第86話 反省会をすること、部活の如し

「その方ら何をしていた? 敵に本陣を突かれるなど寝ておったのか? わらわには女だから縁起が悪いのどうのと申していたくせに、何たるざまじゃ! その方らが両足の間にぶら下げているのは、正月飾りか何かか? 武田の武威を何と心得る!」


 激烈な言葉を発しているのはめぐみ姉上だ。

 叱るというよりは罵倒だな。


 夜になり、俺と恵姉上たち後詰め部隊は、諏訪すわ・武田連合軍と上原城で合流を果たした。

 上原城の広間に主だった将が集まり軍議を行っている。


 戦の方は引き分けだ。


 諏訪湖を右回りで攻め込んだ飯富虎昌おぶ とらまさ真田幸隆さなだ ゆきたか殿、諏訪頼重すわ よりしげ殿は、長尾ながお軍を果敢に攻めたが、長尾為景ながお ためかげもさすがの戦上手。

 一進一退で決着がつかなかった。


 武田軍本陣奇襲で動揺があったが、地元の諏訪頼重殿と諏訪の兵士たちが粘り強く戦い、その隙に真田幸隆殿が武田軍を上手くまとめ日暮れにあわせて整然と退却した。


 諏訪湖を左回りで攻め込んだ村上義清むらかみ よしきよ殿は、長尾軍の伏せ手部隊の宇佐美定満うさみ さだみつ隊と戦った。

 宇佐美隊は、村上義清殿の進軍阻止に重点を置いた戦い方をしたため、村上隊は突破がかなわなかった。

 長尾軍本隊の背後を突く目論見は失敗した。

 村上義清殿は、日暮れに退却をした。


 両隊とも死者怪我人を合わせて五十人ほどの損害が出たが許容範囲だ。


 問題は俺がいた本陣で、百名の内、半分の五十名が死傷した。

 死亡者二十人、重症者が三十人だ。


 香が重症者の手当を行っている。

 重症者は麻酔なしで傷を縫われるのだ。

 想像を絶する痛みだが、死ぬよりはマシだ。


 本陣の異変に気が付いた飯富虎昌が騎馬隊を率いて駆けつけたが、既に日は落ちて長尾軍の奇襲部隊は引き上げた後だった。


 諏訪・武田連合軍と長尾軍の戦いは、初日の結果は引き分けだが、本陣を奇襲され損害が出た分だけ、こちらの分が悪い。


 そして戦の経過を聞かされた恵姉上はご立腹というわけだ。


「恵姉上。そのあたりで」


 俺は恵姉上を抑えようとしたが、恵姉上の怒りは収まらない。


「太郎よ! 危うく大崩れするところであったのじゃぞ!」


「わかっております。諸将もわかっておりますれば、苦言を呈するのはもうお止め下さい。明日以降は、恵姉上たち千鶴ちづる隊にも加わっていただきます」


「そうか。なら、良かろう」


 恵姉上がやっと口を閉じてくれた。


 場の雰囲気が重い。

 負け戦のようだ。

 本陣を突かれて大将が逃げたのだから無理もない。


「今日、本陣を奇襲したのは、長尾虎千代ながお とらちよだった」


 俺は長尾虎千代の一芸について、諸将に説明をした。

 あまりに強力な一芸を聞き、諸将に動揺が走った。


 村上義清殿は腕を組みムッツリと黙り込み、真田幸隆殿は右手で顎をさすり考え込んでいる。

 そして飯富虎昌は、うつらうつらと船を漕いでいた。


 いいよ、飯富虎昌。

 いつも通りで、むしろ安心する。


 俺は諸将に落ち着いた口調で語りかける。


「一方で、俺の一芸は戦闘向きではない。俺の一芸が何なのかは秘密だが、戦闘では役に立たん。飯富虎昌のように騎馬を自在に操ることは出来ないし、恵姉上のように弓で遠くの敵を倒すことも出来ぬ。だがな……」


 俺は一旦言葉を切って、諸将をぐるりと見渡した。

 みんな怪訝けげんな顔で俺を見る。


 戦向きでないとか、戦場で役に立たないとか、大将が何を言っているのかと非難がましい顔をしている者もなかにはいる。


 だが、俺は一顧だにしない。


「だがな。俺には俺の戦い方がある。俺の一芸を使った戦い方だ。こたびの戦は諏訪家へのご助力であったから遠慮していたが、これからは遠慮なくやらせてもらう。諏訪殿、よろしいか?」


 俺は厳しい口調で諏訪頼重殿に問うた。

 諏訪頼重殿は、一瞬答えを躊躇ためらったが、俺の顔を見て頭を下げた。


「……こたびの戦は武田殿にお任せいたしまする」


 こたびの戦は諏訪を守る戦いなので、諏訪殿が主導権を握りたいだろう。

 だが、兵士数は我が武田家の方が多い。

 俺がしっかり主導権を取った方が、やりやすいのだ。

 イチイチ諏訪家に気を遣っていては、話が進まない。


 諏訪頼重殿もその辺りを理解したのだろう。

 俺に任せると言ってくれた。


「ご信任感謝いたす。まず、夜襲に備えて見張りを交代で立てよ! 兵たちは交代で休ませよ! 諏訪殿と真田殿で相談してすすめよ!」


「承りました」

「承知つかまつった」


「恵姉上は千鶴隊を使って炊き出しを。諏訪の女房衆にも手伝ってもらって下さい。材料は俺が出します」


「うむ!」


「飯富虎昌! 起きてるか!」


「ばっちり目覚めております!」


 ウソつけ。

 さっきまで居眠りしていただろう。


「伝令のマウンテンバイク隊を出してくれ。甲府と相模の蒲原かんばら城へ書状を届けてくれ。急ぎだ!」


「合点承知!」


 俺が指示を出したことで停滞した空気が吹き飛び、諸将が動き出した。

 戦は明日以降も続くのだ。

 兵を休ませメシを食わせる。

 ここにいる諸将が暗い顔をしているヒマなどない。


 俺は広間で書き物だ。

 まず、甲府の留守居役駒井高白斎こまい こうはくさいへ書状を書く。


『商人の駿河屋喜兵衛するがや きへいを諏訪に寄越すこと。傭兵を雇えるだけ雇って諏訪へ送ること。軍資金を送ること』


 続いて、蒲原城の風魔小太郎に書状を書く。


『警護の得意な者を連れて、諏訪へ来ること。護衛対象は俺と諏訪頼重殿。戦場で役に立ちそうな者がいれば同行すること』


 手早く書状を書き上げ飯富虎昌に渡す。

 マウンテンバイク隊はライトをつけて夜でも走る。

 今夜中に書状が届くだろう。


 俺は上原城の一室に入り一人になる。

 そして一芸を起動する。


「ネット通販風林火山!」


 さて、お買い物タイムだ!

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