その6

 その日、ちょうど午前9時を回ったころである。

 空は重く雲が垂れ込め、珍しく一体が霧に包まれている。


 俺は横須賀にある海の見える高台の、小さな霊園にいた。


 様々な形の墓石が並んでいる中に、ひときわささやかな、半円の墓石があり、

そこには、

『真田家の墓』と刻まれてある。


 墓石の側面には幾つかの名前がある中で、墓石の裏側には幾つか名前が刻まれていて、その中に『真田みちる』の名前もあった。俺は形式的に墓石に向かって頭を下げると、参道を挟んで向かい側にある森に身を潜める。


 時計を眺め、時間を測る。

 敷石を踏みしめる足音が聞こえた。


 大木の陰からそっと目をこらす。


 花束と手桶を両手に下げた男が、こちらに向かって歩いてくる。

 チェックのジャケットに濃紺のズボン。

 口髭に半白の頭髪・・・・中村優一氏だ。


 彼は真田家の墓の前で足を止め、持っていた花を生けると、墓石の前にしゃがみ、手を合わせる。


 反対側から、別の足音が聞こえてきた。


 俺は懐のM1917を取り出し、弾倉を確認する。


 足音は次第に大きくなる。


 俺は足音のする方向を見定めた。


 ぼさぼさの長髪に、夏だというのに黒いレインコートを着ている男が、こちらに向かって歩いてきた。

 顔の半分は髭で覆われ、大きなレイバンのサングラスをかけていた。

『・・・・中村優一だな?』

 男は低い声で中村氏の背中に呼びかけた。

 中村氏はゆっくりと立ち上がり、後ろを向く。

 

 サングラスをむしり取った。顔の半分がひどい火傷のひっつれに覆われている。コートの懐に手を突っ込むと、黒光りするGⅠコルトが出てきた。


 銃口はまっすぐ中村氏の胸に向いている。

 

『中村・・・・優一だな?』

 男は再びかすれた声で呼びかけた。

 中村氏は相変わらず黙ったままだ。まっすぐ銃口に対峙し、目を開けて彼の顔を見つめた。

GⅠコルトを両手で構え、腰を落とした。


 俺は生垣から飛び出し、M1917を構える。


『銃を捨てろ!』

 俺は叫んだ。


 向こうの銃口が逸れ、こちらに向く。

 

 そこでタイミングがずれた。


 一瞬の差だった。


 向こうも.45ACP弾。

 こちらも同じだ。


 俺も迷わず二連射する。

 一発は相手の肩、もう一発は相手の腰をえぐった。


 相手はのけぞって倒れる。

 俺は大股で近づき、コルトを手からもぎ取った。


 遊底を引き、残弾を弾き出し、ベルトに挟むと、携帯を出して110番する。


 警察おまわりは嫌いだが、ルールには従わんとな。


 俺は奴の前にかがみこんで、脈を調べた。しっかりしている。

 

 弾丸は二発とも見事に貫通していた。


『心配するな。殺しやしない。警察おまわりが来るまでの間はな。金山勝』


 俺の言葉に、奴は苦しそうにあえぎながら、俺の顔を上目遣いに睨んだ。




 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る