1.頂点男子とすそ野女子の攻防②
春日部くんだけがまだダイニングテーブルのまわりでうろちょろしていて、そのうちわたしの仕事っぷりを見ようと思ったのかカウンターのほうまでまわりこもうとした。
当然かもしれない。春日部くんは〝宵月〟オーナーの
「大和、そっちは──」
「こんにちはー」
「ちぃーっす」
「来ちゃったぁ」
「わあ、玄関広いねー。イチの家すてきぃー」
イチが春日部くんをさえぎろうとした
「大和、あっち迎えに行って」
イチがわたしのほうに来ようとしている春日部くんに、そう指図した。
女子たちは基本、わたしのことは態度では無視だ。ただし、言葉は発しないくせに視線を上から下までなぶるように
みんな学校の時よりあきらかに
特に綾川高校一の美女と
今日も、ダメージ入りまくりのショートパンツにオーバーサイズのジャケットを
「イチおじゃまぁー」
白石麗香さんを筆頭に、ダイニングテーブルの上に持って来たジュースやお
「そんじゃ蒼、みんな
「うん」
そんなイチの命令調の指示にも、この場でやることのできたわたしは飛びついた。
でも、みんなが手分けしてお皿を運んだりジュースを注いだりしている間に、サイコロステーキは簡単にできあがってしまった。
男子も女子も、庭に面したリビングで、きゃあきゃあと楽しそうに用意をしながらじゃれている。
キッチンを
ばっちりメイクに
「イチ……」
仕方がない。このステーキはわたしが運ぶしかないんだ。これを運んだらすぐ家に帰ろう。
わたしはサイコロステーキの大皿を両手で持ち、意を決してリビングのほうに歩き出した。大きなローテーブルの
しかしながら、あせったわたしは足が変にもたつき、リビングとダイニングのほんの二ミリの境につまずいて転んだ。
お皿を持っていなかったのが不幸中の幸いだ。でもかなりの音がして、みんながばらばらとこっちを
ぷっと、小さく
「えーと失礼します。楽しんでください」
おかしな体勢のまま、わたしは頭をさげ、きびすを返した。
「蒼ちゃん、ありがとな!」
とっさに大声でそう
「蒼、俺たち
イチの声が背中を追ってくる。また何か作りに来いってか。
「ご
呟く自分の声は
わたしは玄関で靴を履くのももどかしく、すぐ
今日はうちのお母さんも準夜勤だ。
なぜかローテーションで美和ちゃんとかぶることが多い。大きな大学病院で、担当の
のろのろとした手つきで
鍵を開けるとわたしはそのダンボールを
いつからこんなことになってしまったんだろう。どうしてイチはわたしにいつまでもこんな役目をさせるんだろう。
中学生のイチも、今と変わらずクラスや部活の
母親二人が親友の松風家とわたしの家、桜木家は示し合わせてこの建売住宅を隣同士で
そして二家族には半年違いの同学年で子供が生まれた。先に生まれたのが桜木家のわたし。そして半年後に松風家のイチ。
わたしとイチは生まれた時からいつも
それが一変したのが小学四年の秋の休日だった。イチのお父さんとわたしのお父さんは二人でゴルフに行き、その帰りに交通事故に
イチのお父さんは
わたしのお父さんはまだ九歳だったイチに対し、蒼を
それに対し、イチは見たこともないほど
それがわたしの記憶に残るお父さんの
イチだって自分の父親を
蒼を頼む。約束します。今でも耳に残るあのやりとりは、大好きなお父さんを亡くし、誰かに
それからの松風家と桜木家は文字通り力を合わせて生きてきた。家の保険というものが下り、世帯主を失った松風家も桜木家も住宅ローンの返済が
おかげでこの住み
そして幸いにも母親二人は看護師という立派な職業を持っていた。
イチとわたしが小学生の頃には、夜勤がかぶらないように病院側に調整してもらっていたようだ。そしてどちらかの夜勤の時は、そうではないほうの母親が子供を預かる。男女だったこともあり、中学にあがると子供の預かり合いはやめたけれど。
ダンボールの
「わたしが
ちゃんとわかっていたんだね。
野菜を
モチーフにしているのは野菜ばっかり。こんなに大きくて色つやのいいパプリカは、我が家の経済状態じゃとても買えない。庭の一角にある自己流家庭菜園でも作ることはできない。
だから、イチは、家族のように育ったわたしを守ろうとしてくれていたのかもしれない。わたしが困っていれば必ず手を差し
家族ぐるみのつき合いもさらに強固になり、イチは男手のない我が家で力仕事が発生すると気軽に手伝ってくれる。意味もなく我が家のリビングでくつろいでいることも日常
ただ持って生まれたイチとわたしの性格の違い、コミュ力の違い、スペックの違いは学校生活においては
イチとわたし。お父さんがいた頃にもそこそこ開いていた教室内での上下関係は、
今ではイチは綾川高校の貴族か、もしかすると王様だ。まわりには似たような貴族様ときらびやかなお
平民でも下働きクラスかもしれないわたしとは、普通に考えればもう接点はないはずだ。わたしは学校では、派手なメンバーと群れるイチを、自分とは異質で簡単に手を伸ばしてはいけない存在のように感じていた。
なのにイチは今でもこうしてわたしを
学年トップの男女が
イチが、春日部くんに頼んでおいてくれたらしいパプリカのオレンジを、ためつすがめつ
イチは
だからわたしを料理のためだけに呼びつけるのは、そろそろやめてほしい。
そりゃ料理は大好きで、さらに野菜ともなれば偏愛レベルだけど、それも場合によりけりなんだとわかってほしい。
もっとも、イチの頼みを断れないわたしが、実は一番問題なんだとわかっちゃいるのだ、心の中では。
もう
イチから料理追加の電話がかかってきても無視できるように、わたしは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます