第95話 ゆるゆるなこと、ゆるキャラの如し

 俺たち諏訪すわ・武田連合軍が守りを固めて七日が経過した。

 俺と妹のみなみは、前線にある武田軍の陣にいるが、ノンビリと囲碁を指している。


「兄上、長尾ながお軍は攻めてこなくなりましたね」


 パチリと南が白石を置く。


「兵士たちが本気で戦わなくなったからな」


 長尾軍の兵士は、戦のない時間を見計らって食事をしに来るのだ。

 白い布を掲げて交戦の意思がないことを示して、武田の陣にやって来る。

 そして、腹一杯ご飯を食べて長尾軍の陣へ帰って行く。


 そんなことが何回か続けば、武田軍の兵士と話もするし、仲良くもなる。

 戦になったらお互い本気で戦わない。

 戦っているフリをする兵士が日に日に増えている。


 こうなると戦にならないので、長尾軍もいよいよ攻めてこなくなった。

 長尾為景も頭を抱えていることだろう。

 ざまあみろ。

 武闘派じゃなくても戦いようはあるんだよ。


 俺は黒石を碁盤にそっと置く。

 南がすぐに白石をパチリと打つ。


佐久さくの方も勝ってますね」


かおるめぐみ姉上が切り込んだからな」


飯富虎昌おぶ とらまさも活躍したそうですね」


柿崎景家かきざき かげいえと一騎討ちをしたらしい。見たかったな」


 柿崎景家は長尾家きっての猛将だ。

 飯富虎昌との一騎討ちは見応えがあっただろう。


 プロレスでいうと、武田軍対長尾軍対抗戦のメインイベント、六十分一本勝負だ!

 結果はフルタイムの末に引き分けだ。


 板垣さんからの書状に寄れば……。


 飯富虎昌が柿崎景家を一騎討ちで抑えている間に、香と恵姉上が騎馬隊を率いて長尾軍別働隊をズタズタに引き裂いたらしい。

 そこへ武田軍別働隊の主力甘利虎泰あまり とらやすが率いる足軽がなだれ込み、長尾軍は撤退に追い込まれたそうだ。

 佐久の志賀城で籠城していた笠原清繁かさはら きよしげは救出された。


 その後、武田軍別働隊は、長尾軍別働隊に追い打ちをかけ、首級三百を上げ、長尾晴景ながお はるかげを捕虜にした。


 村上義清むらかみ よしきよ殿と真田幸隆さなだ ゆきたか殿を同行させたのも良かった。

 村上家の旗印『丸に上の字』と真田家の旗印『六文銭』がなびくと、長尾軍についていた信濃しなのの国人衆がバタバタと寝返ったそうだ。


 長尾軍は越後えちご方面へ敗走中で、板垣さんが指揮を執り、絶賛追い落とし中とのこと。


「事態は作戦通り進んでいますね。さすが兄上です」


「南が支えてくれたおかげだよ。甲斐かいの臥竜殿」


 南は諸葛孔明しょかつ こうめい風のコスプレ衣装をすっかり気に入って、今日は色違いの紫色を着ている。

 甲斐の臥竜と呼んでやると、目に見えて機嫌が良くなった。


「ふう~負けたな~」


「兄上は、もっと積極的に打った方が良いですね。固く打ち過ぎです」


 勝負は俺の負けだ。

 俺が初心者だからなのか、南が強いからなのかはわからない。

 コスプレ効果もあるのか?


「武田の殿様~! 臥龍様~! ご馳走さんで~す!」


「おーう! 気をつけて帰れよ!」


「また、いらしゃ~い」


 食事に来ていた長尾軍の兵士が手を振って挨拶して来たので、俺と南も手を振って挨拶を返す。

 非常に牧歌的な風景だ。

 ゆるゆるな戦になっている。


「そういえば、長尾軍から抜けてきた兵士がいましたね」


「間者かもしれないから、風魔ふうまが密かに監視している」


「抜かりはないですね」


 数は少ないが長尾軍を抜けて武田軍で戦うと申し出た兵士が五人ほどいた。

 情報収集目的の間者なら構わないけれど、暗殺要員では困ってしまう。

 そこで、武闘派忍者の風魔だ。


 今も風魔小太郎ふうま こたろうが、俺のそばで昼寝をしている。

 昼寝をしているように見えるが、周囲を警戒しているハズだ。


 警戒しているよな?

 イビキが聞こえるが、偽装だよね?


 風魔はなかなかの働き者で、俺と諏訪頼重すわ よりしげ殿の護衛を務め、さらに諏訪家に潜り込んでいた越後の間者を始末した。

 くりやで下働きしていた男の一人が越後の間者だったらしい。


 諏訪頼重殿は、報告を聞いて慄然としていたな。


 戦国時代は、情報戦なんて概念がないから、みんな不用心なのかもしれない。

 この場合、情報収集を行っていた長尾為景を褒めるべきだろう。


 近習の初沢はつさわ三郎が、気を利かせて茶を持ってきてくれた。

 南と二人でホッと一息。


「兄上は、この戦をどうするおつもりですか?」


「ん?」


「信濃を征服して、長尾家も討ち越後も支配するのですか?」


「いや……、それは……、手を広げすぎだろう」


 武田家の軍事力には限界がある。

 あまり戦線を広げすぎると手に負えなくなってしまう。

 越後までというのは、あきらかに戦線を拡大しすぎだ。


 武田家は父信虎の時代に、去ってしまった家臣もいる。

 中期的には、人材を集め軍の厚みを増やさなくてはならない。


 今、戦線を広げるのは、得策じゃない。


 俺は頭の中で考えをまとめると南に答えた。


「信濃は国人衆への影響力を強くすれば十分だと思う。村上家、真田家など有力な国人には臣従しないかと声をかけてある。最悪、臣従はなくとも、寄親くらいの力関係にはなるだろう」


「信濃は間接的な支配でも十分だと?」


「そうだな。信濃守護である小笠原家を丁重に保護したし、信濃の国人衆とも力を合わせて領地奪還に動いている。信濃で武田家の影響力は大きくなる。甲斐の北が安全圏になるなら、南の今川家に集中できる」


「では、越後は?」


 俺は答えをためらった。

 史実では長尾為景は、もうじき死ぬ。

 そして、嫡男の長尾晴景が跡を継ぐが越後をまとめられず混乱が続く。

 だから、越後は放っておいて良いのだ。


 俺は当たり障りのない答えを南に返した。


「越後は遠い」


「確かに遠いですね。あまり旨味がありませんか……」


「そうだな」


 南は残念そうだ。

 だが、まあ、今回は『武田家の名声や影響力を高めるべし』と家臣連中も言っていたし、領地が得られなくても仕方がない。


 突然、風魔小太郎が動いた。

 ムクリと起き上がり、俺と南をかばえる位置に立つ。

 何かあったのか?


 伝令が走ってきた。


「御屋形様! 長尾為景殿がいらっしゃいました!」


「ほう……」


 大将が自ら来たか。


「停戦交渉かな?」


「いえ……それが……メシを食わせろと言っておりまする……」


 マジか!

 大将が自らメシをおごられに来たか!

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