第31話 旅立つ事、疾風の如し

「じゃあ、気をつけてな。頼むぞ」


「お任せください!」


 飯富虎昌おぶ とらまさ三河みかわ国岡崎へ出発する。

 通り道の信濃しなの諏訪すわ家と高遠たかとう家には、板垣さんが事前交渉をして通行許可をもらった。

 信濃から三河への山越えルートも富田郷左衛門配下の忍び『三ツ者みつもの』が交代で道案内をする。

 手筈は万全だ。


 甲斐国かいのくには今年雪が降らなかったし、信濃の方も雪はあまり降らなかったらしい。

 初春なので道中雪の心配はなさそうだ。


 まだ水不足にもなってないので、マウンテンバイクでサッと行って帰って来る分には問題ないだろう。


 俺は飯富虎昌に最後の確認を行った。


「危なくなったら交戦を避けて逃げろ。とにかく無事に帰って来る事を優先しろ。それから……香が寂しがるからな。早く帰って来い」


「わかりました! それでは行って参ります!」


 躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたの前の通りには幹部連中が見送りに集まった。

 その中をマウンテンバイクに跨った飯富虎昌が颯爽と走り抜ける。


 香も手を振り、飯富虎昌が軽く手を上げて応える。

 マウンテンバイクは加速して、ついに見えなくなってしまった。


 飯富虎昌が乗るマウンテンバイクにはキャリアーを付けて単独自転車旅行に必要な装備を渡してある。


 ・テント

 ・寝袋

 ・パンク等修理キット

 ・雨具

 ・食料――エネルギーバー

 ・スポドリ


 武装は背中に背負った太刀だけだから、危なくなったらとにかく逃げて欲しい。


 まあ、でも、何とかなるだろ。

 飯富虎昌みたいなタイプは、現場でちゃっちゃと上手くやるタイプだから、案ずるより産むがお寿司だ。


 躑躅ヶ崎館の自室に戻ると内政担当の駒井高白斎がやって来た。


「御屋形様、領内の畑についてご報告いたします」


「うん、頼む」


 史実通りなら今年は干ばつになる。

 その傾向は早くも出ていて、冬から春にかけて雨や雪が一回も降っていない。

 このまま春に雨が降らず、空梅雨からつゆなら干ばつになるだろう。


 干ばつへの備えとして今年は領内で生産する作物の構成を変えている。

 指揮しているのは、報告に来た駒井高白斎だ。


「領内の畑で『じゃがいも』の植え付けが始まりました」


「よーし! 始まったね! 順調なら夏前に収穫が出来るぞ!」


「はい。干ばつになるとしたら、夏は日照りが酷い事になりましょう。その前に『じゃがいも』が収穫できるのは、大きいですな」


 ジャガイモは俺がネット通販『風林火山』で栽培用の種イモを購入した。

 収穫時期が他の作物より早いので、夏の日照りのダメージを回避できる。

 他にもネット通販『風林火山』で干ばつに強いと言われる作物を買っておいた。


「それから領内の畑は、『じゃがいも』、『さつまいも』、『そば』、『粟と稗あわ ひえ』を四分割して作付けいたしました」


 四分割したのはリスク回避のためだ。

 ジャガイモだけを育てていて、上手く育たなかったら目も当てられない。


 夏前に早めに収穫出来るジャガイモを四分の一植える。

 夏に収穫出来るソバを四分の一。

 晩夏から初秋に収穫するサツマイモを四分の一。

 そして領民が作り慣れている粟や稗いわゆる米以外の雑穀類を残り四分の一。

 これで大分リスクヘッジ出来ると思う。


 ソバの品種は『しなの夏そば』。

 五月に撒けば、七月末に収穫出来、収穫量が多い品種を選んだ。

 現代日本の品種のソバだが、ルーツは信濃の在来種らしい。

 暑い夏にずるずるっと蕎麦をすするのが楽しみなのだ。


「米の方は?」


「米は半分に減らし、畑に転用出来る所は転用させました」


「良いでしょう。たぶん今年は年貢が減りますよね?」


「そうですな……まず米が半分になりますし……干ばつとなれば、さらに減るかと……年貢の割合も減らしましたので……」


 年貢の割合を今年は七割から五割に減らした。

 七割はちょっと高いだろう……父信虎から俺に領主が変わったから、減税で人気取りだ。

 それに干ばつになり収穫量が減るとしたら、領民が生きていくには年貢の割合を減らしておいた方が良い。


「つまり大赤字になりそう?」


「いえ。金山が好調ですので赤字にはなりません。ただ食料の貯えが少々不安です」


 金山は馬場信春が仕切って順調に金を掘り出している。

 ここが武田家の生命線だな。


「最悪食料は買い付ける事が出来るので心配無用です。引き続き頼みます」


「ははっ!」


 武田家では文官制度をスタートさせて駒井高白斎の下に文官を付けている。

 この戦国時代は、武官、文官という区分けはないようだ。

 軍事も内政も領主とその家臣が実行するシステムで、適材適所とかそういう発想はないらしい。


 それって効率が悪いかな? と思い内政専門の文官制度を立ち上げてみた。

『武芸はイマイチだけれども頭の回転は早い』そんな人材をすくい上げるための制度だ。


 戦国シミュレーションゲームでいうと……『武力30/政治力90』みたな感じ。

 戦がダメでも文官として大事に育てたい。


 けれども現実は非情。

 武田家は『武』に寄った人材が多く、『文』寄りの人材は少ない。


 正直上手く機能していないのだ。

 これはもう外部から人材を補充するしかないね。


 駒井高白斎が退出するのと入れ替わりに板垣さんと情報担当の富田郷左衛門がやって来た。


「御屋形様! 富田郷左衛門から報告がございます」


「聞きましょう。座って下さい」


 板垣さんと富田郷左衛門が入室し、富田郷左衛門は座るとすぐに報告を始めた。

 板垣さんも富田郷左衛門も固い表情をしている。

 悪い報せかな?


「駿河より報せです。今川義元が京都より戻ったとの事です」

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