1.頂点男子とすそ野女子の攻防③

■□■


「蒼、会いたかったわー」

「うんうん! 、さっきまで教室でも一緒だったけど、美術室で会うと格別だよね」

「蒼それ、よく言ってるよー」

「わたしたちのきずなの強さをかくにんしてるんだよ」

 同じ美術部員のとう麻織。麻織は中学からの友だちでわたしの親友だ。

 黒ぶち眼鏡めがねまえがみを全部あげてひっつめたポニーテールにしている。これが楽だという、女子力に関してわたしと同レベルの子だ。

 ふだん近くで麻織の顔を見ているわたしは、内心もったいないと思っている。麻織は顔のパーツがどれをとってもかんぺき。配置バランスもパーフェクト。自分の顔が実はそうだと気がついているのかな。

 ともあれ今はクラスも同じ二年三組。中学でも一緒だった美術部に、この綾川高校でもそろって入部した。

「僕も絆を感じていいよねー」

みやいちくんだー」

「もちろんじゃない!」

 り返ると、そこに美術部員の宮市しゆんくんが立っていた。わたしと麻織はおおげさに彼、宮市くんのほうに向き直った。

「蒼ちゃん、麻織ちゃん、三十分ぶり!」

 宮市くんもわたしや麻織と同じ二年三組。彼は生徒会の広報もやっている、人当たりがよくてフットワークの軽い男子だ。

 ちなみにイチは二年一組。

 宮市くんはイチみたいにかみがアッシュブラウンだったり、フォネツのメンバーのようにピアスをしていたりするタイプではない。真面目まじめで誠実で先生のウケもいい文化系男子で、背がひょろっと高くて色が白い。どちらかというと男子の中ではいじられキャラだ。

 でも、いい意味でまったく空気を読まず、フォネツ男子でもわたしや麻織みたいなすみっこ女子でも、だれとでも打ち解けやすいふんを持っている。

 激しく尊敬にあたいする男子だ。いじられキャラで通っているけど、その実だれからも好かれる愛されキャラでもあると思う。

 そこは置いておいて、わたしが宮市くんを最も敬っている部分は美術部員的にはこれだ。

「宮市くん、もう完成が近いの? 相変わらずぜつみようふでづかいだよね」

「まだだよ。僕って完成間近で変になやむタイプだから」

 宮市くんは中学のころから得意の油絵でいくつもの賞を取っている。

「完璧主義だからだよ、宮市くんは。風景画とか人物画ってきりがないような気がする」

「そうだね、麻織ちゃん。それは言えてるかも」

 麻織の言葉にわたしもこくこくとうなずいて同意する。今、目の前のイーゼルにせられている高校の近くの公園をいた絵だって、これで完成です、と見せられても疑問を持つ人なんていない仕上がりだ。

「ところで蒼ちゃん、そのきれいなグラフィックアートはなに? もしかしてそれのせいで目が真っ赤なんじゃないの?」

「あたりー。よくわかるね、宮市くん」

「すっごい発色のいいパプリカだね。それを描くために昨日てつ?」

「うん、そこもいちゃうんだね、宮市くん」

「つき合い長いもんね」

 そうなのだ。あれからひとねむりしたわたしは、雨が降っていないことを確認すると急にテンションがあがり、野菜を一通りスケッチしてすいさいで色までつけた。その勢いで大好きなグラフィックアートにとりかかってしまったのだ。野菜を全部輪切りにし、このために買ってあるガラス板にそれを並べて筆を取る。

 宮市くんの風景写生のような、線画の正確さをしたきにしたものとは根本的にちがう。

 野菜からインスピレーションを得た、ちょっとちゆうしよう的なものだったりする。

「すごく品質のいい、想像力をかきたてられる野菜をもらったの。ほら野菜ってしんせんさが命でしょ? 昨日の時点で前日のだって話だったんだけど、じゆうぶんみずみずしかったのね? でももしかしたらいたむのが早いんじゃないかと思ったら、いてもたってもいられなくって」

「スケッチならともかく、蒼のアートは目の前に野菜がなくても問題ないような……」

「まあ、そうとも言える」

 わたしの野菜おんけいアートを前に麻織は首をひねっている。たしかに並べられた野菜の輪切りは、脳内でどんどん進化して……目の前にあるものとは別物かもしれない。でもインスピレーションのためには絶対に絶対に必要なのだ。

「でもさ、蒼だって充分すごいよ。その野菜アートでいくつも賞取ってるし、最近じゃ『桜木蒼と言えば野菜グラフィック』みたいに美術関係者の間じゃ認知度うなぎ上りでしょ?」

「えへ」

 この間、美術雑誌に高校生アーティストとしてしようかいされた。もううれしくてひっくり返りそうだったよ。我が家の家庭菜園の世話を小さい頃からしていなかったら、野菜のりよくにも気づかなかったんだろうな。

「その野菜ってさ、蒼ちゃん。もしかして春日部くんちの店からもらったりした? 昨日、ホネ会があったんだ?」

「うん、まあね」

「うわあー。また蒼、松風くんの家で料理作ってきたの? こわくない? 特に女子」

 描きかけの絵を、イーゼルごと運びながら麻織がまゆをひそめる。美術部の三年生は早々に引退した。一年生が誰もこないのは、今日が遠足だからだ。美術部の二年生は現在この三人だけ。

「いや、別にそんなことは、な、ないよ」

「でも手伝ってもくれないんでしょ? いくら蒼が料理大好きだからって、ひどくない?」


 わたしに質問しながらも、麻織の意識は目の前の描きかけの自作品に向きかけている。

「うーん、っていうかあの人たちが来る前に全部調理しちゃうもん。わたしなんかとは存在そのものが違う人たちだから……。ぶっちゃけそのほうがこっちも楽」

「わたしなんか、ってことはないけど、蒼。でも……根本的に違うことは……いなめない」

 筆を持った麻織は、その言葉を最後に自分の世界に入り始めた。

「蒼ちゃん、一年のしょっぱなはホネ会に参加したって言ってたよね? なんで行かなくなったの?」

 いつの間にか自分のイーゼルの前に座っていた宮市くんにたずねられる。

「えーと、そうだね。確かに行った。一度は参加したんだよね」

「うん。そう聞いたよ。一年の最初の頃」

 どうしてだっただろう。

 そう。最初の一回はわたしもイチにすすめられていつしよのテーブルについた。

 中学の時の男子オンリーとは違って女子もいるからだいじよう、とさそわれたのだ。でもけっきょく、ちゆうからイチのげんが悪くなって……。

「きれいな子ばっかりでひけめを感じちゃったんだよね、たぶん」

「蒼ちゃんだって充分きれいだよ」

 こういうおもしろいことを平気で言ってのけるから、宮市くんはいじられキャラなのだ。天然ともちょっと違う。わたしがきれいなんて、的外れなお世辞がさらっと出てくるあたり……こいつ何考えてんだ、ってことになる。

 ははは、と笑ってごまかしていたら、とうに宮市くんも自作品をしげしげとながめ、自分の世界に入っていた。

 熱心に作品と向き合う二人をよそに、一年の最初にあったホネ会のことになんとなく思いは飛んだ。

 まだ人数が少なくて、確か五人くらいしかいなかった。

 女子は二人で、ひとりは今でもホネ会によく来る相良さがらももちゃんだけれど、もう一人が誰だったのかはおぼろだ。白石麗香さんではなかったことだけは確かだ。

 男子はイチと〝宵月〟のむすである春日部くんともう一人。そのもう一人も思い出せない。フォネツのメンバーは中心的な数人を除いて、いい意味で自由、流動的だ。

 その時は一つの話題を共有できる人数だったし、入学から間もなく、まだそこそこのづかいもあった。みんな毛色が違うと思っていただろうわたしのことも、すんなり仲間に入れてくれていた。

「蒼ちゃん、すごい料理上手なんだね。この料理、写真にってっていい? おやもこれなら喜んで食材提供してくれると思うんだよね」

 春日部くんがわたしの作った料理を手放しで絶賛してくれた。

 イチから〝宵月〟のことを聞き、どんなお店なのかネットで調べていたわたしは、最高に好みの空間だと知って嬉しくなっていた。

〝宵月〟は、とことん野菜の質にこだわる高級創作和食のお店だったのだ。内装は星空をモチーフにしたような、あわいブルーのげんそう的な世界観を保っている。

「実はね、食材をわけてもらえるってイチから聞いて、何日も前からメニューにすごくなやんでわくわくしてたの」

 その日のホネ会のメニューを全部は覚えていない。でもとにかくすべての料理に野菜を使ったことだけは確かだ。

 からげを作ったけど、頂いた野菜を生かしたくて、水にさらしてシャキシャキにした水菜の上にせ、ネギいっぱいのソースをかけてユーリンチーにした。

「え! だからこんなにあますとこなく野菜使ってくれてんの? たぶん古くなり始めてるのから運んでくれたはずだから、何の野菜がくるかって知らなかったよね? 蒼ちゃん」

「うん。わたし野菜が大好きで。料理するのも食べるのも描くのも……」

 相良桃菜ちゃんも、へんあいだね、と笑ってくれ、

「でもこういう料理なら自然と野菜が食べられちゃう。美味おいしいしちようヘルシー」

 と喜んでもくれた。

 ちなみに桃菜ちゃんはすごくおしゃれでかわいい子だ。かみはグレイ系にうすーいピンクを入れた個性的なふわふわスタイルで、それがすごく似合っている。

 しかしながら、イチが微笑ほほえましい目で見てくれていたのは、そのあたりまでだったような気がする。

 もしかしたら、野菜が好きだなんて主婦みたいなことを語るわたしに、内心みんなドン引きしていて、それを察したイチの機嫌が悪くなりつつあったのかもしれない。

 その後料理のお皿が空になったから、デザートを出そうとキッチンに立った。手伝うよ、と春日部くんがついてきてくれた。

「宵月ってすごくてきな店名だね。公式サイトで見たら洗練された空間で、お店やお料理にぴったりだと思ったの」

 冷蔵庫からだれかが持って来てくれたプリンを出しながら、春日部くんと話した。

「うちの店、野菜のアレンジばっかだよな。俺に言わせりゃもっと肉出せよ、って感じだよ。身びいきなのかもしれないけど、内装も料理もしゃれてるとは思うよ。親の店をめられるのってじゆんすいに嬉しいもんなんだな」

「素材の色を引き立てる料理が多くて、写真眺めてるだけですごく気分があがるの。野菜のジュレなんて宝石みたいだったもん」

「へへへ。蒼ちゃん、うちの店でバイトしろよ」

「まさか。美人の仲居さんがきちんと着物着ておきゆうしてくれるお店でしょ?」

かたひじはらない店にしたかったらしい。だよ。若い子でも動きやすいようにってデザイナーに特注したっぽい。写真あるよ、見たい?」

「わあ、いいの? 見たい見たい」

 春日部くんが見せてくれた写真には、うすいピンクからこんいろへのグラデーションのついた作務衣に、いえんじのエプロンをきりっとめた女性従業員さんがいくにんか写っていた。

 エプロンには、ななめに流れる金色の線と、その中にまるが全体をぼかしたように入っている。写真でさえ、プリントじゃなくて染めや織りで出したがらだとわかる。ファンタスティックで幻想的。きっと有名なデザイナーさんの作品だ。

「宵月だね」

「え?」

「この作務衣のエプロンのデザイン。宵月って、しずんで間もないころだけに見られる特別な月のことでしょ?」

「そう、みたいだね」

 そこで春日部くんがちょっと口ごもった。

「大事な人と特別な時間を、ってオーナーさんの思いが伝わってくるみたいな、ほんとにほんとに素敵なお店」

「…………」

 何も答えず、まじまじとわたしの顔を見つめている春日部くんに気づいた。

 また思い込みの強い創作方面寄りのもうそうさくれつで、春日部くんを引かせたのかと心配になり、あわてて弁解しようとした矢先だった。

 なにか、横からてついたりゆうただよってきているのを感じ、そっちに視線を向けた。わたしと春日部くんが向かい合って話しているアイランドカウンターのそばまで、イチが来ていた。イチはうでみをしたまま春日部くんのおしりを、いい音をさせて足のこうたたいた。

 小学四年から空手道場に通っているイチ。特にあしわざがお得意らしい。足の甲をぜつみような力加減でねらった場所にクリーンヒットさせることがうまい。

「うおっ?」

 春日部くんはつんのめってアイランドカウンターの角にこしをぶつけそうになった。わたしのほうにたおれてこないのは幸いだったけど、今のは完全に力加減を誤っていると思う。

「大和、みんな待ってんぞ?」

「え、そうか? みんなゲームに夢中じゃん……ってイチ?」

「………………」

「あっ! そうだな。急ぐわ! 蒼ちゃん、俺が全部持ってくからここは平気だよ」

「え?」

 すでにトレイに載せてあったプリンをアイランドカウンターから持ち上げて、春日部くんはあわただしくみんなのいるリビングにもどって行った。

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