第63話 乱暴狼藉する事、ケモノの如し

 武田軍は、今川軍の侵攻を富士山の麓にある本栖城で食い止めた。

 今川義元は俺が討ち果たし、太原雪斎たいげんせっさい蒲原氏徳かんばらうじのりら今川軍の主立った武将も武田軍が討ち取った。


 そして武田軍は逆撃に出る。

 俺は先行部隊マウンテンバイク兵300を率いて富士の裾野を南へ。

 副将は、奥さんの香、飯富虎昌おぶとらまさ


 行軍の最中に今川軍の敗残兵を見かけたが、無視して先を急いだ。


 マウンテンバイクで高速移動し、海に突き当たると西へ進路をとる。

 駿河の入り口である蒲原の街を手に入れるのだ。


 蒲原の手前にある森の中からドローンで偵察を行うと、蒲原の街は平穏で、まだ、今川軍の敗報は届いていないようだ。


 俺たちは夜襲を決意し、夜に備えて体を休めた。



 ――そして、夜になった。


 ネット通販風林火山で買った腕時計は、21時を示している。

 現代日本では、まだみんな起きている時間だが、この戦国時代風の異世界では、みんな寝付いている。


 蒲原の街は、しんと静まりかえっている。

 俺と香は兵150を率いて、蒲原氏の屋敷へ向かって街道を走る。


 甲冑がこすれる音と兵士の足音。

 兵士たちの中には、アルミ製のハシゴ@6,690円を抱えている者もいて、ハシゴの金具がカチャカチャとやけに響く音を立てる。


 街道沿いの家から顔をのぞかせる住民がいるが、俺たちの姿を見るとすぐに顔を引っ込めた。

 住民には構わず蒲原氏の屋敷を目指す。


 俺たちは、兵300を三隊に分けた。

 分け方は、以下の通り。


 ・蒲原氏屋敷正面 俺と香  兵150

 ・蒲原氏屋敷裏山 飯富虎昌 兵100

 ・蒲原城(平時の為、無人) 兵 50


 昼間ドローンで偵察した限りでは、蒲原氏の屋敷にはろくな防御施設がない。

 三方向に壁、裏側が山だ。

 夜間に奇襲、包囲して一気に攻め落とす。


 香が小声で、しかし鋭く話す。


「ハル君! お屋敷だよ! 見張りがいる!」


 屋敷の門前にはかがり火がたかれている。

 かがり火のすぐそばに、見張りの兵が一人いるが……。

 寝ているな。

 壁に寄りかかって、立ったままうつらうつらと船を漕いでいる。


 先行していた武田軍の兵士が、見張りの兵を斬り付けた。


「がっ……!」


 見張りの兵は短くうめくと地に横たわった。

 俺は心の中で手を合わせる。

 同時に身振り手振りで、兵士たちに指示を送る


 兵士たちは心得たもので、屋敷の周りを囲っている壁にアルミハシゴをかけ突入の準備をする。


 俺は少し離れたところに陣取り、周りを護衛の兵士十名が取り囲む。

 正確にいうと護衛の兵士は全員香隊なので、俺の護衛というよりは香の護衛だ。

 香は門にプラスチック爆薬を素早く仕掛け、俺の所に戻ってきた。


 屋敷の裏山を見ると松明の灯りが見えた。

 どうやら飯富虎昌も位置についたらしい。


 腰にぶら下げたトランシーバーから、飯富虎昌の声が聞こえてきた。


『飯富虎昌! 位置につき申した!』


 声が、でけえよ!

 次からはイヤホンを用意しよう。


 俺が香に目で合図を送る。

 香は愛用のボウガンに火矢をつがえて、門に貼り付けたプラスチック爆薬に狙いを定めた。

 火矢に照らされた香の顔は、わずかに笑って見えた。


 ヒュン!


 暗い夜の中、火矢が美しい線を描いて飛ぶ。

 火矢の飛んだ先には、白い爆薬が不気味に鈍く光っている。


「伏せて!」


 香が叫ぶと全員が素早く身を伏せた。


 ドウッ!


 鈍い爆発音と木の擦れ合う音が響く。

 火薬の爆発音には、まだ慣れないな。

 薄めを開けて前を見ると、木製の門は見事に吹き飛ばされていた。


 よしっ!


 俺は立ち上がり腹の底から声を絞り出す。


「行けー!」


「「「「「「おおー!」」」」」」


 俺の掛け声で、兵士が一斉に屋敷へ突入する。

 壊れた門から、壁に立てかけたアルミハシゴから、次々と兵士が飛び込んでいく。


 裏山の松明も一斉に動いた。

 飯富虎昌の指揮で裏から屋敷に突入だ。


「うわっ!」

「どこの手の者――ぐああ!」


 屋敷の中からは、散発的に悲鳴が聞こえる。

 このあたりの兵士は、武田攻めに出陣していただろうから、留守居の兵士はろくにいないはずだ。

 いるはずのない武田軍が現れて屋敷に夜襲。

 蒲原氏は手も足も出ないだろう。


 俺は街道から、ジッと屋敷の方をにらんでいた。

 すると香が心配そうな顔で告げてきた。


「ハル君! 屋敷の中に行こう!」


「えっ? 戦闘が終わるまで、ここで待機した方が良くないか?」


 屋敷の中では、乱戦になることもあり得る。

 そこへ大将と奥方が乗り込んでいっては、兵士たちの邪魔になるのではないだろうか。


「女性や子供が心配でさ……」


「ああ……」


 兵士たちには、女性や子供には乱暴をしないようにキツク言い渡してある。

 だが、今日連れてきている兵士たちは、飯富虎昌配下の若い衆が中心だ。

 戦闘力は高いが、普段は酒を飲んだり騒いだりと、素行に難あり。

 戦闘で興奮して、女性に乱暴を……なんて事があるかもしれない。


 香は、それを心配しているのだ。


「わかった! 屋敷の中に入って、注意して回ろう!」


「うん!」


 ここ蒲原の街は、武田家の領地になるのだ。

 戦で兵士に犠牲が出るのは仕方がないが、女、子供、つまり民間人に犠牲が出では問題だ。

 占領後の統治がやりづらい。


 俺、香、護衛の香隊十人で、門から入る。

 すでに建物の外は制圧されていて、屋敷の中に戦闘は移っている。


 俺は屋敷の中に入ると大声で呼びかけた。


「女、子供に乱暴するなー! 抵抗する者以外は斬るなー!」


 あちこちで戸板を蹴破る音が聞こえる。

 兵士が一部屋ずつ、しらみつぶしに調べているのだろう。


 一人の兵士が若い男を斬り付けようとしているのが見えた。

 香が興奮した兵士を止めにかかる。


 兵士の懐に踏み込み、振り下ろそうとした刀を握る腕を両手で受け、すっと流す。

 軌道をそらされた刀は空を切り、兵士はバランスを崩し膝立ちになる。


「ちょっと! よしなさい! その人は抵抗してないでしょ!」


「あっ! 香様!」


 香に叱られた兵士は、ぱっと直立不動に直った。

 香は兵士に斬り付けられそうになっていた使用人の若い男に声をかける。


「あんたは、降参するんでしょ?」


「降参します! 降参します! どうか! お慈悲を!」


 若い男は、顔を引きつらせ、声を裏返して、香に土下座する。


「はい、はい。大丈夫よ。武田家では降参した人は、大事にするから。ほら! 外へ連れて行って!」


「はっ! かしこまりました!」


 兵士は、バネ仕掛けのような動きで若い男を連れて行った。


「香、ありがとう。」

 

 いや、ほんと、人材は貴重。

 あの若い男性には、『武田領になったこの街』で、これから働いて貰わないと。

 降参したなら斬らないで欲しい。

 働き手を無駄に減らしたくないからな。


「ううん……。ねえ、ハル君。なんか一部の兵士の態度が違うんだよね……。私、ちょっと怖がられてない?」


「ああ……まあ、うん……気のせいだろう」


「そう? じゃあ、次行こう!」


 そりゃ……敵将をボウガンで仕留めたり、薙刀振り回して一騎打ちをしたり、爆薬で吹っ飛ばしたりしていれば、怖がられるだろう。

 今の動きだって、武道の達人だったぞ。

 一芸『巴御前』が強すぎる。


「キャー! やめてー!」


 女性の悲鳴が聞こえる!

 香が悲鳴の方へ駆け出す。


「続くぞ! 香を一人にするな!」


 まずいな……。

 本栖城の戦いも大変だったけれど、この状況は精神的にキツイ。

 元社会人の俺でもキツイと感じるのだ。

 元高校生の香は、もっとキツイだろう。


 廊下を走る香の後を追う。

 角をいくつか曲がり、ふすまを開くと……。


 あっ!


 着物姿の女性に乱暴しようとする兵士が二人いた。


「あんたたち! 何やってるのよ!」


 香が吠えると同時に兵士二人に襲いかかる。

 飛び込みざまの膝蹴りが兵士のアゴを捉え一人が崩れ落ちた。


 着地と同時に振り向きながら、バックブローを残りの兵士の鼻っ面へ。

 兵士はふすまをぶち破りながら吹っ飛んだ。


 エキサイトした香は床に落ちている刀を拾い上げた。

 兵士たちを斬る気か!?


「まずい! 香! 待て! みんな香を止めろ!」


 香隊の十人が香を止めようと近づくが、片っ端から吹っ飛ばされている。

 だめだ!

 ぶち切れた一芸『巴御前』持ちは、並の兵士じゃ止められない!


「一体何の騒ぎですか!? やっ!? 香様!?」


 裏手から攻め込んだ飯富虎昌が合流した。

 ナイスタイミング!


「飯富虎昌! 香を止めろ!」


「えっ!? あっ、はい! 香様! 落ち着いてくだされ! 香様!」


 さすがは『甲山の虎』だ。

 暴れる香を抑え込んだ。


「虎ちゃん! 放して! 放してよ!」


「香様! 落ち着いて!」


「香! 兵士よりも女性のフォローを!」


「――っ! わかった!」


 聞き分けた香は、服の乱れた女性に駆け寄る。

 女性の奥の部屋で何かが動いた。


「あっ! 子供……! 大丈夫だから、こっちへおいで、もう大丈夫だよ」


 香の呼びかけに応えて、奥の部屋からよちよち歩きの子供が出てきた。

 乱暴されそうだった女性に抱きつく。


「かかさま? かかさま?」


「……」


 女性は無言で子供を抱き寄せた。

 子供は状況がわかってないのだろう。

 泣き顔の母親を、心配そうにのぞき込んでいる。


 香は、懸命に女性と子供に呼びかけている。


「ごめんね。ごめんね。怖かったよね。もう、大丈夫だから。大丈夫だから」


 女性の方は香に任せて良いだろう。

 俺は、女性に乱暴しようとしていた兵士二人の相手だ。


 こいつら……子供の目の前で母親を暴行しようとしたのか……。

 さすがに度しがたいな……。


「おまえたち! 女子供に乱暴するなと厳命しただろう!」


「いや……」

「でも……なあ……」


 兵士二人は顔を見合わせて苦笑いをしている。

 二人の表情からは、罪の意識の欠片も感じられない。


「聞いてなかったとは言わせんぞ! 飯富虎昌!」


「何でしょう。御屋形様!」


「この二人は、おまえの所の若い衆か?」


「いえ……。この二人は違いますね。農民兵です。何度か戦に出たことがあると言うので、連れてきたのですが……」


「経験者って事か……」


 戦に出た経験があるなら、命令は守らなきゃならないと分かるはずだが……。

 命令は分かっていたけど、興奮してつい……というなら理解できる。


 けれど、この二人の兵士から受けるふてぶてしい印象は何だろうか?

 俺の疑念は、二人のつぶやきで答えがわかった。


「信虎様の時は……なあ?」

「そうだなあ。乱取りし放題、女がいれば好き放題だった……」


「そういうことか……」


 この二人は父信虎の時代に従軍経験があるのか。

 ああ……、まさに戦国時代の野蛮な戦だったわけだ。


 二十一世紀と違って、戦国時代は略奪暴行が当たり前だ。

 こいつら兵士二人にしたら、俺のように略奪暴行を禁止する方がおかしいのだろう。


 だが、今後、武田家が領地を拡大して行くプロセス、つまり占領政策を考えれば、占領地での略奪暴行は許されない。


 俺は姿勢を正し、低い声で兵士二人に告げた。


「良いか。二度とは言わぬぞ。女子供への暴行は絶対にダメだ! 盗むな、犯すなだ!」


「けども……大殿様の時は――」


「父信虎は、もういないのだ。今は、この晴信が武田家の棟梁だ。言うことが聞けないのなら、手打ちにするぞ!」


「ひえええ!」


 俺が刀に手をかけると、二人は大慌てで屋敷の外へ飛び出していった。

 俺は飯富虎昌に、厳しく申しつける。


「飯富虎昌! 今一度、兵士たちに伝えろ!」


「はっ! かしこまりました! それと……ご報告が……」


「ん?」


「先代当主の蒲原満氏を捕らえました!」

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