アンニュイ・ガール 小谷杏子

01:Gurejuグレージユ Gradationグラデーシヨン


 ──しつれんは、苦いものだと思ったら大まちがいだ。


「ねぇ、聞いた? ふるくんとちゃん、付き合ってるらしいよ」

「へぇ……マジか」

「マジマジ。もうほんとびっくり」

「だねぇ。クラス内れんあいってやつじゃん。すげぇ」

 いや、ほんとにそう思った。それなのに、なんだか段々とのどの奥がつっぱっていく。

 私は首をかしげた。すると、クラス内恋愛事情のタレコミをしてきたげんそうにこちらを見てくる。

「どーした」

「どーもしとらん。え、てか古見くんと佐智子ちゃん、ほんとに付き合ってんの?」

「急に食いついてくるなぁ……だって本人から聞いたもん」

「本人ってどっち」

「佐智子ちゃん」

(なるほどね)

 私は「ふーん」と声を出しながら、チラリと古見くんを見た。友達とバカみたいにはしゃいで大声で笑っている。仲がいい子たちとじゃれているその顔はじやな少年。アレと、美少女(クラスで一番だと思う)が付き合えるという事実にはなおおどろいた。

(おめでとう、良かったね。はい、おしまい)

「あーあ、私もカレシ欲しいよー」

 真紀はの背にもたれながらなげいた。

(うーん。私にはそういう感覚がないからなぁ……なんとも、おも、わ、な、い……いや、おかしいな。なんで、ちょっとげんが悪いんだろう、私は)

 真紀に気づかれないように、じっと古見くんを見た。男子同士で制服のズボンをがし合っている。

(アホか。高2にもなって何をしているんだか……)

 でも、その様子は見ていて楽しい。のがれようとする古見くんの必死な形相は笑える。

「何笑ってんの、希望のぞみ

「え? いや、思い出し笑い」

「なんの?」

「朝読んでた小説」

 つい、ごまかしてしまった。真紀は「ふうん」とつまらなそうにほおづえをつく。

 のんびりとした空気は無言。昼休みしゆうりようまであと十五分といったところか。

(……うーん、何をしよう。特になんにもすることがない)

 でも、真紀の手前、本を読むのはよしたほうがいいかもしれない。

 となれば、音楽をくのもやめておこう。

(……することがないじゃないか)

 私も頰杖をついて、教室の中をぼんやりとながめた。ふと、佐智子ちゃんの席を見てみる。

 席は私のななめ左、三つ前。ちょっと遠い。

 でも、古見くんの席は、今は真紀がじんっている私の一個前。

 佐智子ちゃんと同じみようだけど、私の方が古見くんと席が近い。同じ「」なのに、どうしてこんなに差があるんだろう……。

(ん? 差ってなんだ)

「次、なんだっけ?」

「次は英語だね」

「英語か……」

 真紀は気だるそうに言った。私も昼過ぎの授業は気だるい。

(そう言えば「気だるい」って英語でなんて言うんだっけ……)

 そんなどうでもいいことが気になってしまい、私は古見くんの席から目をそらす理由をつくるように和英辞典を開く。

「あら……」

 ぱっと見た文字はそのまんま「dullダル」だった。


    *


(ダルい。本当に。しように。めんどうくさい)

「のぞみー、シャーしん貸してー」

 ノートを取るのも面倒くさいと思っていたら、古見くんがり返ってくる。

「貸してって……返してくれんの?」

「いや、返さん。ちょうだい」

「はいはい」

(だったらそう言えよ、とまでは言わないでおこう。授業中だし)

 一本、細くてもろいシャープペンの芯をつまみ上げて古見くんの手に落とす。

「ん」

「さんきゅう」

「いーえー」

(はい、今日の会話は多分これで終了。もうめったなことでは振り返ってこないだろう。て言うか、私には振り返ってくれないんだろうなぁ)

 とか考えてしまっている。

(なんだ、私は古見くんが好きなのか……え、そうなの? だから気だるいの?)

『古見くんと佐智子ちゃん、付き合ってるらしいよ』と数分前に真紀が言った言葉がよみがえってくる。はぁ……うそでしょ。

 思わず手のこうにあごを置いて顔をゆがませてみる。不機嫌な私ができあがる。

 これを、古見くんが見たらどう思うだろう。何かつっこんでくれるだろうか。

 冷やかしの言葉でもいいからくれないかな。

(あぁ、でも、そうか。こいつは私には振り向かない)

 振り向かない、振り向かない、くしたこいはグレージュグラデーション……。

 というのは、よく聴くロックバンド・BREEZEブリーズ GIRLガールの「Gurejuグレージユ Gradationグラデーシヨン」って曲。

 じわじわと自覚していく恋心と失恋を歌ったやつ。

 まさかこんなところで思い出すとは。この曲、好きだったのに。きらいになりそうじゃないか。

(なるほどね……これが恋、というやつですね。いやでもさ、私は別に古見くんと付き合いたいとかいう願望はない)

 ようやく自覚しても、佐智子ちゃんの座をうばって彼と手をつないでデートしたい、なんてじんも思わない。

(……じゃあ、やっぱり失恋じゃないじゃん)

 ただ、古見くんが授業中に話しかけてくるのをうつとうしくあつかってみたり、「のぞみ」と下の名前で呼ぶから顔をしかめてみたり、せいを飛ばしたり……。

(あれ? 私はこいつが嫌いなんじゃないか。むしろ、嫌いなんじゃないか)

 だって、古見くんはどうしようもなく変態だし、デリカシーないし、スカートめくろうとするし。

 現に、ほかの女子のスカートをめくっていた現場をもくげきしている。

(完全に女子の敵じゃん。一部では女子から嫌われているというウワサもある……よ?)

「………?」

 なんで疑問形。なんで自分にきいてるんだ。

 私は頭をかかえた。まったく授業に集中できない。こんなことは今までになかった。

 別に古見くんが私の前の席だからと言って喜んでなんかないし、シャー芯は減るし、休み時間にヘッドホンつけてたら「何聴いてんの?」っていてくるからウザいし、雨にれて学校へ来たら「勇者だね」とからかってきたし……。

(一年生のときだったか、それは)

 カサを忘れて家を出て、学校のり駅に着けばしやりになっていて。

 でもこくしたくないから走って学校まで行って。

 夏服だったからまだがいは少なかったものの、ずぶ濡れになってシャツの下のキャミソールがけてしまって、でもまぁいいかと気にせず教室に入ってタオルで頭をいていたら古見くんが声をかけてきた。多分、それがきちんと話をした最初。

「小野さん、ずぶ濡れじゃん」

 軽々しい口調で、何のきんちようもなくそう言ってきた。このときはまだ私は「小野さん」だった。

「カサ忘れたから」と素っ気なく返したら、彼は冷やかすように笑ってきた。

「マジか、それでよく雨の中来ようと思ったな。勇者だね」

 勇者ってなんだ。そんなツッコミはできず、私はだまり込むだけ。

 初めてしゃべった内容をこんなにもせんめいに覚えているとは。

(まぁ、一年前のことだけども。しょうがない)

 私はもう観念して頭を振った。

「はぁ……」

 私は、知らない間に古見くんを好きになっていた、らしい。

 まったくわずらわしいものだ。恋というのは。


 真紀は部活があるから放課後はいつも一人。ちなみに、真紀と佐智子ちゃんはバレー部とバスケ部のマネージャーだから部活時にはよく話をするらしい。それで聞いたんだろうな、と推測しておく。

 でも、帰宅部の古見くんと部活をしてる佐智子ちゃんじゃあまりにも接点がなさすぎるのでは。クラスが同じってだけで。どういうめなのか、ぜひ聞きたいところだ。

 それなのに、そういう日に限ってあいつはバス停にいない。私は帰り道にあるバス停で、ぼーっとつっ立っているのに、今日に限ってあいつの姿はない。

 別にいつしよに帰りたい、とかそういう気持ちはなくて。

(まぁ出くわしたらいいなくらいにしか思って、な、い……うーん……)

 先に教室を出たはずなのに、いないということは友達と寄り道しているんだろう。

 どこかちがう道を通っているんだろう。

 私はだれもいない道を歩きながら、カバンの中にしまっていた黒のヘッドホンを取り出した。

 頭にかぶせるように装着。やわらかなスピーカーから、ちょうど「Gureju Gradation」の灰色めいたメロディが流れてくる。

(変えよう。今日はく気分じゃない。明るめの曲がいい。「ミズイロたんさんすい」とか「Popポツプ Showerシヤワー」……)

 曲名を思いかべながら音楽プレイヤーのボタンを連打していく。

 でも、そういう時に限って流れる曲は切なめのものばかり。

(もういい)

 親指がつりそうだ。

 そうして流れる曲は、静かなアコースティックギター。き語りのナンバーだった。

「アンニュイ・ガール……」

 まったく、私の気持ちを代弁するかのような曲名だ。

「Gureju Gradation」もそうだけど、こっちはまだロック調だからテンポがいいのに。しかも、調べたら「Ennuiアンニユイ」ってフランス語だし。どっちかといえば今の私は「dull」だし。いや、どっちも意味はほぼ同じなんだけどさ。

 まさか、クラス内にカップルができるとは思わなかった。

 ていうか、私はあんまりそういうのを気にしたことがなかった。

 真紀はよくカレシが欲しいと言ってるけど、本気ならがっついてがんばればいい話。

 ああやってただぼーっとしてるだけでカレシができるわけないし。

 私は別に、カレシなんてほしくない。めんどうくさい。ダルい。

 だって、付き合うってことはカレシとデートしなくちゃいけないし、気分が乗らなくても会って話をしなくちゃいけないし、電話とかメールとか欠かさずしなくちゃいけないし、いろんなことを共有しなくちゃいけないんだろう。

(佐智子ちゃんってば、そんなことを平気でやるんだろうな。すごいわ、尊敬する)

 好きな時に本が読めて、好きな時に音楽を聴いていられるほうがよっぽどいいじゃないか。

「何読んでるの?」とか「何聴いてるの?」とか「何してるの?」とかいちいちきかれて答えるのは本当に面倒くさい。そう、面倒だ。

「……自問自答をり返して、頭ん中うるさくって、それでもそれでも止まらないから、はぁっとため息こぼしちゃって──」

 耳に流れてくるボーカルの静かな声に合わせて口ずさむ。

 そのフレーズがなぜだか心にずしんと音を立てて落ちてきた。

「はぁ……」

 しつれんは、苦いものだと思ったら大まちがいだ。まったく味なんてなくて、ただの無味。

 そして、重たくて痛い。すり傷みたいな、地味にじわじわくる痛みだった。


02:Popポツプ Showerシヤワー


 ──痛み、というのはいつの間にかえているものだ。実はそこまでオオゴトじゃないらしい。


「ねぇ、そう言えばさ……古見くんと佐智子ちゃん、別れたらしいよ」

「へぇ……マジか」

「マジマジ。もうほんとびっくり」

「だねぇ。クラス同じなのに気まずくない?」

「ほんとだよー……気まずいわー」

 真紀はのけ反って残念そうに言った。

 高3の梅雨つゆ。ちょうど一年前に聞いたものとは真逆の話が私と真紀の間を静かに流れていった。

 物語のぼうとうは希望に満ちあふれているのに、結末は苦味100%のにびいろジュースだった。

 気のけたサイダーみたいな、ひようけというか。

 ただ、これについては私もなんだか気まずい。全然関係ないのに。

 今はもう、古見くんと席は近くない。

 クラスえはないけど席替えは毎月ある。私の一個前は今は佐智子ちゃんだ。

(うわ、気まずいな。なんか、破局をむかえた片方が近くにいるって重たいわ)

 いや、なんで私が気まずく思わなくちゃいけないんだ。

「ちなみに、どっちがふったの?」

 なんか、きいてはいけないような気がするけど気になる。真紀はしぶい顔つきでゆっくりと言った。

「佐智子ちゃんらしいよ」

「うわぁー……」

 言葉とは裏腹に、内心は少しだけ気が軽くなった。

 古見くんがふっていたら、なんかよく分からない空気の重さにのまれそうだったから。あいつがふられたんならいいや。

「まぁ、古見くんってあんなだしね……いつになったら落ち着くんだろ」

 真紀があきれた声で言った。

 古見くんは失恋したことをじんも感じさせないほど、今日も絶好調に女子へのセクハラを行っている。

 標的にする女子は決まっていて、じゃれても許されるはんの女子にしかしない。その中に私もふくまれているのが腹立たしいけど。

「あんなだからふられたんでしょ」

「だねぇ……てか、佐智子ちゃんってしゆ悪いって思ってたよね、私」

 そうやって真紀はしんらつに笑った。私も「あはは」と引きつった顔で笑っておく。

(趣味悪い、か……そうだよね、つうは。なんであんなセクハラじんみたいな男にれるんだよ。意味わかんない)

 私の気持ちも意味わかんない。ただ、ちょっとうわついているのは自覚している。

(他人の不幸を喜ぶとか、ないわー……)

 でも、それが私の本音なんだろう。いやなヤツだ。

「次、なんだっけ?」

「次は体育です」

 すぐさま答えてあげると、真紀は「あぁ、そうだった」と、じんっていた佐智子ちゃんのから降りた。

えに行こっか」

「うん」

 体操服をかかえて、私と真紀はこう室へ行こうと教室を出る。

 その時、きようたくで遊んでいた古見くんとすれちがった。

「あ、のぞみー」

「何?」

きつかせて~」

「くたばれ」

 顔をしかめて言い放つと、古見くんは「まーっ! ひどい!」ときようがくの声を投げてくる。いつものパターン。私は手をヒラヒラって「バーカ」と笑いながら返しておいた。

「あーあ……希望も気の毒だよね、毎日」

 ろうに出ると真紀がため息交じりに言う。

 私もため息交じりに返してみる。でも、真紀のようにこつに嫌そうな表情はつくれなかった。

 ああやってバカなことを言い合うのが、ちょっと楽しかったりするのはないしよだ。私だけが知っていればいいこと。

 ささやかな楽しみとしていることを、真紀にも佐智子ちゃんにも古見くんにも知られたくはなかった。

 あいつの発言は最低だけど、話しかけられることは嫌じゃない。

(そう、嫌じゃない)

 実は内心、かれている。自覚してしまえばもう楽なもので、ただあいつは佐智子ちゃんのものだからと一本線は引いておいて、それをえない程度になられ合ってもいいと思えるようになっていた。

 しかも、こんな風に古見くんを思えても、やはり私はあいつと手をつないでデートをしたいとは微塵も思わないのだ。

 毎日、今日は話しかけられるかなとか、目が合うかなとか、帰り道はかぶったりするかなとか。さいなことを楽しみにしてしまっている。

 それに、これは絶対に実らないものだとはなっからあきらめているから。

 卒業したら、結局は一緒にいられないんだし。卒業まで毎日を楽しんだほうがいいと考えを改めた。

 子ども、なんだろうか。そうやって考えてしまうのは。

 私は、古見くんとそういう関係になりたくはない、と言い張っているだけじゃないか。

(いや、でも想像ができないし……というか、古見くんじゃないにしてもこいびと関係を結ぶのがいまいちずかしいというか)

「あっ」

 たんに真紀が声を上げる。

 視線の先では、佐智子ちゃんが友達と楽しげに話をしていた。

 本当に何事もないようなりで。

「ねぇ、なんで古見と別れたの?」

 友達の方は堂々と事を大げさにしているけど。

 佐智子ちゃんは困ったように「うーん」と考えあぐねる。

「まぁ、今年受験だし。遊べなくなりそうだしね。それに、りようへいは県外の大学に行くんだって。えんきよとか無理だもん」

 佐智子ちゃんは少し、悲しそうに言った。

 思わぬところでぬすみ聞きしてしまった私と真紀は、顔を見合わせてうなる。

 佐智子ちゃんは私たちには気づかずに、更衣室へ入っていった。

「まーね……遠距離はきついか」

 真紀もかわいた笑いを浮かべながら更衣室へ入っていく。

(なんと、佐智子ちゃんも私と同じ決断をしていたとは)

 しかも、ちょっと切なげな横顔が私と同い年とは思えないほど大人びていた。

(あぁ、やっぱり私はまだ子供なんだろうな……)

「あれ? のぞみ」

 背後から声がする。振り向かずともわかった。古見くんだ。

「何? 着替えないの?」

 間の抜けた顔でこちらを見ている。すでに体操服姿で。

「今から着替えるし。のぞくなよ」

「さすがにそこまでしねーわ」

「お前なら絶対やるでしょ。そんなだから……」

 軽口が出てこない。ぐっと、のどの奥で止まってしまう。

 古見くんは特に気にせず、ヘラヘラとしたままで「はよ着替えてこいよー」と私の横を通り過ぎていった。

 私は何を言おうとしたんだろう。そんなだから、彼女に振られるんだよ、とか?

(はぁ……何がしたいんだ、私は)

 気持ちのふくが激しくて気分が悪くなる。

 古見くんは、体育委員だから体育の時間は早めにグラウンドに出る。だから「はよ着替えろ」と言っただけ。

かんちがいするな)

 あいつは役割をこなしているだけだ。

 高1の夏休み明けに、あいつだけは真っ先に私のことを「のぞみ」と呼んだ。なんで下の名前なの、ときけばあいつは、

「だって、小野が二人もいるんだからしょうがないだろ。だから、今日から『のぞみ』って呼ぶ」

 そんなことをなんのきんちようもなく平然と言った。

(だから、特別なんかじゃない)

 ぐうぜん、クラスに「小野」が二人いるからだ。

(勘違いするな)

 まぎらわしいからそうしただけ。

「希望ちゃんってとっつきにくくない?」と佐智子ちゃんに言われたとき、古見くんは「のぞみはツンデレだからな」とさも分かったような口ぶりで言い放った。私の近くで。

 そう言われて私は「はぁ?」といやがるような反応をしたけど、内心はおどろいていた。どきり、とした。

(……あぁ、もう、だから勘違いするなって)

 体育の時間とか昼休みとかに、変態発言を私にふっかけてくるのは私の反応をおもしろがっているだけだ。私が暴言をくと、毎回毎回打ちのめされたように「ひどい!」とこうしてくるのはそういう決まりのようなもので。一連の流れだから。

(勘違いするな)

 シャープペンのしんがよく減ってしまうのも、ふざけてばしたりなぐったりするのも、たまに帰りのバス停で「のぞみー」と手を振られるのも、別に私が特別だからなんかじゃない。

 私は、あいつのことなんか好きじゃない。

 あいつも、私のことなんか好きじゃない。

 ただのクラスメイトだから。

(勘違いするな)

 炭酸水のとうめいにポコポコとあわほうみたいな、あわい期待を一つ一つつぶしていく。

(いつかは、終わらないといけないんだから)

 そんなことを考えていると、途端に刻一刻と終わりの時間がせまっているのを実感してしまう。

 終わりに近づいていく。この日々が、終わる。

(ゆるやかで気だるい時間が、もう残り……)

「もう、希望! 何してんの。早くえないと!」

 すっかり着替え終わった真紀が私の手を引っ張ってこう室に連れこむ。

 私はのろのろとシャツのボタンをはずした。

 むなもとを見つめながら、ぼんやりとあの一年前の痛みを思い出す。

 でも、痛みというのはいつの間にかえているものだ。

 実はそこまでオオゴトじゃない。だから、これも一時的なものだと思う。


epilogueエピローグEnnuiアンニユイ Girlガール


 古見凌平、という名前を見つけて私の指はスマートフォンから少しはなれた。

 なつかしい名前だと、本当に思った。と言っても、七年前……。

(結構っているな)

 SNSのアカウント名が本名だから、本人なんだろうとすぐに思ったけど別人の可能性だってある。

 親指で軽く押してみると、彼のアカウントページが出てきた。

(あぁ、本人だ)

 少しせたけど、そこけに明るいがおはやっぱり古見くんだ。

 元気でやってるのかなぁと画面をスライドさせていると、彼のきんきよう報告が文字となって並んでいた。


けつこんしました』


(そうか、幸せになったんだなぁ。おめでとう、良かったね)

 ちょっとつまくような痛みはあったけどそれきり。

 片方の耳に押し込んでいたイヤホンからは「アンニュイ・ガール」の切なげなギターが流れているけれど……。

「ごめん、希望。待った?」

 後ろから声がかかれば、私はすぐさまり返る。

 古見くんと同じように、いとしい人が今はそばにいるから。全然痛くなんかない。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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