5分後にキモチがあふれる恋/恋する実行委員会

ザビエルの魔法 こばこ。

 放課後、校舎裏の木のかげ。チチチッ。ちょっと舌打ちして、だめだったら名前をよんであげる。

 しばらくすると草むらからがさごそと音がして、

「にゃーん」

 おくれてすまんな、とでも言いたげに黒ぶち模様が顔をだす。この子にキャットフードをあげるのが、私の日課。


 きっかけはぐうぜんだった。お母さんとささいなことでけんをして、勢いでいつもより早く家を飛び出した朝。教室には一番乗りで、開いた窓からそとをぼんやりながめて、ちょっと言いすぎちゃったかなあと反省モードに入っていた時。窓の真下、だんの横をひとかげが通り過ぎた。

「あれ」

 ちょっとびっくりして、声が出る。その人影の主はクラスで一番のこくくんだったからだ。いつも早くて1時間目のおわりに教室に入ってきてねむりをしている、あの。いつしよのクラスになって3か月がたっているけれど、今までわした言葉といえばたまたまぶつかっちゃったときのごめん、いいよ、といったレベルで、ほとんどかかわりがない。

 いつもあんなにゆっくり来るのに、今日はどうしたんだろう。気になって、なんとなく目で追っていたら、佐々見くんが校舎裏の大きな木の横でしゃがみこんだ。

「チチチッ」

 舌打ちの音だろうか。しばらく待って、もう一回。

「ザビエル、ザビエル」

 今度は歴史上のじんの名前を呼び始めた。だれもいない校舎だからなんとかきこえる、ささやき声。

 ちょっと間があって、木の裏のしげみががさごそとれだす。

「にゃーん」

「ザビエル!」

 佐々見くんの声がうれしそうにねる。どうやら先ほど呼んでいたのはこの子の名前だったようだ。目を細めてねこをなでながら、持参したらしいキャットフードをあげている。もうちょっと可愛かわいげのある名前あっただろ! と心の中でツッコんでいるうちに、朝の喧嘩のもやもやはなんとなく晴れていた。


 その日の放課後、気になってザビエルのもとへ行ってみて、それから少しずつご飯をあげるようになった。ザビエルは最初こそけいかいしていたけど、だんだん慣れてきて、さわらせてくれるようになった。

よしおかさん、猫好きなの?」

 ある日の放課後いつものようにザビエルにご飯をあげていると、ふいに後ろから声をかけられた。り返ると、佐々見くんが立っている。急に声をかけられたことにおどろきつつ、うなずく。

「俺も」

 佐々見くんがくしゃっと笑う。なんとなくがおのイメージしかなくて、こんな顔もするんだと思うと少しドキッとする。佐々見くんはそのままゆっくり近づいてきて、私のすぐとなりにしゃがんだ。

「俺毎朝この子にご飯あげてるんだけどさ、放課後は部活あって無理で。部活ない日は時々見にきてるんだけど」

 そこで言葉をとめて、ザビエルの頭をなでる。

「だから放課後もご飯あげてくれる人がいるってわかって、ちょっと嬉しかったんだよね」

 さっきまでザビエルの方を向いていた顔が急にこちらを向いて、また、ドキッとする。


「ありがと」

 そのあといたずらっぽく笑って、

「ってザビエルが言ってる」

 と付け足す。そのタイミングでザビエルがにゃーんと鳴いて、なんだかきんちようがほどけた。リラックスすると、佐々見くんに聞いてみたいことが浮かんでくる。

「この子の名前さ、どうしてザビエルなの?」

「なんかカッコいい名前つけたくてさー。そしたらやっぱりカタカナだと思うんだけど、もうカタカナの名前ザビエルしか出てこなくて。ためしに呼んだら返事してくれたからザビエル」

 猫のザビエルのほうも、まさか歴史上の偉人だと思って返事をしてはいないだろう。佐々見くんのまじめな顔と、ようえんみたいな理由のギャップがおかしい。

 私は続けて、もうひとつ気になっていたことを聞いてみることにした。

「朝にご飯あげてるって言ってたけど、佐々見くんいつも遅刻してきてるよね?」

「痛いとこつくねえ」

 佐々見くんがのんびりと言う。

「いやあ、早く行こうとは思ってるんだけどさ、ザビエルにかまってると、つい」

 なるほど、佐々見くんの遅刻の原因はこの子だったんだ。

「で、誰もいないときにザビエルにご飯あげたい! って思うと早起きするじゃん。そうすると授業中眠くてさ、いっつも寝ちゃう」

「佐々見くんの生活、ザビエル中心にまわってるね」

「いやほんとそう! でもそれだけのりよくがザビエルにはある!」

 そう高らかに宣言する佐々見くんはなんだか幸せそうだった。


 このころから佐々見くんの部活がないときは、ザビエルをはさんで二人で話すようになった。


 いつものように放課後、ザビエルのところに行った。台風が近づいてきていて天気は雨、大会が近いらしい佐々見くんとは最近ここで話すことも減っていた。

 最初は舌打ちの音、少しして名前を呼んでみる。草むらは、がさりともごそりともしない。なんだか急に不安になった。もしかして誰かに連れていかれたりとか、車にかれてたりとか、したくもないいやな想像が頭をよぎる。

 いつもザビエルが出てくる草むらに入る。奥までかきわけてみるけど、ザビエルの姿はない。草むらのおわり、フェンスのところまで探したけど、見つからない。どうしよう。


「吉岡! どうした、そんなところで」

 声をかけてきたのは通りかかった体育の先生だった。

「猫を、探してて。いつもこの辺にいるんですけど」

「猫か。最近この辺はねこが増えてて保健所が動いてるらしいから、もしかしたら…」

 そこで先生は言葉をとめた。不安な気持ちにはくしやがかかる。いてもたってもいられなくなって、草むらから飛び出した。どこにいるんだろう。佐々見くんの顔が思いかぶ。伝えなきゃ、はやく。時計を見ると午後6時。そろそろ佐々見くんの部活も終わる時間だ。

 急いで体育館に向かう。部活が終わったらしい生徒がわらわらと出てきていて、そのなかに佐々見くんの姿を見つけた。


「佐々見くん!」

「どうしたの。びしょびしょだよ」

 かさもささずに走ってきた私を心配してくれるけど、今はそれどころではない。急いで事情を説明する。

「ちょっと、ついてきて」

 佐々見くんはあせる私を落ち着かせるように、ゆっくり言って歩き出した。私はなんで佐々見くんがそんなに冷静なのかわからなくて、でもほかにどうしようもなくて、だまってついていった。

 たどり着いたのは、体育館の裏。

「にゃーん」

 聞き慣れた声がした。

「ザビエル!?」

 体育館から外に向かってひらくドアの前、ちょっと屋根がついている場所に、見慣れた黒ぶち模様がちょこんと座っていた。

「天気が悪い日はさ、たまにここにいるんだよね」

「そうだったんだ…よかった」

 ここまで来る間いろいろと心配をしていたけど、ザビエルの元気な姿を見たらそんな心配は一気にとんでいった。

風邪かぜひくから、使いなよ」

 そう言って佐々見くんが、私にタオルを差し出してくれる。パニック状態で全然気づいていなかったけど、最初に佐々見くんに言われた通り私の体はびしょびしょだった。しかもここまで、佐々見くんは自分の傘に私をいれてくれていた。いまさらながら相合い傘だったのでは、と思うとちょっと顔が火照ほてってくる。

だいじよう! 今日使ったやつじゃないから! きれいだから!」

 なかなかタオルを使おうとしない私を見て、かんちがいした佐々見くんがあわてはじめた。

「分かってるから、大丈夫だよ」

 そう言って笑うと、佐々見くんも笑い返してくれた。

 二人で、雨宿りしているザビエルに近づく。ふと、ザビエルの首に見慣れない赤い首輪がついているのに気づいた。黒ぶち模様の体に赤がよく似合っている。

「ザビエル、首輪してたっけ?」

「ううん、これ、俺が今日の朝つけたの」

「よく似合ってるね」

「でしょ。ザビエルのことよく知ってるから」

 佐々見くんはそう言って得意げに笑う。ふと、体育の先生の話が頭をよぎった。飼い猫のように首輪をしていたら、保健所の人たちに連れていかれることもないかもしれない。ナイスアイディアだ。そう伝えると、

「うん、もちろんその意味もあるんだけど」

 佐々見くんがちょっとうつむいた。


「これ、ザビエルへの最後のプレゼントっていうか」


 最後? 最後ってどういうことだろう。

「次の大会が来週で終わるんだけど、そしたら転校することになってて」


 時間が止まったようだった。

「ごめん、ずっと言いたいって思ってたんだけど、タイミング見つけられなくて」

 こんなベタな展開って、ありなんだろうか。せっかく仲良くなってきたところで、ちょっと好きかも、って思ってきたところで。頭をガツンとなぐられたような、ってきっとこんな気持ちだ。

「あと少ししかないってことだよね」

 確かめるようにつぶやく。佐々見くんはうんとうなずいて、今度は私の目をまっすぐ見てもう一度、ごめん、とり返した。


 それからの時間はあっという間に過ぎた。大会の公欠とやらで佐々見くんは2日ほど学校を休んでいて、その日は佐々見くんの代わりに朝もザビエルに会いに行った。赤い首輪を見るたびに、なんだかやるせない気持ちになって、ザビエルの鳴き声にはげまされた。

 佐々見くんに手紙を書こうと決めた。最後に、思い出に、わたそう。

「ザビエルのことはまかせてください」

 勢いよく机に向かったものの、そこまで書いて、ボールペンが止まる。伝えたいことはたくさんあるのに。この先を書きたい気持ちと書けない気持ちが混ざり合って、どうしようもない。ちょっと深呼吸して、ペンをにぎりなおし、あと4文字。さっきの文章の下に、さっきより小さい文字で書き足す。


 次の日の放課後。佐々見くんが転校する、2日前。

 お願い! と心の中で語りかけて、四つに折った小さな紙を一枚、ザビエルの首輪にはさむ。直接なんてとても言えない。でもせめて、少しでも私の気持ちに気づいてくれたら。

 佐々見くんが来るのは明日あしたの朝。それまでにいろんなところを散歩するであろうザビエルの首輪にこれが残っている保証はない。だから、けなのだ。


 翌朝、佐々見くんが登校する、最後の日。その日でさえいつもみたいに、1時間目の終わりに教室に入ってきて、のんびりとねむりをはじめた。放課後、ホームルームで簡単なあいさつをして、友達と別れ、佐々見くんはあっさりと教室を出ていった。最後までつかみどころがない。そういうところは、ザビエルと似ている。


「行っちゃうんだねー」

 放課後、いつものようにザビエルにキャットフードをあげながら、話しかける。思ったよりずっと、ずっと、心にぽっかり穴があいたみたいだ。ザビエルはキャットフードにがっつきながらも時折、心配すんなというように顔をあげてくれる。

「行っちゃうんだね、」

 そんなザビエルの頭をなでながらもう一度繰り返したら、なんだかほんとに行っちゃうんだ、と当たり前だけど胸にみてきて、鼻の奥がツンとする。やばい、泣きそう、と思っていたら、ご飯を食べ終わったザビエルが私のそばにちょこんと座ってくれた。

「なぐさめてくれてるの?」

 そう言って背中をなでようとしたとき、ザビエルの首輪にまだ紙がはさまっていることに気づいた。ザビエルは、落とさずにいてくれたのだ。でもきっと、佐々見くんはこの紙の存在には気づかなかったんだ。

「持っててくれて、ありがとね」

 そう言って紙を外すと、あれと思った。はさんであった紙の大きさが、私がはさんだものと少しちがう気がした。そっと紙を開く。


「ザビエルのこと、よろしくたのみます。あなたのことが、」


「吉岡さん!」

 ふいにうしろから呼ばれる。おどろいてり返ると、さっき教室を出ていったはずの佐々見くんが立っていた。

「あの、卒業まででいいんで、ザビエルのこと、よろしく、って言いたくて。あと俺、」

 佐々見くんが大きく息を吸い込む。

 私が言えなかった気持ちが、彼の口からこぼれた。

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