その4
俺は送られてきた脅迫状を丹念に調べた。
中村氏は非常に几帳面な人で、自分に送られてきた手紙は全部とってあった。
そこから明らかに古いもの、1~2回で来なくなっているもの、それらを丹念に除外してゆく。
すると、その中に怪しいものが2種類残った。
そのうちの一つについてまず調べてみる。
調査の結果(どうやって調べたか教えろって?情報源の秘匿だぜ)、一人は都内に住んでいた中年女性だったが、俺が訪ねて行った時には既に病気で死亡していた。
残るは一人だ。
手がかりは『消印』だった。どれも厚木から出されていることが分かった。
わずかでも構わん。
細い糸だって手繰ってゆけばやがて大物に行きあたるものだ。
その病院は、本厚木駅の南口を出て、凡そ30分ほど歩いたところにあった。
『大矢総合病院』と聞けば、付近の住民は誰でも知っていた。
試しに俺は受付を訪ねてみたが、こういう場合にされる当たり前の反応しか返ってこなかった。
”患者様の個人情報はお教え出来ません”
よしんば喋ったとしても、50年以上も前の出来事だ。
知っている人間はまずいないだろう。
そう思って諦めかけていた時、俺は一人の老婆に出会った。
間違いない。70は越している。
白い帽子を被り、作業服を着て掃除道具の乗ったカートを押している。
つまりは清掃係だ。
俺は彼女に声をかけ、探偵免許とバッジを見せ、それから折りたたんだ一万円札をチラつかせ、
『怪しいものではない。絶対に貴方に迷惑はかけないので』
と、何度か念押しをすると、ようやく
”じゃ、昼の休憩時間に”ということで、やっと承知をしてくれたので、近所の喫茶店で話を聞くことが出来た。
彼女の名は・・・・いや、名前だけは止しておこう。それこそ”個人情報”に触れることになるからな。
仮に”ハツさん”とでも呼んでおこうか。
二十歳の時から勤め始め、もう五十年以上、大矢総合病院で清掃係として勤務しているという。
何でもハツさんは経営者である病院長の遠縁にあたり、常勤を外れてパートになった現在でも、続けて勤務することが出来ているのだそうだ。
いずこの世の中でも『縁故関係』というのは、重大な伝手になるものだ。
彼女に『愛と死の記録』について訊ね、そうして中村優一と真田みちるについて聞いてみた。
『ええ、よく知ってますよ。中村さんはなかなか面白い人でね。みちるちゃんは色の白い可愛らしい女の子だったわ。』
確かにみちると優一は仲が良かったが、彼女の目から見ても、それは”仲がいい”という以上のものではなかったという。
『みちるちゃんって、日本人形みたいな美少女でしょう?だから病院の中でも結構好きになってしまった人がいたんですよ。』
彼女によれば、当時自分と同じ清掃係にいた男性が、みちるに思いを寄せていたという。
彼は中学を卒業してすぐの、当時まだ十五歳の若者だった。
『名前は・・・・金山・・・・そう、金山進っていったかしら?』
ただ、何でも彼は子供の頃に火事に遭い、顔の半分にひどい火傷の痕が残っていたので、それを気にしてか、みちるに声をかけることもせずに、遠目に見ているだけだったという。
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