第43話 足場を組む事、職人さんの如し

 ――翌日。


 小山田虎満と馬場信春によって、改造された本栖城を見て回った。


 本栖城は、本栖湖と精進湖の間にある山城だ。

 江戸城や姫路城のような立派な天守閣はないし、石垣や水堀もない。


 現代日本人の感覚だと、『山の砦』と言った方がイメージしやすいだろう。

 山の砦……、そう、元々の本栖城はね。


 俺の目の前で朝日に照らされる本栖城は、風雲なんとか城みたいになってしまっている。


「ねえ。ハル君……。なんかさ。コレジャナイ感がすごいね……」


「ああ、そうだな」


 香も呆れてしまっている。


「ねえ。あの鉄パイプは何? 縦横に組んであるけれど」


「あれは足場だよ。工事現場でビルの外壁とかに取りつけてあるでしょ?」


「ああ。足場ねえ。じゃあ、あの大きな板は?」


「コンパネと耐火ボード。住宅の建築現場で壁にするやつ」


「ああ。コンパネと耐火ボードねえ。」


 そうなのだ。

 小山田虎満と馬場信春に、『こんなのどう?』と鉄パイプを組み合わせた足場やコンパネを見せたのだ。


 俺としては、『見張り台や指揮所に有効活用出来たらなあ』、と考えていたのだが……。

 こいつら城壁として使いやがった!


 足場やコンパネの要求量が多い訳だよな。


 高さは3メートルって所か?

 相当長いハシゴが無いと、乗り越えられないな。


「ねえ。ハル君。堀もあるよ。水は入ってないけど」


「空堀だね……割とエグイね……」


 こいつら……。

 鉄パイプの足場とコンパネで作った城壁の前に、ご丁寧に深さ1メートルはある堀を用意しやがった!


 つまりさ。

 堀の深さ1メートル+城壁の高さ3メートル。

 合計4メートルを乗り越えなきゃならない。


 敵が城壁に突撃して来る。

 すると空堀に一旦降りなければならない。

 そこから、4メートル垂直に登ってね! キャハッ!


 パワーショベルを追加で要求されたから何かなと思ったら、空堀を掘っていたのか。


 当然ながら城壁の上には兵が登れる。

 元々工事現場で使う足場だから当然だ。

 城壁の上の足場から、石を落とすなり、矢を射るなり、防御側はやりたい放題出来る。


「ねえ。ハル君。」


「まだ、何か?」


「ここだけ木を切って、広場みたいにしてあるよね? どうして?」


 本栖城は富士の樹海に面していて、周りは森だ。

 小山田虎満と馬場信春は、わざわざ城壁の側の木を切ってちょっとした広場を作っていた。


「さてな……。あれっ!? 香! これ! 地面! コンパネの上に草をのせてカモフラージュしている」


「えっ!? あっ! 本当だ! 落とし穴?」


 これ何だろ?

 落とし穴にしちゃ、コンパネがしっかりとしているけれど?


「ひゃひゃひゃひゃ! さすがに御屋形様も香様もわかりませんか?」


 俺たちを案内する妖怪ジジイ小山田虎満が嬉しそうにしている。

 イタズラが成功した子供みたいだ。


「落とし穴じゃないよな?」


「違います」


「降参!」


「ほれ。御屋形様が前に話して下すった『地雷』というヤツですじゃ。香様が作った火薬を、その板の下にこれでもか! と埋めもうした」


「ひえっ!」

「キャッ!」


 何つー危険な事を!

 そんな上を歩かせるなよ!


「この広場に埋めたのか?」


「はい。あちこちに埋めてあります。敵がこの広場に集まりましたら火矢を放ち、松明を放り投げまする。するとこの縄に火が点き……」


「ドカンか!」


「はい」


 ニカッと良い笑顔で小山田虎満が笑った。


「火薬は水がダメなんだが、雨は……、降らないよな。干ばつだからな」


「左様でございます。干ばつで雨が降らなんだで、出来る策でございます」


 干ばつを逆手に取ったのかよ!

 あー、なんか、小山田虎満のドヤ顔がうざいなあ。


「えーっと、それで、あそこが門か」


「左様。大手門にござる」


 門も、もちろん足場とコンパネを組み合わせて作ってある。

 ひどいのは、門の後ろを重機で押さえているのだ。

 人の力であの門を開ける気がしない。


 門は、本栖城の脇を通る中道往還の上に設置されている。

 北側つまり甲府側と南側つまり駿河側の二か所に門がある。


 そこだけ堀が無く、通路になっている。

 敵はこの門を開けようとせざるを得ないな。


「ハル君。敵の今川さんだけど、これ、迂回出来ないよね?」


「無理だね」


 そもそも本栖城の立地は――


 甲府

 ↓

 中道往還

 ↓

 精進湖

 ↓(近い)

 本栖城

 ↓(近い)

 本栖湖


 ――こんな感じなのだ。


 甲府から本栖湖を通って駿河へ抜ける中道往還が通っている。

 中道往還は、精進湖から本栖湖へ通っているのだけれど、中道往還を遮断するように細長い山があるのだ。


 右上に精進湖があり、左下に本栖湖があるとする。

 左上からにゅっと中道往還を遮るように、フランスパンみたいな細長い山が伸びているのだ。


 本栖城は、このフランスパンみたいな細長い山を利用した山城だ。


 もしも、敵が本栖城を無視して中道往還を甲府に向けて進軍しようとする。

 すると本栖城、つまりフランスパンみたいな細長い山にいる武田軍が山を下って、横っ腹に突撃してくるのだ。


 中道往還に睨みを利かす本栖城。

 さらに、この山の頂上からの眺めは良いので、本栖湖近辺に進軍して来た敵の動きは丸見えになる。


 この本栖城を迂回しようにも、この辺りは富士の樹海。

 大軍が通過出来るような場所では無いし、迷ったら最後だ。


 元々がエグイ立地の山城なのだが……。

 小山田虎満と馬場信春が改造したお陰で、とんでもなくエグイ事になっている。

 特に地雷とか反則過ぎるだろ。


 改造とは一体……。

 もう、これは魔改造のレベルだ。


「御屋形様。馬場信春は、上におりますじゃ」


「上?」


 見上げると山の頂上に、見張り台が作られていた。

 もちろん工事用の足場で組まれている。


「あそこで馬場信春が、全体に目を光らせます。敵が山を登って来た場合は、馬場信春が見つけて、兵士をそこへ回します」


「遠いな……」


 小山の頂上だから見晴らしは良いだろう。

 だが、麓からの距離はちょっと遠い。

 山道を走れば30分くらいで、行けるのか?


 俺は不安を感じた。


 鉄パイプの足場で作った城壁は、フランスパンのような小山の先をU字型に囲っている。

 根元の方まで、城壁は作られていない。


 もちろん城壁のない所は、傾斜がキツイ山の斜面なので、大人数が登る事は出来ない。

 防御側が山の上から攻撃すれば、撃退は可能だろう。


 ただ、戦力移動の面で不安がある。

 敵は、城壁のない斜面も狙って来るだろうからな。


「ハル君さあ。トランシーバーを買ってあげたら?」


「トランシーバーか!」


 それは良いアイデアだ。

 小山のてっぺんからなら電波も届きやすいだろう。

 ネット通販風林火山で購入しよう!

 本栖城にいる幹部連中に支給して、別任務の甘利虎泰と飯富虎昌にも届けよう。


「御屋形様! いかがですかな? 生まれ変わった本栖城は?」


 あー、小山田虎満のドヤ顔がウザイ。

 これ、言って欲しいんだろうな。

 じゃあ、言うか。


「良くやった! 天晴れ!」


 小山田虎満は、ニンマリと笑った。

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