片恋アイロニー 隣の君とアオいハル/くらゆいあゆ

プロローグ

 なんてつやっつやピカピカの美しいオレンジ色なんだろう。こっちの黄色の発色も目に痛いほどまばゆくて、眩暈めまいがしそう。

 右手にオレンジのパプリカ、左手に黄色のパプリカを持ち、わたしはこうにうっとりとながめた。

 ここはおとなりに住むまつかぜいち、イチの家のダイニングだ。イチの家とわたしの家は同じ区画の庭付き一戸建ての建売住宅で、ほぼ同じ外観で並んでいる。

 イチの家のキッチンにのぞむアイランドカウンターの手前には、おしゃれなパイン材の大テーブルが置いてある。

 そのテーブルの上には、ふだんわたしが家であつかっているものより、ずっとずっと上質な野菜がてんこ盛りになっている。赤、オレンジ、黄色の大きなパプリカをはじめ、トマト、アスパラ、ズッキーニにブロッコリー、ニンジンのいろあざやかさはひつぜつくしがたい。

 でもここでわたしがあえて語っておきたいのは、色こそ地味だけどばんのう野菜のじゃがいもの存在だ。このふっくりしたかんぺきなフォルムはどうだろう。中身がぎゅうっとつまっていて、火を通せば歯ごたえとともにサクふわな食感が得られることはお約束。

 ああ、こんなにらしい野菜を使って料理ができるなんてとっても幸せ。

 うちの家庭菜園で採れる野菜が世界一だと心得ていても、これだけのいつざいを前にするともう……。

あおい! お前はいったいいつまでそうやって野菜とたわむれてんだよっ!」

 野菜の山をかき分けるように、わたしよりちょっと太い半そでTシャツのうでが、テーブルの真ん中にダンっと音を立てて乗せられた。さっきまで高校の制服のままだったのに、いつの間にえたんだろう。

「イチ……」

 両手にパプリカ! のままわたしはななめ上にあるイチの顔を眺めた。ベジタブルドリームから現実にもどってこられず、不覚にもいつしゆんイチに見とれる。相変わらずきれいだ。

 テーブルの前に座るわたしを見下ろすくりっとしたふたまぶた。そのすぐ下から形のいいあごにかけてのほおの曲線はやわらかく、ひたすら優美で甘い。

 十六歳男子にしては幼いくらいで、まだわたしといつしよとんにくるまってねむっていたようえんころおもかげさえ残っている。

「俺も一緒に作るぞ。蒼に任しといたんじゃ野菜野菜野菜のオンパレードだ。こちとら高校二年の食い盛りだっての」

「はぁ」

「蒼の野菜へんあいけいかいレベルだな。ほらまずこっち!」

 わたしからオレンジのパプリカを乱暴にとりあげると、代わりに銀色のトレイにった三枚の立派なステーキ肉をずいっと目の前につきだしてくる。

「えっ! なにこれ、めちゃくちゃすごくない? これも〝よいづき〟から届けられたの?」

「そう。あっちにぎよかいもあるぜ」

 視線だけで冷蔵庫を示す。

「すごいね。春日かすかくん」

〝宵月〟というのは、産地にこだわった高級創作和食のさきけ的なお店で、イチの親友の春日部大和やまとくんのお父さんがオーナーだ。イチの仲間であるフォネツのメンバーを集めて遊んだりご飯を食べたりする会(つうしようホネ会)の時にほぼ毎回食材を届けてくれる。前日の野菜が多いらしいけど、どれがそうなのかわからない。みんなじゆうぶんしんせんだ。

「フォネツに大和がいたのはラッキーだったな」

 そこでイチはくちびるかたはしだけをあげるがおを向ける。こんな笑み、たいていの人がすればいやったらしく見えてしまう。でもイチがすると、それさえとろけるような甘さをかもしだすのだ。

 わたしとちがってイチは完璧に顔で得をしているタイプ。イケメンわくの中でも線が細くて中性的、どっちかというとかわいい寄りの男子だ。

 それなのに。

「おらおらおら蒼っ! とっとと用意にとりかかりやがれ。あいつらすぐなだれ込んでくるぞ」

 座っているあしをけっ飛ばされる。

「わかったよ、もおおおー」

 わたしは仕方なく立ちあがった。

 それが人にモノをたのむ時のれいなの? スイートで王子様みたいな花のかんばせでこの態度にこの物言い。ものすごいギャップなんですが、松風一威くん。

 フォネツのメンバー女子はこんなイチの一面を知っているのかな。

 昔はこんなじゃなかったのに、いつからこうなったのか。どこでどうすりわったのか。

「肉だ肉! まず肉だ! これをサイコロステーキにして、ソースはそうだな。今からだと二種類イケるか?」

「甘くみないでよ、三種類はイケます」

 一緒に作る、だなんてまったくの方便で、フォネツの仲間がくるのに自分好みの料理をわたしに作らせたいだけなんだ。

 それならそれで別にいい。料理(特に野菜)は大好きだ。

「じゃあまずメニューね。野菜と魚介がいっぱいれるようにパエリアの下ごしらえをしちゃうよ。これは時間に合わせて火を入れる」

「おう、パエリアか。蒼のパエリアめっちゃ好物だわ」

 知ってるからパエリアにしたんだよ。

「それから野菜を使った前菜およびサラダ」

「また野菜? 肉は? ステーキは?」

「肉は最後だよ。あったかいうちにお肉、食べたいでしょ?」

「そうか、なるほどな」

「はい。イチも手伝って!」

 イチの腕の中に持ちきれないほどのパプリカやじゃがいも、トマト、アスパラ、ブロッコリー、玉ねぎを押し込む。

「お、おう」

 わたされた野菜の量にビビりながら、落とさないようしんちような足どりでキッチンに向かうその背中に笑みがれる。

 ……料理ができあがり、イチの仲間、フォネツのメンバーが庭に面したリビングに集まる頃には、わたしはこんな表情はできないんだろうな。


 わたしとイチの通うあやかわ高校は、都立の中でも十指には入るくらいの、いわゆる進学校だ。それでもいるのだ、目立つやつらが。

 入学式からこっち、九クラスある中で目立つやつらはじよじよに徐々に群れ始め、クラスや部活の枠をえて集団を形成する。

 きんぱつや茶髪にピアス、洗練されたアクセサリー、制服の着こなしもといくずしがばっちり決まっていて、りよくと自信、両方をねそなえた男女。

 男子は女子に慣れていて、女子は男子に慣れている。まさしく美男美女の集まりで、ろうの中央をたわむれながら歩く足どりもスマートだ。

 成績は決して悪くないけれど、生徒にも先生にも一目置かれている。それを逆手にとって楽しむような……アウトローとの境界をわざわざむことで注目を集めたがる、そんなお祭りさわぎのメンバー。

 とがったところか群れる様子か、はたまた派手な外見からか、だれかがスズメバチにたとえ始め、彼らはチーム・フォネツと呼ばれている。

 いつぱんの生徒はちょっとこわそう、と遠巻きに彼らをながめる。でもそのきらびやかな群れに注がれる視線には、常にあこがれの色がにじんでいる綾川高校のフォネツ、スズメバチ軍団。

 物心ついた時にはとなりにいたわたしのかわいい弟分のイチは、今ではそんなフォネツの一員。いや、トップだった。

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