みんなのささやき

 妻と彼女は男ふたりが完全に家の外へ出たのを見計らって、リビングへ戻ってきた。祝いの料理や酒がまだ残っていて、それぞれの席へまた座り直す。

 夕霧命の妻――覚師かくしはカーテンも閉めていない夜色が広がる庭を見つめて、意味ありげに話し出した。

「男ふたりで出ていって、何をする気なのか?」

「――手をつなぐかもしれません」

 光命の彼女――知礼しるれはしれっと言い放った。従兄弟同士で仲がいいからこそ、よく顔を合わせる女ふたり。覚師は色っぽく微笑む。

「あんた、やっぱり気づいてたか?」

 知礼はしっかりうなずいて、愛する男の変化をこう語った。

「はい。やり直しから帰ってきたあとの、光さんの夕霧さんを見る目は、事件の香りが思いっきりしてました」

「うちのは真っ直ぐだからさ。あの日から話すことと言ったら、ずっと光のことばっかりだよ。光に惚れて帰ってきたって、気づかないほうがどうかしてるよ」

 やはり若さはどうにもならなかった。十八歳は十八歳で、しかも他の人よりも短い年月しか生きておらず、知恵と経験が圧倒的に足りないのだ。

「隠してると思ってるのは、ふたりだけです」

 妻と彼女にはバレバレだった。しかも、全然気にしていない女たち。覚師は箸をつかんで、サラダの菜っ葉を取り上げる。

「お互い好き合ってんだから、言えばいいだけだろう? 何で言わないのかね?」

「それは、光さんがルールはルール、順番は順番という考えの人だからですよ」

「それって、あたしたちに気を使ってるってことかい?」

「おそらくそうです」

 覚師はあきれた顔をして、残っていたビールを一気飲みした。

「バカだね〜、男って。惚れた男が誰かを好きになったら、叶えてやりたいってのが女の気持ちだろう?」

「はい、そうです」

 さすが神様だった。永遠の愛を築き上げられるには、この時点で方向性が違うのだ。箸を持った手で、覚師は知礼を指した。

「いいね、あんた、話が早くてさ」

 いい感じの会話流れだったのに、次で崩壊させられた。

ですか?」

 天然ボケを極めている母親と同じ人を彼女に選んだだけあって、知礼の話はめちゃくちゃだった。しかし、夫の従兄弟でその彼女。何度も会ったことがある覚師は慣れたもんで、

だよ。じゃないよ。どうやってそこにたどり着いたんだい?」

 最初の二文字しかあっておらず、文字数も違っている、トンチンカンなことを平気でしてくる、よく家にくる女。

 知礼は何事もなかったように、脱線した話を元へ戻した。

「あぁ、そういうことですか。はい、女ふたりで話すのも楽しいです」

 何をどうするか細かいことはどうでもいいのだ。感覚の女にとっては。しかし、ゴールは見えているのだ。覚師は空いた皿を適当にまとめて、台所へ運び出した。

「どの道、いつかは好きって言うんだろう? だったら、あたしたちだけでも先に、仲良くなっておかないかい?」

「いいですね。親睦を深めましょう!」

 知礼も皿を持って覚師に近づき、鏡のように見えるガラス窓に女ふたりの長身――百八十センチ越えが映った。

「とっておきの酒があるんだよ。今日こそ、開ける日だね」

「どんなのですか?」

 覚師はしゃがみ込んで、棚の奥のほうに手を伸ばした。

「うちの親が送ってきてさ、五千年以上前から貯蔵されてた酒が見つかったって」

「貴重ですね。私たちよりも年齢が上です」

「そうさね〜」

 ささっとお猪口ちょこ徳利とっくりを慣れた感じで用意して、女ふたりはダイニングテーブルへ戻ってきた。並々と酒を注いで、男ふたりはとりあえず置いておいて、女たちの宴が始まる。

「じゃあ、カンパ〜イ!」

 カツンとグラスが鳴り、それぞれの口に酒が運ばれ、魅惑のそれを飲み込むと、覚師と知礼は噛み締めるように言った。

「く〜! やっぱり違うね〜」

「はい。おいしいです〜」

 まだまだ残っているつまみに、女たちはそれぞれ箸を伸ばし始めた。

「あのふたりの青い春はいつ終わるのかね?」

「一生続くんじゃないですか?」

 そばで一生やられるのかと思うと、覚師はイライラするのだった。

「ヤキモキするね〜」

「そうですか? 私たちと同じ二千年も生きれば、考えも変わりますよ」

 正反対にのんびりとしている知礼のとぼけた顔を見て、覚師は誰かと面影を重ねる。

「あんた、うちの旦那に似てるよね、そういう落ち着きがあるとこさ」

「ありがとうございます」

 そうして、永遠の世界で生きる女の悩みが披露された。

「それから、年齢四桁は嬉しくないね」

「それは、私も一緒です」

「あんた、今いくつにしてんの?」

「光さんと同じ十八歳です」

 神様のルールその一。好きな年齢で止められる。

「いいね〜。やっぱりさ、二桁でもかなり最初のほうが女にとっちゃ嬉しいよね」

 同僚ともよく話す話題だが、十代か二十代がいいという女以外に会ったことがないと、覚師は思った。

 未婚の女から既婚の女へ質問が飛ぶ。

「結婚って、魂を入れ替える儀式をするから、体よりも深く交わって、年齢が変わるって聞きましたけど、変わりましたか?」

「あたしは変わってないね。背も伸びたりするって話だけど、あたしはそっちも変わらなかったね」

 本当にあるらしい話で、年齢に関してはデフォルト――設定年齢が変わるそうだった。刺身のつまを醤油につけて、ワサビの辛味を味わいながら、知礼は旦那さんのことを聞く。

「夕霧さんは?」

「変わってないさ。だから、あの男ふたり、身長一緒ってことだよ」

「素晴らしいです!」

 百九十八センチの旦那と恋人。しかも、思いっきり疑惑がある男ふたり。それに加えて、うまい酒のお陰で、女たちは大盛り上がり。

「そうそう。振り返ったところに、ちょうど相手の顔がある!」

「ぶつかりそうになって、目をそらす。まさしく、青春です! 時代の最先端です!」

 皇帝陛下と女王陛下の写真が飾られた棚を、ふたりで見つめた。写真に写る人物はふたりきりではなく数名いる。

 未婚の女に、覚師は興味を示した。

「あんたと光が結婚したら、変わるのかね?」

「どちらでもいいです。私は光さんについてゆくまでですから……」

 愛する恋人と永遠にという話はできるのに、一メートルほど飛び上がる驚き方をする知礼に、覚師はあきれた顔をする。

「あんた、普通に話せるのに、どうして、光の罠にはまって悲鳴上げるかね〜?」

「いつそんなことがありましたっけ?」

 罠である以上、本人が気づいているはずがなかった。覚師は色っぽく微笑みながら、お猪口をクイっと傾けた。

「あんたのそういうところに、惚れたってことだね」

「え……?」

 せっかくいい感じで話が続いていたが、知礼がまぶたを激しくパチパチさせた。

「あんた、今度何を聞き間違ったんだい?」

 覚師は盛大にため息をつき、このボケている女――知礼と親睦を深めてゆく。


    *


 彼女とふたりで従兄弟の家へ、出産祝いに行った息子のいない家で、父と母は談話室のそれぞれの椅子に座っていたが、妻はふと手を止めた。

「あなた?」

「何だい?」

 光命の幼い頃の写真が飾られた暖炉の上を、妻は見つめた。

「人を愛するのに、性別や人数は関係するんですか?」

「お前も気づいていたか」

 ブランデーを傾けていた夫に、妻の視線は少し悲しげに向けられた。

「えぇ、息子のことですからね」

 『光』という名のとおり、輝いてほしいと父は願う。

「人を愛することは、性別に関係なく尊いものだ。あのやり直しをする機関は、百次元も上から下ろしてきたものだ。神の領域で作られたのだから、何人もの人を愛することも、神様のお導きなのだろう」

 やはり自分が愛した夫は息子も愛していた。妻は間違いはなかったと思ったが、

「それは、光にはお伝えにならなのですか?」

「光が自分でルールを作っているのだから、自身でそれを書き換えるしかない。いつか自身で気づき、変えることがあの子の糧になる」

 自分で隠してしまったものは、自分で表に出すしかないのだ。この世界は永遠だ。だからこそ、どんなに時間をかけても、大人である以上、自身で乗り越えるのだ。

 妻は星空を見上げ、神がいるであろう彼方かなたを感じながら目をそっと閉じた。

「そうですわね。私たちはあの子が乗り越えられるように祈り、静かに待ち続けましょう」

「親である私たちは、息子を受け入れるだけだ」

 どんな変化を遂げようとも、愛している息子だ。それを受け入れ、時には厳しく、時には優しくする。

 光命が住む屋敷に隣接する城。息子は応用できないでいるのだ。陛下のお宅はハーレムだということを――。

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