第67話 武田家になびかないこと、謎の如し

 ――半月後。


 今川家との停戦が実現した。

 北条家が仲介してくれたのだが、特に条件を付けず半年間お互いの境を犯さないことで合意した。


 骨を折ってくれた北条幻庵には、ネット通販風林火山で購入した『桐箱に入った高級カステラ』をプレゼントした。

 北条家では、手に入らない物を送りつける。半分はお礼、半分は威嚇のつもりだ。


『南蛮のポルトガルという国のお菓子カステラです。お口に合えば幸いです』


 という内容の手紙を添えたが……。


 今の時点で、日本とポルトガルは接触していないのだ。

 北条家の忍びが、どんなにがんばって調べようと、『カステラ』の出所はわからない。


 恐らく北条幻庵は、出所不明の珍しい品を贈ることが出来る武田家の底力を想像して、渋い顔になっているだろう。


 ――ざまあみろ!


 ウチの鉄砲を盗み出したささやかな復讐だ。


 これで内政に集中出来るかな? と思ったら問題発生だ。

 板垣さんが戻ってきて、不味い報告をしたのだ。

 俺は自室で板垣さんから報告の続きを聞く。


「富士氏が、臣従しない?」


「はい……。他の土豪、地侍は、武田家に臣従を誓いましたが、富士氏だけは、うんと言いません」


 困ったな……。これは計算外だ。


 板垣さんには、今回の戦で得た新支配地『富士山の南側』に存在する諸勢力の説得を頼んでいた。


 ナニナニ家の領地といっても、一つの家が広い領地を治めているわけではない。そこには、小さな領地を持つ土豪や有力な農民が武装した地侍がいる。


 彼らは、その地域の大きな家――武田家とか、今川家とか――に臣従しているのだ。現代日本で、大企業に地場の中小企業が下請けで従っているのが近い。


 土豪や地侍は戦力になるし、彼らが支配する小さな地域の農民をとりまとめてくれる。文官的な役割も担ってくれるのだ。


 そこで、板垣さんが、富士山南側の諸勢力を説得して武田家に臣従を誓わせたのだが、富士氏だけが従わない。


 富士氏は、富士山本宮浅間大社の大宮司を代々勤める家だ。元々は神職の家だけれど、そこは戦国時代、ある程度の武力を持っている。


 武田家本拠地の甲斐から駿河方面へ抜けるには、富士山本宮浅間大社の横を通る。富士氏に敵対されると、補給線、連絡線を断たれるので非常に困る。


 富士大宮司としての権威、地元への影響力、武力、そして立地を考えると、富士氏の臣従はマスト案件だ。


「板垣さん。富士氏が臣従しない理由は?」


「それが……。ハッキリいたしません……」


 今までは、富士山の南側は今川家の支配地域だった。富士山南側に住む諸勢力は、今川家に臣従していたのだ。


 今回の戦では、武田家が逆侵攻を行い今川家を圧倒した。さらに、有力武将の蒲原氏徳を討ち取り、今川義元をも討ち取った。


 武田家の強さは、十分に伝わったはずだ。


「武田家を、なめてる……とか?」


「いえ。当主の富士信盛殿と話しましたが、『先の戦はお見事! 武田家は強い!』と申しておりました」


「富士信盛は、武田家の強さを分かった上で、臣従しないと言うのか……」


「はっ……左様にございます」


 板垣さんは、ワインを持参して酒席接待的な感じで富士信盛を懐柔しようとしたが、ダメだったらしい。


「富士大宮司だから、武田家は攻めてこないと思っているのかな?」


「いえ! それはあり得ません。先代信虎様の時代には、何度か戦っております。富士信盛殿は、我らに対して警戒している様子でした」


「それでも臣従しない?」


「はい。私も色々と提案をしてみたのですが、首を縦に振りません。かといって、今川家に絶対の忠誠を誓っているわけでもなさそうです」


「わけが分からないですね……」


 板垣さんも困惑している。


 そこで、情報担当の富田郷左衛門を呼び出し、富士氏が臣従しない理由に心当たりがないか聞いてみた。

 だが、富田郷左衛門も眉根にしわを寄せて、困惑しきりだ。


「正直、分かりません。御屋形様は諏訪大社に多額の寄進を行い、寺社勢力には寛容な武将、篤信だと世の人々から思われております。武田家に臣従した方が、富士氏にとっても都合が良いと思いますが……」


「そうだよね……」


 今川家に与する富士氏を放置するわけにはいかない。

 喉元にナイフを突きつけられているに等しい。


 富士氏が、武田家に寝返らないから、今川家は停戦を受け入れたのだろうか?

 俺は、しばらく腕を組んで考えたが、板垣さんに命じた。


「板垣さん。俺が富士信盛を説得します! 浅間大社に詣でる口実で、訪問しましょう」


「かしこまりました! そのように手配をいたします!」


 どうすれば、富士氏を今川方から寝返らせることが出来るだろうか?

 富士信盛に会うまでに、何か策を考えなければならない。


「富田郷左衛門は、富士氏の情報を集めてくれ! 武田家に臣従出来ない理由が何かあるはずだ!」


「ははっ! かしこまりました!」


■富士信盛は実在した人物ですが、歴史資料が極端に少ないです。本話の時点で当主であったかどうか、確証がありません。没年などから考え、富士信盛を富士氏の当主と設定しました。

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