第6話 幼馴染の法則 2

 翌朝、いつもどおりに登校した翔太だったが、教室に入るなり違和感をおぼえた。

 不審に思いながら自分の席に向かって歩きだした瞬間、目に飛びこんできた光景に呆然となった。

 あのおさげ女が自分の席に座って談笑していたのだ。しかも相手をしているのはよりによって長谷川と中島で、それをクラスメイトたちが遠巻きにながめている。

 翔太はあわてて自分の席に駆けよった。

「これどういう状況やねん!」周囲をはばかり小声で怒鳴る。「よりによってなんでおれの席におまえがおんねん!」

 三人はしばらくぽかんとした表情でまくしたてる翔太を見上げていたが、すぐに長谷川がいつもの調子でしゃべりだした。

「どうしてん急に。浅野さんがおまえのこと探しとったから、ちょっとしゃべってただけやん。そんなことより、浅野さんめっちゃおもしろいな。異世界から来てんて。おまえ知ってた?」

「はあ⁉」

 予想外すぎる返答にそれ以上の言葉が出てこなかった。口をぱくぱくさせる翔太だったが、つづく会話の展開にさらに腰を抜かしそうになった。

「で、さっきの話やけど」長谷川はおさげ女に視線を戻して言った。「浅野さんは、異世界からこっち来てどんくらい経つの?」

「えっと、だいたい二年かな」

「へえ。なんでまたこっち来ようと思ったん? あ、あれか、向こうでなんか嫌なことあったとか?」

「それについてはけっこう複雑な事情があってね。話せば長くなるけど聞きたい?」

「めっちゃ聞きたい! な、秋山」

 振られて声を上げかけると、ちょうど予鈴が翔太の言葉を遮った。

 立ちあがったおさげ女が、何食わぬ顔で三人をふり返る。

「それじゃ、わたしは戻るね」

「うん。でも秋山になんか用事あったんやろ。邪魔してもうたな……」

 長谷川がバツの悪そうな表情を浮かべる。

「ぜんぜん平気、急いでないから。長谷川君、中島君、相手してくれてありがとう。楽しかったよ」

「ほんまに? じゃあ今度、さっきのつづき聞かせてな」

「わかった。じゃあまたね」

 そのすがたが見えなくなると、翔太はさっきまでおさげ女がいた椅子に、倒れこむようにして座った。肘を机について頭を抱えていると、中島が顔をのぞきこんできた。

「おまえ昨日から変やで、大丈夫か?」

「あの女のほうがよっぽど変やろ……」

 それだけ言うと、翔太は机に突っ伏した。

 どっと疲労感が押し寄せる。ここ数日、緊張を強いられることがつづいたせいかもしれない。そのうえ走歩大会にバスケ練習である。疲れが出ても仕方がなかった。

 とはいえ、いまの翔太にとってそれは不幸中の幸いだった。質問したくてうずうずしているはずの長谷川が、空気を読んであまり絡んでこなかったのだ。

 無事放課後を迎え、一日をなんとか逃げ切ったかに思われた矢先だった。帰り際、昇降口で靴を履き替えていると、長谷川がこんなことを言い出した。

「なあ、今日ファミレス寄っていこうや」

「いや、おれはやめとくわ……」

 むろん、翔太は即答した。

「え~、なんでやねん、行こうや」

「しんどいんやろ。いいやん、今日は三人で」

 長谷川が駄々をこねるのを中島がとめてくれたわけだ。が、その言葉に翔太は靴ひもを結びなおす手をとめた。

「三人……?」

「そうやねん。誘ってみたら浅野さんも参加するって! あのコおもしろいよな」

「はあ⁉ まじで言ってんの?」

「まじまじ」

 長谷川は言いながら、軽快な足どりで出ていった。

 その背中を呆然と眺める翔太の肩に手を置き、中島は言った。

「大丈夫か?」

「ああ……でも、いつの間にそんな話になったん?」

「朝、おまえが来るまえ」

「最悪……」

 思わず口から漏れた。だが、すぐにちょうどいい機会だと思い直した。あの女が自分につきまとう理由を今度こそはっきりさせてやる。

「なんかややこしいことになっているみたいやけど、勝手に自分のこと話されたくないんやったら来たほうがいいと思うで」

 中島のアドバイスは的確だった。

 翔太は大きくうなずくと、長谷川の背中を追って走りだした。


 ファミレスに着くと、三人はいつもの席に腰かけた。

 待つこと十分、おさげ女はやって来た。声をかけた長谷川に手を振りながらこっちへ向かってくる。

 おさげ女は翔太のななめ向かい、中島のとなりに腰をおろした。

「ごめんね、待った? 今週、わたし掃除当番なんだ」

 翔太は心のなかで、べつにおれはおまえを誘ってないけどな!  とツッコんでいたが、さすがにそれを口に出すほど子供ではなかった。

「ぜんぜん大丈夫」長谷川が笑顔で応じる。「とりあえずおれらドリンクバー頼んだけど、浅野さんどうする?」

「じゃあ、わたしもそれで」

「りょ~かい」

 おさげ女がドリンクバーから戻ると、さっそく長谷川が話を切り出した。

「秋山って、浅野さんに異世界で生きていける素質があるかどうか調べられてるらしいやん」

 当然だが、ふたりがこの女の言うことを真に受けているわけではない。長谷川の表情はまちがいなく、いまの状況を最大限たのしむと決めた顏だった。

「はぁ~」と、翔太は大仰にため息を吐いてから答えた。「知らんわ。そいつが勝手に言ってるだけや。そもそも知り合いでもなんでもないし……っていうか、そんなことまでこいつらに話したんか?」

 視線を向けると、女はきょとんと翔太を見返した。

「え、駄目だった?」

「駄目っていうか、普通は言わんやろ」

「なんやねん普通って」スマホに視線を落としたまま中島が口をはさんだ。「普通はこんなことないやろ。おまえラノベの読みすぎちゃう」

「おまえにだけは言われたないわ」中島をあしらい、おさげ女に顔を戻す。「そもそもなにが異世界やねん。それでおれが納得すると本気で思ってんのか」

「まあまあ、そうピリピリすんなや……」

 しゃしゃり出てくる長谷川を黙らせ、さらにつづけた。

「なんでおれにつきまとうのか、この際、はっきり説明してもらうで」

 ソファに深くもたれかかって翔太が腕を組む。

 おさげ女の口から思いもよらない言葉が飛び出したのはその直後だった。

「エアル……」

 衝撃に翔太はむせ返った。

「なんでおまえが……」

 と、必死で言葉を紡ごうとするが、喉につまったフライドポテトに邪魔をされてなかなか声が出てこない。

「おいおい、大丈夫か」、「水飲め、水」心配しているふうを装いながらも、長谷川はここぞとばかりに話のつづきを促した。「浅野さん、そんなことまで知ってたんや。秋山に聞いたん?」

「聞いたっていうのは正解だけど……」いったん言葉を区切って翔太の反応をうかがうそぶりを見せたあと、おさげ女はこう言った。「秋山君に聞いたわけじゃないんだよね」

「えっ?」

 声とともにいっせいに三人の視線が女に注がれた。

 まっさきに口を開いたのは翔太だったが、考えていることはみな同じだったはずだ。

「もしかしてエアルの知り合い……?」

「かもね。だけど、相手のことは教えられないよ。本人が名乗り出てないんだし」

 さぐり合うような空気がそのまま沈黙となった。

 しばしの間のあと、満を持して切り込んだのは長谷川である。

 エアルについては、すがたかたちから住んでいる場所までを、異世界については、時代背景から魔法の有無までをこと細かに聞きだそうとした。だが、女がそれらの質問に答えることはなかった。

 翔太が口も挟まず、終始ぼんやりとしていたのは、むろん興味がなかったわけではない。なんとなくそのやり取りにぴんとこなかっただけだ。

 重大ななにをか見落としているのではないか、という不安がずっと頭を離れなかった。

 同様に中島も終始無言で、長谷川の質問が尽きると会話は途切れがちになり、四人はまもなくファミレスを出た。

 翔太のもやもやが解決したのはあとになってからだった。

 夜、中島からこんなメールが来た。

 《おまえ浅野の話聞いててどう思った?》メッセージはそうはじまり、そして数回のやり取りのあと《エアルってもしかして秋山が知ってるヤツなんじゃないの?》と、締めくくられていた。

 なぜ気づかなかったのか不思議なほどもっともな話だった。名前や学校がバレていたこともそう考えれば納得できる。

 翔太はそのとき、引っかかっていたなにかがすとんと腑に落ちた気がした。

 そして同時にこう思った。あのおさげ女、浅野イヨとか名乗っているが、あいつにちかづけば、いずれエアルの正体にたどり着けるのではないか、と。

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