第30話 斬るなよ! 絶対斬るなよ! な事、ダチョウの如し

 えっ!? 飯富虎昌おぶとらまさが行くのか!?

 それってどうだろう……。



 飯富虎昌が三河みかわ松平清康まつだいら きよやすを訪ねる。

 ↓

 ケンカになる。

 ↓

 松平清康まつだいら きよやすの運命は変わらない。

 ↓

 さらに武田家の信用が落ちる。new!



 うーん。

 ダメな気がする。


 だが、意外な事に板垣さんが賛成した。


「良いかもしれませんな。飯富虎昌殿は武辺者ぶへんものとして近隣諸国に名が売れておりますからな」


 続いて年長の小山田虎満おやまだ とらみつも賛成する。


「うむ。『甲山の猛虎』と言えば知らぬ者はおらぬじゃろう。それ程の者を武田家が使いに寄越したとならば、松平清康まつだいら きよやすも真剣に話を聞くかもしれぬ」


「うーん」

「なるほど!」

「飯富殿なら!」


 えええええ!

 ちょっと待って!

 会議の流れは飯富虎昌を派遣する方向になっている。


 良いのか?

 本当に良いのか?


 俺は隣に座る香にコソッと相談してみた。


『どう思う? 飯富虎昌で大丈夫かな?』


『大丈夫じゃないかな。あれで結構わきまえているし。有名人が訪問した方が松平さんも喜ぶでしょ』


 そうか……そういう物か……そうかもしれない。


 だが、そうすると問題があるよな。


「飯富虎昌が松平家に訪問するとして、三河までどうやって行く? 駿河するが遠江とおとうみは今川家だぞ。一応和睦しているが……武田家が松平家に会いに行くとなれば、スンナリ通してはもらえないだろう?」


 そうなのだ。

 武田家の甲斐国かいのくにから松平家の三河国みかわのくにまで行くには、今川家の領土を横切らなければならない。


 現代日本でいうと山梨県の甲府市から富士山の横を通って南下する。

 海沿いに出たら東海道を西へ、静岡県を横切って愛知県の岡崎市まで移動だ。

 距離にして、おそらく200km以上ある。


 みんなが腕を組んで考える中、飯富虎昌はあっさりと違う案を提示した。


「ああ、海の方からは行かず、山の方から行きます。だから大丈夫です!」


「山の方?」


 コイツは何を言っているのだ?

 三河国松平家本拠地の岡崎は、海沿いに東海道を行かなきゃ着かないぞ。


「ええと……地図を……」


 板垣さんが簡単な地図を床に広げる。

 みんなが地図を覗き込み、飯富虎昌が移動ルートの説明を始めた。

 飯富虎昌の指が地図をなぞって移動ルートを示す。


「まず諏訪すわに出て……、それから伊那いなの方へ下って……、ここの山を越えて……岡崎!」


 飯富虎昌が示したのは、現代日本でいうと中央自動車道が通っているルートだ。

 まず山梨県の甲府市から長野県の諏訪方面へ向かう。

 諏訪から伊那を南下し、長野県と愛知県の県境の山を越えて岡崎に入るルートだ。


 現代日本なら高速道路や国道が通っているだろうが……今は戦国時代だ……。


「ここを通って……は良いけど、実際問題として通れるのか? 山越えだぞ!」


「うーん。ダメですかね? いけそうな気がしますが……」


 いや! 『いけそう』って……そういう問題じゃないだろうよ。

 すると情報担当の富田郷左衛門とみたごうざえもんが情報を補足した。


「そこに道はございます。飯富虎昌様がお示しになった道は、我ら『三ツ者みつもの』も使う道でございます」


「ほらっ! ねっ? いけるでしょ!」


 飯富虎昌……オマエ妙に嬉しそうだな。

 そのドヤ顔をちょっと殴りたい。


「ただし山道でございますので、道が狭うございますし、道を間違えれば今川や織田の方へ出てしまいます」


 ふん……それはちょっと問題だな……。

 今川や織田にとっ捕まる飯富虎昌が目に浮かぶようだ。

 俺は富田郷左衛門に道案内を付けられるか確認する。


「はい、道案内を手配可能でございます」


「なら信濃しなのから三河みかわへの山越えはなんとかなるか……」


「ほら! ほら! だから『いける』って言ったでしょ? 」


 飯富虎昌は得意絶頂だ。

 あー、ドヤ顔がうざいわ……。


 板垣さんが地図を見ながらルートの確認をし始めた。


「では、武田家を出て信濃の諏訪へ向かうとします……。諏訪は諏訪家の領地ですが、和睦が結ばれましたので通行できるでしょう。そして次は南に下り伊那いな高遠たかとうから飯田いいだですな。この辺りは高遠家、高遠頼継たかとうよりつぐの領地です」


 高遠頼継か……まあ、普通の戦国大名。

 史実では武田信玄に降参して家臣になった。


 決して優秀ではないけれど理性的な判断はしてくれそうな人物だ。

 どうだろ? 飯富虎昌を通してくれるかな?


 小山田虎満おやまだ とらみつがアイデアを出した。


「高遠家は諏訪家の庶流です。諏訪家に一筆書いてもらったら良いでしょう。まあ、諏訪家の力を借りるのは業腹ごうばらですがな!」


 庶流というのは、本家から分かれた家、分家というような意味だ。


「そうか……諏訪家に話を通して紹介状を書いてもらえば、高遠家も通してくれるか……」


「恐らくは大丈夫でしょう」


 俺がつぶやいた事を板垣さんが請け負ってくれた。


「よし。じゃあ、道案内は大丈夫。諏訪家、高遠家も通してくれそうだから大丈夫。時間の問題はどうだ? 片道一月はかかるか?」


 甲斐から信濃を経由して三河の岡崎まで……。

 東海道を通るより遠回りになる。

 250kmくらいはありそうだ。

 オマケに信濃周りだと山が多いので移動速度が上がらないだろう。


「御屋形様! マウンテンバイクならすぐですよ!」


「えっ!? マウンテンバイク!? チャリで行くの!?」


「飯富虎昌の健脚にご期待あれ!」


 マジかよ! それは予想外だな。

 ありなのか? 行く先々で目立ってダメなんじゃないだろうか?


 俺はマウンテンバイクで移動するのに不安を感じたが、マウンテンバイク移動案に内政担当の駒井高白斎こまいこうはくさいが賛成した。


「良いのではないでしょうか? マウンテンバイクでしたら、馬と違ってエサが不要です。今年、干ばつになるのなら、道行きで馬のエサを得るのは厳しいかもしれません。それならエサのかからないマウンテンバイクの方がよろしいかと。移動速度も速いですし」


「賛成! 賛成!」


 飯富虎昌が調子に乗っているな。

 ま、まあ良い。


 駒井高白斎は元々マウンテンバイクを気に入っていたからな。

 伝令用にマウンテンバイクを導入したいと言っていた。


 しかし、飯富虎昌の話しぶりを聞いていると一人で行くつもりなのか?


「飯富虎昌、三河までは何人で行く?」


「俺一人で行ってきますよ。その方が警戒されないですし、甲斐に人が残っていた方が良いでしょう?」


「まあ、それはそうだが……それなりに危険が伴うぞ?」


 ここは戦国時代だ。

 整備された道路は無いし、野盗も出る。

 通過させて貰う諏訪家や高遠家とモメる可能性もある。


 飯富虎昌は頭をかきながら、小声で照れ臭そうにつぶやいた。


「まあ……俺ももうちょっと役に立たないと……幹部ですからね……金山では役に立たなかったし……」


 ああ、気にしていたんだ……。

 まあ、そりゃそうだよな……年下の馬場信春に仕事を取られたようなモンだ。


 それなら松平清康まつだいら きよやすに警告する仕事は、飯富虎昌に任せてみるのも良いかもしれない。


「わかった。三河の松平清康まつだいら きよやすには飯富虎昌に行ってもらう」


「お任せください!」


「富田郷左衛門は道案内の段取りを組んでくれ」


「はっ! しかと承りました!」


「板垣さんは諏訪家と高遠家への書状の準備をお願いします」


「かしこまりました」


 甲斐国は雪が降らなかったが、信濃はどうだろう?

 雪の事を考えると春になってから出発した方が良いかもしれない。

 そして干ばつが本格化する夏前にさっさと帰って来る。


 うん。マウンテンバイクで移動速度を速めれば十分可能だな。

 念の為に携帯食料は持たせて、テントや寝袋もあった方が良いか……。

 荷物が増えるなら、マウンテンバイクにキャリアを取り付けた方が……キャリアは売っていたかな?


 俺が『飯富虎昌派遣計画』の段取りを考え、板垣さんと打ち合わせているとていると飯富虎昌が元気一杯に聞いて来た。


「御屋形様! それで……誰を斬れば良いんでしたっけ? 松平清康まつだいら きよやす? あれ? 違う気が……」


「いや……松平清康まつだいら きよやすには生きていて貰わないと……」


「あーそうでしたね! 阿部なんとかを斬れば良いんですね!」


「いや! 話に行くだけだよ! 斬ったら松平家と武田家がモメるだろ! 斬るなよ! 絶対斬るなよ!」


 俺はこの人選が良かったのか、悪かったのかわからなくなった。

 香が一生懸命、飯富虎昌に教えている。


 ま、まあ、なんとか……なんとかなるだろう!

 斬るなよ! 絶対だからな!

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