第61話 疾き事、風の如し

 小山田虎満おやまだ とらみつは、鉄砲を一丁紛失したと言う。

 あんな大きな物を?


「鉄砲を失くしたって……。本栖もとす湖に落としたって意味か?」


「いえ。鉄砲隊は本栖湖の側には行っておりません。鉄砲の数が足りないのです」


「それは……まずいよな……」


「申し訳ございません……」


 評定の場がざわつき、出席者が次々に不安を口にした。


「むう……我らの最新武器が……」

「雑兵が盗んだのではあるまいか?」

「問題は他家の手に渡った場合だ」

「うーん」


 そうだな。

 もし誰かが盗んで、他家に売られたら困るな。


 あの鉄砲は俺が一芸【ネット通販『風林火山』】で買った火縄銃のレプリカを、香と小山田虎満が改造した物だ。『射程距離が短い』、『連発出来ない』という欠点がある。


 それでも火縄銃が登場していない時代では、アドバンテージがある。

 人も馬も鉄砲の音に驚き怯える。

 この威嚇効果だけでも価値がある。


 さらに、発射する弾が『散弾』なので、狙いはアバウトで良い。点ではなく面に攻撃する兵器だ。

 この時代、面攻撃が出来る兵器は無いんじゃないかな……。


 みんながガヤガヤと議論をしていると、香が何事もなかったような平然とした口調で発言した。


「大丈夫だよ。万一、他家に鉄砲が渡っても問題ないよ」


 なに!?


 みんなの視線が香に注がれる。

 香は平然とペットボトルのミルクティー『夜の紅茶』をクピクピ飲んでいる。


 他家に鉄砲が渡っても大丈夫ってどういう意味だろう?

 みんな香の真意がわからない。

 香と仲の良い飯富虎昌おぶ とらまさが、みんなを代表するように質問した。


「香様。鉄砲が他家の手に渡ったら不味いですよね? 鉄砲は武田家の秘密兵器ですよ。香様がおっしゃった問題ないと言うのは?」


「問題ないって。火薬が手に入らないから」


「……?」


 あっ!

 そうか!


 評定に参加している連中は、まだ香の真意を理解していない。

 けれど俺はわかった。


 香は、お茶請けのどら焼きに手を伸ばしながら、話を続ける。


「あのねえ、虎ちゃん。鉄砲なんて、火薬と弾がなければ、ただの筒だよ」


「あっ! 確かにそうですね! 香様の言う通り……。そうか……、火薬と弾が手に入らなければ、ただの筒か……」


「そうそう。火薬も弾も私が作っているでしょ? それがなきゃ鉄砲は武器として使えない。誰が鉄砲をちょろまかしたのか知らないけれど、あんな重い物をお疲れ様よね」


 バクっと香はどら焼きにかぶりついた。

 ちなみにお茶請けのどら焼きは恵姉上のリクエスト、ミルクティーは香のリクエストだ。

 殊勲の二人におねだりされては、ノーとは言えない。


「小山田虎満さん。鉄砲が一丁なくなっても、気にしないで大丈夫よ。どっかの誰かが手に入れたとしても、どーせ、使い方がわからないだろうし。ハムハム……どら焼き美味しい!」


 確かにな。

 俺や香は元現代日本人だから、鉄砲の脅威を知っているし、使い方も知っている。


 けれど、この時代の人は、鉄砲の知識がない。

 鉄砲だけポンと渡されて『武田家の新兵器だ!』と言われても、どうやって使うかわからないよな。


 俺は威厳を作って小山田虎満に申し渡した。


「この件は不問とするが、以後、鉄砲の取り扱いには重々気を付けるように」


「ははっ! 寛大なご処置ありがとうございます!」


 小山田虎満は本栖城防衛戦で頑張ってくれたからね。

 まだ、戦いは続くから、ここで委縮されても困る。


 細々した事を二、三確認して評定は終了、出発の準備に取り掛かった。


 俺は先行部隊だから、出発まで時間がない。

 小屋の中で若い侍に手伝って貰い、鎧から動きやすい袴に着替える。

 服の中に身に着けるタイプの防弾防刃ベストを着て行こう。


 慌ただしく着替えていると小屋の外から飯富虎昌が声を掛けて来た。


「御屋形様! ご出立を!」


「わかった! 今、行く!」


 小屋の外に出ると飯富虎昌と香がいた。

 香は小袖から、袴姿のハイカラさんスタイルに着替えている。


「ハル君。行こう! 海までサイクリングだよ!」


「ああ! いよいよ海だな!」


 駿河攻略で山に囲まれた甲斐国と海を連結する。

 海上交易や漁業、内陸の産物と海の産物の交易など、やれる事が増えるな。


 香と飯富虎昌と連れ立って、本栖城の外に出るとマウテンバイクに跨り鎧を身に着けた兵たちが大歓声で迎えてくれた。


 ふむ……勝ち戦で盛り上がっているな。

 兵の士気は十分だ。

 連戦になるので心配していたが、これなら戦える!


 俺は腹にグッと力を入れ大声を出す。


「風林火山の旗を掲げよ!」


 俺の声に応えて、風林火山の旗が掲げられた。

 真っ赤な布地に金色の文字で書かれた孫子の言葉が甲斐国にはためく。



 疾如風

 徐如林

 侵掠如火

 不動如山



 俺が兵たちに檄を飛ばすと兵たちは槍や拳を突き上げ興奮した声を返す。


「これより! 今川領を攻める! 駿河を切り取るぞ!」

「「「「「「おー!」」」」」」


「疾きこと風の如く!」

「「「「「「疾きこと風の如く!」」」」」」


「徐かなること林の如く!」

「「「「「「徐かなること林の如く!」」」」」」


「侵掠すること火の如く!」

「「「「「「侵掠すること火の如く!」」」」」」


「動かざること山の如し!」

「「「「「「動かざること山の如し!」」」」」」


「御旗盾無もご照覧あれ! 出陣だ!」

「「「「「「うおー!」」」」」」

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