第60話 逆襲する事、帝国の如し
俺は今川義元を討ち倒し、本栖城に戻って来た。
城内は、まだ慌ただしく動いている。
今川軍が敗退したと言っても、本栖城周辺には敗残兵がいる。
敗残兵が盗賊になったり、悪さをしたりしないように、馬場信春の指揮で守備兵を交代で見回りに出していた。
幹部は本栖城に戻って来ていたので、俺はすぐに会議を開く。
現状確認、今後の行動……、ここでは勝ったが、まだやる事があるのだ。
本栖城の山の麓にある小屋に、防衛戦に参加した幹部連中が集合した。
出席メンバーと防衛戦での配置は、以下の通り。
いつものように板垣さんの進行で会議は始まった。
「さて、次の行動まで時間がございませんので、手短にお話しいたします。今川軍は、多くの犠牲を出し散り散りに撤退し、今川義元は、御屋形様が御自らお討ちになりました」
「お見事!」
「初陣にて敵の大将を自ら討ち取るとは!」
「いやはや、源頼朝でもここまで派手な初陣ではなかったでしょう」
「さすがにございますな!」
皆が口々に褒めそやす。
良かった~。
もし、俺が義元を討ち漏らしたら、今頃お通夜状態だよ。
「
そうか。太源雪斎も死んだか。
これで
「副将の
飯富虎昌が目を細めて、『うんうん』と肯いている。
若干気持ち悪いが、いつもの事なので放っておこう。
「河内地方は、甘利殿が平定を完了。穴山信友を含む国人八人を成敗いたしました。郡内地方は、飯富殿が平定を完了。小山田信有を含む国人十二人を成敗いたしました」
もしも、今川家に味方すると決断をしていたら、渡辺縄は天国行きだった。
小山田虎満の誘いに乗って、大正解でしたよ。縄さん。
「これにて
そうだ。
ここからが最終段階だ。
皆の表情が、グッと引き締まる。
「それでは、予定通りに……、駿河侵攻を開始いたします」
板垣さんが力強く宣言した。
これこそが今回の戦の真の狙い。
本栖城に今川軍を呼び込み、罠にかけ討ち減らし、駿河に逆侵攻を行う。
危ない場面もあったが、何とかここまで来たぞ!
「御屋形様。編成も予定通りでよろしいでしょうか?」
「うん。予定通りにお願いします」
板垣さんから駿河攻略編成が発表された。
◆本栖城居残り組
主将:馬場信春
副将:武田恵、武田南、渡辺縄
千鶴隊(クロスボウ部隊)
玄武隊(スリング投石部隊)
本栖城の守備兵
九一色衆
◆先行部隊
主将:武田晴信
副将:飯富虎昌、武田香
マウテンバイク兵:300
◆大宮城制圧部隊
主将:小山田虎満
騎馬兵、弓兵、鉄砲隊を含む兵:200
◆後発部隊
主将:甘利虎泰
副将:横田高松
兵:1500
◆外交担当:板垣信方
「制圧目標は、駿河今川領の
板垣さんから改めて攻略目標が提示された。
続いて俺が訓示する。
「今回の作戦は電撃戦だ。何よりも早さが肝要になる。みな疲れていると思うが、頑張ってくれ!」
「兄上、電撃戦とは?」
妹の南に話の腰を折られた。
そう言えば、南と恵姉上には、あまり詳しく説明していなかったな。
「電撃というのは、
「なるほど!」
「具体的には、俺、香、飯富虎昌がマウテンバイク隊を率いて、一番遠い蒲原まで進出し制圧する」
蒲原は富士川の西にある地域だ。
本栖城から真っ直ぐ南へ下り、東海道を西へ。
富士川を渡れば、蒲原だ。
南は頭の中で地図を思い浮かべている様子だ。
すぐに大事なポイントに気が付いた。
「最初に蒲原を抑える……。蒲原を抑えれば、今川本国と富士川以東の連絡が断たれますね?」
「そうだ。まず、先行部隊が敵を分断する。その後、後発隊が、大宮城、吉原、興国寺を制圧する」
本栖城
↓
大宮城
↓
蒲原←吉原→興国寺
本栖城から富士山の横を通って真っ直ぐ南へ道が伸びている。
この道が
本栖城から中道往還を真っ直ぐ南へ下り、東海道との中間地点に大宮城がある。
大宮城の先、中道往還と東海道とぶつかある所にあるのが吉原。
吉原の東が興国寺だ。
先行部隊が蒲原を抑えると、これらの地域が今川本国から切り離される。
「兄上。その策ですと、兄上たち先行部隊が敵中に取り残される可能性がありますよね?」
南はさすがだ。
一芸:【
「その可能性はある。先行した俺たちが踏ん張る事と後発が速やかに拠点を落とす事が重要になる」
「なるほど……。それで電撃……。早さが肝要……」
「そうだ。最悪の場合は、蒲原から河内地方へ北上出来る
「河内地方へ……。なるほど、甘利殿が穴山信友を討ち、河内地方を平定したから、いざという時の逃げ場もあるのですね」
「その通りだ」
駿州往還は、富士川沿い山中の道だ。
狭く細いので大軍が通る事は難しい。
だが、万一負け戦になった時は、駿州往還をマウテンバイクで逃げる事は出来る。
逃げる先は、安全地帯となった河内地方だ。
今川家と通じていた穴山信友が存命だったら、危なくて河内地方には逃げられないが、甘利虎泰の功績で今は安全地帯だ。
「兄上。それでしたら、私と恵姉上もお手伝いした方が、よろしいのではないですか?」
「いや。無いとは思うが北条が動いた場合を考えると本栖城の守りは疎かに出来ない。恵姉上と南は、本栖城を守って欲しい」
「なるほど……北条……。退路を確保しておけと……」
「そうだ」
この時期、北条家が動く可能性は低い。
関東は新興勢力の反北条家一色で、千葉の里見氏をはじめとする関東の諸大名が北条包囲網をしかけていたのだ。
ただし可能性はゼロじゃない。
北条家は関東の諸大名と個別に停戦をし、また里見氏の内紛などがあって、天文四年の時点では、大分マシな状況になっている。
同盟相手の今川家を助ける為に、武田家を攻撃するかもしれない。
なにせ史実では、天文四年に父武田信虎が今川家に侵攻した際に、北条家は甲斐国に攻め込み信虎の後背をついている。
だから、本栖城の防衛は手厚くする必要がある。
一芸:【土木名人】持ちの馬場信春が、本栖城を修復し、地元の九一色衆を率いる渡辺縄と恵姉上、南が脇を固めれば安心できる。
本栖城の守備兵は丸々残していく。
今回の攻防で守城戦に慣れただろうし、何より本栖城防衛で疲れただろう。
少しは休める居残り部隊で丁度良い。
「わかりました。本栖城を守ります。大宮城の方は? 落とすのに時間がかかると、兄上たちが孤立しますが?」
本栖城から中道往還を南下して最初にあるのが、大宮城だ。
本栖城
↓
大宮城
↓
蒲原←吉原→興国寺
大宮城は今川家の城だが、恐らく兵士の数は少ないだろう。
この時代の城は山城なので、常時人がいる訳ではない。
敵が攻めて来た時だけ、立て篭もる軍事拠点にしているケースが多い。
山の麓に小屋を構え、近くに町があれば、町に住んでいる。
俺は大宮城攻め担当の小山田虎満に話を振った。
「小山田虎満、どうか?」
「お任せを。騎馬を配備して頂きましたので、移動速度が早うございます。今川軍が立て篭もる前に奇襲出来るでしょう。立て篭もられても火薬もございますし、弓隊、鉄砲隊もおりますので、必ず落としてご覧に入れます」
小山田虎満は、自信たっぷりに答えた。
先発部隊の俺たちと大宮城制圧部隊は、今日出発して夜襲を仕掛ける。
暗い夜に鉄砲を撃ちかけられる敵が気の毒だ。
「では、恵姉上もよろしくお願いします」
「任せておけ!」
「それから、板垣さん。北条家と富士氏への外交をよろしく頼みます」
「はっ! お任せください!」
北条家は、外交でも抑える。
史実と違うのは、武田家と北条家とは、一年の期限付きだが和睦を結んでいる事だ。
武田家は北条家へ侵略する意図が無い事を伝え、和睦を守るように釘を刺す。
そして、重要なのは富士氏だ。
富士氏は、
今川家の傘下にある。
攻め滅ぼす事も出来るが、神職の家だからね。
さすがに風聞が悪いでしょ。
諏訪家と同じ対応で、神社に寄進して仲良くした方が良い。
当主は富士信忠。
史実ではかなり親今川なのだが、今川氏真の時代に氏真から暇を貰い武田家に臣従している。
俺は富士信忠に会った事はないのだが、強い方になびく人物なのじゃないかと思う。
電撃戦で周りを武田家一色にしてしまえば、臣従してくれるのでは……と読んでいる。
「では、問題は無いな? 無ければ――」
俺が会議を切り上げようとすると、小山田虎満が手を上げた。
眉根を寄せて苦々しい表情をしている。
「小山田虎満どうした?」
「申し訳ございません。鉄砲が一丁見当たりません」
「えっ!?」
■作者補足
富士山本宮浅間大社は、この時代の呼び方は違ったようです。
本話では他の浅間大社(浅間神社)と混同しない為に、現在の正式名『富士山本宮浅間大社』と記載しました。
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