その5

 しかし、彼はただの清掃係に過ぎなかったから、実際みちるに声をかけているところを見たとか、ましてやそれ以上の行為をしていたのを目撃していたわけではない。


『時々ね。柱の影からみちるちゃんが に一人で座っているところをじっとみていたり、用もないのに前を通りかかって声を掛けたりしてね。傍目から見ていてもいじらしいって感じでしたよ』


 顔の火傷のせいか、普段は無口で陰気にさえ見える金山青年が、みちるのことを語る際には、普通に朗らかな顔になっていたという。


『中村さんについて?ああ、金山君も知っていたと思いますけど、特に何も言っていませんでした。』


 そのうちに中村氏が退院し、そのまま彼も仕事を続けたが、みちるは病気の具合が悪くなり、ベッドに寝た切りの状態が続くようになって行き、そしてとうとう亡くなってしまった。


『亡くなったって聞いた時、金山君、それはひどいショックを受けたみたいでねぇ。元々の無口に余計拍車がかかって、何だか本当に口がきけなくなってしまったって感じでした』


 そして中村氏が例の『愛と死の・・・・』を発表して間もなく、病院を退職してしまった。


『後で聞いたんですけど、彼、えらい怒りようでね。”みちるちゃんの死を金もうけに利用するなんて、許せん”と、何度も言ってたって聞きましたよ』


『ただ・・・・』

『ただ、何です?』

『退職する少し前だったかしら、私に”銃を持てるようになるにはどうしたらいいか”って聞いたことがあったんです。でもそんなもの簡単には手には入れられないよって言ったら、”いや、どうしても持てるようになりたいんだ”』って、偉く真剣な目つきをしてましたね』


 退職後の彼の行方は全く知らないという。

『ただ、中学時代、彼は一時不良グループに入っていたことがあって、時々病院にもその連中が来てました。何だか厄介なことに巻き込まれてないといいんですけどね』


 ハツさんは”私の知ってるのはこのくらいです。お役に立てなくてすみませんね”といいながら、ちゃっかりと俺の出した一万円札を受取って帰っていった。


 元不良、みちるに対する歪んだ思い、中村氏に対する怒り、銃・・・・・少しづつだが、俺の中で何かが埋まりつつあった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の日、俺は横浜に居た。


 本牧の路地裏にある古びたビル、そこに殴り込みをかけた・・・・というのは冗談だ。単に話を聞きに行っただけだ。


『黒田商会KK』と言うその会社、表向きは貿易商社だが、裏を返せば、なんてことはない。

『その筋』御用達の武器の密売を行っている会社である。


『・・・・お前ら探偵屋に話すことはねぇ』


 上から下まで、まるで1920年代のギャングみたいな人相風体をした男・・・・名前は一応田畑としておこう・・・・は、ソファに座り、足を組んで、俺に向かって葉巻の煙を吐きかけた。


『そっちにはなくても、こっちにはあるんだ』


『俺が知っている案件で、あんたらの”会社”が絡んでいるのが二つ三つばかりある。それについて警察おまわりにご注進に及べば、向こうだって黙っちゃいないだろう。それでなくても奴らは組織つぶしに躍起になってるんだ』

『汚ねぇな。あんたは警察おまわりとツルむのは嫌いじゃなかったのか?』

依頼しごとのためなら何だってするのが俺だ。』


 俺はそっぽを向き、シナモンスティックを咥え、唇て弄んだ。


『負けたよ・・・・で、何が訊きたい?』


 田畑は肩をすくめ、天を呪うような仕草をして、ため息と共に再び葉巻の煙を吐いた。


『金山って男に武器を売ったろう?その話について訊かせてほしい。どんな武器を売ったかも教えてくれると助かる。それで件の問題はチャラにしようじゃないか?』


 東京に帰ってから、俺は中村氏の元に電話をかけた。

『もうそろそろ墓参ですかね?真田みちるさんの・・・・確か今年は亡くなられてちょうど50年ですか?』

『はい、そうですが?』中村は不思議そうな声で俺に問いかける。

『墓参はされる予定ですか?』

 続けて俺が聞くと、彼は『何か起こりそうだから迷っている』と答えた。


『いや、行ってください。当たり前のように・・・・私もついてゆきますから』

 俺はそう答えて受話器を置いた。

 保管庫の扉を開け、M1917《あいぼう》を取り出す。

『久しぶりに頼むぜ』俺はそう語りかけた。



 

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