第23話 香と和む事、鳥の番の如し

 俺は山本勘助やまもとかんすけの仕官を断った。

 まさか伝説の軍師があんなエキセントリックな小策士タイプだとは思わなかったよ。

 戦国ゲームなんかだと知力マックスのレアキャラだけどアレじゃあね……。


 あまりにもイラッとしたので、板垣さんにお願いして一旦休憩にしてもらった。

 躑躅ヶ崎館つつじがさきのやかたの西側にある生活スペースに向かう。


 躑躅ヶ崎館はとにかく広い。

 敷地の東側は門で、中央に主殿と呼ばれる役所的な建物がある。

 この主殿に大広間や俺の部屋があり、家臣や来客の対応スペースになっている。


 北側の建物には俺の母親『大井の方』や姉と弟たちが住む。

 そして西側が俺の家族が住む建物だ。

 家族と言っても、まだ奥さんの香しかいないけどね。


 俺は香の部屋にやって来た。

 イラッとしたから、ちょっと香と話してリラックスしたい。


「ただいま」


「あー、ハル君、お帰り。どうしたの? お昼前だよ」


 香の部屋と言っても俺達夫婦が寛ぐ部屋で、すっかり現代風になっている。

 カーペット、テーブル、イス、本棚、乾電池式のLEDライトなどネット通販『風林火山』で買った物が雑然と置かれている。


 テーブルの上には付箋を貼った化学関連の本が山積みになっていて、開かれたノートには何やら化学式らしき記号が書かれている。


 香は理系だったと言うので、火薬や戦国時代に役立ちそうな物の研究をお願いしているのだ。

 文系だった俺には何が書いてあるのかサッパリわからない。


「いや……ちょっと嫌な事があって……」


「あーそれは大変! 休憩しよ! コーヒー淹れるね」


 香は部屋の隅にあるサイドテーブルの上でコーヒーを淹れ始めた。


 香はコーヒー好きで、それもブラック党だ。

 何でも考え事をしている時は、コーヒーが手放せないらしい。

 ネット通販『風林火山』で、コーヒー粉、ペーパーフィルター等を買って部屋に常備している。

 コーヒー粉はダディーズ・コーヒーのパリス・ブレンドとこだわっている。


 火鉢にかけられたポットから湯を注ぎ、香がコーヒーをドリップする。

 戦国時代にそぐわない良いコーヒーの匂いが部屋に充満する。


「ミルクと砂糖は?」


「ありありで」


「うーん。早くブラックの良さをハル君にもわかって欲しいな」


 香はブラック党でコーヒーにミルクや砂糖を入れない。

 俺にもブラックコーヒーをすすめて来るが、俺たちは現代日本だと中学生、まだ十三歳でブラックコーヒーの味がわかる年じゃないよ。


「お子様舌なので、砂糖多めでお願いします」


「はいはい」


 軽口を叩くうちに大分気持ちが和らいできた。

 香の差し出した白いマグカップに入ったアツアツのコーヒーを啜る。

 苦みと甘ったるさの混じった現代的な味だ。


「これ、お茶請ちゃうけね」


 香がチョコレートバーを放って寄越す。

 齧りつくとチョコとキャラメルの混じったねっとりとした甘みが口いっぱいに広がる。


 ぶっちゃけ、慣れない戦国時代でやった事のない戦国大名を演じるのは、すごく疲れる。

 こうやって現代日本的なスペースがあるのは、非常にありがたい。

 気持ちが緩む。


 俺がリラックス出来た所で香が話を振って来た。


「ハル君。それで何があったの?」


「いや、山本勘助って伝説的な人に会って来てさ」


「山本さん?」


 俺は山本勘助との一連のやり取りを香に話した。


「なるほどね~伝説の山本さんかあ~。私の中では『伝説の山本』って言うと、野球の赤ヘル山本か、アニソン山本だけど。今日からその山本さんも加えて、日本三大山本にするわ」


「ハハ! なんだか良く分からなけど、面白いね!」


「まあ、ハル君の判断で良いんじゃない? 私もねえ。こんな戦国時代に戦国大名のお嫁さんになったから側室とか全然かまわないよ。けどねえ。その山本さんの言う策……罠にはめてお父さんを殺して側室にするのは……ちょっと……」


「ひどいだろ?」


「うん。その子がウチに来てもフォローするのが大変だよ。さすがにやめて欲しい」


「だよな」


「まあ、もう良いじゃない。ウチで雇うのは断った訳だし、次また良い人が来るよ」


「そうだね」


 ふう、香と話してすっかり気分が良くなった。

 俺には貴重な存在だ。


「ねえ。『風林火山』見せて!」


「うん。ネット通販『風林火山』!」


 ネット通販『風林火山』の画面が俺の目の前に表示される。

 香はタブレット端末を持つ様にひょいとネット通販『風林火山』の画面を持つとポチポチと操作を始めた。


 また、何か買うつもりだな。

 この前は化粧水と美容クリームを買っていた。

 十三歳でまだ必要ないだろうと言ったのだけれど、ないと落ち着かないらしい。

 まあ、良いけど。


「ねえ。ハル君。これ買って」


「どれどれ? チェーンソー……?」


 香が選んでいたのは、チェーンソーだった。

 あの縁起の悪い金曜日になると、ジェイなんとかさんが振り回すチェーンソーだ。


 ネット通販『風林火山』の画面にはオレンジ色のボディにギザギザの刃が付いたイカツイ見た目のチェーンソーが表示されている。


 説明書きには、『用途:玉切り、伐倒』と良く分からない事が書いてある。

 とりあえず木を切り倒すんだな。うん。


 重さは4.6kg、エンジンは2ストで40cc、値段は29,800円。

 切断有効長さ35センチとある。


 こんな物を香は何に使うんだろう?

 これ木こりが使うモノだよな?

 十三歳の女の子は欲しがらないぞ。


 ユーザーレビューを見て俺は更に困惑した。



 この商品「エンジンチェンソー」のユーザーレビュー


 ■パワーがある機種で満足しています。

 ■私は女ですが、直径40センチの木も切り倒せた。

 ■リヤハンドルタイプなので、腕が疲れないです。

 ■このメーカーのチェーンソーは複数台持っていますが、このタイプもなかなか良いですね。

 ■コスパに優れている。30センチの木を、切り倒したが満足。



 世の中にはチェーンソーを使っている人がこんなに沢山いるのか……。

 木の伐採や薪作りで重宝しているらしい。

 香は何に使うんだろう?


「あの……これ……チェーンソーだけど?」


「そうよ。チェーンソーが欲しいの」


 おかしいだろ。

 いや、香だけじゃなくネット通販『風林火山』もおかしい。『この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています』に、ホッケーマスクをさりげなく混ぜるのは止めろ。


「これが良いのか?」


「うーん、上位機種だと二十万とかになっちゃうから、まずはこの安いのでどうかな?」


 二十万円のチェーンソーとかあるのか!?

 上位機種って何だよ!

 チェーンソーの世界も奥が深いな……。


「あの……チェーンソーを何に使うの?」


「虎ちゃんがやっている金山の方で使わせようと思って」


「ああ! 飯富虎昌のチームで使うのか!」


 そっちかよ!


「ハル君報告聞いているかな? 結構、苦戦しているらしいよ」


「うん。金山開発が一番遅れているね」


 飯富虎昌には金山開発を任せてある。

 この甲府の北側に金山がある事がわかったのだが、そこは戦国時代の人の手が入っていない山だ。

 登山道なんてないし、金が出る所まで深い山を掻き分けて行かなきゃならない。


 おまけに金山と言っても掘れば金がそのまま出て来る訳ではないらしい。

 掘り出した岩から金を分離する作業が必要なのだ。


 このやり方が武田家では誰もわからない。

 そこで駿河屋喜兵衛を通じて金山職人を探してもらっているのだが、なかなか見つからない。


 レアジョブなんだろうな。金山職人。


 香がネット通販『風林火山』で本を何冊か買って、金を鉱石から分離する方法を調べてくれているがまだ時間が掛かりそうだ。


 そこで現在は金が出る所まで道路建設をやらせているのだが、これが大苦戦!

 なんと言っても手付かずだった山だ。

 生えている木が太い!


 農家の裏で一間畑を開墾させた時は、細い低木がほとんどだったからノコギリでイケた。

 けど金山の木はノコギリではだめだった。

 斧も試してみたのだけれど、薪割用の斧なのですぐ刃がダメになってしまった。


 そこでチェーンソーか……悪くない選択だけど……。


「そのチェーンソーはガソリンで動くから、ガソリンがないとダメだよ。ガソリンが手に入らない」


「あー! そっか! 本体が買えても、燃料がない……。ねえ? 新潟を占領しない? 新潟だったら石油が出るよ?」


 さらっと怖い事を言うな……。

 新潟は『軍神』上杉謙信がいる所だぞ!

 今、天文三年は長尾景虎と名乗っているはずだ。


 新潟を占領とか虎の尾の上でタップダンスを踊るような物だ。

 絶対ダメ!


「新潟はダメだね! 強敵がいるから、ボコボコにされる」


「そっかー。うーん……。あれ……? ねえ、ハル君。ガソリン売っているよ!」


「えっ!? ウソッ!?」

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