第42話 物量でブン殴る事、米帝の如し

 本栖城もとすじょうまでの道は、良く整備されていた。

 山道は、まだコンクリート舗装が間に合っていなかったが、それでも車一台通れる程度の幅に拡張をしてあった。


 俺の横でマウンテンバイクを走らせる香が驚いている。


「すっごい立派な道になってる!」


 香は京都の三条家に転生した。

 三条家から東海道をテクテク歩いて甲斐国まで来たのだ。


 この時代の貴族なんて貧乏だからな。

 人を雇って輿に乗って……なんて訳にはいかない。


「香は、この道を歩いて来たの?」


「そうだよ! こんなに広い道じゃなかったよ!」


「馬場信春が、パワーショベルやチェーンソーを投入したからな」


 馬場信春は一芸【土木達者】持ちだ。

 土木達者にパワーショベルやチェーンソーを渡したら、どういう結果になるのか?

 この道路が雄弁に語っております。


 もう、やり過ぎなんじゃないかって位に、立派な道になっている。


 行軍は非常に順調で、躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたを朝出発して、本栖城に日暮れ前に到着した。

 兵をかなり急がせたので、やや強行軍だが、それでもかなり早い。


 将来的には――


 甲府盆地の手前で一泊

 ↓

 山越え一日

 ↓

 本栖城到着


 ――くらいのスケジュールで、女性でも行けるかな?


 このルートは、中道往還なかみちおうかんと呼ばれている。

 道路を拡幅かくふくしたから、人の往来も増えるだろう。


 甲府盆地の縁に、宿場町を作るかな。

 また、儲かるぞ。


「ひゃひゃひゃ! 御屋形様。お早いお越しでございますな」


「御屋形様。お待ちしておりました」


 妖怪ジジイ小山田虎満とダンディ馬場信春の出迎えを受けた。


「ご苦労。後詰の兵500を連れて来たよ。甘利虎泰と飯富虎昌は、打ち合わせ通り別行動だ」


 小山田虎満がニヤリと笑う。


「ほうほう。飛車と角を両隅に寄せると」


「おい……」


「おっと! これはしたり! 策は秘すればこそ成るですな」


 まったく妖怪ジジイめ。

 やんちゃ坊主みたいに楽しんでやがる。


「それで、こっちはどうだ? 小山田虎満も何かやっていたんだろ? 成果は出たのか?」


 とにかく小山田虎満と馬場信春からの要求はすさまじかった。


 重機、コンクリート、工具から始まって、酒、米、イモの類まで、すさまじい量を要求された。

 とにかく金が、かかったのだ。


 幸いな事に、流れ者を上手く使って金山が再稼働した。

 金山再稼働のお陰で、ネット通販風林火山で妖怪ジジイが要求する物資を買い込めた。

 もし、金山が止まったままなら買い付けは無理だったな。


 物資を本栖城へ運ぶのも大変だ。

 荷駄で運んではキリがない。


 仕方がないので、俺がマウンテンバイクに乗って躑躅ヶ崎館と本栖城を何回か往復したよ。

 俺は武田家の御屋形様なんだが、一芸【上大蔵じょうおおくら】持ちだからな。

 大量の物資を動かす時は、俺が上大蔵に収納して、俺が移動した方が効率的なのだ。


 そんな訳で、要求された物資の中で気になったのは、『酒、米、イモ』などの食料類が多かった事だ。

 たぶん、どこかにバラまいたはずだが……。


「ひゃは! お見通しでしたか?」


「ああ。作業員の分としては、酒や食い物の要求が多すぎる。で、どうだった?」


 小山田虎満は、ニンマリと笑った。


九一色衆くいっしきしゅうを調略いたしましたぞ。兵200を率いて、参陣してくれましたわい」


「でかした!」


 これはデカイ!

 九一色衆くいっしきしゅうとは、本栖湖周辺の国人衆こくじんしゅうだ。

 分かりやすくいうと、地元の武士だね。


「ハル君、嬉しそうね。その九一色衆って、そんなに重要なの?」


「そりゃ、嬉しいよ!」


 俺は嬉しさのあまり香に解説を始めた。

 香は、しまったという顔をしたが、俺のトークは止まらない。


 俺が武田家の家督を継いだ時に、九一色衆は挨拶に来なかったのだ。

 恐らく様子見をしていたのだと思う。

 もっと露骨に言えば、武田家の新しい棟梁である俺を値踏みしていたのだろう。


 富士山周辺は、甲斐かい武田家、駿河するが今川家、相模さがみ北条家の三家の影響がある地域だ。

 当然、今川家、北条家から調略の手が伸びる。


 九一色衆が、武田につくのか? 今川につくのか? 北条につくのか?

 三家のパワーバランスへの影響が大きい。


 そんな状況の中で、小山田虎満が九一色衆を口説き落としたのだ。

 本栖城周辺で戦うのに、地元武士団が武田家に味方しているという事実は非常に心強い。


 小山田虎満が二人の男を連れて来て、みんなに紹介した。

 地味な服を着た親子……かな?


「ひゃひゃ! お喜び頂きなにより……。御屋形様。こちらが九一色衆をまとめております、渡辺縄。隣は嫡男の渡辺守ですじゃ」


「渡辺縄にございます。武田家には、食料を沢山頂きました。お陰で干ばつを乗り越えられそうです。ありがとうございます!」


 渡辺親子は膝をついて、頭を下げた。

 俺はちょっと尊大な態度、甲斐守護職しゅごしょく武田家の棟梁に相応しい態度の演技をする。


「うむ。干ばつで、民草は苦しんでおる。甲斐守護武田家としては見過ごせぬ。この辺りの状況はどうか?」


「はっ! 我らが土地は畑作が中心でございますが……。ほとんど全滅でございます……」


 うわっ!

 全滅かよ!

 甲斐国中には、干ばつになるって伝令を飛ばしておいたんだけど……。


「ですが! 粟、稗、は、被害を免れました。例年の半分程度の実りですが……。無いよりは、はるかにマシにございます」


「そうか……甲斐守護として支援をいたすゆえ、安心せい」


「ははあ。ありがたく……」


 俺は九一色衆に食料支援の約束をしながらも、背中に汗をかいていた。

 この調子で武田家の支配領域が広がると、必要な食料支援がどんどん増える。


 甲斐武田家本家で今年収穫した食料は、支援に回せない。

 武田本家の領民や家臣が消費する分だからだ。


 そうなるとネット通販風林火山か……。

 戦が終わったら、金策、金策、金策だな。


 俺が内心頭を抱えていると、息子の渡辺守が話し出した。


「その……恐れながら……。後詰ごづめのお味方が少ないようにお見受けいたしますが……」


「これっ! そのような無礼を申すな!」


「けどよ! 負け戦は、みんな嫌だぜ!」


 渡辺守君は、十三、四歳くらいかな?

 純朴な感じの少年だ。


 九一色衆が連れて来た兵は200。

 渡辺守君にとっては、みんな地元の顔見知りのはずだ。

 無為に死なせたくは無いだろうから、後詰の兵数が少ないのは重大問題なのだろう。


 ここは俺が上手く対応しないとな。


「安心いたせ。我には策がある。どこに今川方の耳があるかわからぬ故、子細は申せぬが……」


 渡辺親子は、きょろきょろと辺りを見回す。

 真面目な話、今川方の間者が紛れ込んでいる可能性はある。


 本栖城の改築工事で、小山田虎満はかなりの人数を作業員として雇った。

 その中に、今川方の間者がいてもおかしくない。

 警戒するに越した事はない。


「我らは、本栖城に籠って守りに徹すれば良い」


「なるほど……。しかし、そう致しますと……。恐れながら食料が不足するかと。先ほどお話しいたしました通り、この辺りは作物の出来が非常に悪うございましたので……」


 父の渡辺縄が、しどろもどろに話す。

 要は、『食料は出せない』と言いたいのだ。


 戦国時代は、食料を現地調達するケースが多かったらしい。

 渡辺縄は、俺が地元に食料供出を強要するのでは? と恐れているだ。


「安心いたせ。食料は山ほど持ってきておる! 上大蔵!」


 俺は一芸上大蔵を使って、空いているスペースに食料をどんどん積み上げて行った。

 米俵、サツマイモの詰まった袋、酒樽などなど、あっという間に食料物資の山が出来た。


「な、なんと!」

「すごい!」


 渡辺親子は、目をまん丸にして驚いている。

 ここで九一色衆に離反されてはたまらない。

 出し惜しみなしだ。


 俺が一芸【上大蔵】持ちな事は、幹部連中も駿河屋喜兵衛も知っている。

 渡辺親子に知られても良いだろう。


「これだけの物資をご用意されていたとは……。むうう……。武田家にはこれ程の力が……」


「……」


 父渡辺縄は、唸り声を上げ。

 息子渡辺守は、言葉を失った。


 フハハハ!

 俺の圧勝だな!

 物量でぶん殴れ作戦成功!


■作者補足

九一色衆は、実在しました。

渡辺縄、渡辺守は、実在の人物です。

ただし、二人の年齢は良く分かりません。

渡辺守が十三歳くらいとしたのは作者の創作です。


本栖城は実在しました。

山梨県の本栖湖に行くと、本栖城の跡を見る事が出来ます。

中道往還も実在しました。

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