和食のお店だったのだ。内装は星空をモチーフにしたような、
「実はね、食材をわけてもらえるってイチから聞いて、何日も前からメニューにすごく
その日のホネ会のメニューを全部は覚えていない。でもとにかくすべての料理に野菜を使ったことだけは確かだ。
から
「え! だからこんなにあますとこなく野菜使ってくれてんの? たぶん古くなり始めてるのから運んでくれたはずだから、何の野菜がくるかって知らなかったよね? 蒼ちゃん」
「うん。わたし野菜が大好きで。料理するのも食べるのも描くのも……」
相良桃菜ちゃんも、
「でもこういう料理なら自然と野菜が食べられちゃう。
と喜んでもくれた。
ちなみに桃菜ちゃんはすごくおしゃれでかわいい子だ。
しかしながら、イチが
もしかしたら、野菜が好きだなんて主婦みたいなことを語るわたしに、内心みんなドン引きしていて、それを察したイチの機嫌が悪くなりつつあったのかもしれない。
その後料理のお皿が空になったから、デザートを出そうとキッチンに立った。手伝うよ、と春日部くんがついてきてくれた。
「宵月ってすごく
冷蔵庫から
「うちの店、野菜のアレンジばっかだよな。俺に言わせりゃもっと肉出せよ、って感じだよ。身びいきなのかもしれないけど、内装も料理もしゃれてるとは思うよ。親の店を
「素材の色を引き立てる料理が多くて、写真眺めてるだけですごく気分があがるの。野菜のジュレなんて宝石みたいだったもん」
「へへへ。蒼ちゃん、うちの店でバイトしろよ」
「まさか。美人の仲居さんがきちんと着物着てお
「
「わあ、いいの? 見たい見たい」
春日部くんが見せてくれた写真には、
エプロンには、
「宵月だね」
「え?」
「この作務衣のエプロンのデザイン。宵月って、
「そう、みたいだね」
そこで春日部くんがちょっと口ごもった。
「大事な人と特別な時間を、ってオーナーさんの思いが伝わってくるみたいな、ほんとにほんとに素敵なお店」
「…………」
何も答えず、まじまじとわたしの顔を見つめている春日部くんに気づいた。
また思い込みの強い創作方面寄りの
なにか、横から
小学四年から空手道場に通っているイチ。特に
「うおっ?」
春日部くんはつんのめってアイランドカウンターの角に
「大和、みんな待ってんぞ?」
「え、そうか? みんなゲームに夢中じゃん……ってイチ?」
「………………」
「あっ! そうだな。急ぐわ! 蒼ちゃん、俺が全部持ってくからここは平気だよ」
「え?」
すでにトレイに載せてあったプリンをアイランドカウンターから持ち上げて、春日部くんはあわただしくみんなのいるリビングに
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