第2話「メールのはじまり」
登校
二学期の始まりなんてまだまだ暑いはずなのに、今日に限って過ごしやすい気候に変わっているなんて私、本当につくづくツイてない。
「紗南ー。起きなさーい! 学校、
階段下から母親が私を起こす声が聞こえてくるけれど、返事をしなかった。
「紗南! 何してるの! どうせ昨日、夜
お母さんの
私は
「いい加減にしなさい! 本当に
「うるさいな! 学校なんか行かないんだから
たまったイライラが
そのあまりの音と
母親も私のこの行動に絶句して階段を上って来ていた足音が止まり、少しの
「どうしたの? 学校でいやなことでもあったの? お母さん、何も聞いてないから知らなかったわよ……」
どうして何もかもお母さんに報告しなければいけないんだろう。
母親なら言わなくてもわかってくれてもいいのに、なんて、すごく自分勝手なことで今、イラついている。
「もう私のことはほっといて!」
頭が中から
「はぁ……もう最悪……」
おでこを手のひらでおおって目をつむり、
でも、浅い眠りは私をすぐに目覚めさせる。
カーテンも開けていないから外の様子は
だから部屋の時計を
この時間、いつもなら三限目の授業を受けているくらいかな……
今日の三限目はたしか、担任の都築先生の国語の時間だ。
都築先生は私のクラスの担任だけど、いつもどこか
─────学校、
その
行ったってイイことないし。
悪いことばっかりだし。
誰の目にも留まらなくなった今は解放された気分もあり、
とても、とても複雑な感情だ。
「はぁ……」
大きなため息をついて
そして、お母さんが気取った声を出して
いいな、お母さんにはママ友という友達がいるのに、どうして私はいないのだろう。
そばにあったクッションにスマホを投げつけ、私はどうしようもなく込みあがってくる感情を言葉にせずに、心の中で叫び続けた。
必要以上に部屋から出ず、私の登校拒否一日目は
ご飯も親が部屋まで持って来てくれ、お
部屋で過ごす方法は、パソコンで無料の動画を見たり、買っておいた雑誌を見て
そんな日々が
でも、学校というあの輪の中に
「ねぇ、紗南。あなた、学校はどうするの?」
「だから辞めるって言ってるじゃん。学校にもそう伝えて」
「でも……」
「しつこい!」
お母さんとの会話もそればかり。
そんな日が一週間ほど続いた。
なかなか
そうしていると、フローリングに置きっぱなしにしていたスマホから音が鳴った。
「なに……これ」
そこにはなぜか担任である都築先生からメールが届いていた。
【おはようございます。担任の都築です。朝ですよ、起きていますか? 今日はとってもいい天気ですよー。カーテンを開けてください。朝は自然の光を浴びて体を起こしましょう】
「はっ? 意味わかんない。なんで先生が私のアドレス知っているの?」
私は学校に行っていた時、信用している友達以外にはメールアドレスどころか、電話番号さえも教えたことがなかったのに。
それなのになぜ先生が知ってるの?
「……お母さん……!」
きっと犯人はお母さんだろう。
学校に行かない私のことを相談して、登校するように説得してと言い出したのかもしれない。
「お母さん!」
大きな足音を鳴らして私は階段を下りていく。
キッチンにいたお母さんはそれは驚いた顔をしていた。
「担任に私のアドレス、教えたでしょう!」
エプロン姿のお母さんにさっき届いたばかりのメールを見せる。
「勝手なことしないでよ!」
「勝手って……たしかに勝手をしたけれど、先生も紗南のことを心配してくれているのよ。だから、メールアドレスだけでも教えてくれって言われて」
「だからって教えたの? 最悪! なんで担任からメールをもらわなきゃいけないのよ! 本当、
ただウザいという気持ちから、次から次へと反発する言葉が止まらない。
「二度と勝手なことをしないで!」
「紗南、待ちなさい!」
その言葉をはき捨てて、私は下りてきた時と同じくらいの勢いで階段を上って行った。
「大っ
鼻をすすり、勝手にあふれてきた
反抗心ばかりが込みあがってきて、この日の私はいつも以上に気持ちが
それから先生は毎日同じ時間にメールを送ってくるようになった。
それは毎朝七時半。
私の家から学校に行くまでに、この時間に出れば間に合う、そんな時間だ。
先生はこのメールをきっかけに私が学校へ行く気になるとでも思っているんだろうか。
「バッカみたい」
鼻で笑い、メールの内容を確認する私。
今日のメールは、
【そろそろ現国で小テストを
「勉強なんかするわけないじゃん」
登校
でも、そろそろ部屋の中ですることもなくなり、暇を持て
パラパラッと現国の教科書を
「ていうか、なんで先生の言うことを聞いちゃってんのよ、私」
閉じた教科書をフローリングの上に投げ、ベッドの上に横になった。
そして無意識にスマホを
そこにはずらりともう見慣れた先生のメールアドレスが並んでいる。
登校拒否になってから、私にこうして
それを何気なしにタップして一つずつ読み返してみた。
【おはようございます。よく
【雨が降ってきましたね。折り
【先ほど、職員室の金魚に
「よくもまぁ、女子高生相手に毎日送れるよねー」
担任だというだけで、登校拒否のひきこもりの女子高生に毎日、色々と考えてメールを送らなきゃいけない先生という職業も、なかなか大変だなぁと
真面目そうな先生のことだ。
きっと、頭を
「でも、返信はするつもりないけれどね」
返信なんかしてしまったら負けた気がして、どうも
「まぁ、こんな私相手にいつまでもメールなんて送ってこないよね。すぐにやめるよ」
それでも都築先生はあきらめなかった。
平日は毎朝、必ず七時半に一通のメールを送ってくる。
それは昨日の学校での報告もあり、その日の朝の出来事を記していることもある。
それを結構楽しみにしている自分が信じられなかったけれど、でも、先生からのメールを読んでいると、心が軽くなる……そんな気持ちになっていた。
そして登校拒否を始めて三週間くらい
その日の朝に、
【今日も学校に来られない様なら放課後、家庭訪問に行きますね。二学期の学校行事のことなどで伝えたいこともあるので、よろしくお願いいたします】
「はぁ?」
ベッドの
「
学校に行っているときは、多少は身なりを気にしていて
でも、家にずっとこもりきりの生活で何もしてこなかった今の私は
「
絶対に部屋には入れないことを心の中で
思っていることと行動していることは別々だ。
「本気でいやなんだけど……!!」
ソワソワと
─────そして、夕方。私の家のインターホンが鳴った。
私は自分の部屋の
すると、HRで毎日聞いていた先生の男の人にしては細い声が聞こえてくる。
「お
「まぁ、ご足労いただきありがとうございます。どうぞ、お上がりください」
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」
と、大人の定番の
「早く帰っちゃえ」
ぶっきらぼうに独り言を言ってからしばらくした後、私の部屋の扉がノックされそのままゆっくりと開いた。
「紗南、都築先生が来てくださったわよ」
お母さんはそう言いながらさらに大きく扉を開けた。
「お
お母さんの後ろから先生の
「ちょ……! どうしていきなり扉を開けるの! 信じられない!」
「ちゃんとノックしたわよ」
「返事してないのに開けないでよ!」
気の
すると、先生の大きな手がその扉をおさえた。
「急に閉めようとしたら危ないですよー、弥生さん。少しだけお話できますか?」
「できないから! 帰ってよ!」
ドアの勢いを止められても、私の込みあがってくる意地は止まらない。
「紗南! 先生に向かってなんてこと言うの!」
「先生とか一番会いたくないから!」
もうこうなったら言葉は止まらなかった。
それでも都築先生は苦笑いしかしないのだから、女子高生にこんなことを言われ慣れているか、かなりのメンタルの強さの持ち主かだと思う。
「うーん、困りましたね」
ほら、やっぱり先生自身は全く気にしてない。
「じゃあ、五分だけ。五分だけ僕に時間をください。
先生は扉をおさえていた手を私に広げて見せ、五分という時間を強調してくる。
「んー……じゃあ三分でどうですか? 三分過ぎたらすぐに帰りますから」
三分だけとまで言われて、それでもいやだと言うのはさすがに子ども過ぎるだろうと思い、
「……絶対に三分だけだから」
「ありがとうございます。じゃあ、お母さん、ちょっとの時間だけ僕と紗南さんだけにしてくださいますか?」
先生が軽く
「えーっと……では、お邪魔してもいいですか?」
「……」
私は無言で部屋に入り、ベッドの上に乱暴に座る。
都築先生はキョロキョロと部屋を
「……ちょっと。あんまり見ないで」
「あぁ、すみません。想像よりサッパリした部屋だなと思って」
たしかに私の部屋は女子高生にしてはかざりっ気のない部屋だと思う。
黒と白で統一したシンプルな部屋だから、どちらかというと男っぽい。
「座ってもいいですか?」
「三分だけなのに座るの?」
「三分だけでも弥生さんと同じ目線で話したいんです」
なのに、先生は私の目線を受け止めて優しく
「女子高生と同じ目線とか……気持ち悪い。何考えてるの?」
「あはは、そうですね。何を考えているのかわからないから、たくさん話をしたいんです。どうして学校に来なくなったのか。今、あなたが何を考えているのかとか」
でも、登校
「学校には行かないから」
「そうみたいですね。さきほど、お母さんから聞きました。絶対に学校には行かないと」
先生は笑ってはいるけれど、さっきみたいな軽い笑みではなくなっていた。
私はその顔から
「わかっているなら帰って」
「それではなぜ学校に行かなくなったのか、理由だけでも聞いてもいいですか?
「マジでそんなこと言ってんの?」
「えぇ。僕は教師ではありますけど、一人の人間の決断を
私は先生が放つ言葉の一つ一つに開いた口がふさがらず、マヌケな顔をしてその真意を頭で必死に理解しようとしていた。
だって、絶対に「学校に来なさい」ということしか言われないと思っていたから。
「こんなことになるまで気付けなかった僕が一番悪かったと思ってます。だから、せめて弥生さんが一人で苦しんでいる部分を少しでもいいから取り除いてあげられたらと……」
「余計なお世話だから!」
もう聞くに
そして部屋の扉の前に行き、ドアノブに手をかけて扉を勢いよく開け、私は立ち上がった先生を見上げて睨む。
「三分
「あれ? もう三分ですか? 早いですね」
「私の中では三時間くらいの気分です」
「うーん、僕ばっかり喋っていた気がするんですけど」
「先生、話長いから」
「あっ、じゃあ朝のHRや授業もそうですか?」
「そうよ。だからいつも
早く帰ってほしくて声をかけたはずなのに、なぜか世間話になっていて
先生はニッコリと笑って私に近づいてくる。
「ちゃんと喋ってくださってありがとうございます。久しぶりに人と話をしてどうでしたか? 僕は弥生さんと話ができて楽しかったです」
喋りたくない相手のはずなのに、今の先生の声は優しくストンと耳に入ってくる、そんな
そんな気持ちになる自分が許せなくて、先生のそばから
「早く帰って」
「そうですね、帰ります。これから部活も見なきゃいけないんで。ちょっと
気楽にそう喋るから全然急いでいるふうには思えないけど、でもたしかこの人男子バレーボール部の
「では、また
「……」
「さようなら」
「……」
最後は先生の問いかけに返事をすることはしなかった。
そしてそのまま先生は私の部屋を出て行ったんだ。
「はぁーーー……」
先生が出て行ったあと、すぐに
「帰った……」
私なりに気を張っていたみたいで、ひどい
こんなに
でも、「
そんなふうに思えるなら、とっくに先生に助けを求めていた。
それに登校拒否になっていまさら……という思う気持ちの方が大きい。
今日はもう精神的に本当に疲れたから、
でも、今から先生は部活の顧問のお仕事か……
先生もいろんなものを
だって、授業をして担任も受け持って、部活の顧問もしてさらにはこんな問題児の
私、将来絶対に教師だなんて職業なんか
いや、それ以前に『高卒』という文字を
「ははっ」
そんなことを想像していたら泣きそうになって、軽く苦笑いをして
まさか、自分がこんな道を歩むなんて思いもしなかったからだ。
思い出したくもないけど、あの日を境に
「……恵子、元気かな」
最後に恵子を見たのは、まどかと恵子の彼氏の相沢君と三人で昼休みに移動していた姿だ。
私はそのまま学校を飛び出して二度と行かなくなったから。
そういえばクラスの子達で作ったメッセージアプリのグループ、そのままだったな。
今の私には何の用もないから退会しようかな。
ふと、そんなものを思い出し、スマホを手に取る。
その
なぜかわからないけれど、そういう
すぐに退会しようとスマホの電源を入れた
私は
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